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第二進化・アトランティス・ジーン(1)A・G・リドルー86

2020.07.14.14:56

135

 

デヴィッドの耳に子供たちを呼ぶケイトの声が響いた。

思い切って角から顔を出した。

ナチスの連中も気づいただろうか?

戸口にいる兵士たちが、広大な部屋へ駆け込んでいくのが見えた。

奴らをケイトの元へ、行かせる訳にはいかない。

ドアに接近して引き金を引いた。

弾切れだ。

銃を捨て、倒れたナチの手から最後のサブマシンガンを掴み取ると、走り去る二人の男に銃弾を浴びせた。

二人が倒れた。

残るは兵士一人とドリアンだ、

三人目の兵士が角から姿を覗かせた。

すぐさま引き金を引き、その頭を吹き飛ばした。

罠だったのだ。

二人を餌として走らせ、慌てたデヴィッドが後を追って、霊廟に飛び込むことを期待していたのだろう。

狙撃手が狙いやすいように。

残るはただ一人、ドリアン。

足音は聞こえない。

霊廟の奥深くでドアが閉まる音がした。

ケイト、パトリック、それに子供たちが部屋を出たのだろう。

このまま退却して合流した方がいい。

デヴィッドはドアの手前で足を止めた。

みんなの後を追うべきだ。

だが、デヴィッドはその場から動かなかった。

9、11はもう過去のことだ。

今はケイトがいる。

イマリとも戦わなければならない。

こうしている今も疫病が広がろうとしているのだ。

スローンはどこだ?

今頃、霊廟のどこかに潜み、この入り口を見つめながらじっとしているのだろう。

出てくるのを少しだけ待ってみようか、それとも…。

デヴィッドは頭を振ってその考えを追い払った。

サブマシンガンを構えたまま、二歩後ずさった。

やはり誰も現れない。

ドアに背を向け、全速力で廊下を戻ろうとした。

1発目の銃弾はデヴィッドの背を貫いて、胸から出て行った。

壁に叩きつけられ、顔面から床に衝突した。

動かない体にさらに銃弾が降り注ぎ、両足に無数の穴が空いた。

足音がする。

その手がデヴィッドを仰向けに転がした。

デヴィッドは拳銃の引き金を2度引いた。

銃弾がドリアンの顔に浮かんだ薄笑いを突き破り、脳と頭蓋骨を砕いて背後の天井を赤や灰色に染めた。

ほろ苦く微笑むデヴィッドの口から、最後の息が漏れ出していった。

 

136

 

コンラッドは防護服にヘルメットを固定して、出口が開くのを待った。

重い音を響かせて金属の扉が開き、眼前に巨大な氷の聖堂が現れた。

3ヶ月前、あるいは75年前…に通った場所とよく似ている。

ここも同じなら、出てすぐの位置にベルが下がっているだろう。

反対の方角にあったベルは、コンラッドが潜り抜けた時点ではスイッチが入っていなかった。

部下たちと下を通っても、瞬き一つしなかったのだ。

だが彼は、中へ入ってから自分たちがベルを作動させてしまったことも知っていた。

内部の制御システムは複雑だった。

休眠装置の制御システムにアクセスしようとし、その結果、彼らの気象衛星を動かしてしまったこともある。

実のところ、ケインはアメリカのどこかに衛星を墜落させたようだった。

おそらくニューメキシコのロズウエルあたりだ。

そしてそうするうちに、侵入防止機能のようなものを作動させてしまったのだった。

全システムがロックされ、ベルも動き出して潜水艦にいる部下たちが犠牲になった。

そしてそれ以降、システムは2度と復旧しなかった、今日までは。

ここのベルはもう取り外されているだろうか。

それとも、制御システムが再稼働したことで、再びスイッチが切れただろうか。

考えられる事はもう一つある。

ベルが攻撃するのは入ってくる者だけで、出る時は動かないかもしれない。

だがもし作動するなら、その時は一刻も早く遠くへ逃げなければならないだろう。

ケインは除染室から一歩だけ足を踏み出した。

目が慣れると、柔らかな光の群れが雪山の底で、小さな星のように輝いているのが見えた。

その上にはひしゃげた金属の檻が転がっている。

まだ何かあった。

太いケーブルの先に金属の籠が吊されているのだ。

あれだ。

あれに乗れば、たとえベルが作動しても脱出できる。

もう一歩踏み出し、扉の外に立った。

頭上で低い轟音が響き、大気を震わせる振動が彼のスーツとその下の骨にまで到達した。

やはりベルはあったのだ。

咆哮と共に息を吹き返そうとしていた。

 

137

 

ケイトが力一杯アディのバックパックを引くと、ようやく爆弾が背中から離れた。

00:01:53

スーリヤの方を向いた。

黒いスライムは彼のバックパックのストラップも食い破っていた。

もうすぐ切れそうだ。

ケイトの父親がスーリヤの体を引っ張り、荷物が外れたところで少年をケイトの方へ押した。

彼は6枚並んだドアの2番目を指し示した。

「行け、キャサリン。こいつは俺が片付けておく。」

「ダメよ、教えて。どうするの?」

ケイトは父親の表情を読もうとした。

一体どうやって爆発を止めるつもりだろう。

彼がため息をつき、ドアの方へ顎をしゃくった。

「アトランティス人がジブラルタルの構造物から逃げた時、彼らはこのポータルを南極に通じるように設定し、一方通行の避難ハッチを作ったんだ。だがこちらの構造物は、システムが停止していた。俺が戻れなくなったのはそのためだ。しかし、今はまたシステムが稼働している。俺の読みが正しければ、アトランティス人なら元の場所へ引き返せるだろう。お前は純粋なアトランティス人のDNAを持っている。胎児の時にチューブに入っていたからだ。お前ならきっとポータルを作動させられる。さて、ここからが肝心な点だ。このドアの向こうにはジブラルタルのコントロールルームがあるだろう。そこへ行っても何もいじらないで欲しい。俺が後から通れるように、ポータルを開けたままにしておくんだ。俺はこのポータルを封鎖しなければならない。永遠にな。それに、この南極で爆弾を破裂させる訳にはいかない。」

ケイトは彼を見つめ、どういうことか理解しようとした。

「向こうに行ったら、一刻も早く地上に出て、できる限り遠くへ逃げろ。爆発までの時間はおよそ360分。6時間だ。ここの1分は向こうの360分だからな。いいか、わかったな?」

父は声に力を込めた。

ケイトの目から涙が落ちた。

ようやく意味がわかったのだ。

たっぷり3秒ほど父を抱きしめ、それから離れようとすると、父もケイトをきつく抱いていることが分かった。

また父の体に両腕を回した。

「俺はたくさん過ちを犯したんだ。キャサリン、お前と、お前の母親を守ろうとして…。」

父が声をつまらせた。

ケイトは背をそらして父親の目を見つめた。

「日記を読んだわ、お父さん。なぜそうしたのか、全部わかってる。ちゃんとわかってるの。お父さんを愛しているわ。」

「俺もお前を愛しているよ。心の底から。」

 

138

 

頭上のベルの振動が刻々と大きくなり、コンラッドの額に滲んだ汗が一粒のしずくに変わった。

ヘルメットのシールドに映像が現れた。

まるでガラスの内側に小さな人物が座っているかのようだ。

その白髪の男は大きな木のデスクに向かっており、彼の背後にはイマリの旗が立っていた。

壁にあるのは世界地図のようだが、あちこちがでたらめだ。

そして彼の顔はと言うと、知っている男だった。

「マロリー!」

コンラッドは叫んだ。

「助けてくれ。」

「もちろんそのつもりだ、コンラッド。籠に注射器がある。自分で打ってくれ。」

カゴへ急ごうと前方に飛び出した。

2度転び、また倒れた。

スーツを着て走るのは無理だと悟り、ぎこちないながらも精一杯素早く足を動かして前に進んだ。

ベルの唸りはますます大きくなっている。

「注射器の中身は?」

「開発中の薬だ。急げ、コンラッド。」

カゴにたどり着き、その太い注射器を手に取った。

「上げてくれ、マロリー。化学実験はごめんだ。」

「危険すぎる。打つんだ、コンラッド。それしか手はない。」

コンラッドは金属ケースの蓋を開け、強さを増していくベルの振動を感じながら、しばし注射器を見つめた。

顔を伝って落ちるものがあった。

ヘルメットのガラスに赤い色が映っている。

あとどれぐらい耐えられられるだろう?

