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転移宇宙・アトランティス・ジーン(3)A・G・リドルー175

2021.10.13.09:21

「疫病が変異したのかしら?」

「そうかも知れない。」

「私も一緒に行きましょうか?」

ナタリーは、わずかに残ったコンティニュイティの研究スタッフ…世界各地で行われるアトランティス病の研究を集約し、分析していたチーム…の一人だった。

疫病以前はCDCで研究者として働いていた。

研究という面だけで言えば、行くのはポール一人で十分だったが、なぜか彼女にも来て欲しいと強く思った。

だが今は、自分の望みよりも大事な問題がある。

「誰かにマシューを見ていてもらわなくちゃならない。君に頼める筋合いじゃないんだが…。」

「気にしないで。二人であなたが戻ってくるのを待っているわ。」

2階に上がり、手早く服を着替えた。

まだナタリーと話していたい気持ちはあったが、正直に言えば、仕事のために身支度をしていることが嬉しかった。

必要とされ、行くべき場所があるということが。

外でクラクションが鳴った。

窓を覗くと、スモークフィルムを貼った黒いセダンが停まっており、まだ開け切らない冷たい朝の空に排気ガスの煙を吐き出していた。

玄関に行き、クローゼットからトレンチ・コートをつかみ出した。

ロビーにある小さなテーブルに、額に入ったポールと妻の結婚写真が飾られていた。

と言っても、彼女はまだ元気で四年前に出て行ってしまったのだが。

ナタリーはこのことを言っていたのだろうか?

私が妻を亡くしたと思っているのか?

きっとそうだ。

自分も家中に家族写真を飾ったままにしている。

出て行く前に、どうしても誤解を解いておきたいと思った。

「ナタリー。」

「ちょっと待って。」

彼女がキッチンで叫んだ。

また結婚写真に目をやった。

妻との最後の会話が脳裏に浮かんだ。

”あなたは仕事ばかりなのよ、ポール。いつだって仕事を優先する。もうやっていけないわ。”

あの時ポールは、今立っている場所から3メートルほど離れたカウチに座り、じっと床を見つめていた。

”明日、引越し業者が私の荷物を取りに来るわ。言い争いはしたくないの。”

その希望通り、言い争いはしなかった。

実の所、ポールは一度も彼女を恨んだことがなかった。

彼女はその後、ミューメキシコ州に移り、そして、連絡も取らずに四年が過ぎたが、写真は飾ったままだった。

片付けるという発想がなかったのだ。

今になって、ポールはそのことを後悔した。

ナタリーの声で物思いから覚めた。

「食事が出なかった時のために。」

彼女から茶色い紙袋を受け取ると、ポールはテーブルの写真を示した。

「俺の妻は…。」

クラクションが今度は長々と鳴らされた。

「戻ったら話しましょう。気をつけてね。」

彼女に手を伸ばそうとしたが、できなかった。

代わりにドアを開き、重い足取りで車に向かった。

海兵隊員が二人降りてきて、手前にいる方がポールのためにドアを開けた。

その数秒後には車が走り出していた。

ポールは後部ウィンドウを振り返り、二階建ての煉瓦造りの我が家を見つめた。

もっとあの家にいたかった、と思いながら。

 

ジョージア州アトランタ オーキッド管轄区”ベータ”

 

ポール・ブレンナーは4階の会議室の窓から外を見つめ、どういう状況なのか理解しようとした。

通りに行くつも行列ができていた。

医療スタッフが列に並んだ人々を調べ、あちこちの建物に振り分けている。

建物からは疲れ切った様子の人々が出てきていた。

何やら集団で健康診断を受けているようにも見える。

「感想は?ポール。」

振り返ると、新任の国防長官、テレンス・ノースが戸口に立っていた。

ノースは元海兵隊員で、その引き締まった顔やピンと反った背筋のために、細身の紺のスーツに身を包んでいても軍人にしか見えなかった。

彼とはアトランティス病の流行中に何度かテレビ会議で話していたが、直接会うのは初めてだった。

画面で見るよりずっと迫力がある。

ポールは眼下の通りを指差した。

「何をしているのか、私にはよくわかりません。」

「戦争の準備をしているんだ。」

「戦争?相手は?」

「イマリさ。」

「まさか。スペイン南部のイマリは、ヨーロッパ諸国に鎮圧されたでしょう。彼らの組織は崩壊寸前だし、疫病も治りました。彼らが脅威になるとは思えませんが。」

ノースは背後のドアを閉め、会議室の大型スクリーンのスイッチを入れた。

「君が言っているのは、組織的な戦争の話だ。従来の武力衝突をイメージしているんだろう。」

「では、どういう話なんですか?」

「これは新しいタイプの戦いなのだよ。」

ノースがラップトップをいじると、スクリーンに一連の映像が映し出された。

紀章のない黒一色の服を着た武装集団が、工場や倉庫を襲っていた。

場所はわからないが、軍の基地ではないようだ。

「食料倉庫だ。」

ノースが言った。

「疫病が流行してからすぐに、オーキッド諸国の政府は、食料の分配を国で管理し始めただろう。それ以来、警備が手薄になっていたんだ。この最後の映像に映っているのは、イリノイ州のディケーターにあるアーチャー・ダニエルズ・ミッドランド社の施設だ。1週間前に、ここを含めて1ダースほどの主要な食品加工工場が、イマリの武装勢力によって占拠されてしまった。」

「こちらを飢えさせるんですか?」

「それは連中の狙いの一部に過ぎない。」

「奪い返すことはできないんですか?」

「もちろんできる。だが、もし攻撃すれば連中は施設を破壊するだろう。そうなればこちらが困ることになる。すぐに工場を再建することなどできないからな。」

「では、人を集めて食品加工の…。」

「我々もすでに検討を始めている。君にきてもらったのは、そのことを相談するためではない。」

「そうでしょうね。なぜ私をお呼びになったんですか?」

「君にはわかっていることを全て教える。その上でどうするか決めてもらいたい。」

”何を決めろというのだろう”

ポールは思った。

ノースがまたラップトップのキーボードを打つと、しわくちゃの書類をスキャンした画像が現れた。

「世に出回っているイマリの宣言文だ。連中はこの中で、来るべき人類の滅亡を予言している。この世に大変動が起きる、裁きの日というやつだ。もし人類の存続を願うならイマリの大義の元に結束しろ、とも書いてある。それに、この文書には連中が立てた戦略が記されている。その第一段階が食料供給施設の占拠だ。大規模な食品加工工場から農場に至るまで、全てを抑えるつもりらしい。そして、第二段階が電力供給網だ。」

質問しようとしたが、ノースに遮られた。

「我々はすでに、採掘可能量の8割に当たる石炭を抑えられてしまった。」

「石炭?」

「アメリカは今も電力の4割を石炭から作っている。石炭がなければ発電所はすぐに動かなくなるだろう。たとえ原子力や水力があっても、石炭関連施設を掌握されたら我々は大打撃を被るんだ。」

ポールは頷いた。

どこかでウイルスや生物学に関わる話が出てくるはずだ。

食料や電力の問題だけなら、自分が呼ばれるはずはない。

「その宣言文には、第3段階も書かれているんですか?」

「まあ待て。イマリは自分たちの呼びかけに応じる者は助けると約束している。史上類を見ない、大規模攻撃からな。連中はこう断言しているんだ。破壊的な一昼夜ののちに、オーキッド諸国は滅びるだろうと。」

「核攻撃でしょうか?」

「おそらくそれはないだろう。核への警戒網は厳重だ。それに誰でも思いつく。きっと予想もつかない何かを企んでいるはずだ。ただ、手がかりもある。衛星だよ。昨夜、オーキッド同盟諸国の衛星が全て交信不能になった。国際宇宙ステーションも、民間衛星もだ。そして今朝になって、一部の衛星が大気圏に落下した。日暮れまでには残りも燃え滓になって落ちてくるだろう。」

「撃墜されたんですか?」

「いや、ハッキングされたんだ。制御システムに、非常に手の込んだウイルスが仕掛けられていたのだよ。今や我々は目隠しされたも同然だ。連中がこんな行動に出たのは、おそらく攻撃の準備が整ったからだろう。その攻撃が、連中の言う大変動とやらがなんであれ、もうすぐ始まると見るべきだ。」

