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古代の洞窟・チベット少年の不思議な物語42〜「宇宙人との対話」へ

2019.02.25.23:01

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第12章 日本僧の死

私は山懐を見ながら小道を下って行った。
私の心は病み、目は私があえて流さなかった涙で真っ赤になっていた。
老人は担がれて山を降りた。
日本僧、竹内健二は彼の先祖のもとに帰って行ったのだ。
死体処理人たちが彼の哀れなしなびた老体を、我々の元から運び去ろうとしていた。
彼の魂は、故郷の桜の木の並んだ小道の上をさまよっているのだろうか。
あるいは彼の生涯の誤りを見ながら、この世への帰還を企てているのだろうか。
私は人々が道を曲がってしまう前に、もう一度見下ろした。
かつては感動させる男の一人だった死体を、見下ろしたのだ。
一つの影が太陽を過り、しばらく私は自分が雲の顔を見ているのだと想像していた。

この世に守護霊がいるのだろうかと、私は疑った。
生きるために地上で苦しむ人を、偉大なる守護霊は見ているだろうか。
なぜ彼らは学校の教師のようなのか。
私は考えた。
多分、竹内健二は彼らと会っているに違いない。
多分、彼はよく学んだと言われているのだろう。
私はそう望むのだ。
それは彼が多くを見、多くの苦しみを味わった、ボロボロの老人だったからである。
それとも彼はさらに学ぶために、再び肉体に戻ってくるのだろうか。
いつ彼は帰ってくるのか。
六百年後か、今すぐだろうか。

私はそのことを考えていた。
私は今、帰ってきた葬式のことを考えていた。
揺らめくバターランプ。
か弱い生命の炎のような揺れ。
一瞬、竹内健二はしなびた肉体として、我々の前に倒れかかって来たのではなくて、生き生きとした姿で、再び我々の間に現れたように思えた。
多分、今彼は出来事の全てを、消し得ない記録、アカシックレコードを見ており、これによって過ちを犯した場所を改めて知り得て、再びこの世にやって来た時、それを思い出すのだろうか。
老人は私に多くのことを教えた。
その奇妙な態度で彼は私を好み、対等に話をしてくれたが、もう彼は地上にいない。

退屈して私は石を蹴り、敗れたサンダルを土に擦りつけた。
彼には母親はいるのだろうかと、あれこれ私は彼を家族のある若者として想像した。
彼は自分の故郷を離れ、見知らぬ人々の間で生活して、寂しかったに違いない。
暖かい微風と聖なる故国の山から遠く離れた彼は、しばしば日本のことを話したが、その時彼の声は大きく、目は不思議な光を発していた。
ある日彼は、人々がしつこく神を求めようとしないで、その準備ができるまで待つことによって、より良い結果が得られると思われる時、彼らは超常現象に入っていくと言って、私を驚かせた。
「神は常に、生徒の準備ができたときに、やってくるものだよ。すなわちあなたが神を知るとき、そのおっしゃる全てを行うのだが、それはそのときあなたの準備が整っているからだ。」と、彼は私に言った。
太陽の光は鈍くなって来て、雲は頭上で形を作り、風は再び小石を跳ね飛ばし始めていた。
私の下の平原には、小さな一団の人々が山の麓から現れたが、彼らは静かに自分たちの荷物を小馬の背に乗せ、自らも馬に乗ってゆっくりと歩いていた。
私はその小さな行列が視野から消えるまで平原を眺め、そして再びゆっくりと向きを変えて、山を登って行った。


^^

著者について

本書「古代の洞窟」は、世界的なベストセラーとなった「第3の眼」の五年後の千九百六十一年に米国の出版社から刊行されたものの翻訳である。
著者、ロブサンランパとは何者なのか、と言う疑問を持たれる読者のために、「訳者まえがき」で述べた経緯とは別に、処女作の「第3の眼」の原書、そして日本語版に、本人が寄稿したとされるロブサンランパ自身の記述から、彼の略歴を辿ってみる。

ロブサンランパの出生年は表記されていないが、チベットの聖都ラサのポタラ近くのショル村に生まれたようである。
父母ともにチベット有数の大貴族の家系で、父親は国政に影響力を持つ政府首脳の高官だった。
ロブサンには兄と姉がいたが、兄は7歳になる前に死去、彼は当時4歳だった。
幼児期の世話係りはカム出身のツウ爺やに任されていた。
そしてロブサンが7歳の誕生日を迎える直前に、占星僧によって将来の方向が提示される。
それに従い、チャポクリ医学僧院へ7歳で入ったのち、ラマミンギャールドンタップの指導のもと、生来の超能力にいっそうの磨きをかけ、8歳の時に「第3の眼」の手術を受ける。
12歳で医学僧、16歳でラマの資格を得るが、それ以前にも8歳の頃より、度々ダライ・ラマに謁見したり、ラマと同等の待遇を受けたり、14歳で大僧正になったなどとも書かれている。
本書は、「第3の眼」では表面的な記述で素通りした箇所や、全く描かれていない、少年僧ロブサンランパと師のラマミンギャールドンタップとの間に交わされる、人間の死生観、東西の文明論、また宇宙意識が深遠な思想として語られているが、彼の経歴については前著においても、チベットを立つ前の時点で物語は終わっている。
著者ロブサンランパのその後の足取りについては、彼が寄稿したとされる「日本語版あとがき」を参考にしたい。
それによると、彼はチベットを去ってから、中国の重慶へ行き、同地で学び、医学博士と理学博士の称号を得て、さらに飛行機の操縦を学び、実際に軍用機を操縦した。
1937年に日本軍の上海侵攻が開始されると、中国空軍の軍医大尉に任命され、翌年に日本軍の捕虜となった。
3ヶ月後に脱走してチベットに戻ったが、再び中国空軍に復帰し、またもや日本軍に捕えられる。
拷問と脱走を繰り返すうち、1944年には日本の広島に近いキャンプに収容された。
広島の原爆投下の大混乱の中を脱走し、漁船を盗んで朝鮮の海岸へ上陸。
ウラジオストックからシベリア鉄道でモスクワへたどり着いたが、スパイ容疑で逮捕されたのちに、国外追放となりポーランドで釈放された。
その後、ポーランドからドイツを経て、フランスのシェルブールから船に乗り込み、アメリカへ渡った。
ニューヨークでいくつかの職を得て働いたが、1951年にイギリスへ向かい、そこで自叙伝を書くことを勧められ「第3の眼」を執筆する。
以上がロブサンランパ自身による略歴の紹介であるが、1958年、ロンドンのマルチンセッカーアンドワーバーグ社から刊行された同署は、世界的なベストセラーとなって、あまりの多額の印税収入のほか、マスコミ、ジャーナリズムもこの謎の男の正体を暴こうと躍起になり、ついには詐欺師、ペテン師のレッテルを貼り付けた。
ロブサン自身はマスコミの追求に嫌気が指し、出版社の忠告を受け入れてカナダに移住したが、1959年以降もロンドンの出版社からは、「金星への訪問」ほか十数冊が彼の名で出版されている。
なお、本書に登場するダライ・ラマは、現在の14世ではなく、第13世トゥプテンギャツオで、1904年のイギリスによるチベット侵攻時には、モンゴルから中国へ逃れ、1909年の中国清の侵攻の際には、インドに亡命したが、2年後にはラサに戻り、チベットの独立宣言とともに近代化を推し進めようとした。
しかし最終的には、チベットの亡国を予言する遺書を残してこの世を去った。

以上転記終了

^^^^

彼の翻訳本が出ていないか見てみると、ベストセラーになった「第3の眼」が翻訳されて合った。
昔3め 3め

内容は読んでいないのでわからないが、千里眼の能力の話であろうと思われる。
人々は、オーラも見えないし、それで医学的に診断したり、テレパシーを使ったりできないので、彼を詐欺師扱いにした。
しかし本は面白くて売れたらしい。
個人的な感想を言えば、彼が語っていることは、本当のことである。
私は「あの世に行って戻ってくる」という体験をしたため、それが夢だったのか、真実の体験だったのか見極めたいと思って、数年間色々と人を見つけては聞きに行ったり、修行して見たことがある。
その時の先生の中には、オーラが見える人もいたし、話をしているだけで会話の中に出てくる人の人となりを言い当てたりする人がいたので、なんの疑問も持たない。
そういうご縁がないと理解できない世界かもしれない。
このロブサンランパ氏の書いた、「古代の洞窟」を転記して掲載した理由は、ルーマニアで発見された古代の洞窟の中に、古のアトランテイスの人々が亡び去る前に、自分たちの文明の記録をタイムカプセルのように封じておいた、それが発見されたというおとぎ話的な内容の都市伝説として動画に流れていた話が、実はとっくに発見されていた、真実の物語であったと伝えるためである。