注射器を掴んで針のプラスチックカバーを引き抜き、スーツの上から腕に針を突き刺した。

ケースには保温機能がついていたようだが、それでも血管に流れ込む液体は凍えるほど冷たかった。

「打ったぞ、さあ、上げてくれ。」

「残念だがそれはできない、コンラッド。」

腕が濡れているのを感じた。

汗ではない。

ベルが吠えている。

身体の芯から力が抜けるような奇妙な感覚があった。

「私に何をした?」

マロリーが満足げな顔で椅子に体を沈めた。

「私にベルの実験を見せてくれた時のことを覚えているか?あれは30年代の初めだったか。時期ははっきりしないが、君の演説の事はよく覚えているよ。残酷な実験を受け入れるよう、研究員たちを説得するためのスピーチだ。一体どうすれば彼らを納得させられるのか、私には見当もつかなかった。だが君は、こう言ったんだ。

ー確かに恐ろしい行為だが、彼らはベルの謎を解き明かすために命を捧げるのだ。人類を救い、浄化するという目的のために。これは必要な犠牲だ。彼らの犠牲は永久に記憶に刻まれるだろう。少数の死が、他の大多数の命を救うことになるのだからな。ー」

マロリーは頭を振った。

「私はすっかり感動して君に心酔するようになった。だがそれも、君に40年間もチューブに入れられ、人生を奪われる前の話だ。私は忠誠を尽くした。ずっと君の右腕として働いてきた。その私に何をしたか、よく考えてみるんだな。君に償いの機会を与えるつもりはない。」

「お前には殺せないはずだ。私はイマリだぞ。そんな真似をすれば、他の者が黙っていない。 」

コンラッドの膝が崩れ落ちた。

心臓で脈動するベルが、内側から彼をズタズタに引き裂こうとしていた。

「君はイマリではない。コンラッド、君は実験体だ。犠牲になるのさ。」

マロリーは書類をめくり、画面の外にいる誰かに話しかけた。

そしてしばらく耳を傾けた。

「いい知らせだ、コンラッド。君のスーツからデータが届き始めた。おかげで必要な情報が全て集まりそうだ。実はこちらには、アトランティス遺伝子が持続的に活性化した胎児がいるんだよ。

なんとパトリックの娘とディーターの子供だ。全く、なんとも皮肉な話じゃないか。まあ、それはさておき、問題はアトランティス遺伝子が活性化する以前の同じゲノムがないことだった。理想は両親や祖父母のゲノムを手に入れることだ。それに、ベルの攻撃を受けたゲノムがどう変化していくか、その過程も調べたかった。そうすれば、どんな遺伝子やエピジェネティックな要因が関係しているか特定できるからだ。だが、君も覚えているだろう。ベルを取り出すのは大仕事だし、それが済んでもエネルギーの問題がある。」

マロリーが涼しい顔で手を振った。

「だから決めたのだ。ここのベルは生かしておいて、遺伝子追跡調査用の注射を用意しておく。そして君が出てくるのを待つ、とな。私には君ほどの演説の才能はないが、相手の行動を予測するのは得意なんだ。それにしても君は、実にわかりやすい男だよ、コンラッド。」

コンラッドは血を吐き、頭からまっすぐ氷に倒れ込んだ。

「どうやらお別れのようだな、友よ。さっきも言った通り、君の犠牲はちゃんと記憶に刻まれるはずだ。」

マロリーが口を閉じた直後、男がオフィスに駆け込んできた。

マロリーは男の話を聞き、それから困惑した表情を浮かべた。

「ジブラルタルに?いつだ?」

 

続く→

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第二進化・アトランティス・ジーン(1)A・G・リドルー85

2020.07.11.13:42

133

 

ドリアンは手を上げ、後ろを歩く兵士五人を立ち止まらせた。

曲がり角の先をそっと覗いた。

兵士の死体が二つ、ドアの両脇に転がっている。

敵は部屋に入ったのか、それとも出たのか?

後者であればいいのだが。

また首を伸ばした。

奥の曲がり角にもう一体ある…こちらの方向へ走って来たところをやられたらしい。

つまり、敵は出て行ったのだ。

「大丈夫だ。」

ドリアンが叫ぶと、兵士と父が廊下に散らばって死体を調べ始めた。

ドリアンは子供たちの方へ腰を屈めた。

「びっくりしたな。」

二人を引き寄せて死体から遠ざけた。

「あの人たちのことは気にしなくていい。死んだふりをしているだけだ。これもゲームなんだよ。さあ、いよいよかけっこの時間だ。力一杯走るんだぞ。先に部屋の奥へ着いた方にすごい商品をあげるからな。」

彼の父親が、巨大な両開きのドアの横にあるガラスのパネルを操作した。

扉が音もなく開いていく。

ドリアンがそこから子供たちを押し込んだのは、1発目の銃声が響いた時だった。

たちまち五人中二人の兵士が倒された。

父親の盾になろうと床を蹴ったが、間に合わなかった。

銃弾が父の腕を撃ち抜き、彼を床に倒したのだ。

父を引きずってドアの背後に隠れると、残った三人の兵も向かい側の戸枠の陰に退却した。

父のシャツの袖を引き裂いて、素早く傷を確かめた。

年長の男がドリアンの手を払った。

「こんなものはかすり傷だ。ディーター、感情的になるな。集中しろ。」

そう言うと、拳銃を引き抜いて戸枠の外へ顔を覗かせた。

途端に数発の銃弾が、彼の頭上の金属を擦った。

ドリアンは父親を壁に押し付けた。

「パパ、俺が来たルートから逃げてくれ。どちらか一人でも脱出しないと。俺が援護する。」

「最後まで見届け…」

父親を引いてたたせた。

「俺がちゃんと片付ける。そのあとで追いかけるよ。」

彼を廊下の方へ押すと、弾倉が空になるまでサブマシンガンを連射した。

父が無事に廊下を抜けた。

自分が助けたのだ。

ドリアンは身を引いて、壁にもたれかかった。

その口元に大きな笑みが広がっていった。

 

134

 

デヴィッドがパトリックを振り返った。

「違う経路を探した方がいい。人数で負けているし、手榴弾や何かもない。正面突破は無理だろう。」

「この廊下は、俺たちが霊廟に入ったルートとつながっているはずだ。子供たちは奥へ走って行った。どこかで捕まえられるかもしれない。」

パトリックが答えた。

デヴィッドは迂回路を探すように、あたりを見渡した。

「それで行こう。二人で向かってくれ。俺はスローンたちをここに繋ぎ止めておく。」

ケイトは二人の間に首を突っ込んだ。

「デヴィッド、だめよそんなの。」

「覚悟を決めるんだ、ケイト。」

デヴィッドの声は平板で冷たく、決然としていた。

ケイトは長い間彼の目を見つめ、やがて視線を逸らした。

「爆弾はどうするの?」

デヴィッドがパトリックの方へ顎をしゃくった。

「君の父親に考えがある。」

パトリックの顔にゆっくりと得心の色が広がっていった。

ケイトは彼に顔を向けた。

「そうなの?」

「ああ、そうだよ。さあ、行こう。」

ケイトは父親に続いて霊廟のもう一つの入り口を抜けた。

と、前方のチューブの間を子供たちが走り抜けて行った。

「アディ!スーリヤ!」

ケイトは叫んだ。

少年たちがつんのめりそうな勢いで急停止した。

そちらへ駆け寄り、バックパックの時間を確かめた。

00:32:01

00:32:00

00:31:59

「どうやって止めるつもり…」

「俺を信じろ、キャサリン。」

そう言うと、父親はケイトの腕を引いた。

先ほどまでいた方角から自動小銃の銃声が響いて来た。

デヴィッド…彼らと戦っているのだ。

たった一人で。

今すぐ戻りたかったが、目の前には子供たちと爆弾があった。

父親にまた腕を引かれ、気づくとケイトは銃声とは反対の方向に足を動かしていた。

 

続く→


第二進化・アトランティス・ジーン(1)A・G・リドルー84

2020.07.10.22:23

132
 
ドリアンは子供たちの肩に手を回して、父親の後ろを歩いていた。
世間でよく言われるように、人生は何が起きるかわからない。
父と息子が再会し、こうして二人で偉大な使命を果たそうとしている。
人類の救済という使命を。
数々の犠牲、数々の決断…自分は間違っていなかったのだ。
前方で銃声が響いた。
 