「生物兵器が使われるかもしれないとお考えですか?また疫病が広まると?」

「可能性はある。」

ノースが答えた。

「正直、我々にも何もわからないのだ。大統領はあらゆる事態に備えたいと考えている。」

ノースの部下が会議室に入って来た。

「長官、来ていただけますか?」

彼が去って一人になると、ポールは今の話について考え込んだ。

もし生物兵器が使用され、世界規模の対応が必要になれば、きっと自分が指揮を任されることになるだろう。

心の準備をしておかねばならない。

色々な筋書きが頭を駆け巡り、ナタリーとマシューのことに思いが至った。

二人をコンティニュイティに移した方が…。

ドアが開き、ノースがゆっくりと入って来た。

「ついに、始まったぞ。」

 

続く⇨


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転移宇宙・アトランティス・ジーン(3)A・G・リドルー174

2021.10.10.12:45

ドリアンはしばし立ち止まり、父親を見つけた氷の壁に視線を向けた。

父はそこで凍りつき、防護服ごと氷の下に閉じ込められていたのだ。

イマリの副将に裏切られ、ベルの犠牲になって。

アレスが金属の籠に乗り込んだ。

「大切なのは未来だ、ドリアン。」

真っ暗な縦穴が静かに下へ去って行き、籠が地表に出て停止した。

氷原には移動式住居の列が並んでおり、まるで雪を被った白いムカデがあたり一帯を覆い尽くしいるかのようだった。

ドリアンはドイツで生まれ、その後、ロンドンで育った。

自分では寒さというものをよく知っているつもりだった。

だが、南極の気候の厳しさは桁が違う。

アレスとともに中央司令部の建物へ近づいていくと、白い分厚いジャケットを着込んだイマリの職員たちが住居の列の間を走ってきた。

中には敬礼している者もいるが、大半は下を向いて吹きすさぶ風に耐えていた。

ムカデ風の住居の向こう、防衛境界線のそばでは、重機や作業班が今や”南極要塞”と呼ばれるようになったこの基地を作り続けていた。

境界線には2ダースほどのレールガンが並び、静かに銃口を北へ向けている。

イマリは近々攻撃を受けることになると知っているのだ。

この要塞と戦える戦力を持つ軍隊など、地球上のどこにも存在しないはずだった。

疾病以前の世界にも、もちろんその後の世界にも、例えどんな空軍力を有していようと、レールガンに狙われればひとたまりもないだろうし、もし艦砲射撃で援護しつつ、大規模な地上攻撃を行ったとしても、とても成功するとは思えなかった。

ドリアンはふと、父の後釜に座ったナチスがソ連で行った、愚かな真冬の軍事作戦を思い出した。

オーキッド同盟も、もしこの地に上陸したら…というより、まず間違いなく来るだろうが、ナチスと同じ運命を辿ることになるだろう。

ドリアンとアレスが中央司令部に入ると、兵士たちが直立不動の姿勢で廊下で並び、彼らの二人のリーダーを出迎えた。

危機管理室に着いたところで、アレスが作戦指揮官に言った。

「準備はできたか?」

「はい。世界各地の内偵者の安全も確保しました。死傷者は最小限に抑えられるでしょう。」

「それで、探索班の方は?」

「持ち場についています。各班、大陸周縁に沿って所定の深度まで掘削を終えています。氷の空洞に当たってしまった班もありますが、これには応援チームを送って対処しました。」

指揮官がそこで言葉を区切った。

「しかし、どの班でも何も見つかっておりません。」

彼はキーボードを打って南極大陸の地図を表示した。

赤い点が地図上のに散らばっている。

”アレスは何を探しているんだ?”

ドリアンは内心、首をかしげた。

”まだ船があるのか?いや、あればマーティンが気づいていたはずだ。他に何か埋まっているのだろうか?”

アレスが振り返り、じっとこちらを見つめた。

その瞬間、ドリアンは久しく忘れていた感覚を味わった。

氷の廊下の下で、アレスに襲われた時にも感じなかった感覚…恐怖だ。

「渡した装置は中へ下ろしたか?」

「はい。」

指揮官が答えた。

アレスの部屋の前方へ進んで行った。

「音声放送の用意を。基地内全域に届ける。」

指揮官がまたキーボードを打ち、アレスに頷いた。

「大義のために働く勇敢な諸君、我らの目標のために身を捧げ、力を尽くしてきた君たちに告げる。ついに我々が待っていた日が訪れた。今から数分以内に、我々はオーキッド同盟に和平を申し出る。受諾されることを願うばかりである。この地球が平和でなければ、平和を知らぬ敵との最終決戦に備えることはできないからだ。その危機は目前に迫っている。私は今日ここで、君たちの献身に感謝の意を現したい。そして、お願いしたい。この先に待っている時間を、信念を持って乗り切ってくれるようにと。」

アレスはドリアンに顔を向けた。

「だが、もし信念が揺らぎそうになった時は、このことを思い出してほしい。より良い世界を築きたいなら、まずは既存の世界を壊す勇気を持たねばならないのだ。」

 

 

ジョージア州アトランタ

 

ドクタ・ボール・ブレンナーは寝返りを打ち、時計に目をやった。

5時25分。

あと5分で目覚ましのアラームが鳴るだろう。

そしたらそれを止め、起き上がり、身支度をして…また何もすることのない1日を過ごすのだ。

通うべき職場はないし、するべき仕事もない。

急いで片付けなければならない用事のリストもない。

あるのは必死で進むべき道を模索する壊れた世界だけだったが、この2週間の間、自分がそうした模索と関わるような機会も1度もなかった。

となれば、今こそ心ゆくまで眠れば良さそうなものだが、何かが欠けていてそれも出来なかった。

どういうわけか、毎朝決まって5時半より少し前に目を覚ましてしまうのだ。

そして、今日こそ全てを変える何かが起きるとでもいうように、やがて鳴りだすアラームをじっと待つのだ。

ベッドカバーをめくり、ふらふらと主寝室のバスルームへ行って、顔を洗い始めた。

朝にシャワーを浴びる習慣はなかった。

朝はなるべく早く支度を終え、職場に一番乗りして部下たちよりも先に仕事を始めたかったからだ。

帰りにはいつもジムに立ち寄った。

そうして1日を終えた方が、気持ちが切り替わり、家でくつろぐことができた。

あるいは、そうできるように努力していた、というべきかもしれないが。

ポールの仕事は何かと気苦労が多かった。

日々、新たな流行病や、流行病と疑われる事案が発生したし、ゴタゴタした役所がらみの問題も処理しなければならなかった。

疾病対策センターの”世界疾病検出及び緊急対策部門”を率いるのは、決して楽な仕事ではない。

問題の半分は、病原体とは関係のないものだ。

それに、ポールには隠し続けている秘密があった。

この20年の間、人類を滅亡させるという究極の疫病に備えるべく、国際的な共同研究のために働いていたのだ。

疫病に備えてきたその国際組織、”コンティニュイティ”が、最終的にはアトランティス病を封じ込めて治療法を見つけることに成功したのだ。

一度も会ったことのない科学者、ドクタ・ケイト・ワーナーのおかげで、ポールにとってアトランティス病はいまだに謎の多い病だったが、一つだけはっきりしていることがあった。

この疫病は終息した、ということだ。

本来なら、大いに喜ぶべきところだろう。

しかし、実際にポールの心にあるのは何とも言えない虚しさで、目標もなく、ただぼんやりとすぎていく日々への物足りなさだった。

顔を洗い終えると、短く刈った硬い黒髪に手ぐしを入れ、寝癖がないかどうか確かめた。

鏡に空っぽのキングサイズのベッドが映っており、一瞬、寝直すことを考えた。

一体なんのために支度しているんだ?