そして、これを「エイリアンインタビュー」「私の臨死体験」「モンロー研究所の情報」とつなげて持ってきたのは、人は、肉体だけの存在ではなく、魂としての活動、人生もあるし、魂として肉体ができない能力を使うこともできるということを続けて紹介しておきたかったからだ。
さて、
ここから次につないでいくんだねえ。
実は…
何につながっていくのかと思われるだろうが、それが現在の秘密宇宙プログラム、イギリス人のハッカーゲイリーマッキノンが暴露した「ソーラーワーデン」という「米国の秘密の宇宙軍隊」の話との関連、そして、その宇宙軍隊の中で革命がおき、1%の富裕層のために自国民を誘拐して奴隷交易までして行っていた宇宙事業の悪事を、暴いて、再び全てを国民の手に取り戻すきっかけとなった善なる勢力が、どのような人たちから生まれたのかを推測する物語である。

それは私が過去に手に入れていた本で、日本名は「宇宙人との対話」というダサいタイトルなのだが、グレタウッドリューという米国の博士号を持ち、会社社長でもあった女性が、あるきっかけで宇宙人とチャネリングできるようになり、そこから財団まで作っていく話である。
このSTARという「宇宙技術研究財団」は、私は今動いているのか見つけることができなかった。
妄想ではあるが、このSTARは、おそらく、米国の秘密宇宙プログラムのどこかに吸収されたのだろうと考えている。
そしてここのメンバーたちが、善なる勢力の一部となったのではないか、と想像している。
この本自体が読み物として面白いというものではなく、資料的に重要な本である。
そもそも多くの部数売れたような本ではないので、現在絶版となったこの本を手に入れるのは、なかなか難しいと思う。
興味を持たれた方は、遠慮なく、このブログから転記、コピーして良い。
キンドルでも出版されるというのは難しいだろうなあ。

では、
次回から、
こちらに移ってくださいね!
「宇宙人との対話」グレタウッドリュー
グレタ 

人間の、惑星の、また銀河系間の注目すべき体験に、明確な解釈を施す全ての人々に、私の書を捧げる。
新たに獲得した知識の、数限りない分野における相互の影響について、確固たる成果をあげてくれた、忍耐強く、寛大で、庇護を与え、いつも支援を惜しむことのない夫、デイックーエズラに、私の心を捧げる。
ガタエの来訪を自覚し、恐れずにこれに立ち会おうとする人々に、私の著書を捧げる。

前書き

普通、耳には聞こえなかったり、また全く気づかないでいる音波が、私たちの周りにはたくさんある。
ラジオのスイッチを入れると、この波をキャッチすることができる。
受信機が精巧であれば、それだけ捉えられる波の数は多くなる。
これと同様に、本書で話題にする考えは、私たちの受信機、つまり五感では普通とらえられることのできない波に関わっている。
アナロジーをさらに進めるなら、私たちの誰もが、実際にはラジオなのである。
ある人たちは、他の人よりずっと広い周波数を持っている。
超心理学の研究に携わって20年になるが、私のラジオは、おそらく大多数の人々のものより、はるかに調整が行き届いている。
そこで私のアンテナがキャッチしていて、読者の皆さんのアンテナが捉え損なったいくつかの波を、ここでお伝えしたいと思う。
この種の本では、まず命題を明らかにするのが常道となっている。
そこで私は自分のラジオが、平均的な人にとっては存在しているとは思えないような波をキャッチできると、はっきり述べておく。
以後のページで私は、自分のラジオがなぜ、どのように働くのか、説明することにする。
これから明らかにする話が、私だけのものなら、私のよくやるように、精神力でステンレス製のスプーンを曲げるようにして、読者の心を曲げようとする必要もないだろう。
しかし私は、私生活を犠牲にしても、私の体験を広く世間に向けて記録しておくべきだと、助言を受けた。
というのも、重要な変化が起こりつつあり、次第にエスカレートして、この惑星上のすべての生き物に影響を及ぼすことになるからだ。
それゆえ本書で伝える話は、私自身のものではあるが、また読者のものでもあるのだ。
本書に記した記録は、あの捉えがたい音波のように、認めがたいものに思えるかも知れない。
読者が新たな考えに心を開いてくださって、あたふたとラジオを切ってしまわないように、というのが私の願いである。
このような趣旨から、私は読者の皆さんが大胆な新しい仮説を検討してくださって、私と一緒に彼方からの光に乗って、精神の、心の、意識のー宇宙の深みに向かって行くよう、ご案内する次第である。

本書の刊行にあたって、まず真っ先に、私の夫デイックに限りない感謝の気持ちを表明しなければならない。
彼の変わることのない理解とねばりつよい調査がなかったら、本書は、書物の形を取らぬままで、使命を果たすことはなかったに違いない。
また四人の子供たちも、本書の内容に絶えず興味を示し、励まし、協力してくれた。
フリーランサーとして、編集と校正の作業に多くの時間を割いてくださった、親しい友人のジルとマリリンには、特に感謝したい。
また私の過程を守ってくださったウッドリュー・サービスのスタッフたちと、デイックのパートナーであるマイクに対して、さらに私を信任し熱意を示してくださった「フロンティアーズフィジクス」の研究者と科学者に、心から感謝を捧げる。
そして最後に、素敵な羽を持ったオガッタグループの友人たちに…彼ら全員に、深い感謝の言葉を捧げる。
この人間のささやかな成果が、彼らに満足の行くものであることを願っている。