霊廟のドアには二人の監視の兵が立っており、デヴィッドは相手に銃を抜く間も与えずに、手早くその二人を片付けた。
左手の廊下の角から次の兵士が現れ、連射された弾がデヴィッドの傍の金属の壁を撃ったが、こちらの男はパトリックが胸に3発の銃弾を撃ち込んで仕留めた。
デヴィッドは背後の廊下にも、目を走らせた。
異常なし。
また前を向き、兵士が現れた角にじりじり近づいている、パトリックの元へ駆け寄った。
「俺が先に行こう。」
デヴィッドが言った。
角からそうっと顔を出すと、銃弾が頭をかすめた。
「援護する。」
パトリックが拳銃を持つ手を伸ばして、曲がり角の向こうを続け様に撃った。
廊下に足を踏み出し、壁に貼りついている男の方へ接近した。
デヴィッドが続け様に撃った2発の弾は、男の胸のほぼ同じ位置に命中した。
これで四人。
残るは五人とケインだ。
まだまだ、勝ち目が出てきたとは言いにくい。
それに、今や不意打ちという武器も使えなくなった。
とにかく一歩づつ前に進むしかないだろう。
デヴィッドも隣に立つパトリックも、兵士が出てきたと思われる、両開きのドアを見つめていた。
その両脇に分かれて立ち、パトリックがガラスのパネルをいじってドアを開けた。
現れたのは、ガラスのチューブが12本並ぶ部屋だった。
チューブに入っているのは…あれは猿人か?
デヴィッドは集中力を取り戻そうとした。
パトリックはそれほどびっくりしていないようだ。
ためらいもせず部屋に入り、銃を左右に向けている。
デヴィッドも後を追った。
人影は見当たらない。
と、背後から何者かが近づいてくる気配がした。
素早く向き直り、マシンガンを構えて引き金をー。
ケイトだった。
操作パネルの台の影に身を隠していたのだ。
慌てて引き金から指を外し、銃を下ろした。
彼女を抱き上げようとそちらへ近づいた。
そして、もうすぐ手が届くという時、ケイトとパトリックの目が合った。
彼女がいきなり進路を変えた。
「お父さん?」
老いた男は、悔恨と驚きがないまぜになったような表情で立っていた。
「キャサリン…。」
ケイトが涙をこぼし、彼のもとへ行って抱きついた。
抱きしめ返した彼の口からも、低い呻き声が漏れている。
ケイトが体を離した。
「生きていたのね。」
彼女は鼻にシワを寄せた。
「それに怪我をしてるし、この臭いは…。」
「大丈夫だよ、キャサリン。それにしても、なんて彼女によく似ているんだ。」
彼の目に涙が溢れた。
「とても心配していたんだ。だが、お前の世話は…。いや、俺に取ってはまだ数週間しか…。」
ケイトが頷いた。
すでにちゃんと事態を察しているようだ。
そんな彼女に感心させられながら、デヴィッドは少々バツの悪い思いで、突っ立っていた。
ケイトがこちらにも片腕を広げた。
彼女に近づき、抱きしめて彼女の頭に頬を押し付けた。
彼女が生きていた。
デヴィッドにとって、今はそれだけで充分だった。
ジブラルタルで一人去ってしまったが、それでも彼女は生きていた。
心の空洞が、再び埋められていくのを感じた。
やがてケイトが、二人を解放して言った。
「どうやってここへ…?」
「ジブラルタルだよ。」
彼女の父親が答えた。
「俺が発見した部屋のドアは、南極に、この大きい構造物に通じるポータルだったんだ。ここにいるのは俺たちだけじゃない。いますぐ…。」
「ええ。」
ケイトが頷いた。
「子供たちが彼らに捕まったわ。ドリアンはあの子たちに核爆弾入りのバックパックを背負わせているのよ。」
デヴィッドはあたりに視線をやって考えを巡らせ、それから言った。
「チューブが並んでいる部屋があった。ばかでかい部屋だ。きっと奴らの目的地はあそこだろう。」
頭の中で作戦を組み立てた。
2度とケイトを危険にさらすつもりはなかった。
「君はここに残って…。」
ケイトが首を振った。
「いやよ。」
そう言うと、この部屋から飛び出して死体になった男のところに行き、彼のマシンガンを拾い上げた。
彼女がデヴィッドをひたと見据えた。
「私も行くわ。今回は銃も持たせてもらう。これはお願いじゃないわよ。」
デヴィッドは大きく息を吐いた。
パトリックがケイトからデヴィッドに視線を移した。
「これまでにも、この種の言い合いがあったようだな。」
「ああ、なんと言うか、おかしな1週間だったんだ。」
デヴィッドはケイトに注意を戻した。
「君には行かせない。」
「ここにいたって無駄よ、わかっているでしょ。」
パトリックは、言外で何かが起きていることを察したように黙ってこちらを眺めていた。
「今から起きることを止められなければ、どこにいようと安全ではいられない。この部屋にいたって同じなの。私の協力が必要なはずよ。だって、あの子たちを見つけて、この部屋から出さなくちゃいけないのよ。二人ともあの子たちを知らないじゃない。」
彼女が正しい。
デヴィッドにもそれはわかっていた。
だが、いちかばちかで彼女を危険な場所に連れて行くなど、とても耐えられそうになかった。
「私を連れて行かなくちゃダメよ、デヴィッド。あなたが何を恐れているかはわかってわ。」
ケイトが反応を伺うように、見つめてきた。
「それでもやらなくちゃいけないの。過去は過去なのよ。」
デヴィッドはゆっくりと頷いた。
恐怖は依然としてそこにあるが、何かが違っていた。
彼女自身が危険を覚悟していること、彼女がデヴィッドを信じ、パートナーとして行動を共にしようとしていること、それを知って変わったのだ。
ケイトの元に歩いて行き、拳銃を渡した。
「ルガーならジャムは少ない。弾も装填してあるし、すぐに使える。狙って撃てばいいだけだ。装弾数は8発、おそらくそれで充分だろう。俺たちの後ろにいろよ」
 
続く→

コメント

第二進化・アトランティス・ジーン(1)A・G・リドルー83

2020.07.10.22:22

127
 
両開きのドアがスライドして開いた。
ケイトは、驚きが顔に出ないよう耐えた。
大股で入って来たのは、背が高いナチスの軍服を着た男だった。
男は不意に立ち止まり、背筋を真っ直ぐ伸ばしたまま石のように固まった。
彼の視線がゆっくりとケイトから子供たちへ、移って行った。
ケイトは自分でも気づかぬうちに前へ出て、男と子供達の間に立ちはだかっていた。
男が口の両端をわずかに上げた。
ケイトの本能的な動きから何かを察し、秘密を握ったとでも言うように。
前へ出たその行為でそれを見抜いたのだろうが、ケイトも彼の笑顔から見抜いたことがあった。
その冷たい微笑みを知っている。
そして、この男が誰なのかも。
「こんにちは。ヘル・ケイン。」
ケイトはドイツ語で言った。
「私たちはずっとあなたを探していたんです。」
 
128
 
パトリックが耳をすましていると、暗闇の奥で足音が止まった。
彼とデヴィッドは身を硬くし、互いの顔を見ながらじっと待った。
「ここはどういう場所だ?」
デヴィッドが小声で聞いた。
「よくわからない。」
「これまで来たことはないのか?」
「ない。だが、思い当たることはある。」
パトリックはチューブを見つめて言った。
室内は暗く、明かりといえばこの、木に実るバナナのように金属ラックにずらりと吊るされたチューブの光だけだった。
本当なのだろうか?
ずっとイマリが正しかったのか?
「ひょっとすると、ここは巨大な休眠船なのかも知れない。ジブラルタルのあのドア…あれはやはり、他の場所へ移動するポータルなんだ。おそらく、南極にある構造物に通じているんだろう。そしてその構造物は…彼らが思った通りのものだった。」
「彼ら?」
「ケインだよ、イマリだ。彼らの仮説では、ジブラルタルの構造物は小さい前哨基地に過ぎないとされていた。他にアトランティスの本拠地があって、それは南極大陸の氷の下にあると考えられていたんだ。彼らは、アトランティス人は休眠している超人類で、地上を取り戻す日が来るのを待っていると信じていた。」
その時、遠くでまた足音が響き始めた。
パトリックは、デヴィッドが杖代わりにしている槍に目をやった。
二人で足音に接近すれば、謎の相手は間違いなくこちらの音に気づくだろう。
その考えが顔に出ていたようだ。
「俺はここで待っていてもいい。」
デヴィッドが言った。
「それともこちらから、名乗り出てみるか?」
「だめだ。」
パトリックは鋭くささやいた。
「もしイマリが南極の入り口を発見していたら、あの足音の主は…友好的じゃない可能性がある。それに…。」
ちらりとチューブに目を向けた。
「どちらにしても様子を見よう。」
二人は一番近いチューブの影に隠れて、うずくまった。
穴ぐらに響きわたる足音が、こちらに向かって来ていた。
 
129
 
ドリアンが見つめる前で、ナチスの兵隊が薄暗い廊下を行進して通り過ぎて行った。
幻ではない。
生き残っていた者がいたのだ。
父も生きている可能性がある。
ドリアンは柱の影から姿を現し、胸を張って力強く言った。
「私はディーター・ケインだ。」
兵士二人が即座に向き直り、サブマシンガンの銃口をドリアンに向けた。
「動くな!(ハルト)」
一人が叫んだ。
「何だと!」
ドリアンは噛み付いた。
「俺はただ一人生き残ったコンラッド・ケインの息子だぞ。銃を下ろしていますぐ彼のもとへ案内しろ。」
 
ーー
 
コンラッド・ケインは獲物を観察し、今すぐ襲うべきかどうか計算している豹のように、ゆっくりとケイトに近づいて来た。
「お前は?」
ケイトは素早く考えを巡らせた。
最もらしい嘘が必要だ。
「ドクター・カロリーナ・クナップです。イマリの特殊研究プロジェクトの研究責任者で、あなたを探すために派遣されました。」
ケインはケイトを眺めまわし、それから子供たちに目を向けた。
「あり得ない。私がここへ来てまだ3ヶ月も経っていない。次の遠征隊を派遣するにはもっと時間がかかるはずだ。」
ケイトは自分のアクセントのせいで、怪しまれるのではないかと不安だった。
ドイツ語はもう長いこと話していない。
なるべき短く答える方が無難だ。
「あなたがここに着いたのは、3ヶ月よりずっと前です。ですが、いまは時間がありません。すぐにここを出なければ。この子たちに荷物を下ろさせ…。」
また一人、ナチスの兵が駆け込んできて、早口のドイツ語で言った。
「発見しました。それと、また侵入者が。」
彼は息を切らして、ケインの答えを待った。
ケインがその男からケイトに視線を戻した。
「すぐに行く。」
そう言うと、またジロジロとケイトを眺めた。
「ドクタ、か。」
腰をかがめて子供たちの顔を覗き込み、なぜか英語を口にした。
「君たちに手伝ってほしいことがある。一緒に来てくれ。」
彼はあっという間に二人を両腕に抱え、ケイトが止める間も無く去って行った。
 