疫病は終わった。

やることなど何もないじゃないか。

いや、何もない、というのは言い過ぎかもしれない。

彼女が待っているのだから。

ベッドは空っぽでも、家の中は無人ではなかった。

先ほどから朝食を用意する匂いが漂っている。

足音を忍ばせ、12歳になる甥のマシューを起こさないよう注意して階段を降りた。

キッチンでガチャンと鍋がなった。

「おはよう。」

入り口を抜けたところで声を潜めて言った。

「おはよう。」

ナタリーも挨拶を返し、フライパンを傾けてさらにスクランブルエッグを滑らせた。

「コーヒーは?」

彼女に頷くと、庭のスロープが見える出窓の方へ行き、小さな円テーブルに着いた。

卵を盛った皿が運ばれてきて、とうもろこし粥の大きな鉢の横に置かれた。

そして、ベーコンもきたところで全ての料理が揃った。

冷めないよう、ベーコンはアルミホイルで覆われている。

ポールは黙って二人の皿を配置した。

疫病以前は、朝食はテレビを見ながら慌ただしく済ませていたが、こちらの方が遥かに良かった。

誰かと一緒に食べる方が、食事を共にする相手がいるなど、随分久しぶりのことだった。

ナタリーが自分の粥に胡椒を一振りした。

「マシューがまた夢にうなされていたわ。」

「そうなのか?全く気づかなかったな。」

「3時頃よ、どうにか落ち着かせたけど。」

彼女は粥に卵をのせて一口食べ、それから少し塩を足した。

「そろそろお母さんのことを話すべきだと思うわ。」

ポールはその問題をずっと避け続けていた。

「そうだな。」

「今日は何をする予定なの?」

「決めていない。倉庫にでも行こうかと思ってるが。」

ポールは食品をしまっているウォークインクローゼットを指し示した。

「あと2、3週間しか持たないだろう。オーキッド管轄区の在庫が切れて騒ぎになる前に、少し蓄えておくほうがいいと思ってね。」

「いい考えね。」

そう答えると、彼女は話題を変えようとするように、しばし間をおいた。

「トマスという友達がいるの。私と同じぐらいの歳なんだけど。」

ポールは顔を上げた。

彼女はいくつなのだろう。

「念のために言うと、私は35歳よ。」

ナタリーは小さく笑い、ポールの頭に浮かんだ質問に答えた。

そして、また料理に視線を向け、口元から微笑みを消した。

「彼は二年前に奥さんを癌で亡くしたの。ひどく落ち込んでしまって、家中に写真を飾ったままにしていたわ。でも、奥さんのことを人に話すようになって、ようやく立ち直ることが出来たの。彼にとってはそれが前へ進む鍵だったのね。」

彼女は夫を亡くしたのだろうか?

アトランティス病で?

あるいはそれ以前に?

これはそう言う話なのだろうか?

レトロウイルスであれなんであれ、相手が研究室で扱う類のものなら、ポールにも謎を解き明かす自信があった。

だが人間は、とりわけ女性は…。

本当にわからないことだらけだ。

「ああ、そうかもしれないな。誰かを失ってしまったときには、一人で抱え込まない方がずっと回復しやすいだろう。」

ナタリーが身を乗り出してきたが、ちょうどそのとき、部屋の向こうでアラームが鳴り響いた。

いや、これはアラームではなく電話だ。

自宅の回線にかかってきたのだ。

ポールは立ち上がり、受話器をとった。

「ポール・ブレンナーです。」

耳を傾けて何度か頷き、質問をしようとしたが、声を発する間も無く電話を切られてしまった。

「誰から?」

「政府からだ。」

ポールは答えた。

「迎えの車が来るらしい。オーキッド管轄区で何か問題が起きたようだ。」

 

続く⇨


転移宇宙・アトランティス・ジーン(3)A・G・リドルー173

2021.10.08.20:34

一次診断

復活症候群による神経変異疾患

 

予後

致死的

 

予測生存期間

4〜7日(現地時間)

 

緊急の処置を要する症状

くも膜下出血

脳血栓

 

推奨される処置

手術

 

手術の成功率

39%

 

言葉を一つ読むごとに、あたりが霞んでいくようだった。

感覚が痺れていく。

気づくとタンクに手を伸ばして、体を支えていた。

ひたすらスクリーンを見つめた。

アルファの言葉に押しつぶされそうだった。

あの荒れた星で火かき棒の熱を浴びた時のように、呼吸が苦しい。

「推奨される手術を行いますか?」

「そうしてくれ。」と答える自分の声が聞こえ、ぼんやりとだが、目一杯手を伸ばして肩を抱いてくるミロの腕を感じた。

 

 

南極氷下およそ2キロメートル

 

ドリアンは、その悲鳴だけを頼りに船の暗い廊下を進んでいた。

もう何日も声の出どころを探している。

だが、近くなると決まってそれはぶつりと途絶え、どこからか現れたアレスに追い返されてしまうのだった。

そして、南極の氷床の下に埋まる、広さ約650平方キロメートルのアトランティスの船から地上へと戻され、最終攻撃に向けた準備を再開させられるのだ。

自分には不釣り合いな、単調な労働を。

 

アレスがずっとこの船にいて、1日中悲鳴が響く部屋にこもっているのだとすれば、ことが動いているのはそこなのだ。

ドリアンは確信していた。

悲鳴がやんだ。

ドリアンは足を止めた。

また叫び声が上がり、それを追って二つほど角を曲がった。

声は、目の前にある両開きのドアの奥から聞こえていた。

壁に寄りかかって待った。

答えが手に入るのを。

アレスは答えを、彼の過去についての真相を教えてくれると約束した。

ケイト・ワーナーと同様、ドリアンがこの世に生を受けたのは、別の時代だった。

第一次世界大戦が始まる前のことで、スペイン風邪で死にかけた際にアトランティスのチューブに入れられ、1978年に新たにアトランティス人の記憶を持って目覚めたのだ。

ドリアンはアレスの記憶を持っており、無意識下に存在するその記憶が、これまでずっと彼の生き方を決定付けてきた。

だが、実際に思い出せたアレスの過去はあくまで断片的なものだった。

陸や海や空での戦い。

そして、宇宙で行われた最大の戦闘。

アレスに何があったのか、彼の歴史を知りたくてたまらなかった。

それはドリアン自身の過去でもあり、自分のルーツだった。

自分という人間を理解すること。

自分の人生がなぜこうなったのかを知ること、それが最大の望みなのだ。

また垂れてきた鼻血を拭いた。

頭痛や悪夢もそうだが、最近は鼻血が出る回数が増えていた。

何か異変が起きているのかもしれない、そう思ったが、無理に頭を切り替えた。

ドアが開き、勢いよくアレスが出てきた。

こちらの姿を見ても、驚いた様子はない。

ドリアンは首を伸ばして室内を覗いた。

壁に男が吊るされていた。

万歳のような姿勢をさせられており、ベルトが食い込んだ両手首からも、胸や足の傷口からも血が流れていた。

ドアが閉じられ、アレスが廊下の真ん中で立ち止まった。

「失望したぞ、ドリアン。」

「こっちのセリフだ。答えを教えると約束しただろう。」

「ちゃんと教える。」

「いつ?」

「もうすぐだ。」

ドリアンはアレスに詰め寄った。

「今教えろ。」

いきなりアレスの手が飛んできて、まっすぐ伸びた指が喉を直撃した。

たまらず膝を突き、空気を求めて喘いだ。

「今度この私に命令したら命はないぞ、ドリアン。わかったか?相手がお前でなければ、今の態度だって許しはしない。だが、お前は私だからな。お前が思っている以上に我々は同一なのだ。それに、お前のこともお前以上に知っている。我々の過去を教えないのは、お前の判断力が鈍るとわかっているからだ。我々にはやるべきことがある。全ての事実を教えて、お前の身を危うくするわけにはいかない。お前を頼りにしているのだよ、ドリアン。あと数日もすれば、我々はこの星を支配できる。生存者たちが、生き残った人間たちが…忘れるな、今の人間を作り、絶滅から救う手助けをしたのはこの私だ。いよいよ我々の軍隊を築くのだ。」

「俺たちは、誰と戦うんだ?」

「お前には想像もつかない強敵だ。」

ドリアンは立ち上がったが、距離は保つようにした。

「想像力には自信があるがな。」

アレスがまた早足に歩き始めたので、ドリアンも少し離れて後を追った。

「彼らはたった一昼夜で我々を滅ぼしたのだ、ドリアン。想像してみろ。知る限り、我々は宇宙で最も先進的な種族だった。かつて存在したどんな文明よりも進んでいるという自負があったのだ。」

廊下の十字路にある巨大な扉の前まで来ていた。

開いた扉の先に、アトランティス人の生き残りが入ったチューブの列が消えている。

「だが、もう彼らしか残っていない。」

「確か、彼らは2度と目覚めないと言ってなかったか。攻撃された時のトラウマが大きすぎて、彼らには耐えられないと。」

「その通りだ。」

「だがチューブから誰か出したようじゃないか。あの男は何者なんだ?」

「あの男は違う。我々の種族ではない。お前は気にしなくていい。お前が考えるべきなのは、待ち受けている戦いのことだ。」

「待ち受けている戦いか。」

ドリアンはボソリと言った。

「人数が足りない。」

「諦めるな、ドリアン。信じろ。後何日かで世界が手に入る。その時こそ偉大な軍事作戦を、全ての人類世界を救うための戦いを始めるのだ。この敵は、お前たちの敵でもある。人間には我々のDNAが入っているからな。遅かれ早かれ、敵はお前たちの元にもやってくるだろう。どこにも隠れることはできない。しかし、力を合わせれば戦えるはずだ。まだチャンスがあるうちに軍隊を築かなければ、我々は全てを失ってしまう。数多の世界の運命がお前たちの手に委ねられているのだよ。」