グレタ・ウッドリュー

この本の日本での発行は1986年10月10日です。

続く→




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古代の洞窟・チベット少年の不思議な物語41

2019.02.19.23:28

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寺院の勤行の終わりは、すなわち競争の始まり、食事を取る競争の始まりである。
我々は誰もがひもじがっていた。
と言うのは、食事の供給が尽きていたからである。
この日は、新しく炙られた新鮮な大麦の供給日だった。
チベットでは、すべての僧侶が大麦を入れる小さな袋を携えている。
大麦は炒られてひかれ、バター茶を混ぜられてツアンパとなる。
そこで我々は競争となり、自分たちの袋を満たすために待っている集団に加わるのである。
そしてそれから広間に行くが、そこには夕食の茶が用意されている。
材料はひどかった。
私はツアンパを噛んでみたが、自分の胃がおかしいのかと疑った。
それは恐ろしく油っこく・焼け焦げた味付けで、私はどう飲み込んだらいいのか分からなかった。
私の次にいた少年は、呟いた。
「ベー、この材料は焼け焦げている。誰だって飲み込めないよ。」
「この食物の中の全部が汚されているように見えるよ。」と、私は言った。
私はもう少し試してみたが、顔が歪み、どうして飲み下そうかと思案した。
チベットでは、食べ残すことは大変な罪悪になるのである。
私は周囲を見回し、他の人々もただ眺めているのを見て、ツアンパが悪いことは疑いもなかった。
至る所で容器が下に置かれていたが、それは誰もがいつもの飢えの一歩手前にいる我々の社会では、本当に稀有なことであった。
私は急いで自分の口にツアンパを詰め込んだが、予期しない力が胃にかかったような、奇妙な気持ちに襲われ、慌てて立ち上がって手で口を押さえ、ドアの方に飛び出した。
「よう、若い人。」と奇妙なアクセントの声がした。
私がまずい食べ物を激しく嘔吐した後で、ドアの方を振り返ると、日本僧の竹内健二が立っているのが見えた。
彼は至る所を旅して、あらゆることをやり、今や周期的にやってくる精神の不安定によって、それを償わされていた。
彼は同情して私を見つめ、
「悪い食べ物ですか。」と、心配げに言った。
「私もあなたと同じように、辛い目にあいました。あなたと同じ理由で、ここに出てきたわけです。私は新鮮な空気が悪い食べ物による毒気を、吹き払ってくれるよう願って、しばらくここにいるわけです。」
私はおずおずと言った。
「先生、あなたはどこにでもお出かけになりましたが、このチベットで我々は、このような恐ろしく単調な食べ物をなぜとっているのか、教えてくれませんか。私はツアンパとお茶、ツアンパとお茶、の繰り返しに死にそうです。時には肥料を飲み下すこともあります。」
その日本人は多いに理解している目で私を見つめ、同情していた。
「ああ、あなたは私に色々な食べ物を食べてきたかと尋ねrられるのですね。そうです。私は色々食べてきましたよ。私は生涯にわたって広く旅してきました。イギリス、ドイツ、ロシアなど至る所の食べ物をとってきました。私の僧としての誓いにも関わらず、裕福に生活していました。あるいは当時、そのように考えていたのですが、いまは私の誓いからの逸脱が、自らに悲しみをもたらしています。」
彼は改めて私を見て、さらに声高になったように見えた。
「ああ、そうです。あなたはなぜ単調な食事をするのかと訊ねられるのですね。それでは申し上げましょう。西洋の人々は食べすぎるのです。彼らは様々な変わった食物を取り、消化器官は自動的に働きます。つまり、彼らは頭脳の自由意志の部分によって、制御しないのです。我々が教えているように、もし目を通じて脳が消化しようとする食物が、いかなるタイプのものかを評価する機会があるならば、胃は食物を処理するために必要な量と、濃度の胃液を出すことができます。これに反して、もし全てのものが無差別に飲み込まれ、消化器官がおしゃべりの間中、忙しく働いているならば、胃液は準備されず、消化は不完全で消化不良を招き、のちにはおそらく顔になって行くでしょう。あなたは自分の食事がなぜ単調なのか知りたいと言われる。それはわかりやすくいえば、食事が単調であればあるほど、その食物は身体の霊的部分の発達に資するのです。私は超能力について随分勉強してきました。私は千里眼の能力も持っていました。それからあらゆる種類の不思議な薬や飲み物を詰め込みました。しかし今、私は超自然の能力の全てを失い、したがって面倒を見てもらうために、チャポクリに来るようになったのですが、この地球を去る前に、疲れた身体を休める場所を求めているのです。そして私が今後数ヶ月以内に地球を去ったとき、身体の処理者が完全な仕事をやってくれるでしょう。」
彼は私を見て、それから奇妙な飛び上がりをもう一度行って、言った。
「ああそうだ。あなたは私の忠告を聞き、あなたの生涯を通じて単調な食事を取れば、決して力を失わないのだ。私の忠告に反して、あなたが自分の貪欲な食道に全てのものを飲み込むならば、あなたは全てのものを失うでしょう。あなたは不消化となり、胃癌を患い、悪い気質を持つようになるのだ。おお、私は去って行く。そして私はもう一度、攻撃に来ることが出来るのだ。」
日本僧、竹内健二はよろよろと立ち上がり、ラマの居住区の方へたどたどしく歩いて行った。
私は彼を見送って、悲しみに頭を垂れた。
もう少し長く彼と話ができたらなあと思った。
彼の言った食べ物はどんな食べ物だったのだろう。
そんな味がしたのだろう。
それから私は、自分自身をぐいと持ち上げた。
私の前にあったのものは、本当に焼け焦げた臭いバター茶のツアンパで、焦げ茶色の塊になる程焼かれ、奇妙な油っぽい混ぜ物となっていた。
それから私は頭を振りふり、広間に向かって歩きだした。

夕方遅くなってから、私は師のラマミンギャールドンタップに話をしに行った。
「先生、なぜ人々は道端の行商人から天宮図を買うのですか。」
師は悲しそうに、笑って答えた。
「もちろんお前も知っているように、もしそれがその人のために、個人的に用意されたものでないならば、何の価値もないのだ。団体に対して、天宮図が用意されることはあり得ないのだ。下の道端で売られている天宮図は、単にものを信じやすい人々から、金を巻き上げるものにすぎないのだ。」
師は私を見て、そして話した。
「もちろん、ロブサン。天宮図を買った巡礼たちは家に帰ってから、彼らのポタラでの記念品と言ってそれを示すのだが、彼らは満足している。したがって商人たちが、そんな商売をしたからといって、なぜお前が彼らについて悩むのか、全ては満足されているのだよ。」
「先生は、天宮図を彼らのために作るべきだと言われるのですか。」と、私は訊ねた。
「そうじゃないよ、ロブサン。そうじゃないのだ。天宮図は人々が行動する時に、コースを選ぶのに役立てているが、私はある限定された特別な理由がない限り、天宮図や占星術を使用することには反対なのだ。お前もわかっているように、一般の人々は、ラサの街を通って行く巡礼のようなものだ。彼らは道の前方に、林や家や曲がり角があるのが見えない。我々はここからその道を見下ろして、障害物を見ることも出来るが、それは我々が高いところにいるからだ。そして巡礼たちは、天宮図を持っていない人なのだ。そして巡礼よりも空高く位置している我々は、天宮図を持つ人で、我々は前途を知り、障害物と難所をあらかじめ見ることが出来る。ことが起きる前に、困難に打ち勝つ用意をするのだ。」
「先生、私を悩ませている、もう一つの問題があります。我々が過去において知った事項が、この世の生活において物事を知ることに、どうして結びつくのか教えてください。」と、私は心配そうな顔をして言った。
それは私が、このような問題をほじくる権利を持たないと思っていたからである。
しかし彼は怒りもせずに、答えた。
「ロブサン、我々がこの地球にやってきたとき、我々は自分が何をしようとするかの地図を持っていたのだ。その知識は我々の意識下に蓄えられ、もし我々が自分の絵潜在意識に接触するならば、自分が計画した全てを知ることが出来るだろう。しかし、そうなれば、より良い自分に向かって努力することに、いかなる情熱も失せてしまうだろう。それは、我々がすでに決定された計画に沿って、働いているだけだと知るからだ。時にはある理由によって、人は眠り、そして身体から抜け出すことがある。その間、意識は彼の祖霊に会いに行っているのだ。時々祖霊は、潜在意識から知識をもたらすことができ、地上の身体にそれを返す。したがって幽体が肉体に帰る時、過去の生活で起こった、ある物事の知識が心に蘇ることがあるのだ。それはのちの生活においてなされるかもしれない、誤りを侵さないための警告のようなものだ。時々人は自殺したいという強い誘惑に陥るが、もしそれを実行して後々の世で罰せられたとするならば、そのような記憶が、その身体に繰り返す自己破壊の欲求から逃れる要因となる。それを願って、自己破壊についてのなんらかの記憶を持たされるということがあるのだ。」
私は以上の話を全て考えながら、窓の方に歩いて行って外を眺めた。
すぐ下には新緑の緑の沼地と、柳の木々の美しい緑の葉があった。
途端に師が、私の白日夢を破った。
「ロブサン、お前はこの柳の木を見るのが好きだが、お前がしばしば眺めるのは、お前が自分の目を和ませるものが、緑であることを発見したからではないのかね。」
考えてみると、自分が書物を読んだ後で、本能的に緑を見ていたことに、私は気がついた。
「ロブサン、緑は目を一番休ませる色なんだよ。それは疲れた目に憩いを与える。お前が西洋世界に出かけた時、お前は彼らの劇場の中に、緑の部屋と呼ばれるものがあって、そこで男女の俳優が、煙の充満した舞台と明るく輝いたフットライトに身を任せた後で、その目を休ませるために入る姿をみるだろう。」
私はこの言葉に驚いて目を見張り、どのような機会が訪れようとも、この色のことを追い求めようと決心した。
師は言った。
「ロブサン、今はこれで別れよう。明日もう一度、お前にきてもらうことにする。お前に他のことを教えるつもりだ。」
師は立ち上がり、私の肩を叩いて去って行った。
そしてしばらくの間、私は目を休める窓の外の沼地の草と、林の緑を見続けていたのである。