130
 
物わかりの悪い彼らをどうにか説得しようと試みたが、15分経っても事態は何一つ変わらなかった。
ドリアンが父親の話をしても、彼らは首を横に振るばかりで、盗人でも捕まえたかのようにしつこく銃口を突きつけて来た。
しまいにはドリアンもため息をつき、体を揺らしながらそこに立って待つしかなくなった。
1秒が永遠に感じられた。
やがてゆっくりと、静寂が破られて行った。
廊下の角を曲がってくるその足音が、心臓の鼓動と重なってドリアンの胸を震わせた。
ずっと待ち望んでいた瞬間が、ついに訪れたのだ。
もう思い出すことも難しくなった男、病身の彼をガラスの棺にしまった男、彼の命を救い、これから世界をも救うだろう男。
彼の父親が、角を曲がってこちらへ向かってくる。
走り出したかった。
父に抱きつき、自分がしたことを全て話して聞かせたかった。
100年近く前に父が自分を救ってくれたように、自分も父を救うために頑張ったことを教えたかった。
自分が強くなったことも、知って欲しかった。
父に負けないぐらい強くなったので、彼が払った犠牲は決して無駄ではなかったと伝えたかったのだ。
だが、ドリアンは動かなかった。
サブマシンガンを向けられているせいもあるが、それ以上に大きな理由があった。
父親の目が冷たく尖っていたからだ。
パズルのピースを集めるような目で、こちらをじっと分析している。
「パパ。」
ディーターはささやいた。
「やあ、ディーター。」
父はドイツ語で言った。
感情のない、事務的な声だった。
「言わなくちゃいけないことが、たくさんあるんだ。俺が起きたのは197…。」
「1978年だな。ここは時間の流れが遅いようだ。ディーター、お前は今四十くらいか?」
「42歳だ。」
ディーターは、父親が早くも事態を飲み込んでいることに驚嘆した。
「外は2013年だな。ここへ来て、75日になる。ここの1日は、外の1年にあたる訳だ。大体、1対360の比率で時間がずれている。」
ドリアンはついていこうと必死で頭を働かせた。
何か鋭いことを言って、自分もこの謎を解けるぐらい賢いのだと証明したかった。
だが口にできたのは、これだけだった。
「ああ。でも、なぜ?」
「奴らが休眠している霊廟を発見した。我々が思った通りだ。」
父親は背を向け、ゆっくりと廊下を歩き始めた。
「ベルが内部の時間を歪ませて、休眠に必要なエネルギーを生み出しているのかも知れない。あるいは、休眠装置が完璧ではないのか。休眠していてもわずかながら老化が進むので、それへの対策と言うことかも知れない。機械類を守るためという理由も考えられる。むろん機械も経年劣化するだろうからな。いずれにしろ、時間の進行を遅らせれば、連中は時代を飛び越えられるということだ。他にも発見があったぞ。アトランティス人は我々が考えるような者ではなかった。真相は想像以上に奇怪だった。説明するには時間がかかるがな。」
ドリアンはバックパックを指し示した。
「この子供たちが背負っているのは…。」
「爆弾だろう。いい作戦だ。この二人はベルを抜けられるんだな?」
コンラッドが言った。
「ああ、もう一人、ベルを抜けてここに入った女がいる。ケイト・ワーナーだ。パトリック・ピアーズの娘だよ。子供たちを見つけてしまわないか、心配ししてたんだ。でも、もう関係ない。ほとんど時間が残ってないはずだ。」
コンラッドがバックパックを確かめた。
「あと2時間ほどある。その女なら、確かに子供たちを見つけていたぞ。我々が拘束したがな。三人ともあの霊廟に入れるつもりだ。それで片付かなければ、また戻ってこよう。」
「入れたら急いでここを離れた方がいい。ここから出口まで歩いて30分はかかるんだ。」
ドリアンは子供たちの方へ身をかがめ、英語で話しかけた。
「また会ったな。言った通り、ケイトはここにいただろう?一つ目のゲームは楽しかったか?」
少年たちはこちらを見つめ返してくるだけだった。
石ころみたいに無口な奴らだ。
と、ドリアンは思った。
「次のゲームをしよう。やりたいか?」
しばらく待ったが、少年たちは相変わらず押し黙っていた。
「よし、イエスだと受け取ろう。今度のゲームは競争だ。二人ともかけっこは得意か?」
少年たちが頷いた。
 
131
 
デヴィッドはナチスの兵士が二人、呆けた顔でチューブを眺めながら歩いてくるのを見つめていた。
ヘルメットはかぶらず、分厚いセーターを着ている。
クリークスマリーネ、ナチスの海軍だ。
至近距離での白兵戦はお手の物だろう。
デヴィッドとパトリックが彼らを倒すには、不意を打つしかない。
合図しようと手を上げたが、すでにパトリックが合図をよこしていた。
通り過ぎるまで待て。
もう少し低くしゃがもうとすると、足に痛みが走った。
そもそも、こんな風にしゃがめること自体が奇跡なのだ。
このスライムは本当に効くらしい。
スライム…彼らにも臭いが届くだろうか?
パトリックは隣でしゃがみ込んでいて、やはりチューブの間に身を潜めていた。
二人が潜むバナナの房に、兵士たちがフラフラと近づいて来た。
そして、2秒が経過した。
一人がふと足を止めた。
臭いに気づいたか?
と、いきなり頭上のチューブが白い霧を吹き出し、兵士たちの注意を引きつけた。
彼らは素早く肩のサブマシンガンを引き下ろして身構えたが、デヴィッドとパトリックはすでに立ち上がって、そちらへ飛び出していた。
デヴィッドの体当たりで彼のターゲットが倒れた。
すかさずその額に、手の付け根を叩きつけた。
兵士の後頭部が金属の床に激突し、周囲に血溜まりが広がって行った。
1メートルほど先では、パトリックがもう一人の兵士ともつれ合っていた。
若い兵士が上になっている。
ナチはナイフを握り、それをパトリックの胸に突き立てていた。
デヴィッドは男に飛びついて、引き剥がした。
手からナイフを叩き落とし、男を床に押さえつける。
傍に来たパトリックが、男の喉元にナイフを突きつけた。
ナチが観念して暴れるのをやめたが、デヴィッドは彼の両腕を抑えた手から力を緩めなかった。
ドイツ語は話せない。
だが、デヴィッドが口を開く前に、パトリックがドイツ語で尋問し始めた。
「ヴィフィエーレ、メノール?」
「フィーア。」
パトリックが喉元のナイフを男の左手の人差し指に移動させた。
「ツヴェルフ!」
男が訴えた。
パトリックが男の喉にナイフを走らせると、次の瞬間には鮮血が吹き出して死が訪れた。
パトリックがナイフを放し、床に崩れ落ちた。
血は彼の胸の傷からも、滴り落ちている。
デヴィッドは死んだ男から這い下り、ほぼ治っている自分の肩と足の傷から黒いスライムの残りをかき集めた。
それをパトリックの胸に塗りつけると、年上の男が顔を歪めた。
「大丈夫、2、3時間もすればすっかり元どおりになる。」
デヴィッドはニヤリとした。
「もっと早いかも知れない。」
パトリックが体を起こした。
「それまで命があればな。」
そう言うと、兵士がやって来た方向にあるドアを示した。
「もう疑いの余地はない。ここは南極だ。」
彼は何度か浅い呼吸を繰り返した。
「連中は何人いる?」
パトリックが死んだ兵士にたちに目を向けた。
「十二人だ、これで十人になった。ケインも一緒だ。連中がこの部屋に来てしまったら、ここで大殺戮が繰り広げられるだろう。そうなれば…それは…人類にとっても悪い知らせになる。」
デヴィッドは男たちの死体を調べ、銃や使えそうなものを集め始めた。
「他に何か言ってなかったか?」
パトリックがなんのことだという顔で、こちらを見た。
「誰かを見かけたというような話は?」
デヴィドは期待を込めて聞いた。
パトリックは察したようだった。
「していなかった。誰にも会っていないようだ。ここに来て3ヶ月ほどになるという話だったが。1938年に着いたとすれば、計算は合うな。ここの1日は1年、2時間は2年ということだ。この部屋を見つけたのは、たった今だとも言っていた。一人が報告に戻ったらしい。」
パトリックにサブマシンガンを1挺渡し、彼を立たせるために腕を伸ばした。
「それじゃあ、急いだ方がいいな。」
彼がデヴィッドの腕を掴んで、なんとか立ち上がった。
そして自分を押さえつけた兵士に、ちらりと目をやった。
「なあ、ヴェイル。俺はもう20年以上も戦場から離れていた…。」
「心配ない。何とかなる。」
デヴィッドは言った。
 
続く→
 
 
^^^^^^^
 
この話は小説ですが…
興味がある方は、南極でナチスが何をしていたか?
南極で何が発見されていたか?
コーリーの話などを調べてみてください。
……
 
ナチスは金髪碧眼の優生種族(?)を目指していたのですね?
どうして、金髪碧眼が優れているということになったのでしょうね…
 
私は妄想します。
あの、トールホワイトと言う白人の巨人は…いったい、どういう種族なのでしょうね?
もう隠さないでくださいよ。
嘘は飽き飽きしてますから。

第二進化・アトランティスジーン(1)A・G・リドルー82

2020.07.05.19:13

126

 

パトリック・ピアーズは銃に手をかけたまま、デヴィッド・ヴェイルと名乗る男を眺めていた。

その年下の男には、先を歩かせていた。

彼の話は説得力があったが、それでもまだ信用できない気持ちが残っていた。

いや、俺は信じたくないだけかもしれない。

二人はまた1本、長い廊下を進んでいるところで、パトリックはいつしかヘレナのことを、

軽やかな音とともにガラスのチューブが開いた7年前の、あの日のことを思い出していた。

白い霧が二つに分かれ、彼は腕を伸ばして彼女に触れた。

その肌の冷たさを感じたとき、自分の手が砂になってボロボロに砕け、風に吹かれた灰のように飛び散ってしまうのではないかと思った。

膝が崩れ、涙が頬を伝った。

マロリー・クレイグが肩に腕をまわしてきたが、彼を床に引き倒し、警備員二人に引き離されるまで2発、3発、4発とその顔面に拳を食らわせた。

クレイグ…悪魔の右腕、パトリックを罠にはめて殺そうとした男。

怯えた少年…ディーター・ケインが隅で小さくなっている。

立ち上がったクレイグが、顔からとめどなく流れる血を1度拭き、それからディーターを連れて部屋の外へと逃げていった。

ヘレナの亡骸はイングランドの家族の墓に埋葬してやりたかったが、クレイグは認めなかった。

「我々は新しい名前で生きてくんだ、ピアーズ。過去とのつながりはすべて断たなければならない。」

新しい名前、キャサリン。

ケイト。

このヴェイルと言う男は彼女をそう呼んだ。

彼女がどんな思いを味わってきたか、想像しようとした。

自分は留守がちで、そばにいる間もせいぜい不器用な父親にしかなれなかった。

初めてキャサリンを抱いた瞬間からずっと、イマリと言う危険な存在を解体すること、ジブラルタルとベルの謎を解くことに躍起になっていた。

彼女のために安全な世界を作りたかったのだ。

それが彼女にしてやれる最善のことだった。

だが、失敗してしまった。

ヴェイルの話が本当なら、イマリはかつてないほど強大な力を持っている。

そしてケイトは…彼女の成長を見守ることが出来なかった。

いや、もっと悪い。

彼女は知らない大人に育てられることになったのだ。

しかも、イマリの陰謀に巻き込まれているという。

まさに悪夢だった。

どうにか頭を切り替えようとしたが、角を曲がり、次の廊下に入るたびに、数々の思いがまるでしつこい亡霊のように床から沸き上がってきた。

パトリックは目の前で足を引きづっている男に、視線を向けた。

ヴェイルなら答えられるだろうか?