「なるほど。数多の世界か。だが、その前に重要な問題を忘れてやしないか?人員だ。この地球上にいる人間はせいぜい数十億人だろう。しかも、病人や衰弱した者や。飢えている様な者だらけだ。俺たちはそこから兵士を集めなくちゃならない。…まあ、これだって地球を征服できればの話だし、俺は半信半疑だがな。つまり、俺たちに作れるのは、必ずしも強いとは言えない者を集めた数十億人程度の軍隊だ。軍隊を呼べるかどうかもわからない。それで銀河を支配するような勢力と対戦する…悪いが、とても勝ち目があるとは思えないね。」

「お前はもっと賢いはずだろう、ドリアン。この戦いが、お目たちのイメージする原始的な宇宙戦争みたいなものだと思っているのか?金属やプラスチックでできた宇宙船が宇宙を飛び交い、レーザーやらミサイルやらを撃ち合うとでも?勘弁しろ。私が状況を把握していないはずがないだろう。勝つためには重要なのは人数ではないんだ。私は5万年前から計画を練ってきた。お前はまだ3ヶ月しか関わっていない。信じることだ、ドリアン。」

「信じる根拠が欲しい。」

アレスが薄笑を浮かべた。

「ドリアン、本気で期待しているのか?私に聞けば、お前の弱い心が求める答えを全て得られるはずだと?お前は私から安心と満足を得て、自信をつけさせてもらいたいのか?この南極へ来たのも、元々はそれが目的なんだろう。お前は父親を探し求めていたんだ。そして、本当の自分というものが知りたかったんだ。」

「そういう態度を取るのか…あんなにずっと協力してきたのに。」

「お前は自分自身のためにやったんだ、ドリアン。いいだろう、お前が本当に聞きたいことを口に出してみろ。」

ドリアンは首を振った。

「どうした、言ってみろ。」

「俺はどうなっていくんだ?」

ドリアンはアレスを見つめた。

「俺に何をした?」

「我々は着々と目標に向かって進んでいる。」

「俺の体はどこかおかしい、そうだろ?」

「もちろんだ、お前はただの人間だからな。」

「そういう意味じゃない。俺は死にかけている。感じるんだ。」

「もう少し待て、ドリアン。私はお前たちの種族を救った。私には計画がある。我々はこの宇宙に永遠の平和を築くのだ。それがどんなに得難いものか、お前にはまだわからないだろうがな。」

アレスがこちらに足を踏み出した。

「お前にはあかせない真実もある。お前の準備ができていないからだ。慌てるな、いずれ答えは手に入る。お前が正しく過去を理解するには、私の助けが欠かせない。もし誤解でもされたら、我々は共倒れになりかねないからな、ドリアン。お前は大切な存在だ。この件は私一人でもやり遂げられるが、そうはしたくない。私は長い間お前の様な味方が現れるのを待っていた。お前が信念を強く持てば、我々にできないことなど何もないだろう。」

アレスが背を向けて十字路を抜け、チューブが連なる部屋から離れて行った。

ドリアンも無言で後を追ったが、心には葛藤が生じ始めていた。

このまま大人しく従うべきか、逆らうべきか、二人は一言も言葉を交わさずスーツを身につけ、ベルがぶら下がっている戸口を抜けて氷の洞窟へ出た。

 

続く⇨

 

^^^^^^

 

世界的な疫病の流行⇨生き残ったものを集めて支配する⇨宇宙からくる敵に対抗する軍隊を作る

転移宇宙・アトランティス・ジーン(3)A・G・リドルー173

2021.10.08.20:33

一次診断

復活症候群による神経変異疾患

 

予後

致死的

 

予測生存期間

4〜7日(現地時間)

 

緊急の処置を要する症状

くも膜下出血

脳血栓

 

推奨される処置

手術

 

手術の成功率

39%

 

言葉を一つ読むごとに、あたりが霞んでいくようだった。

感覚が痺れていく。

気づくとタンクに手を伸ばして、体を支えていた。

ひたすらスクリーンを見つめた。

アルファの言葉に押しつぶされそうだった。

あの荒れた星で火かき棒の熱を浴びた時のように、呼吸が苦しい。

「推奨される手術を行いますか?」

「そうしてくれ。」と答える自分の声が聞こえ、ぼんやりとだが、目一杯手を伸ばして肩を抱いてくるミロの腕を感じた。

 

 

南極氷下およそ2キロメートル

 

ドリアンは、その悲鳴だけを頼りに船の暗い廊下を進んでいた。

もう何日も声の出どころを探している。

だが、近くなると決まってそれはぶつりと途絶え、どこからか現れたアレスに追い返されてしまうのだった。

そして、南極の氷床の下に埋まる、広さ約650平方キロメートルのアトランティスの船から地上へと戻され、最終攻撃に向けた準備を再開させられるのだ。

自分には不釣り合いな、単調な労働を。

 

アレスがずっとこの船にいて、1日中悲鳴が響く部屋にこもっているのだとすれば、ことが動いているのはそこなのだ。

ドリアンは確信していた。

悲鳴がやんだ。

ドリアンは足を止めた。

また叫び声が上がり、それを追って二つほど角を曲がった。

声は、目の前にある両開きのドアの奥から聞こえていた。

壁に寄りかかって待った。

答えが手に入るのを。

アレスは答えを、彼の過去についての真相を教えてくれると約束した。

ケイト・ワーナーと同様、ドリアンがこの世に生を受けたのは、別の時代だった。

第一次世界大戦が始まる前のことで、スペイン風邪で死にかけた際にアトランティスのチューブに入れられ、1978年に新たにアトランティス人の記憶を持って目覚めたのだ。

ドリアンはアレスの記憶を持っており、無意識下に存在するその記憶が、これまでずっと彼の生き方を決定付けてきた。

だが、実際に思い出せたアレスの過去はあくまで断片的なものだった。

陸や海や空での戦い。

そして、宇宙で行われた最大の戦闘。

アレスに何があったのか、彼の歴史を知りたくてたまらなかった。

それはドリアン自身の過去でもあり、自分のルーツだった。

自分という人間を理解すること。

自分の人生がなぜこうなったのかを知ること、それが最大の望みなのだ。

また垂れてきた鼻血を拭いた。

頭痛や悪夢もそうだが、最近は鼻血が出る回数が増えていた。

何か異変が起きているのかもしれない、そう思ったが、無理に頭を切り替えた。

ドアが開き、勢いよくアレスが出てきた。

こちらの姿を見ても、驚いた様子はない。

ドリアンは首を伸ばして室内を覗いた。

壁に男が吊るされていた。

万歳のような姿勢をさせられており、ベルトが食い込んだ両手首からも、胸や足の傷口からも血が流れていた。

ドアが閉じられ、アレスが廊下の真ん中で立ち止まった。

「失望したぞ、ドリアン。」

「こっちのセリフだ。答えを教えると約束しただろう。」

「ちゃんと教える。」

「いつ?」

「もうすぐだ。」

ドリアンはアレスに詰め寄った。

「今教えろ。」

いきなりアレスの手が飛んできて、まっすぐ伸びた指が喉を直撃した。

たまらず膝を突き、空気を求めて喘いだ。

「今度この私に命令したら命はないぞ、ドリアン。わかったか?相手がお前でなければ、今の態度だって許しはしない。だが、お前は私だからな。お前が思っている以上に我々は同一なのだ。それに、お前のこともお前以上に知っている。我々の過去を教えないのは、お前の判断力が鈍るとわかっているからだ。我々にはやるべきことがある。全ての事実を教えて、お前の身を危うくするわけにはいかない。お前を頼りにしているのだよ、ドリアン。あと数日もすれば、我々はこの星を支配できる。生存者たちが、生き残った人間たちが…忘れるな、今の人間を作り、絶滅から救う手助けをしたのはこの私だ。いよいよ我々の軍隊を築くのだ。」

「俺たちは、誰と戦うんだ?」

「お前には想像もつかない強敵だ。」

ドリアンは立ち上がったが、距離は保つようにした。

「想像力には自信があるがな。」

アレスがまた早足に歩き始めたので、ドリアンも少し離れて後を追った。

「彼らはたった一昼夜で我々を滅ぼしたのだ、ドリアン。想像してみろ。知る限り、我々は宇宙で最も先進的な種族だった。かつて存在したどんな文明よりも進んでいるという自負があったのだ。」