続く→




古代の洞窟・チベット少年の不思議な物語40

2019.02.17.20:07

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「先生。」
私は少し興奮して彼の部屋に入って行ったが、彼は私の無作法な入り方に少しも騒がず、私の方を見た。
「先生、何故我々は、気分を表すのに色を用いるのですか。」
彼は読んでいた本を下において、私に座るようにと身振りをした。
「お前は青い気分や、羨ましがり屋の緑の男などの、共通の語法について行っているのだな。」と、彼は質した。
私は彼が私の言おうとしたことを、正確に知っているので余計に興奮して言った。
「そうです、このような色が、何故重要なのかを知りたいのです。その裏に何かがなければなりません。」
彼は私を見て、再び笑って言い返した。
「それはね、ロブサン。お前がもう一つの長い講義を聞くことになるのだよ。しかし私は、お前が激しい運動をしてきたのを知っている。それでは一緒にお茶でも飲もうか。とにかくこの問題に入る前に、一服しようや。」
お茶はなかなかやって来なかった。
この時間は、僧院全体の僧や少年たちにとっても、お茶とツアンパの時間だったのだ。
我々は黙って食べ、私は色のことを考え、色の意味をアレコレと考えて迷っていたが、すぐに軽い食事を食べ終わり、師の顔を期待して見つめた。

彼は話し始めた。
「お前は楽器のことはあまり知らないだろう。例えばピアノという西洋で有名な、よく使われる楽器がある。お前は私と一緒にその絵を見たのを覚えているだろう。ピアノはいくつかの白といくつかの黒の、音階を示す鍵盤を持っている。さて我々は黒の鍵盤のことは忘れて、その代わりに3千メートルも長い鍵盤を持っていたとしようか。するとそれは、存在する全ての振動を含むことになるだろう。」
彼は私が理解しているかどかを見定めた。
というのも、ピアノは私にとって見知らぬ機械であったからである。
師が話をした時、私は絵で見ただけだったのだが、私がおおよそのことを知っているのに満足して、師は話を続けた。
「もしお前が、全ての振動を含んでいる鍵盤を持ったとすれば、人間の振動範囲はおそらく真ん中の3つの鍵盤に収まるだろう。お前は全てのものが振動からなっているのを知っているだろう。最低の振動は、硬い物質の振動である。お前はそれに触り、それはお前の指の通り道を塞ぐ。そして同時に、全てのその物質の分子が振動するのだ。お前はさらにその仮想の鍵盤を推し進めれば、振動を音として聞くことができる。そしてさらに手を進めていけば、お前の目は、景色の振動を捕らえる事もできる。」

(注!ここ重要です。全ては振動です。あの世に行った時わかります。色々なものが物質というより、波打っているのを見ます。低い振動は物質で、それを進めると、音として聞き、さらに進めると
、景色として目で捕らえるんですね!進めるとは、振動の波を緩やかな幅のある波から、幅の狭い間隔の短い、いわゆる高い音の方向でしょうか、ここはとても重要に思います。)

私はその時、ボルトを垂直に引き抜いたような感じを持った。
景色がどうして振動であり得るのか。
もし私が物を見るとして、同様にして見るのだろうか。
「ロブサン、お前は見るのだ。それは目に見える物体は振動して、眼に映るような動きを作るからだ。言い換えれば、お前が見るものは波を発生し、それは目の突起や角によって受け取られ、その度に衝動を本来の物体の絵に置き換える頭脳の一部に、衝動が伝達されるのだ。それは非常に複雑な過程で、我々はいま、その詳しい話に進もうとは思わないが、ただお前に全てのものは振動であるということを指摘したかったのだ。もし我々がさらにスケールを上げれば、我々はラジオ電波、テレパシーの波、そして他界に住む人々の波に到達する。しかしもちろん我々は、個体、音、視覚によって知覚される鍵盤上の3つの音符に、特に制限を受けているという意味で言っているのだ。」
私はこのことのすべてについて考えればならなかったが、それは本当に、私の頭脳が唸りを立てるような問題であった。
それでも、私は師の親切な教えの助けを得て、それほど心配することはなかったのでる。
ただしある暴君的な教師が本当に不愉快な杖で、私の情けない古い衣を激しく打ったときだけは、勉強をストップしたのだが。
「ロブサン、お前は色について尋ねている。ところである振動は、人のオーラに印象付けられる。すなわち例えばある人が悲惨さを感じれば、そのとき彼の感覚の一部は、青と呼ぶ色に近い振動数を出すのだ。従って千里眼の能力を持たない人ですら、青の気分を感じ取ることができる。そこで青が不愉快、不幸の気分を示すと言ったように、世界中に大部分の言語の中に入り込んだのだ。」
私は今度は考えが振動し始め、人が羨むことにどうして緑を当てるのかがわからず、それを尋ねた。
「ロブサン、推理をすれば、人が嫉妬という悪い気持ちにかられるとき、彼の振動は少し変化し、他の人に緑のような印象を与えるという理由づけができるだろう。また、人がある惑星の影響のもとに生まれるとき、彼はさらに強く、これらの色に影響されるということは、お前にも明らかであろう。」
私は喋り出した。
「そうです。私は赤のような牡羊座に生まれた人を知っています。」
師は私の熱心さを笑って言った。
「そうだ、調和の法則から来ているのだ。ある人々はある色に対し、より容易に応答するが、それはその色の振動が、彼自身の基本振動数に密接に同調するからだ。それは例えば、牡羊座の人がなぜ赤い色を好みむか、牡羊座の人は、彼の人となりに赤が多く含まれ、赤に愉快さを感じるからだ。」
私はこの質問によって緑と青についてわかり、またなぜ、ある人が茶色のボケた姿であるかもわかった。
それは人がある特別な研究形式に集中しているとき、彼のオーラが多分、茶色の斑点をつけているからだろうと説明できた。
しかし私は、女性がなぜ真紅になるのかは理解できなかったのである。
私は好奇心をもはや抑えられなくなって言った。
「先生、なぜ女性は真紅の女性と呼ばれるのですか。」
師はあたかも吹き出さんばかり私を見つめたので、私は一瞬、自分が言ったことが、彼の抑えていた興味にうち当たったのかとおもった。
しかし彼は親切に、しかもある程度詳しく話してくれたので、将来、いかなる問題にも適用できるようになったのである。

(注!ここではこの真紅の女性についての話は終わっているので、意味は分からずじまいになってしまうと思うが、私はチャクラの色で第一チャクラと呼ばれる人間の生殖器の部分にあたる基底部の第一チャクラの色が、赤であると指摘しておきたい。)

「ロブサン、お前に言っておこう。全ての人は基礎的な振動数を持っている。すなわち全ての人の分子はある割合で振動し、その人の頭脳によって生じる波は、特別なグループに入る。いかなる二人でも、同じ波長、どんな点においても一致する波長を持ってはいないが、ただ両者の波長が非常に近いとき、または彼らの一方の波長が他方の波長のオクターブであるとき、彼らは両立し、いつも一緒に行動できるのだ。」
私は彼のほうを見て、我が国の、ある高位の気難しい芸術家のことを考えていた。
私は尋ねた。
「先生、芸術家たちのなかに、他の人より高い振動数を持っている人がいるというのは本当ですか。」
「ロブサン、確かにそうだ。もしある人がインスピレーションと呼ばれるものを持つとすれば、そしてもし彼が立派な芸術家であるならば、彼の振動数は普通の人の何倍にもならなければならないのだ。ときにはそれは、彼をやっていけないように苛々させる。大部分の人々より高い振動数を持っているから、彼は人々を低いものと見くびる傾向があるが、彼の仕事は素晴らしくて、人々は彼の気まぐれと夢想を我慢することができるのだ。」