その答えを信用できるだろうか?

咳払いをした。

「彼女はどんな人間だ?」

「彼女?ああ、ケイトか?」

デヴィッドは振り返って笑みを浮かべた。

「彼女は…すごいよ。とにかく賢くて、並外れた意志の強さを持っている。」

「きっと、そうだろうな。」

娘のそうした話を聞かされるなど、ひどく現実離れしたことに思えた。

だがある面では、その言葉が現実を受け入れる力にもなっていた。

娘が父抜きで成長したという現実を。

何か言うべきだと思ったが、何を言えばいいのかわからなかった。

少ししてから口を開いた。

「妙な気分だよ、ヴェイル。俺の中では、西ベルリンであの子にバイバイと言ったのは、ほんの数週間前の話なんだ。なんというか…後ろめたい気持ちだ。わが子が父親を持たずに育ったのかと思うと。」

「心配しなくていい。彼女は立派に成長した。」

デヴィッドは少し間を置き、こう続けた。

「彼女のような人に会ったのは初めてだ。美しく…」

「わかった、その、もう充分だ。それより、集中しよう、ヴェイル。」

パトリックは足を速めた。

どうやら真実を知らされるときにも、速度制限と言うものは必要らしい。

とりわけ、ある種の真実を知らされるときは。

ヴェイルを追い越して、先を歩き始めた。

ヴェイルは文字通り手足をもがれたような状態だし、銃も持っていない。

それほど恐れる必要はないだろう。

パトリックはそう判断した。

それに、ヴェイルの最後のセリフを聞いて、確信していた。

この年下の男は、真実を語っている。

デヴィッドが必死でついてきた。

「そうだな。」

彼が言った。

二人は黙って廊下を進み続けた。

しばらくしてパトリックは足を止め、デヴィッドに一息つかせた。

「悪いな。」

パトリックは言った。

「そのスライムを付けていると、疲れるのは知っているんだが、」

彼は眉を上げて見せた。

「この1か月間、俺も調査中に何度か事故にあったからな。」

「俺なら大丈夫だ。」

デヴィッドが足の間に頭を垂らしたまま言った。

「ああ、そうだろうとも。俺が誰だか忘れたのか?俺はお前よりも100年も前に、悪い足を引きづりながら、この地下トンネルを歩き回っていたんだぞ。無理はしない方がいい。」

デヴィッドが顔を上げた。

「そのことだが、あんたの足はもうすっかりいいみたいだな。」

「ああ、もっとも、時間を巻き戻せるなら足なんていらないがな。チューブだよ。1918年に、あれから出るとよくなっていたんだ。数日間入った

だけで完治していた。日記には書かなかったが、何しろあの頃は目の前のことで頭がいっぱいだったから。ヘレナ…スペイン風邪…」

パトリックはしばらく壁を見つめていた。

「それに、チューブにはほかの効能もあるようだ。78年に出た後は、ここの機械も操作できるようになっていたんだ。もしかするとジブラルタルのポータルを通れたのも、そのおかげかも知れない。」

彼はデヴィッドに目をやった。

「だが、なぜおまえが現れたのかがわからない。お前はチューブに入ったことがないだろう?」

「その通りだ。確かに謎だな。」

「イマリに薬か何かを打たれたことは?」

「いや、ないと思う。だが実をいうと、チューブに入っていた人間の血を輸血してもらったことがある。ケイトだよ。チベットで負傷して大量の血を失ったときに、彼女が…俺の命を救ってくれたんだ。」

パトリックは頷き、ゆっくりと廊下を歩き回った。

「興味深い。」

黒いスライムに覆われた、デヴィッドの肩と足の傷に目をやった。

「きれいに手当てされていたが、それは銃で撃たれた傷だろう?何故撃たれた?」

「ドリアン・スローンの仕業だ。」

「なるほど、あいつはイマリに入って家族の遺志を継いだわけか。あの小さい悪魔は、1985年にはますます邪悪になっていた。まだ15歳だったがな。」

「奴は順調に悪化しているよ。」

デヴィッドが背筋を伸ばした。

「休ませてもらって助かった。もう大丈夫だ。」

パトリックはまた先導役を務めたが、幾分ペースを落として歩いた。

前方にこれまで一度も開かなかった両開きのドアが現れ、二人が近づくと音を立ててスライドした。

「興奮するな。昨日まで閉ざされていた関門を突破できるとは。いや、これじゃあまるで、あの戦争で俺を雇っていた連中と同じ言い草だな。」

デヴィッドが頭を振った。

「あの戦争、か?」

「何かあるのか?」

「そうじゃないが、ただ、あの戦争…と言って第一次世界大戦をさすのが新鮮だったんだ。最近じゃ、あの戦争と言えばアフガニスタン紛争だからな。」

パトリックは足を止めた。

「ソヴィエトか?まだソ連と?」

「ああ、それは違う。彼らは89年に撤退した。そもそも、ソヴィエト連邦は、もう存在しない。」

「それじゃあ、どこと戦っている?」

「アル・カイダだが、今はタリバンと言うべきか…とにかく、過激なイスラム教徒の集団とだ。」

「アメリカはアフガンのイスラム教徒と戦っているのか…」

「ああ、説明すると長くなるが…」

ふいに廊下の照明がチカチカと瞬き、そして消えた。

二人は動きを止めた。

「これまでにこういうことは?」

デヴィッドがささやいた。

「ない。」

パトリックはスティックライトを取り出して、スイッチを入れた。

廊下と二人の周囲に光が広がった。

まるで自分が、松明をかかげて古代の遺跡を照らす、インディアナ・ジョーンズになったような気分だった。

それを口に仕掛けたが、思い直した。

デヴィッドはインディアナ・ジョーンズなど知らないだろう。

「レイダース、失われたアークはもう遠い昔の映画になっているはずだ。30年以上前の作品だし、もはや若い世代が古い映画を見ることもないに違いない。

デヴィッドが動く方の腕を上げ、額に手をかざして目を細めた。

パトリックは一歩づつ慎重に前に進んだ。

照明が再び瞬き、点くかと思ったところでまた消えた。

廊下の突き当りにあるそのドアは、二人が近づいても自動で開くことはなかった。

パトリックは傍らにあるガラスのパネルに手を伸ばした。

うっすらと立ち上った霧はすぐに消え、指先ではじける刺激もまばらだった。

どうしたのだろう?

「エネルギーに問題があるようだ。」

パトリックは言った。

とはいえ、ドアを開けることぐらいはできそうだった。

パネルを操作すると、ゆっくりとドアがスライドした。

スティックライトを高く掲げ、その広い空間を照らした。

これほど広大な部屋は、地下であろうと、地上であろうと、かつて目にしたことがなかった。

縦の壁も横の壁も、キロメートル単位で、どこまでも続いているように見える。

縦長のガラスチューブの列が、視線が届かない遥か上方までなん段も重なっていた。

そして、そのチューブの列が、遠い暗がりの奥まで果てしなく伸びている。

チューブはむかしパトリックがジブラルタルで目にしたものと同じだったが、二つだけ違っている点があった。

ここのチューブにはすべて人影があり、中の白い霧がうごめている。

晴れてきているのだ。

散っていく雲の隙間から、ほんの一瞬だけ、中にいる人間…もしこれが人間だとすればだが、が見えた。

彼らは、ジブラルタルの猿人より人間に近い姿をしていた。

アトランティス人か?

違うとすれば、いったい誰だ?

それに、彼らに、何があったのだろう?

目覚めようとしているのだろうか?

チューブに見入っていたパトリックは、その音で我に返った。

部屋の奥の方から足音が聞こえてくる。

 

続く→

 

 

第二進化・アトランティス・ジーン(1)A・G・リドルー81

2020.06.28.17:33

124

 

次の角を曲がったところで、ようやく子供たちを立ち止まらせることができた。

「どういうことか聞かせてちょうだい。」

ケイトは頼んだ。

「隠れなくちゃいけないんだ、ケイト。」

アディが答えた。

「時間がないよ。」

スーリヤが言った。

時間…その言葉がケイトの頭に響き渡り、新たな恐怖が湧き上がってきた。

慌てて少年たちに後ろを向かせ、デジタル表示を確かめた。

”02、51、37”

あと3時間近く残っている。

マーティンは爆発まであと30分もないと言っていたはずだった。

どういうことだろう?