廊下の十字路にある巨大な扉の前まで来ていた。

開いた扉の先に、アトランティス人の生き残りが入ったチューブの列が消えている。

「だが、もう彼らしか残っていない。」

「確か、彼らは2度と目覚めないと言ってなかったか。攻撃された時のトラウマが大きすぎて、彼らには耐えられないと。」

「その通りだ。」

「だがチューブから誰か出したようじゃないか。あの男は何者なんだ?」

「あの男は違う。我々の種族ではない。お前は気にしなくていい。お前が考えるべきなのは、待ち受けている戦いのことだ。」

「待ち受けている戦いか。」

ドリアンはボソリと言った。

「人数が足りない。」

「諦めるな、ドリアン。信じろ。後何日かで世界が手に入る。その時こそ偉大な軍事作戦を、全ての人類世界を救うための戦いを始めるのだ。この敵は、お前たちの敵でもある。人間には我々のDNAが入っているからな。遅かれ早かれ、敵はお前たちの元にもやってくるだろう。どこにも隠れることはできない。しかし、力を合わせれば戦えるはずだ。まだチャンスがあるうちに軍隊を築かなければ、我々は全てを失ってしまう。数多の世界の運命がお前たちの手に委ねられているのだよ。」

「なるほど。数多の世界か。だが、その前に重要な問題を忘れてやしないか?人員だ。この地球上にいる人間はせいぜい数十億人だろう。しかも、病人や衰弱した者や。飢えている様な者だらけだ。俺たちはそこから兵士を集めなくちゃならない。…まあ、これだって地球を征服できればの話だし、俺は半信半疑だがな。つまり、俺たちに作れるのは、必ずしも強いとは言えない者を集めた数十億人程度の軍隊だ。軍隊を呼べるかどうかもわからない。それで銀河を支配するような勢力と対戦する…悪いが、とても勝ち目があるとは思えないね。」

「お前はもっと賢いはずだろう、ドリアン。この戦いが、お目たちのイメージする原始的な宇宙戦争みたいなものだと思っているのか?金属やプラスチックでできた宇宙船が宇宙を飛び交い、レーザーやらミサイルやらを撃ち合うとでも?勘弁しろ。私が状況を把握していないはずがないだろう。勝つためには重要なのは人数ではないんだ。私は5万年前から計画を練ってきた。お前はまだ3ヶ月しか関わっていない。信じることだ、ドリアン。」

「信じる根拠が欲しい。」

アレスが薄笑を浮かべた。

「ドリアン、本気で期待しているのか?私に聞けば、お前の弱い心が求める答えを全て得られるはずだと?お前は私から安心と満足を得て、自信をつけさせてもらいたいのか?この南極へ来たのも、元々はそれが目的なんだろう。お前は父親を探し求めていたんだ。そして、本当の自分というものが知りたかったんだ。」

「そういう態度を取るのか…あんなにずっと協力してきたのに。」

「お前は自分自身のためにやったんだ、ドリアン。いいだろう、お前が本当に聞きたいことを口に出してみろ。」

ドリアンは首を振った。

「どうした、言ってみろ。」

「俺はどうなっていくんだ?」

ドリアンはアレスを見つめた。

「俺に何をした?」

「我々は着々と目標に向かって進んでいる。」

「俺の体はどこかおかしい、そうだろ?」

「もちろんだ、お前はただの人間だからな。」

「そういう意味じゃない。俺は死にかけている。感じるんだ。」

「もう少し待て、ドリアン。私はお前たちの種族を救った。私には計画がある。我々はこの宇宙に永遠の平和を築くのだ。それがどんなに得難いものか、お前にはまだわからないだろうがな。」

アレスがこちらに足を踏み出した。

「お前にはあかせない真実もある。お前の準備ができていないからだ。慌てるな、いずれ答えは手に入る。お前が正しく過去を理解するには、私の助けが欠かせない。もし誤解でもされたら、我々は共倒れになりかねないからな、ドリアン。お前は大切な存在だ。この件は私一人でもやり遂げられるが、そうはしたくない。私は長い間お前の様な味方が現れるのを待っていた。お前が信念を強く持てば、我々にできないことなど何もないだろう。」

アレスが背を向けて十字路を抜け、チューブが連なる部屋から離れて行った。

ドリアンも無言で後を追ったが、心には葛藤が生じ始めていた。

このまま大人しく従うべきか、逆らうべきか、二人は一言も言葉を交わさずスーツを身につけ、ベルがぶら下がっている戸口を抜けて氷の洞窟へ出た。

 

続く⇨

 

^^^^^^

 

世界的な疫病の流行⇨生き残ったものを集めて支配する⇨宇宙からくる敵に対抗する軍隊を作る

 

転移宇宙・アトランティス・ジーン(3)A・G・リドルー172

2021.10.02.11:22

明るい駅と案内版が次第に消えていき、もっと薄暗い、狭い空間が現れた。

どうやら宇宙船のブリッジのようだ。

デヴィッドは、その楕円形の部屋の後ろの方に立っていた。

壁面には、次々に変わる文字やらグラフやら、画像やらがびっしりと並んでいる。

前方の広いビュースクリーンの前に二人の人物が立ち、黒い宇宙空間に浮かぶどこかの星を眺めていた。

その二人が誰なのかは、デヴィッドにもすぐにわかった。

左側にいるのは、アトランティスの科学者チームの一人、ドクタ・アーサー・ヤヌスだ。

彼は、アトランティス病の危機が最終局面を迎えた時に、デヴィッドに協力してドリアン・スローンとアレスの手から、ケイトを救い出してくれたのだった。

だが、デヴィッドは彼に対して、いまだに複雑な思いを抱いていた。

この天才科学者は、疫病の偽の治療法を広め、人間の7万年分の進化をなかったことにしようとしたのだ。

人間をアトランティス遺伝子が組み込まれる以前の段階まで逆戻りさせて。

想像を絶する強敵から人間を護るには、進化させるしか道がないというのが、ヤヌスの言い分だった。

一方、彼の隣にいる科学者に対しては、そのようなわだかまりは一切なかった。

感じているのは愛情だけだ。

ビュースクリーンの黒い宇宙が鏡の役割を果たし、かろうじてだがそこに映るケイトの美しい顔をみて取ることができた。

一心に前方の壁を見つめている。

これまでも何度も目にしたことがある表情だ。

いつしかその顔に見惚れていたデヴィッドは、不意に頭上で響いた鋭い声で我に返った。

「ここは軍事隔離区域です。直ちに避難してください。繰り返します。ここは軍事隔離区域です。」

違う声が割り込んできた。

アルファの声質とよく似ている。

「避難飛行経路を算定しました。実行しますか?」

「いいえ。」

ケイトが首を振った。

「シグマ、探知ブイの警報を止めて。このまま対地同期軌道を保ってちょうだい。」

「無茶をするな。」

ヤヌスが言った。

「確かめなくてはならないの。」

デヴィッドもスクリーンの方へ足を踏み出した。

その星は地球に似ていたが、色が違った。

海が緑だし、雲は黄色がかっている。

陸地にも、赤と茶色と淡い黄褐色しか見当たらない。

樹木が生えていないのだろう。

不毛の大地にあるのは、あちこちにできた円い真っ黒なクレーターだけだった。

「自然災害かもしれないだろう。」

ヤヌスが言った。

「彗星や小惑星の群れがぶつかったのかもしれない。」

「そうじゃないわ。」

「なぜそんなことが…。」

「これは違う。」

ビュースクリーンが衝突クレーターの一つを拡大した。

「それぞれのクレーターから道が延びているでしょう。都市があったのよ。これは攻撃の跡だわ。きっと小惑星群を人為的に落として、運動エネルギー爆撃を行ったのよ。」

ビュースクリーンの映像がまた変わり、荒野に囲まれた崩れた都市が映し出された。

「主要都市の外にいる住民も、環境の激変で死滅させられたんだわ。あっちにいけば答えがわかるはずよ。」

ケイトはきっぱりした口調で言った。

彼女がこういう口調になったらどうなるか、デヴィッドはよく知っていた。

自分も何度か聞かされているからだ。

それはヤヌスも同じだったようだ。

彼は諦めたようにうなだれた。

「ベータ・ランダーを使うといい。ARC室がない分、機動性が高いだろう。」

彼はスクリーンに背を向け、ブリッジの後方にあるドアに向かって歩いてきた。

デヴィッドは身を硬くした。

が、ヤヌスにはこちらの姿が見えていないようだった。

ケイトはどうなのだろう?