私は数キロも伸びている大きな鍵盤を想像して見たが、その鍵盤の中で人間の経験範囲が、ほんの3音符に限られるという師の言葉が納得できないで、そのことを言った。

「ロブサン、人間は自分たちが創世記において、唯一の重要な生き物と考えたがるが、実際には人間以外に多くの形の生があるのだ。他の惑星の上にも、人間とは全く異質の生物がおり、人間はそのような生物について理解し始めることすらできないのだ。我々の神秘的な鍵盤上では、この宇宙から遠く遠く離れた惑星の住民が、人間の鍵盤とは反対の端に存在しているのだ。また幽界の人々は、鍵盤のより高いところにいるのだ。壁を貫いて歩くことのできる幽霊は希薄な体質を持ち、彼自身の振動数は本当は高いからであるが、一方、彼の分子量は低いのだ。」
彼は私を見て、私の困惑した顔に笑い、それから説明した。
「良いかね、幽霊は石の壁を通過できるが、それは石の壁が振動する分子から出来上がっているからだ。もしお前が石の壁の空間よりも小さな分子を持つ生き物を手に入れるならば、その特別な生き物は、どんな邪魔な石の壁でも、通過することができるだろう。もちろん幽界の人々は非常に高い振動数を持ち、そして彼らは希薄な体質を持っている。すなわち、彼らは個体ではなく、数少ない分子しか持っていないのだ。地上の大抵の人々は、我々の地上はるか、空気のなくなる所よりさらに高い領域には、何もないと思っているが、そうではなく、空間は分子で充満しており、その大部分が水素分子で、広く拡散している。とにかくそこには分子があって、いわゆる幽霊でも、ある方法で計ることが出来るのだ。」
そのとき、我々を勤行に呼び出す寺院の鐘が鳴り響いた。
「ではロブサン、また明日にしようか。この問題をお前にはっきりさせたいからね。」と、師は言い、我々は寺院の入り口で別れた。

続く→




古代の洞窟・チベット少年の不思議な物語39

2019.02.16.00:15

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下の広場では音楽僧が、音楽の練習をしていた。
そこではブー、ブー、キー、キーという音や唸り声が、彼らの楽器から流れ出し、私は退屈紛れに彼らを見ていた。
私は音痴であったから、音楽はなんの意味も自分にはもたらさなかったものの、彼らが非常に熱心で、懸命に良い音楽を奏でようとしていることは、よくわかった。
それから私はもう一度、書物に戻ろうと考えて向きを変えたのである。
まもなく私は読書に疲れてしまった。
退屈しながらページをめくっていたが、落ち着かなかった。
何かが早く早くと言っているようで、私な決心してこの印刷物を、彫刻された木のカバーの間に入れてテープで留めた。
そしてこれは絹で包まなければならない本であったので、注意して作業を終わり、本を横においた。
それからまた立ち上がって、私は窓の方に行き外を眺めたが、その夜は少し息苦しくて向きを変えて部屋を出た。
全ては静かで、生きてでもいるかのような大きな建物の静けさがあった。
ポタラのこの場所で人々は、数世紀にも渡って聖なる仕事に携わってきて、そして建物もそれ自身の生命を発展させてきたのだ。
私は廊下の端の方に急ぎ、ハシゴを登ったが、すぐに聖なる墓の傍に高い屋根が現れた。
黙って私はぶらぶら歩いて、山から垂直に吹きおろす風をうまく遮断してくれるいつもの場所に行った。
私は聖像を背にして横たわり、頭の後ろに両手を組み、谷の向こうを眺めていた。
しばらくすると疲れてきたので、今度は上を向いて星を眺めた。
さてしばらく眺めていると、私は上方の全ての世界が、ポタラの周りをぐるぐる回っているような奇妙な印象を持つようになり、そのうちに自分が上方に落下していくような、眩暈を覚えてきた。
さらに見ていると、薄い光の衝立がそこに出現し、それはだんだん明るくなってついに急激な明かりの噴出となったが、そのうちに燃え尽きて、鈍い赤色の火花のシャワーになったとき、私は彗星が消えたのだと考えた。

そしてその時、どこか近くでシュシュという、ほとんど聞き取れない音がするのに気がついて、用心深く私は頭をあげた。
なんであるかを確かめようとしたところ、微かな星明かりの中で、聖なる墓の反対側を行ったり来たりする覆面をした姿が見えた。
私が見つめているうちに、その姿はラサの街に面した壁の方に動いていき、私にはその姿が、ある距離を計っているようにも見えたのである。
私は彼がチベットで一番寂しそうな男、この国の誰よりも注意深く、誰よりも責任感のある男だと考えて見た。
私はため息を聞き、彼が私と同様に、困難な予言でも持っているのかと思った。
そこで私は慎重に寝返りを打ち、黙って這って行ったが、他人の考えに侵入しようなどとは思わなかったので、すぐに入口を探し当てて、静かに自分の部屋の聖所に向かって降りて行った。
その後3日経って、師のラマミンギャールドンタップが、ラギャブの夫婦の子供を調べた時、私も立ち合わされた。
師は子供の着物を脱がせて、そのオーラを注意深く眺め、しばらくの間、脳の基底部を調べて考えていた。
一方、この赤子は、師が何をしようとも泣かなかった。
私にはわかっていたのだが、赤子は小さくとも、ラマミンギャールドンタップがやろうとしていることを、よく知っていたのである。
さて師は、ついに立ち上がって言った。
「ではロブサン、我々は治療に取り掛かろう。この子が困難な誕生によって、被害を被っていることは明らかだ。」
両親は入り口の近くの部屋で待っていた。
我々が入った時、彼らはラマの足元にひれ伏したが、ラマは静かに彼らに向かって言った。
「あなた方のお子さんは治ると思います。検査の結果、誕生時に彼は床に落とされ、打撲しています。それは治すことができますから、あなた方は心配いりません。」
母親は震えながら答えた。
「お医者様、あなたのおっしゃる通りです。赤子は予期せぬ時に生まれて、床に転がりました。私はちょうどその時一人だったのです。」
師は同情して頷き、理解した。
「また明日のこの時間にきて下さい。あなた方が子供さんと一緒に帰れることを請け合います。」
彼らはまた頭を下げ、我々が部屋を出て行くときもそのままだった。

師はその子を注意深く調べて、私に教えた。
「ごらん、ロブサン。ここに圧力がかかっている。この骨が靭帯を圧迫しているのだ。お前はオーラの光が、どうして丸くなくて扇型になって出ているかがわかるだろう。」
彼は私の手を取って、冒された部分を感じさせた。
「私は邪魔をしている骨を押し出そうとするから、見ていないさい。」
私が見ることができる速度よりも速く、彼は自分の親指を出し入れしたが、赤子は泣き声ひとつ立てなかった。
彼があまりに速くやったので、痛みを感じる暇がなかったのだ。
そして今、頭は前のように横に垂れ下がってはいないで、まっすぐに立つようになっていた。
それから数時間後、師は子供の首を注意して、頭から心臓に向かってマッサージしたが、決して反対方向にはマッサージしなかった。

次の日の約束の時間に、その両親は戻ってきて、奇跡を見て喜びで無我夢中だった。
ラマミンギャールドンタップは笑った。
「あなた方は、このことで支払いをしなければならない。あなた方は十分に受け取ったのだから、お互いに十分支払わねばなりませんよ。お互いに喧嘩をしないように、それは子供は親の態度を吸収するからです。不親切な親の子供は不親切になります。不幸せな愛のない両親の子供は、同じように不幸で愛のないことを繰り返すのです。互いに愛と親切で支払って下さい。我々は子供を毎週、見に行きます。」
彼は笑って子供の頬をつつき、向きを変えて、そばにいた私と一緒に出かけた。
「ロブサン、非常に貧しい人々の中には、誇りを持っている者がいる。もし彼らが支払うべき金を持たないならば、彼らは狼狽するのだ。いつも彼らが、自分たちは支払っているのだと思わせることはできるのだよ。」
師は笑って言った。
「私は彼らに支払わなければならないと言ったのだが、それは彼らを喜ばせた。というのは、彼らは最上等の着物を着て、金のある人という印象を私に与えたからだ。彼らが支払う唯一の方法は、私の言う通り、互いに親切であると言う行為によってなのだ。ロブサン、彼らに誇りと自尊心を持たせようではないか。そうすれば彼らは、お前の頼むことはなんでもしてくれるから。」
部屋に戻った私は、遊び半分に望遠鏡を取り上げ、輝いている真鍮部分を伸ばしてラサの方角を覗いた。
すると二人の姿がすぐに焦点に入ってきたが、その一人は赤子を抱いていた。
私が見ていると、男は妻の肩に手を回して彼女にキスをしていた。
それから私は望遠鏡を置き、自分の勉強に入っていったのである。