だが、そんなことはどうでもいい。

時計は動き続けているのだ。

何か手を打たなければ。

少年たちが再びケイトを引っ張った時だった。

彼らの背後で、両開きの扉が開いた。

 

ドリアンは防護服を脱ぎ終え、その部屋を見回した。

除染室のようなものだろう。

小さい方のドアへ向かった。

彼の足音が金属で囲まれた部屋の高い天井に反響した。

行手のドアが開き、その先の廊下に足を踏み入れた。

ジブラルタルのものとよく似ている。

何もかも本当だったのだ。

ここは、もう一つのアトランティスの都市だ。

天井と床のライトが点灯した。

見たところ、全てが本来の姿で存在しているようだ。

無論、核爆発で損傷を受けた形跡などどこにもない。

なぜだ?

子供たちは、この穴ぐらのはるか奥まで行ったのだろうか?

それともアトランティス人に捕まったのか?

爆発は解体されてしまったのだろうか。

前方で足音がした。

隊列を組んだブーツが、一斉に金属の床を踏んでいるような音だった。

銃を抜いて壁際に寄り、柱の影に身を潜めた。

 

125

 

ケイトは戸口に立って、その部屋を覗き込んだ。

1ダースほどの巨大なガラスのチューブが、パトリック・ピアーズ…ケイトの父…の日記に書かれていた通りの姿で、縦になって並んでいた。

そして、やはり日記の通り、こちらのチューブにも、猿と人間の中間のようなものが入っていた。

ケイトは思い切って部屋に入り、呆然とした思いでチューブを見て回った。

目を見張る光景だった。

ここは、忘れられた先祖たちの広間だ。

人間の進化を辿る上で、欠けていたミッシングリングが、この楕円形の部屋に全て集められて整然と保管されている。

南極の深さ2キロの氷の下で、蝶を採取した子供がそれをガラス瓶にしまうように、標本のうち2、3体はケイトより背が低く、120センチもなかったが、大半は同じくらいの背丈だった。

わずかではあるが、ケイトよりずっと背の高いものもある。

肌の色も様々だった。

黒、褐色、蒼ざめた白、研究者なら生涯をこの部屋で過ごせるだろう。

この1ダースのチューブに浮かんでいる人類は、これまで数々の研究者が一生を費やして土を掘り、その骨のかけらでもいいから手に入れようとしてきた人々なのだ。

少年たちがケイトの後を追って部屋に入ると、チューブの他に目をひくものといえば、天板がガラスでできた胸くらいの高さのカウンターだけだった。

そちらに近づこうとして、足を止めた。ドアが再び開き始めたのだ。

 

続く→

 

第二進化・アトランティス・ジーン(1)A・G・リドルー80

2020.06.28.17:31

122

ケイトは我が目を疑った。
アディとスーリヤが廊下の角から駆けてきて、ケイトの姿を見るなりさらにスピードを上げて走り寄ってきたのだ。
二人を抱きしめようと身をかがめたが、少年たちはじっとしていなかった。
二人はケイトの腕を引っ張り、ついて来いと急きたてた。
「来て!ケイト、逃げなくちゃ、奴らが来る。」

ドリアンはオレンジ色のハーネスの金具を外し、1メートルほど下の氷に着地した。
ヘルメットのライトを向けると、籠の残骸が、海底に沈んだ蟹獲り網のように氷に埋もれているのが見えた。
その傍らでは、太い金属のケーブルがトグロを巻いている。
これがケイトの上や側面に落ちて来たが、籠が盾になって彼女を守ったのだ。
惜しかった。
背筋を伸ばし、真っ直ぐに入り口へ向かった。
はるか頭上、ドームの天辺に吊るされたベルの真下に着いたところで足を止めた。
ベルの表面に何度かヘルメットのライトを往復させ、それから笑みを浮かべた。
大人しくぶら下がっている。
兄を殺し、生き残ったものにも疫病をまき散らして、母の命まで奪った邪悪な装置。
それが今は沈黙を守っていた。
入り口が、ついに運命の時がきたことを悟ったように、その扉を開けた。
ドリアンは内部に足を踏み入れた。

123

デヴィッドは混乱した。
「その、なんと言っていいのかわからないが、とにかく今は2013年だ。」
「そんなはずがない。」
男は銃口をデヴィドに向けながら、棚に近づいて行き、中から金色に光る塊を取り出した。
彼がそれをデヴィッドに放った。
時計だった。
ひっくり返し、に付けと時刻に目をやった。
1985年9月19日。
「そうか、ふむ、俺には日付の狂った金時計はないが…」
デヴィッドはポケットに手を入れた。
男が銃口を上げた。
デヴィッドは動きを止めた。
「落ち着け。俺もタイムカプセルを持っているんだ。ポケットに写真が入っているから、自分で出して見てみろ。」
男が前に出て、デヴィッドのポケットから光沢のある紙を抜き取った。
そしてその潜水艦と氷山の写真に目を落とした。
「1985年には、イマリはまだ氷山の衛星写真など持ってはいなかったんじゃないか?」
男は頭を振り、まだ納得ができないというふうに、遠くへ目をやった。
「これはケインの潜水艦だな?」
デヴィッドは頷いた。
「多分、連中がそれを発見したのは、ほんの数週間前のことだ。聞いてくれ。俺もあんたと同じくらい混乱している。取り敢えずお互いの話を聞いて、どういう事なのか考えてみよう。あんたはどうやってここへ来たんだ?」
「俺は隠し部屋で調査を続けていた。あそこの機械の動かし方がわかったんだ。」
「映像が繰り返されるように設定したのは、あんたか?」
「映像?ああ、あれは俺がやった。万が一、俺が戻れなくて、他の誰かがあの部屋を見つけた時のためだ。」
彼は寝台に腰を下ろし、考えをまとめようとするように足元に視線を向けた。
「ドアにあの槍を刺したのも俺だ。俺はイマリの保管庫から色々と遺物を持ち出して試していたんだ。もっと他に動くようになる機械があるんじゃないかと思ってな。そして、あのドアをどうにか開けたが、俺はそこでためらった。隠し部屋を調べ尽しても、ドアの開閉方法は不明のままだったからだ。だが隣の部屋にも操作パネルがあるのかも知れないと思い、意を決してドアを抜けることにした。あの槍を刺したのは、それでドアが閉まらないようにできるかも知れないと考えたからさ。残念ながらダメだったがな。俺は2度と戻れなくなってしまった。
ここの機械はちょっと様子が違うんだ。大半は動いていない。他にもいくつか謎があって…。ともかく、この1ヶ月は、ほとんど何もできないまま時間がすぎてしまった。
と言っても、お前が現れる直前まではということだが。ここに来て全てが急に、目を覚ましたような感じなんだ。
動く機械が増えて、これまでびくともしなかったドアが開くようになった。そこであちこち調べているうちに、ドアが開く音がしてお前が現れたというわけだ。」
「わかった。いったん時間のずれの問題に話を戻そう。あんたがパトリック・ピアーズでもトム・ワーナーでもないことははっきりしている。彼は今頃80歳になっているはずだからな。ひとまずあんたの正体を…」
「俺はパトリック・ピアーズだ。」
男が上体を屈めた。
「ここは時間の進み方が遅いんだ。多分…ここの1日は、外の1年にあたるのだろう。」
「なぜそんなことに?」
「俺にもわからない。だがきっと、ベルと関係があるはずだ。ベルには二つの機能があると見られている。アトランティス人以外の者を追い払う監視装置ではあるが、それだけではない。研究が始まった当初はタイムマシーンだと考えられていたんだ。おそらく重力変位を生じさせるのだろう。周辺の時空をたたんだり歪ませたりするのさ。もしかすると、ベルはワームホール生成装置ではないかとも考えたよ。」
「何の装置だって?」
「ややこしい名称はこのさい忘れよう。とにかく、これはアインシュタインの一般相対性理論に基づいた考えだ。今頃はきっとこの理論も、修正されるか否定されるかしてるだろう。要はこういうことさ。ジブラルタルのベルを運び出して研究した結果、あの装置は周辺の時間の流れを遅らせるという事がわかってきた。ということは、理論上、エネルギーを与えてベルの重力効果を最小にすれば、装置を逆向きに働かせることもできるというわけだよ。」
「興味深い話だが、ひとつだけ問題があるぞ。このジブラルタルのベルは、100年近く前に取り外されているはずだ。」
「わかっている、俺が外したんだからな。実は、もうひとつ仮説があるんだ。ジブラルタルの船が破壊された時、アトランティス人は本体から崩れ落ちた部分に閉じ込められた。もしかすると、彼らが抜けたあのドアは隣の船室に通じていたわけではないのかも知れない。きっと、他の船に移動するポータルだったんだろう。つまり、俺たちが今いるこの場所は、ジブラルタルではないということだ。」