彼女はヤヌスの後に続いていたが、ふと立ち止まってこちらに目を向けた。

「あなたはここに来ちゃダメよ。」

「どうなっているんだ、ケイト?外では君に異変が起きている。君は死にかけているんだ。」

ケイトは出口の方へ大股でさらに二歩進んだ。

「ここではあなたを護れないわ。」

「何から俺を護る?」

彼女がまた一歩、足を出した。

「ついてこないで。」

そう言うと、さっさと出口を抜けてしまった。

急いで後を追った。

デヴィッドは外に立っていた。

先程の星だ。

あたりを見回し、彼女を…。

ケイト。

前方に、船外スーツを身につけ、崩れた都市を目指して跳ねるように進んで行く彼女の姿が見えた。

背後の赤茶けた岩場には、黒い小型の船が停まっている。

「ケイト!」

大声で叫び、そちらに向かって走り出した。

彼女が足を止めた。

と、いきなり大地が震え、もう一度大きく震えてデヴィッドを地面に叩きつけた。

頭上の空が裂けていた。

赤い物体が降ってくる。

目が眩み、熱で息ができなかった。

まるで、小惑星サイズの巨大な火かき棒が迫ってくるかのようだ。

必死で立とうとしたが、激しい揺れで再び地面に引き戻された。

大地を這った。

焼けた岩と頭上の熱波に挟まれて、体が溶けてしまいそうだった。

ケイトは、揺れる地面の上に浮いているように見えた。

前方に大きく跳ねて、タイミングよく着地し、揺れをばねのように利用してまた前へ跳んでいる。

そして、どんどんこちらに近づいてくる。

彼女が覆い被さってきた。

その顔を見たかったが、ヘルメットのミラーガラス越しでは無理だった。

不意に落下を感じた。

足が冷たい床にふれ、頭がガラスにぶつかった。

タンクだ。

実験室に戻ってきたらしい。

ガラスが回転して開くと、ミロが駆け寄ってきた。

大きく眉を上げ、口をあんぐりと開けている。

「ミスタ・デヴィッド…。」

デヴィッドは自分の体を見下ろした。

焼けた跡はないが、全身にびっしょりと汗をかいていた。

鼻血が出ている。

ケイト。

震える腕で体を起こし、足を引きずりながら彼女のタンクに向かった。

ガラスが開き、まるで的当てゲームで水中に落とされた出場者のように、ケイトがどさりと降ってきた。

咄嗟にその体を抱えたが、踏ん張りが効かなかった。

そのまま冷たい床にひっくり返り、胸で彼女を受け止めた。

すぐにケイトの首に手をやった。

かなり弱いが、それでも脈を感じる。

「アルファ!彼女を助けられるか?」

「不明。」

「なぜ不明なんだ?」

デヴィッドは叫んだ。

「最新の診断結果がないからです。」

「そいつはどうすれば手に入る?」

壁の円形のパネルが開き、そこから平たい台が伸びてきた。

「全身をスキャンします。」

ミロが大急ぎでケイトの足を掴んだので、デヴィッドも脇の下に手を入れ、力を振り絞るようにして彼女を台に引っ張り上げた。

再び台が壁に滑り込んで行ったが、その動きはやけに鈍く感じられた。

パネルの内部は黒っぽいガスで覆われており、覗き込むと、青い光線がケイトの足から頭に向かって移動していた。

壁のスクリーンが明るくなり、1行だけメッセージが表示された。

 

診断スキャン実行中…

 

「どんな様子ですか?」

ミロが聞いた。

「いま、その…。」

デヴィッドは頭を振った。

「さっぱりわからない。」

スクリーンの文字が変わった。

 

続く⇨

 

転移宇宙・アトランティス・ジーン(3)A・G・リドルー171

2021.09.30.08:35


「アルファ、ドクタ・ワーナーはなぜ声も手も使わずにお前を操作できるんだ?」

「ドクタ・ワーナーは、現地時間で9日前に神経移植手術を受けたのです。」

「手術を受けた?どうやって?」

「ドクタ・ワーナーが移植手術をするように、私をプログラムしたのです。」

またひとつ、”ハニー、今日はどんな1日だった?”という夜の会話で語られなかった事実を知ったというわけだ。

ミロが口元に小さな笑みを浮かべて、振り返った。

「私も受けてみたいです。」

「二人で受ければ、どっちかは成功するかもな。」

デヴィッドはホログラムに注意を戻した。

「アルファ、再生速度をあげてくれ。」

「比率は?」

「一秒で五分ぶんを再生するんだ。」

スクリーンに映っている文字が、隙間のない波状の線に変わった。

黒い水槽の中で、白い波が激しく揺れているかのようだ。

ケイトは身じろぎひとつしなかった。

数秒が経過した。

スクリーンは暗くなっており、ケイトが黄色く光るタンクの中に浮いていた。

「止めろ。」

デヴィッドは言った。

「ドクタ・ワーナーが、その…呼び方は分からないが、この筒みたいなものに入る直前から再生してくれ。」

息を凝らしてホログラムを見つめた。

文字の並んだ画面が消え、ケイトが部屋の奥のタンクの側まで歩いて行った。

スライドして開いた壁面から、銀色のヘルメットを取り出している。

続いて彼女がタンクに近づくと、その扉が開いた。

中に入り、ヘルメットを被る。

ガラスのタンクが閉じたところで、彼女の体が宙に浮いた。

「アルファ、また再生速度を上げてくれ。」

それからは何の変化もなかった。

一つの例外を除いては。

ゆっくりと、ヘルメットのしたから血が漏れ始めたのだ。

最後にデヴィッドとミロが入ってきて、その直後に壁のスクリーンに文字が現れた。

 

再生終了

 

ミロがこちらを向いた。

「それで、どうしますか?」

デヴィッドは壁の文字からケイトのタンクへと視線を移した。

そして、空っぽのタンクを見つめた。

「アルファ、俺がドクタ・ワーナーの…実験に参加することはできるか?」

奥の壁面のパネルが開き、銀色のヘルメットが現れた。

ミロが目を丸くした。

「それは危険ですよ、ミスタ・デヴィッド。」

「他にいい手があるか?」

「考え直すべきです。」

「やるしかないだろう。」

ガラスのタンクが回転して扉が開いた。

中に足を踏み入れ、ヘルメットを被った。

視界から実験室が消えた。

 

 

その空間を照らす眩しい光に目がなれるまで、何秒かかかった。

まっすぐ前方に、何やら文字が並んだ横長のディスプレイがある。

まるで、列車の発車案内板が掲げられた、がらんとした駅のような場所だった。

最も、出入り口はどこにも見当たらないが。

あるのは真っ白な硬い床とアーチ状の柱ばかりで、柱の合間から明るい光が差し込んでいる。

アルファの声があたりに反響した。

「復活データ保管室にようこそ。指示をどうぞ。」

デヴィッドは案内版に目を走らせた。

 

(記憶保持時期)     (健康状態)    (再生)

12、37、40、3    ダメージあり    終了

13、48、19、23      正常     終了

13、56、64、15   ダメージあり    終了

 

その先にも12行ほど数字と文字が並んでおり、どれもが”再生終了”となっていた。

そして最後の行にはこう書かれてあった。

 

14、72、47、33   ダメージあり    進行中

 

「アルファ、俺はここで何ができる?」

「保存された記憶を開くか、進行中のシミュレーションに参加することができます。」

進行中…ケイトはそこにいるに違いない。

もし彼女が負傷しているか…攻撃を受けていたら?

デヴィッドはあたりに目をやった。

彼女を守るための武器は何もない。

だが、構うものか。

「進行中のシュミレーションに参加する。」

「他の参加者に通知しますか?」

「いや。」

反射的にそう答えた。

不意打ちができれば、いくらか優位に立てるはずだ。

 

続く⇨

転移宇宙・アトランティス・ジーン(3)A・G・リドルー170

2021.09.29.19:24

モロッコ北部沿岸 水深370メートル アルファランダー

 

「これはなんですか?」

ミロが聞いた。

デヴィッドは実験室を見回した。

「見当もつかない。」

幅30メートル、奥行き15メートルはありそうな広大な部屋だった。

医療室とは違い、施術台などは見当たらない。

実の所、その部屋の床に置かれているものと言えば、直径が3メートルほどもある2本のガスタンクだけだった。

タンクの内部は黄色く光り、白い火花のようなものが底から天井に向かってゆらゆら上昇している。

右側のタンクは空っぽで、もう一方にケイトが入っていた。

彼女は両腕をまっすぐに伸ばし、床から数十センチの位置に浮かんでいた。


服装は今朝がた寝室を出た時と同じだが、新たに身につけているものがあった。

銀色のヘルメットだ。

それが彼女の顔を顎まですっぽりと覆い隠していた。

最近染めたブルネットの髪がヘルメットから垂れているのが見える。

目元を覆う細長いシールドは真っ黒で、そこを覗いても彼女がどんな状態かを探ることはできなかった。

唯一わかるのは、ヘルメットの下から一筋の血が流れ出し、首を伝って灰色のTシャツを染めていると言うことだけだ。

そしてその染みは刻々と大きくなっているようだった。

「アルファ、一体…何が起きている?」

「具体的に質問してください。」

「これは…どんな実験なんだ?なんの作業をしている?」

「記憶復活シュミレーションを行っています。」

どう言う意味だ?