第11章  色

我々は楽しんでいた。
我々のうちの何人かは、中庭に出て竹馬に乗って歩き回り、互いに相手を転ばせようとしていた。
敵の攻撃に耐えて竹馬の上に生き残ったものが、勝者となるのである。
一方、仲間の三人はのどかな土手に腰を下ろしていたが、誰かが土の穴に竹馬を突っ込んで、我々の方に転んできて突き当たった。
「老教師のラクは、今日は青信号の気分だから大丈夫だ。」と、一人が幸せそうに言った。
「そうだな、彼がそのような気分ならば、誰か他のものを羨ましくさせて、顔色を青くさせるぞ。」と、土手の上のもう一人が叫んだ。
我々は互いに顔を見合わせて笑い出した。
青信号、羨ましくて青ざめる。
我々は他の竹馬の連中を呼び集め、一緒に座るように言って、新しいゲームを始めた。
我々が物事を書くのに何色いるか。
「顔には青だ。」と、一人が叫んだ。
「いや我々はすでに青は持っている。青い気分は持っている。」と私は答え、そして続けて、青い気分から茶色の考え(ぼんやり考える)の僧院長まで、そして羨ましがり屋の教師を数え上げた。
もう一人の仲間は、ラサのマーケットで見受けた、真っ赤な着物の女性のことも付け加えた。
その時我々は自分たちの中のだれも、真っ赤な着物の女性が何を意味するのかは知らなかったため、彼女を数え上げて良いかどうか、はっきりしなかった。
私の右側にいた少年が言い返した。
「我々は黄色の男も持っているんだ。彼は怖がりの黄色だ。つまり黄色は怖がりによく用いられるのだ。」
私はこれらの全てを考え合わせると、もしそのような言葉が、いかなる色にも同様に用いられるならば、その背後には何か立派な根拠がなければならないと思われ、これがラマミンギャールドンタップを探すきっかけとなった。

続く→



  

古代の洞窟・チベット少年の不思議な物語38

2019.02.12.18:54

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我々は一緒に山道を馬で駆け下りて、マニラカン道に入った。
しかし、ちょうどパルゴカリン、すなわち西門を通り過ぎようとしたとき、急に夕立が私の後ろから襲い、私は馬の鞍から持ち上げられそうになった。
「ああ、お医者様。」という女の声が、道端から聞こえた。
師は辺りを見回してから馬を降りたが、私が仔馬の上で不安定なことを知っている彼は、私にそのままで降りるなと身振りしたので、ありがたかった。
「はい、奥さん。どうしました?」と師は、親切に尋ねた。
すると赤子を抱えた女は突然、動きがなくなって、彼の足元に身を投げたのである。
「ああ、お医者様、私の夫は病気の赤ん坊に構わず、雌山羊の私生児をせっせと作っているのです。」と彼女は、息を切らして言った。
女は自分の言葉の大胆さに自ら呆れながら、黙って小さな束を差し出した。
師は長身を屈めて彼女を見て言った。
「しかし奥さん、なぜあなたは自分の夫を、病んでいる子供のことで非難するのですか。」
「それは夫が、いつも逃げる女たちと一緒に走り回り、彼が考える全てはその異性と子供を作ることばかりだからです。」
私が狼狽したことに、女は泣きはじめ、その涙がポタポタと、ちょうど雹が山から降って来たと思われるほど、激しく地上に落ちたのである。
師は辺りを眺め、、特に暗さの増している闇の中の一点を見つめていた。
するとパルゴカリンの横に、一つの姿が暗い影から離れて前に進んだが、それはぼろを纏った下品な表情の男だった。
師が差し招くと彼は前に出て来て、ラマミンギャールドンタップの足下にひれ伏した。
師は二人を見て言った。
「あなた方はお互いに子供の誕生の不幸を非難し合う権利はないのです。それはあなた方の責任で起きたのではなく、業によって起きたからです。」
師は子供を見てから、子供が包まれていた包みを引き寄せてじっと見ていた。
私は師が、赤子のオーラを見ているのが分かった。
さて彼は立ち上がって言った。
「奥さん、あなたの子供は治りますよ。その治療は我々の力の及ぶ範囲にあります。なぜ子供を早く連れてこなかったのですか。」
哀れな女は再び跪き、慌てて子供を夫に渡した。
夫は一瞬狂ったように子供を抱いた。
女は両手をあわせて師を見つめて言った。
「先生は私たちの話を聞いてくださいました。私たちはラギャブからやって来たものですので、他のラマにはお陰を頂きませんでした。私たちは帰ることが出来ません。先生、私たちは急がねばならないのです。」
私はこの全てが謎めいていると思った。
ラサの南東の端に住むラギャブ、すなわち死体処理者たちは、我々の社会には欠くべからざる人たちであった。
私は師が常に、何をしている人であろうと、全ての人は社会に役立つ人であると言っていた理由がわかって、心から笑ったが、その時に師はこう言った。
「ロブサン、たとえ彼が強盗であろうと役に立つ人なのだ。それは強盗がいなければ警官はいらなくなり、従って強盗は警官を養っているのだよ。」
しかしこれらのラギャブを、人々は不潔なものとして見下している。
それは彼らが死体を取り扱って、禿鷹が食べやすいように死体を細かく切り刻むからであった。
しかし師は、彼らが良い仕事をしていると思っていると、私は感じた。
というのは、ラサの大部分が岩だらけで墓を掘ることが出来ず、たとて掘ったとしてもチベットは毎年寒く、死体はすぐに凍ってしまい、腐って地面に吸い取られないからである。
師は命令した。
「奥さん、あなたはお子さんを今から3日以内に私のところに連れて来なさい。我々は子供さんが治療できるかどうか、精一杯やって見ます。今ちょっと見た限りでは、治るように思われますから。」
彼は自分の鞍を探って一枚の紙を取り出し、急いでメモを書いて女に渡した。
「チャポクリ医学僧院の私のところにこれを持ってくれば、入れてくれるでしょう。私はあなたたちがやってくることを門番に言っておきますから、なんの心配も入りません。安心して休みなさい。我々は神の前ではみんな同じ人間です。あなた方は我々を何も恐ることはありません。」
師は振り返って夫の方を見た。
「あなたは奥さんに忠実であるべきです。」
そして妻の方を見て付け加えた。
「あなたは自分の夫をそんなに罵ってはいけません。多分あなたが彼に優しくすれば、彼は慰めを求めてよそへ行くことはないでしょう。では自分たちの家に帰って、今から3日したらチャポクリに帰って来なさい。またお会いしてあなた方を助けましょう。これが私の約束です。」
彼はもう一度馬に跨り、我々は進んで行ったが、ラギャブの男と彼の妻の感謝の言葉は、遠ざかるに連れて小さくなっていった。
「私は思うのだが、ロブサン。彼らは互いに親切になるようだな。」
彼は短く笑って、我々がショル村に達する前に、道を上方にとった。
私はあの夫婦を見て、大変に驚いたのである。
それで私は叫んだ。
「先生、私は彼らがお互いに好きでないならば、なぜ一緒にやって来たのか理解できません。なぜでしょうか。」
師は笑いかけて答えた。
「お前は今私を先生と言っている。お前は自分が農夫であると思っているのか。お前の質問については明日話をしよう。今晩は忙しすぎるのだ。明日、我々はこの問題を話し合い、お前の心を休めることにしよう。ひどく混乱しているようだからな。」
我々は一緒に丘を登ったが、私はいつもショル村を振り返るのが好きだった。
もし手ごろな大きさの石を一つ二つ屋根の向かって投げたなら、どうなるだろうかと思ったのである。
それは真っ直ぐ行くだろうか、それとも物音が誰かを呼び出して、悪魔が何かを落としたと村人に考えさせるだろうか。
実際には実行できなかったが、それは私が屋根とその中の人にぶつけるのを好まなかったからである。
しかしそれでも、いつもその誘惑に駆られてはいたのである。