続く→

第二進化・アトランティス・ジーン(1)A・G・リドルー79

2020.06.25.19:27

121

デヴィッドは男が口にした言葉の意味を、理解しようとした。
どうにも頭が働かない。
肩と足の傷を治している、このナノ粒子のペーストのせいだ。
それに、鼻腔を絶えず責め立ててくるこの悪臭。
男は自分をパトリック・ピアーズ、もしくはトム・ワーナーだと言っているのだった。
ケイトの父であり、あの日記の著者である男。
アメリカの兵士で、イマリの幹部の娘と結婚するために坑道を掘った男。
だが、そんなはずがない。
年代がずれているではないか。
最も、一時期アトランティスの休眠チューブに入っていたとすれば、計算が合うのか?
彼の話は本当なのだろうか。
自分が知っていることを整理した。
パトリック・ピアーズは、1917年から1918年にかけ、第一次大戦の怪我から回復して、ジブラルタルの地下を掘った。
そしてアトランティスの構造物を発掘し、ベルを掘り出してのちに、スペイン風邪と名付けらられた死の疫病を解き放った。
疫病による死者は、5千万人から一億人に上り、世界中で10億人の人間がこの病に感染したと言われている。
そして同じ年の1918年に、妻のヘレナとまだ生まれていない子供をチューブに入れた。
その年から1938年まで、彼は不本意ながら妻と子供を守るために、イマリの幹部の一員となった。
その間にジブラルタル の発掘は終えたものの、コンラッド・ケインが遠征に出発する前夜に、自分もチューブに入れられてしまった。
ケインの遠征隊は、まずチベットで様々な遺物を略取してイマルを虐殺し、次に南極に向かってアトランティスの首都と信じるものを発見することを目指していた。
だが、ケインは戻ってこなかった。
それから40年がすぎた1978年、パトリック・ピアーズとマロリー・クレイグ、それにディーター・ケインはチューブから出された。
ピアーズの妻は生き返らなかったが、子供は生まれた。
ピアーズは彼女をキャサリン・ワーナーと名付けた。
その時他の者も名前を変え、ピアーズはトム・ワーナー、クレイグはハワード・キーガン、ディーター・ケインはドリアン・スローンになった。
だが1985年以降、トム・ワーナー(パトリック・ピーズ)の行方はわからなくなった。
もしかすると、研究実験中の事故か何かで死んだのかも知れない。
ありえるだろうか?
パトリック・ピアーズ、あるいはトム・ワーナーが、1985年からずっとここにいたなどということが。
日記に従い、ピアーズが第一次大戦中に20代だったと仮定すれば、チューブに入れられた38年当時は40代半ばということになる。
とすると、85年には52歳前後だったわけで、現在は80歳くらいになるはずだ。
だが目の前にいる男は、それより遥かに若く、ひょっとすると50にもなっていないように見えた。
ペーストのおかげでだいぶ楽になっていた。
立ち上がると、男が銃口を向けてきた。
「じっとしていろ。お前は俺の話を信じていないだろう?」
傷を負った身で、しかも相手が銃を持っているとなれば、議論しようという気はなかなか起きないものだ。
デヴィッドは肩を竦めて困った顔をして見せた。
「信じているさ。」
「おちょくるのはやめろ、それに嘘は言うな。」
「いやちょっと状況を整理しようとしているだけだ。日記が書かれたのは、1918年から1938年で…」
「日記の日付はよく知っている。俺が書いたと言っただろう。さあ、どうやってここへ来たのか詳しく言ってみろ。」
デヴィッドはまたベッドに腰を下ろした。
「罠にはめられたのさ。マロリー・クレイグにな。彼はクロックタワー の局長で。」
「あいつがどこの局長かも知っている。罠とはどういうことだ?」
男は話を急かした。
デヴィッドを焦らせてミスを誘い、尻尾を出させようとしているのだろう。
「ケイト・ワーナーだよ。クレイグがこの穴ぐらに彼女が入ったと、俺に思い込ませたんだ。俺は彼女を探しにここへ来た。1週間ほど前になるが、彼女のジャカルタの研究室から子供が二人拉致された。子供たちは新しい自閉症の治療を受けていて。」
「一体、なんの話をしているんだ?」
「俺も詳しいことはわからない。彼女は俺に教えようとしなかった。」
「ケイト・ワーナーは6歳の少女だぞ。ジャカルタかなんだか知らないが、あの子は研究室など持っていない。」
デヴィドは男を観察した。
どうやら本気でそう信じているようだ。
「ケイト・ワーナーは遺伝学の学者だ。それにもちろん、6歳の少女ではない。」
男は銃を下ろし、自分の斜め下あたりを見つめた。
「有り得ない。」
彼が呟いた。
「なぜ、そう思う?」
「俺がここへ来たのは、ほんの1ヶ月前のことだからだ。」

続く→

第二進化・アトランティス・ジーン(1)A・G・リドルー78

2020.06.21.23:27

119

 

デヴィッドは目を開けて辺りに視線を巡らせた。

狭い寝台に横たわっており、体の下にはデヴィッドの輪郭とぴったり一致したジェル状のマットレスが敷かれていた。

背中を上げると、ジェルが反応してデヴィッドが起き上がるのを手伝った。

何かが臭った。

ニンニクと甘草が混ざったような臭いがする。

いや、それよりひどい臭いだ。

手で鼻を覆ったが、匂いはますます強くなっただけだった。

どうやら悪臭を発しているのは自分らしい。

自分の肩と足に貼りついた、黒いペースト状の物体が臭っているのだ。

なんとも強烈な匂いだが、傷が良くなっている気がした。

デヴィッドのシャツを食い破っているとはいえ、そのペーストは傷を治そうとしているように見えた。

立ち上がってみると、あっという間によろけてジェルのベッドに逆戻りすることになった。

100%良くなったとは言えないようだ。

「焦らないほうがいい。」

デヴィッドを気絶させた男だった。

部屋を見回して武器を探した。

槍がなくなっていた。

「落ち着け、危害を加えるつもりはない。てっきり連中の手先が俺を殺しにきたと思ったんだが、その傷を見て…まあ、普通なら…もう少しマシな人間をよこすだろうからな。」

デヴィッドはじっくりと男を観察した。

やはり、ただの男のようだ。

40代後半から50代前半くらいだろう。

しばらく食事も睡眠もまともにとっていなさそうな、やつれた顔をしている。

だが、それだけではない…どこか顔つきに鋭さがある。

軍人だろう、傭兵かもしれない。

「あんたは誰だ?」

そう聞いた途端に、肩のスライムからまた臭いが届き、無駄とわかっていながら顔を背けた。

「それに、俺に一体何をしたんだ?」

「正直に言うと、俺にも良くわからない。何かでできた医療用のペーストだろうがな。どんなものでも治すようだぞ。仕組みはわからないが、実際に治るんだ。俺も死を覚悟するほどの重傷を負ったんだが、その時コンピューターのパネルが開いて、この臭い物体が載った皿が出てきたんだ。俺がこれを塗っている映像まで出て来た。やけに本物っぽい映像だったよ。そこで真似して塗ってみると、見事に治ったと言うわけだ。あっという間にな。お前もすぐに良くなる。多分2、3時間と言うところだ。」

「本当か?」

デヴィッドは傷口を覗き込んだ。

「もっと早いかもしれない。まあ、どのみち急いで行くところがあるわけでもないだろう?そろそろお前が誰なのか聞かせてくれ。」

「デヴィッド・ヴェイルだ。」

「所属機関は?」

「クロックタワーのジャカルタ支局。」

デヴィッドはいつものくせでそう答えていた。

男がデヴィッドに近づき、拳銃を抜いた。

自分が言ったことに気がついた。

「違う、俺はこれまでイマリを潰そうとして来た。クロックタワーが奴らの組織だと言うことは、ついさっきまで知らなかったんだ。」

「嘘をつくな。どうやって俺の居場所を突き止めた?」

「突き止めちゃいない。あんたを探していたわけでもない。いいか、俺はあんたが誰なのかも知らないんだ。」

「ここで何をしている?どうやってここまで来た?」

「ジブラルタルの地下トンネルから来たんだ。部屋を見つけて、あの槍があった。」

「どうやって?」

「日記だ。」

デヴィッドは集中しようと頭を振った。

ペーストが冷たいせいで、気が散って仕方がない。

「チベットで渡されたんだ。ある僧侶から。日記の話は知っているか?」

「もちろんだ、俺が書いたんだからな。」

 

120

 

空気が吹き込む軽やかな音が、ケイトの全身を包んでいた。

相変わらず体の感覚はなかったが、その空気は暖かく、初めはわずかに感じ取れる程度だったが熱が、刻々と強さを増して行った。

床に手をついて起きようとしたが、また頭から倒れてしまった。

ひどく疲れている。

ケイトは冷え切ったスーツにぐったりと体を沈めた。

次第に暖気がスーツを満たし、それとともに体の感覚も戻って来た。

正体はわからないが、誰かがケイトの体温をあげようとしているらしい。

水滴になったヘルメットの霜が、シールドを伝って筋を描き、視界に1本づつ床が現れた。

まるでシュレッダーにかけられた写真が一切れづつまた並べられて復元されていくかのようだ。

床は鉄格子になっているが…向こうを見通すことはできない。

いや格子ではなく、一枚の金属に規則的なくぼみがあるだけだ。

体を転がして仰向けになり、滑らかな金属の天井を眺めた。

霜はほとんど消えていた。

まだ寒さは感じるものの、外の氷の大聖堂に比べれば天と地ほどの差がある。

ここはなんの部屋なのだろう?

除染室のようにも見えるが。

ケイトは起き上がった。

感覚が戻った指先で、手首の留め具をまさぐった。

しばしそれと格闘してどうにかグローブを抜き取ると、今度はヘルメットを外しにかかった。

10分後、ケイトは防護服から開放され、ジブラルタルを発った時と同じ服装で立っていた。

部屋を見回した。

明るいライトに照らされた空間で、幅はおよそ12メートル、奥行きはその2倍ほどありそうだった。

背後の、先ほど通り抜けて来た場所に巨大な扉が見えた。

向かい側にもドアがあるのだが、それより遥かに大きい。

部屋の奥に進むと、小さい方のドアが開いた。

戸口を抜けた途端に、床と天井のライトが灯った。

一つ一つの光は弱いが、数があるので灰色の廊下に十分すぎるほどの明かりが行き渡っている。

あの、リムジンの床にずらりと並ぶ小粒のライトに良く似ている。

広いT字路の分岐点に出たところで足を止めた。

どちらへ向かえばいいのだろう?