そのシュミレーションとやらが、彼女の肉体を傷つけているのだろうか?

「どうすれば実験を止められる?」

「それは不可能です。」

「なぜだ?」

デヴィッドは苛立ちを感じながら聞いた。

「記憶復活実験を中断させると、被験者が死亡する危険があるからです。」

ミロが怯えた目をこちらに向けた。

デヴィッドはあたりに視線をめぐらせた。

どうすればいい?

何かないか。

とにかく、なんらかの手がかりが必要だ。

意識を集中させようと天を仰いだ。

小さな黒いガラスのドームが、天井からデヴィッドを見下ろしていた。

「アルファ、この実験室を撮った画像データはあるか?」

「あります。」

「再生してくれ。」

「再生範囲を指定してください。」

「今日、ドクタ・ワーナーがここへ来た瞬間からだ。」

左手の壁から光が放たれ、両開きのドアがスライドし、ケイトが入ってきた。

部屋の右手の壁に近づいていく。

と、その壁面が光り、スクリーンいっぱいに謎の文字やシンボルが現れ始めた。

ケイトはじっとそこに立ったまま、視線だけを小さく左右に動かしていた。

画面は1秒と経たずに切り替わっていくのに、内容を全て読み取っているようだ。

「すごい。」

ミロが囁いた。

気づくとデヴィッドは後ずさっていた。

今になって、ケイトがどれほど変わったか、自分と彼女の間にどれほどの知能の差ができているかを思い知らされたのだ。

ケイトがアトランティス病の治療法を発見したのは、2週間前のことだ。

世界全域に広まったこの疫病は、発生直後に10億人の犠牲者を出し、その後も突然変異によって夥しい数の命を奪っていった。

そして、世界を分断した、致死率の高いこの病に耐性のあった者たちも、遺伝子レベルで変化してしまったのだ。

生存者の一部は疫病によって恩恵を授かり、以前より強く賢くなったが、残りの者たちは原始的な状態へと退化してしまった。

それに、人々は敵対する2つの勢力のどちらかに組み込まれていた。

一つは、病の進行を遅らせて治療法を確立しようとするオーキッド同盟。

もう一つは、疫病を解き放った犯人であり、遺伝子の変化を支持するイマリ・インターナショナル。

ケイトとデヴィドは疫病の進行とイマリの企みを阻止すべく、兵士や科学者と力を合わせて治療法の鍵となる重要な要素を突き止めた。

アトランティス人が人間の進化に介入した際に残していった、内在性レトロウイルスだ。

これらのウイルスは、人間の遺伝子に組み込まれたいわばウイルスの化石で、アトランティス人によるヒトゲノムの修正過程を示す足跡のようなものだった。

そして、疫病の流行が最終段階を迎え、1分ごとに数百万人が死ぬという状況にまで至った時、ケイトがついにウイルスの化石を無害化して疫病を治す方法を見つけたのだった。

彼女の治療法は、アトランティス人と人間が一つに融合した安定したゲノムを作り出した。

だが、その素晴らしい発見の裏で、ケイト自身は高い代償を払うことになった。

彼女の知識は、それまで無意識の領域に押し込められていた記憶から得たものだった。

数万年にわたって人間に遺伝子実験を行っていた、一人のアトランティス人科学者の記憶だ。

疫病を治せたのはその記憶のおかげだが、同時にケイトは自分自身の人間性…アトランティス人科学者ではなく、あくまでケイトだけが持つ性質…の大部分を失ってしまった。

タイムリミットが迫る中、全世界に広がる疫病の脅威を前にして、ケイトはアトランティス人の記憶を取り除いて自分を守ることより、その知識を使って病を治すことを選んだのだ。

ケイトは、アトランティス人の記憶のせいで起きた問題を修復できるはずだといった。

だが、彼女の実験がうまくいっていないことは、その後の日々の中で次第に明らかになっていった。

彼女は弱っていく一方だったからだ。

最も、彼女自身は決して自分の状態を語ろうとはしなかったが。

デヴィッドは彼女がどこか遠くへ行ってしまうように感じていた。

そして今、再生されたホログラムの中で、ケイトは瞬時にスクリーンの文字を読み取っている。

自分の認識が甘かったと言うしかない。

彼女はこんなにも急激に変化していたのだ。

「本当にこんな速さで読めるんでしょうか?」

ミロが聞いた。

「読んでいるだけじゃない。きっとこの速度で理解しているんだ。」

デヴィッドはささやいた。

新たな不安が湧いてくるのを感じた。

それがケイトの劇的な変わりようを目の当たりにしたせいなのか、それとも、自分には到底歯が立たない問題だと気づき始めたせいなのかはわからなかったが。

単純な疑問から片付けていこう、デヴィッドは思った。

続く⇨

 

^^^^

 

感染後、変化した者たち。

以前より賢く強くなったものと退化したもの。

誰が行ったにせよ、人の中の遺伝子が、レトロウイルスによって、何度も修正されたという痕跡が実際に存在する。

それはとある大学がそれを発表している。

ネットで調べていた時、私はそれを読んだ。

 

転移宇宙・アトランティス・ジーン(3)A・G・リドルー169

2021.09.23.18:52


デヴィッドはすぐさま戸口を開けた。

中央に施術台が4つ置かれていた。

壁面にはホログラム・ディスプレイが並んでいる。

無人の部屋の端から端まで。

ケイトはもうここを出たのだろうか?

「アルファ、この部屋が最後に使われた日時を教えてくれ。」

「この部屋が最後に使用されたのは、調査基準歴で9、12、38、28、標準歴では12、39、12、47、29…」

デヴィッドは頭を振った。

「現地時間で何日前だ?」

「912万8千…」

「わかった、もういい。船のこのセクションには他にも医療室があるのか?」

「ありません。」

だったらどこへ行った?

彼女を救う方法はまだあるはずだ。

「アルファ、今現在、このセクションで最もエネルギーを消費している場所を教えてくれ。」

壁のディスプレイが明るくなり、船の立体像が浮かび上がった。

光っている区画は3つ。

ARC室1701ーD、12番予備医療室、それに47番適応実験室だ。

「アルファ、47番適応実験室というのはどういう部屋だ?」

「適応実験室は、生物学的な実験などさまざまな研究のために使用されます。」

「47番適応実験室では、今どんな実験がおこなわれている?」

デヴィッドは身を硬くして答えを待った。

「それは機密情報…」

「機密か…。」

デヴィッドは呟いた。

「間違いないな。」

ミロがプロテインバーを差し出した。

「移動に備えて。」

ミロを連れて廊下に引き返すと、そこで包を破って茶色いバーにかじり付き、無言でそれを噛み砕いた。

いくらかストレスを発散できた気がした。

 

いきなり立ち止まったせいで、ミロが背中に衝突しそうになった。

デヴィッドはその場にしゃがんで、床を見つめた。

「なんですか?」

ミロが聞いた。

「血だ。」

それからはさらに足を早めた。

床の血は、まばらな滴りから長く伸びる筋へと量が増えていった。

47番適応実験室のドアに着くと、指先で壁のパネルの青白い光を操った。

6回も試してみたが、解錠の指示を出すたびにディスプレイが同じメッセージを点滅させた。

 

入室を許可できません。

 

「アルファ!なぜドアが開かないんだ?」

「入室を許可できないからで。」

「どうすればこのドアの向こうに行ける?」

「それは不可能です。」

アルファのキッパリとした返事が廊下に響いた。

デヴィッドもミロも、しばらくそこに立ち尽くしていた。

やがて、デヴィッドは静かに言った。

「アルファ、ドクタ・ワーナーのバイタルサインを見せてくれ。」

壁のディスプレイが変化し、数字とグラフを表示した。

 

<血圧>87/43mmHg

<脈拍>30回/分

 