ポタラで我々は無限に続く、縄ばしごを登った。
それは十分に古く、しかも急であったが、とうとう我々は倉庫の上の、普通の僧たちより上の自分たちの部屋に辿り着いた。
ラマミンギャールドンタップはすぐに自分の部屋に行き、私は神の思し召しで、彼の付き添い僧ということで割り当てられた隣の部屋に入り、いつもの通り窓辺から外を眺めた。
眼下には柳の中の友を呼んでいる数羽の水鳥がおり、もはや月は明るく、私はこの水鳥の長い足が水と泥を掻き立てる時の水面の波紋を見ていた。
ほんの近くのどこからか、答える水鳥の声が聞こえて来た。
「少なくとも夫婦は調和するように見える。」と、私は考えていたが、間も無く就寝の時間となり、真夜中の勤行に遅れて朝まで寝過ごすかもしれないと、心配するほどその日は疲れ切っていた。
翌日の午後、ラマミンギャールドンタップは私の部屋にやって来たが、私はちょうどその時、古い書物を勉強しているところだった。
彼は言った。
「ロブサン、一緒に行こう。私は今ダライ・ラマのところから帰って来たところだが、これからお前を悩ませている問題について話そう。」
彼は向きを変え、自分の部屋の方に歩いて行った。
彼の前に座ると、私は自分の心の中のことを考えて言った。
「先生、結婚する人がなぜ互いに好きになれないのですか。私は夕べ、二人のラギャブのオーラを見ましたが、彼らは互いに憎み合っているように見えました。もし彼らが憎み合っているのなら、なぜ結婚したのでしょうか。」
ラマはしばらく悲しそうにしていたが、それから言った。
「ロブサン、人々は自分たちがこの地球に教訓を学ぶためにやって来ていることを、忘れているのだ。人が生まれる以前、未だ他界にあるとき、どのような種類、どのようなタイプかを決定するよう調整して、結婚の相手を選んで来ているのだ。お前は多くの人が情熱的に結婚したことを理解しなければならない。しかし情熱が冷めて新鮮さがなくなった時、親しさが軽蔑を育てるのだ。」
「親しさが軽蔑を育てる。」
私はこの言葉を考えた。
ではなぜ人は結婚するのか。
明らかに人々は種族を存続するために結婚した。
しかしなぜ人々は動物と同じように、一緒にいることが出来ないのか。
私は頭を上げて師に尋ねた。
彼は私を見て言った。
「ロブサン、何故お前は驚くのだ。お前はいわゆる動物たちが、しばしば生活のために仲間になることを知っているだろう。もし人々がお前のいうように、種族を増やすためだけに一緒になるなら、その結果は人工授精と言われる方法によって生まれる動物たちと同様に、子供達はほとんど魂のない人々になって行くだろう。そこには愛の交換がなければならない。もし良い子供が生まれるならば、その子の親たちの間には愛があるに違いない。さもなければ、工場の制作物と同じになってしまうのだ。」
この夫と妻のことは、私には本当に謎であった。
私は自分の両親のことを考えた。
私の母は傲慢な女で、父は我々子供達に対して全く粗野であった。
私は両親のことを考えても、子供としての愛情を掻き立てることは出来なかった。
私は師に向かって言った。
「しかし人々はなぜ情熱的に結婚し、生活のためと考えて結婚しないのですか。」
師は言った。
「ロブサン、それは中国や日本でよく行われる方法なのだ。彼らの結婚はしばしば準備されるが、私はその結婚が西洋の結婚よりも、ずっと成功していることを認めなければならない。中国人はこれを鉄瓶に例える。彼らは情熱で結婚するわけではない。それを彼らは熱した鉄瓶、冷ました鉄瓶に例えるのだ。彼らは冷静に結婚し、神秘的な鉄瓶が次第に熱くなってくるに任せるような方法で、長い間熱いままにするのだ。」
彼は私が理解しているかを見た。
「しかし先生、なぜ男女が一緒になって不幸になるのか、私にはまだ分かりません。」
「ロブサン、人々は教室に入るように地上にやって来て物事を学ぶのだ。もし平和的な夫婦が理想的に幸せになるなら、彼らは学ぶことにならないのだ。それは学ぶことが何もないからだ。彼らはこの地上に、一緒になるべくしてやってくるが、それは教科の一部で、彼らは互いに与えたり受け取ったりするのだ。人々は荒い角、すなわち、相手と反目しあう特質を持っている。反目しあう同士は互いに我慢して、ついには悩む特質を学ばねばならない。また寛容を学ばねばならない。もしこのギブアンドテイクの態度を学ぶなら、どんな夫婦でもうまく生活していけるに違いないのだ。」
私は言った。
「先生、夫婦は互いに生きるために忠告されるのでしょうか」
「ロブサン、夫婦は適切な時期を待って、親切に丁寧に静かに、何が彼らの苦しみの原因であるかを話すべきなのだ。もし夫婦が互いに話し合えば、彼らの結婚は、ずっと幸せなものになるだろう。」
私はこのことについて考えたが、私の父母が互いに話し合ったならば、どうなっただろうかと疑った。
私にたいして彼らは火と水で、互いに反目する種だった。
師は明らかに私が考えていることが分かっていた。
師は続けた。
「そこには何らかのギブアンドテイクがなければならない。もしこれらの人々が何かを学ぼうとするならば、自分自身にどこか悪いところがあると、十分気づくべきなのだ。」
私は尋ねた。
「しかしある人が他の人と恋に陥り、その人に魅了を感じるというのは、どういうことですか。もし彼らが一旦互いに惹かれたとするならば、なぜ彼らはそんなに早く冷めてしまうのですか。」
「ロブサン、お前はある人がオーラを見るならば、人はそれを告げられることを知っているだろう。普通の人はオーラを見られないが、その代わりに感受性を持っており、彼らは自分がこの人を好き、または嫌いであると言えるのだ。大抵の場合、彼らは好き嫌いを言えないが、彼らはある人が彼らを楽しませ、他の人は彼らを楽しませないという点で一致するだろう。」
私は叫んだ。
「では先生、彼らは急にある人を好きになり、それから急に嫌いになることがあるのでしょうか。」
「人々が恋に陥るとき、彼らの振動数は増加する。そしてこの2人が昂揚した振動数を保つ時、彼らは調和できるのだ。不幸にして彼らは自分たちをいつも高揚させてはいない。妻はみすぼらしくなり、夫のまぎれもない権利である行為を拒絶するだろう。その時、夫は誰か他の女のところに出かけるようになり、次第に彼らは離れていくのだ。彼らの幽体の振動は、彼らがもはや調和せず、彼らが完全に互いに毛嫌いするように変わるだろう。」
そうだ、私はこのことはよく分かった。
これは多くのことを説明している。
しかし私はここで矛先を変えた。
「先生、私は赤子が生まれてから1ヶ月かそこらで亡くなってしまい、勉強も業を返すチャンスもないことを知って、迷ってしまうのですが、私の見る限りでは、これは本当に無駄なように思えます。」
ラマミンギャールドンタップは私の興奮に少し笑って、
「いや、ロブサン、無駄なものは何もないのだよ。お前は自分の心の中で混乱している。お前は人が一度だけ生まれてくると仮定しているのだ。一例を示そうか。」
彼は私を見て、それから一瞬窓の外を眺めたが、私には師が、ラギャブの人々、特に彼らの赤子のことを考えていると分かった。
師は言った。
「私はお前が仮に、一連の生を生き通す人に付き添っていると想像して見る。その男はある生で、つまらない一生を送ったのち、もうやっていけないと思い、いまの彼が置かれている環境ではダメだとして、自殺を図ったとする。したがって彼は、自分が死ぬべきだった時よりも早く死んだのである。すべての人はある年月を生きるべく定められているから、もし人が、自らの生を例えば12ヶ月縮めたとすれば、彼は帰ってきて残りの12ヶ月を務めねばならないのだ。」
私は彼を見て、それから派生するいくつかの著しい可能性を心に描いた。
師は話を続けた。
「一人の人が生涯を終わる。彼は機会が来るまで幽界にとどまり、それから再び適切な条件のもとに地上に戻り、彼が地上で努めなければならない時間だけ生きるのだ。この12ヶ月の人は、やってきて病気となり、赤子のまま死ぬだろうが、赤子を失ったその両親も、何かを得たのだ。両親は赤子を失ったが、経験を得た。彼は支払わねばならないものを、少し返したのだ。我々は地上にいる間、見かけ、知性、その他の価値あるものが歪められているという点で、一致している。
繰り返すが、ここは幻の世界、偽りの価値の世界で、人々が祖霊の偉大なる世界へ帰った時に、この地上での滞在中に受けた困難で、価値のなさそうな教科や訓練が、結局そんなに無意味ではなかったと知ることができるのだ。」
私は辺りを見回して、私に関するあらゆる予言、困難の予言、災難の予言、そして見知らぬ遠い国での滞在の予言などについて考えた。
私は言った。
「それでは予言された人は、ただ情報源と接触しますが、もし全てのことが、人が地上にやって来る前に調整されているのなら、ある条件の下にその知識を求めることができるのですか。」
師は言った。
「そうだ、まさにその通りだが、全てが必然的なものとして決まっているわけではなく、基本線だけが与えられるのだ。人々は問題を与えられ、ある線に従って生き、できるだけのことがやれるように自由が残されている。ある人は成功し、ある人は失敗する。例えば二人の男が、自分たちはカリンボンへ行かなければならないと言っているとしよう。彼らは同じ道を辿ってはならないが、何とか同じ目的地に到着しなければならない。一人はある道を、もう一人は他の道を通るが、それは彼らの冒険心と経験に影響されるのだ。我々の生活も同様で、各々の目的地はわかっているが、いかにして目的地に達するかは、我々の手に残されているのだ。」