決断する間もなく、ケイトの耳がその音を捉えた。

足音が近づいてくる。

 

続く→

第二進化・アトランティス・ジーン(1)A・G・リドルー77

2020.06.21.23:26


118

 

南極大陸東部 イマリ調査基地プリズム

 

ドリアンはケイトが倒れ、また立ち上がって巨大な裂け目を通り抜けるのを見つめていた。

上にぶら下がったベルは、沈黙したままだ。

カウントダウンの表示に目をやった。

00;01;32。

あと2分もない。

あの落下で死ぬものと思っていたが、どうやら穴ぐらの中で、核に吹き飛ばされることになるらしい。

悪くはない、結果は同じだ。

「私を放せ、ドリアン。」

振り返ってマーティン・グレイに目を向けた。

その白髪の男は、両脇にいるイマリ警備の隊員の手を振りほどこうともがいていた。

ケイトの死に様を見届けるべく画面に集中していたせいで、この狡賢い年寄りがまだ制御室にいることをすっかり忘れていた。

彼はマーティンと向き合って、薄笑いを浮かべた。

「あんたの仕業だな。クロックタワーの騒ぎを起こしたのも、奴らを中国の施設にいかせたのも、奴らが子供を救って俺のトバ計画を阻止することを期待していたんだろう?」

ドリアンはそこで少し考えた。

「逃亡を手助けしたのもあんただ。そうだろう?あんたが連絡したから、イマルはベルが吹き飛んだ後で奴らを助けたんだ。どうやって突き止めた?なぜイマルの居場所が分かったんだ?」

「全てお前の妄想だ、ドリアン。それ以上恥をかく前に私を解放しろ。」

「あんたは頭がいい、マーティン。だがこのことは、どう言い訳する?あんたはついさっきケイトを逃したんだ。」

「それは否定しない。これまでだって彼女への愛情を隠したことは一度もないはずだ。私にとっては、彼女を守ることが第一だ。必要とあらば、この施設に火を放つことさえしただろう。」

ドリアンはにやりと笑った。

「じゃあ認めるんだな。あの掘削チームに攻撃を命じたのは、自分だと。」

マーティンはきっぱりと首を振った。

「有り得ない。考えてみろ、ドリアン。私には彼らと連絡を取ることなど出来ない。それどころか彼らとは一面識もないんだ。」

「まあ、構わないさ。それより分かったことがあるぞ、マーティン。」

ドリアンは年配の男の顔を見つめ、反応をうかがった。

「あんたもだろう?そう、もちろん気づいているはずだ。あの子供たちがベルを生き延びたのは、ケイトと俺の子の幹細胞で治療を受けたからだ。そして、俺たち二人には、チューブに救われた過去がある。ケイトは母親の胎内にいるときに、俺はアトランティス病…スペイン風邪と呼んでもいいが、で死にかけているときに。つまりこの俺も、入り口を抜けられると言うことだ。まあ、あと数分は待つつもりだがな。」

彼はカウントダウンが表示された大きなスクリーンを、手で示した。

最後の数秒が経過し、カウントが”00:00:00”になった。

数字が赤く点滅した。

爆発でここも揺れるはずだと覚悟したが、その気配はなかった。

構造物の壁がよほど厚く、それに加えて2キロメートルの氷も緩衝材の役割を果たしたのだろう。

ドリアンはニンマリした。

「たった今、下で2発の核弾頭が爆発した。断言してもいい、ケイトは子供たちに会えなかったはずだ。何しろ2分もなかったし、あの状態で駆け足ができるとも思えないからな。あんたも見ただろう?あれは致命的だ、マーティン。スーツ姿のまま凍え死んだに決まっている。少なくとも手足の指はなくしただろう。爆死する直前にな。」

しばらく待ったが、マーティンは何も言わなかった。

ドリアンが警備隊員の一人に頷くと、隊員はロッカーに行って、防護服を用意し始めた。

「もうすぐ下に降りて、彼女の様子を確かめてやる。いま降下用のハーネスを取り付けさせているところだ。もし遺体か何か残っていれば教えてやろう。まあ、何もないとは思うがな。だがその前に、まだ話しておきたいことがある。もう一つ謎が解けたんだ。」

ドリアンは彼の前をゆっくり歩き回った。

「聞きたいか?」

「お前は狂っている、ドリアン。」

「口に気をつけた方がいいぞ。あんたが生きるか死ぬかは、俺にかかっているんだ。」

「お前が生きるか死ぬかも、それで決まることを忘れるな。評議会の議員が他の議員を殺すことは決して認められない…」

「それはどうだろうな。確かに数日前はマロリー・クレイグもあんたを殺すなと言っていたが、今は考えを変えたんじゃないか?なんたってケイトを俺に渡したのは彼なんだ。今回はあんたの処刑にも反対しないだろう。だがまずは、言いかけてた話をしよう。中国の爆発だ。あの子供たちはアトランティス遺伝子を使った治療を受け、その結果、中国でベルの放射線を浴びても死ななかった。しかし、ケイトが実験室に入れられた時はベルの動きそのものが違っていた。ベルが止まったんだ。中国の事故はそれが原因だったのさ。そのせいで送電系統内の電圧が急激に高まり、いわゆるサージが発生して、原子炉や継電器が壊れてしまったと言うわけだ。ところで、今の話にどんな意味が含まれているかわかるか、マーティン?」

マーティンは遠くに目を向けていた。

「どうせお前が話すだろう。」

「口が減らない奴だな。これを聞けばあんたも喜ぶはずだぞ。つまりこう言うことだ。ケイトと俺の子供は、アトランティス人の両親から生まれた初めての子供だと言うことさ。初めての新種の人間、人類の進化の最新形態と言うわけだ。ゲノムを研究すれば、5万年前に我々にどんな変化があったのか、この先どう進化していくのか、その手がかりをつかめるだろう。」

「掴めるはずだった…だろう?ドリアン。お前が自分で…」

「出来なかった。」

ドリアンはマーティンに背を向けた。

「彼女の父親が俺の家族にしたことを思えば、確かにケイトは憎い。だがそれでも、自分の子供を殺すことは出来なかったんだ。子供は研究室にいる。サンフランシスコで、アトランティス人のチューブに入っている。あんたに言いたかったことはこのことだ、マーティン。あんたは色々と余計な真似をしたが、結局は何一つ解決できなかった。俺の勝ちだ。今頃、研究チームがチューブから胎児を出しているだろう。数週間か数ヶ月後には、アトランティス・ワクチンの製造が可能になるはずだ。完成したら、我々が選んだ人間に…」

技術者がドリアンの話を中断させた。

「準備が整いました。」

「それじゃあ、俺はいくぞ、マーティン。」

「私ならやめておく。」

マーティンはじっとドリアンを見据えていた。

「あんただって行く…」

「お前が下に行こうとする理由はわかっている。」

「何をわかって。」

「あの封筒。」

マーティンが言った。

「子供にピンで留めた封筒だ。中身はわかっている。あれは希望を捨てられない少年が、パパに書いたドイツ語の手紙だろう。この子供たちは爆弾を持っているから急いで外へ出ろ、とでも書いてあるんだ。お前は目が眩んでいるんだよ、ドリアン。現実を見ろ。第3ラボのサルの死骸を覚えているだろう。ここのベルも我々が試した時は、しっかり作動した。それに潜水艦の氷山にあるベルだって、ちゃんと機能していた。数週間前に調査チームの人間が犠牲になったよ。ベルの下には骨もたくさんあった。いいか、お前の父親がチューブで眠っているはずがないんだ。彼は人間だ。本当にどこまでも人間で…」

「彼は神だった。それにまだ死んでいない。彼の骨はどこにもないんだからな。」

ドリアンは反論した。

「まだ見つかっていないだけだ、今後…」

「この下にいる!」

ドリアンは譲らなかった。

「そうな思えないが、もしいるとすれば、彼はすでに147歳になっているぞ。」

「そのときは彼の骨か何かが見つかるだろう。少なくともそれで事実ははっきりする。そうそう、他の骨も見つかるはずだ。30代前半の女の骨もな。それを確かめた後、俺は自分の運命を全うする。この手で永遠にアトランティスの脅威を葬ってやるんだ。」

ドリアンは警備隊に合図した。

「彼をここから出すな。厳重に見張っておけ。そして、もし胎児の研究に彼の協力が必要ないとわかったら…」

振り返り、マーティンの目を見つめて言った。

「殺せ。」

マーティンは感情の断片さえ表に出さず、どこまでも冷静な顔をしていた。

技術者の一人がやってきて、ドリアンを傍に連れて行った。

彼が躊躇いがちに言った。

「あの、下へ降りるのは…少し待たれた方がいいと思います。」

「なぜだ?スーツを着ていれば被爆は防げると。」

「はい、それは確かですが、爆発後の危険は他にも有ります。炎によって構造物がダメージを受けている可能性があり、そうなると危険性も出てくるのです。今、ジブラルタルの構造物のデータを集めているところです。クレイグ局長が映像史料のようなものを発見しましたので、あちらの構造物はメタンガスの爆発で、破壊されたのですが、実は、その威力は今回運び込んだ核とあまり変わらないのです。いえ、むしろこちらの方が強力でしょう。最も、我々も構造物の堅牢さは確認済みで…」

「それでどうしろと言うんだ?」

「2、3日、様子を見た方が…」

「話にならない。2、3時間は待つが、それが限界だ。」

技術者が頷いた。

「まだある。俺が穴ぐらに入ったら、ドリル穴から核弾頭を3発下ろしておけ。もし俺か父以外のものが…人間でもアトランティス人でも構わないが、出てきたら、核を爆発させろ。他のドリル穴にも残った核を設置して、全て同時に爆発させられるようにしておくんだ。」

「そんなことをすれば、ここの氷が溶けて…」

「それで人間を救えるんだ。いいからやれ。」

 

続く→


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