ミロがこちらに顔を向けた。

「悪化している。」

デヴィッドは言った。

「どうしますか?」

「待つしかない。」

ミロがあぐらをかいて目を閉じた。

彼はそうして内なる静寂を求めるのだ。

一瞬、自分にも同じことができればいいのに、と思った。

頭の中を空っぽにできればいいのだが。

不安が思考を鈍らせているのがわかる。

ドアが開いて欲しいと痛切に願う一方で、デヴヴィッドはその瞬間を恐れてもいた。

ケイトの身に何が起きたのか、彼女がどんな実験を試みて自分に何をしたのか、知ってしまうことが怖かったのだ。

 

警報が鳴り響いたのは、デヴィッドの瞼が重くなり始めた頃だった。

狭い廊下にアルファの声が反響した。

「被験者に医療的緊急事態が発生しました。危機的状況であるため、入室制限を解除します。」

実験室に幅の広いドアが左右にスライドした。

すぐさま中へ飛び込み、眼前の光景を理解しようと目をこすった。

背後でミロが驚きの声を漏らした。

「わあ!」

 

続く⇨


転移宇宙・アトランティス・ジーン(3)A・G・リドルー168

2021.09.20.19:33

I  盛衰

 

1 モロッコ北部沿岸 水深370メートル アルファランダー

 

デヴィッド・ヴェイルは、ひたすら狭い寝室を歩き回るしかない自分にうんざりしていた。

ケイトは戻ってくるのか、だとすればいつになるのか、そればかりを考えている。

血がついた枕に目をやった。

10日前に数滴の染みで始まったそれは、今では枕からベッドへ垂れるほどの血の筋に変わっていた。

「大丈夫よ。」

朝になると、決まってケイトはそう言った。

「毎日どこへ行っているんだ?」

「少しだけ時間が必要なの。一人にしてもらいたいのよ。」

「一人で何をしている?」

デヴィッドは聞いた。

「状況を改善しようとしているの。」

だが、状況は一向に改善されなかった。

日々、どこかから戻ってくるたびに、彼女の容体は悪くなっていた。

毎夜の悪夢と汗は日を追うごとにひどくなり、鼻から流れる血は、もう2度と止まらないのではないかと思うほどに増えていった。

デヴィッドはケイトを抱きしめ、堪え、じっと待つしかなかった。

自分の命を救ってくれ、2週間前には自分が助け出した女性。

その彼女がどうにか危機を乗り越え、また元気になってくれることを願うばかりだった。

しかし、彼女は日に日に弱っていった。

そして今、彼女はなかなか戻ってこない。

これまで帰りが遅れたことは、一度もないのだが。

時計に目をやった。

もう3時間も遅れている。

ケイトは、この巨大なアトランティスの船のどこにいてもおかしくはなかった。

しかも、ジブラルタルの真向かい、モロッコ北部の山岳地帯沿岸に沈んだこの船は、面積が150平方キロメートル近くもあった。

ケイトがどこかへ行くようになったこの2週間、デヴィッドは船の操作法を覚えることで時間を過ごしていた。

もっとも、いまだに完全には使いこなせていない。

ケイトは扱い方がわからない機能でも、デヴィッドが使えるように、音声コマンドを利用できるようにしてくれていた。

「アルファ、ドクタ・ワーナーは今どこにいる?」

デヴィッドは聞いた。

狭い室内に”アルファ・ランダー”のコンピューターが発する無機質な声が響いた。

「それは機密情報です。」

「なぜだ?」

「あなたは上級研究員ではありません。」

どうやらアトランティスのコンピューターは、わかりきったことを聞かれるのに慣れていないようだ。

デヴィッドはベッドに染みた血の傍らに腰を下ろした。

何から確かめるべきだろう?

とにかく彼女が無事かどうかを知る必要がある。

ふと思いつき、こう聞くことにした。

「アルファ、ドクタ・ワーナーのバイタルサインを見せてもらえるか?」

小さなベッドの正面にある壁面パネルが明るくなり、デヴィッドはそこに現れた数字やグラフ…の理解できる箇所…に素早く目を走らせた。

 

(血圧)92/47 mmHg

(脈拍)31/分

 

負傷しているのだ。

あるいは、もっと深刻で…死にかけているかもしれない。

一体何があったんだ?

「アルファ、ドクタ・ワーナーのバイタルが異常な理由は?」

「それは機密…。」

「それも機密か…。」

デヴィッドはデスクの椅子を蹴った。

「問題は解決しましたか?」

「そんなわけないだろう。」

両開きのドアに近づくと、軽やかな音を立てて扉が開いた。

デヴィッドはふと立ち止まり、万一に備えて拳銃を掴んだ。

 

薄暗い廊下を10分ほど進んだ頃、暗がりの奥で誰かが動く音がした。

デヴィッドは足を止めて目を凝らした。

天井と床に並ぶ小さな明かりだけではよく見えなかった。

アトランティス人は少ない光でも視界がきくのかもしれないし、ひょっとするとこの船は…と言っても、あくまで船の断片だが…省エネモードで稼働しているのかも知れない。

いずれにせよ、ぼんやりとした照明はこの異星人の乗り物をいっそう神秘的な雰囲気に見せていた。

暗がりの人影が姿を現した。

ミロだ。

このチベットの若者に船のこんな深部で出会うのは、かなり意外なことだった。

デヴィッドとケイトの他に船を使っているのはミロだけだが、大抵は船外にいるからだ。

彼は船から山へと続く傾斜したトンネルを出てすぐの場所、ちなみに、そこにベルベル人が食料を運んできてくれる…を寝床にしていた。

ミロは星空の下で眠り、太陽とともに目覚める生活が好きなのだ。

夕食どきに、みんなで食事を取ろうと外へ出ると、ミロがあぐらをかいて瞑想していることがよくあった。

この2週間の間、彼こそが精神的な指導者だったと言えるかも知れない。

だが、薄暗い明かりの先に今見えているのは、不安をあらわにした若者だった。

「ドクタ・ケイトの姿が見えませんね。」

「もし見かけたら、船のインターコムで知らせてくれ。」

デヴィッドはまた先を急ぎ始めた。

ミロが目一杯足を動かして後を追ってきた。

190、5センチの背丈があり、筋肉も大きく盛り上がっているデヴィッドに比べると、それより30センチほど背の低いミロは、いかにも小柄な印象だった。

側から見れば、巨人とその年若い相棒が暗い迷宮かどこかを一心に突き進んでいるように映るだろう。

「それはできません。」

ミロが息を弾ませながら言った。

デヴィッドはチラリと彼を振り返った。

「私も一緒に行きますから。」

「上に戻った方がいい。」

「放って置けるはずがないでしょう。」

ミロが言った。

「ケイトに怒られるぞ。」

「ドクタ・ケイトが無事なら、いくら怒られたって構いません。」

全くだ、デヴィドは心の中で頷いた。

それからはどちらも黙って歩き続け、聞こえるのは規則的に床を踏むデヴィッドのブーツの音と、それより小さなミロの足音だけになった。

大きな両開きのドアの前まで来ると、デヴィッドは壁のパネルを起動した。

デイスプレイに文字が現れた。

 

12番予備医療室

 

この船の断片にある医療室はここだけだった。

そして、ケイトの毎日の行き先としても、もっとも可能性が高いのもこの部屋だった。

パネルから立ち上る青白い霧に深く手を差し入れ、数秒ほど動かすと、小さな音を立ててドアが開いた。

 

続く⇨


ペンギンに金星人の疑いが浮上?

2021.09.16.09:02

ペンギンに“宇宙人の可能性”が浮上


ペンギンに宇宙人の可能性が浮上している。イギリスの研究によると、ペンギンの糞から、金星の大気中にある化学物質と同じものが発見されたという。   

その物質“ホスフィン”が、金星から3800万マイル(約6100万キロメートル)も離れた地球に存在する理由については説明できないものの、研究者らは英フォークランド諸島に棲息するジェンツーペンギンがこの物質を生み出す過程について、彼らの生活スタイルから研究を進めていくという。

ロンドンのインペリアル・カレッジのデイヴ・クレメンツ博士はこう話している。

「“ホスフィン”の発見が本当であることを確信しています。しかしその制作過程が分かりません」
「嫌気性バクテリアの中には“ホスフィン”を作るものもあります」
「それらは池のヘドロ、アナグマの内臓、ペンギンの糞から見つかっています」
「競争関係にあるバクテリアに対する防御もしくはシグナルに関係している可能性があります」

“ホスフィン”は昨年、地球と似た金星の大気ガスの層から発見され話題となっていた。n_202109160902058f7.png

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