師が話を続けている時、使いの者が現れて、師は私に一声かけてから、使いに従って廊下を降りて行った。
私は再び窓辺に行って、出っ張りに肘を持たせて顔を手で支えた。
今言われたこと、自分がした経験について考えたが、何れにしても、私の全てはラマミンギャールドンタップという偉大なる人に対する、愛で満たされていた。
彼は私に両親以上の愛情を示してくれ、私が将来どのようになろうとも、師は傍にいて、私の行動を指導してくれるように、常に振る舞うだろうと思った。


続く→




古代の洞窟・チベット少年の不思議な物語37

2019.02.11.16:50

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第10章 夫婦

教師は機嫌が悪かった。
多分、彼のお茶が冷たかったり、ツアンパが彼の好みに合うように炊かれたり混ぜ合わされたりしなかったのであろう。
教師は機嫌が悪かったのである。
我々子供たちはおののき震えながら教室の中で座っていたが、彼はすでに私の左右の子供たちに襲いかかっていたのだ。
私は記憶力が良かったので教科を完全にマスターし、カンギュールの百八巻の書の中の、いかなる部分の章や詩篇も暗唱することができた。
「ピシャ、ピシャ。」
私が驚いて飛び上がると、両側の4、五人も驚いて飛び上がった。
一瞬、我々は誰が鞭打たれるのか分からなかったが、教師がひどく叱ったのが私であることが、やっとわかった。
彼は鞭打ちと小言をずっと続けた。
「ラマのお気に入りの甘ったれの阿呆者め、私はお前に教えてやる。」
自分の衣から埃が息苦しいように立ち昇って、私はくしゃみをした。
なんらかの理由で教師はさらに怒って、私から埃を叩きだすのに懸命となったが、幸いにして私は彼の機嫌の悪さを予想していて、いつもより余計に着物を着ていたのである。
したがって、その打撃はそれほど私には堪えなかった。
しかしそれでもとにかく、ひどい目にあったのである。

この教師は暴君であった。
彼は自分が完全では無いにもかかわらず、完全主義者であった。
我々は自分の教科において、言葉を完全にしなければならなかった。
もし発音や抑揚が彼の望み通りの正確さでなければ、むちが背中に回って背骨を叩かれた。
この時も彼はある練習問題をやらせていたのであるが、とにかく私は埃で窒息しかけていた。
チベットの少年たちは他の国の少年と同様、喧嘩をしたり遊んだりすると埃にまみれる。
少年たちは母親の世話から離れるので、彼の衣類の埃など念頭にないのである。
私の着物は埃だらけであったから、これは一種の大掃除になった。
教師は叩き続けた。
「お前に発音の間違いを教えてやる。聖なる知識に対し、お前は不遜だ。甘ったれの馬鹿者めが。いつも間違っている。帰って私の教えたことを練習してこい。役立たずのチビめが。お前はどっちみち、私から学ばねばならないのだ。」
チベットでは我々は床にあぐらを組んで座るが、大抵の場合、約10センチの暑さの座布団の上に座り、我々の前には生徒の大きさにしたがって、30から45センチの高さの机があった。
この教師は突然、私の後頭部を平手でひどく殴り、石板と何冊かの本がおいてある机の上に、私の頭を押し付けてから、彼は深呼吸をして仕事に取り掛かった。
私は本能的にそわそわした。
それは私が傷つくならではなくて、彼の熱心な努力にもかかわらず、我々少年は強靭であったからである。
文字通り鞭でひっぱたかれるのは日常のことであった。
誰かが笑い、6、7人の子供が右のほうに席を変えた。
教師は虎のように飛びかかった。
何人かの子供達の全身に埃が立ち込めたのを見たとき、彼の関心が私自身へと戻らないように注意していた。
私の右側から苦痛と驚きと恐れの入り混じった叫び声が聞こえてきたが、それは教師がその少年たちを見極めず、無差別に叩き回っていたからである。
ついに息が切れ、やっと機嫌を直して教師は彼の試験を中止した。
彼は喘いだ。
「ああ、私が言っていることに注意しないと恐ろしいということを教えたのだ。さてロブサンランパ、もう一度はじめから、お前が完全に発音しているかを確かめるのだ。」
私は最初から始めたが、あることを考えた結果、私は本当にうまくできたのである。
この時私は考え、それからまた考えたのであるが、この教師から、このようにひどい仕打ちを受けたことは、それ以降はもうなかったのである。
この授業は全部で5時間で、その教師は鋭い目を見張りながら、前に行ったり後ろに行ったりして我々を見つめるのだが、結局、彼が鞭を振るうには、なんの動機も必要ではなかった。
彼が自分の方を見ていないなと油断した時、その不運な少年は捉えられるのである。
ところでチベットでは真夜中に1日が始まり、もちろん周期的に正規のお勤めが繰り返される。
それから我々は謙譲の姿勢を保ち、家庭の人を見下さないように、卑しい仕事をしなければならない。
我々は休息の時間も持っているが、それが終わると授業に出かける。
この教科は5時間ぶっ通しで、その間に教師は、我々の勉学を完全にするのだ。
もちろん、授業は1日に5時間以上続くが、この午後の授業も5時間かかった。
時間はゆっくりと流れ、教科は日中いっぱい続いた。
陽の影はほとんど動かず、頭上の太陽には根が生えているように思われた。
我々は怒りと退屈でため息をつき、神様の一人が降りてきて、この特別な教師を我々の真ん中から連れ去ってくれることを念じた。
それは彼がみんなの中で最悪のもので、明らかに彼も昔は若かったことを忘れているからであった。
しかしついに鐘が鳴り響き、我々の頭上高くトランぺットが鳴り渡って谷にこだまし、ポタラからの反響が戻ってきた。
ため息をついて教師は言った。
「ではお前たちをこれで行かせねばならないが、今度会うときには、もう一度お前たちが学んだことを調べるからな。」
並んでいた少年たちは飛び上がり、そのまま部屋を飛び出して行き、私も一緒に行こうとしたが、彼が呼び止めて言った。
「チューズディロブサンランパ、お前はお前の師の元で物事を学んでいるが、もうここに戻ってくるな。お前は催眠術やその他の方法を教えられている。私がお前を蹴り出すことができるかどうかもわかるだろう。」
彼は私の横面を平手打ちして言った。
「すぐに消え失せろ、お前を見るのも嫌だ。私が教える子供達よりも、お前が多くを学んでいることで、他の者たちが不平を言うのだ。」
我が私の襟を掴んだ瞬間、私もまた動き、後ろのドアを閉めるのに手間はかからなかった。
彼は何かわめいていたが、私は走り去ったのである。教師の声が十分には届かないところで、何人かの少年たちが待っていた。
一人の少年が言った。
「我々は彼の横暴に対して、何かできることはないのかな。」
もう一人が言った。
「そうだ。彼があんなことをやめないのなら、誰かが傷つくのだ。」
三人目が言った。
「ロブサン、お前はいつもお前の師を自慢していたな。どうして我々が悪い取り扱いをされていることを言わないんだ。」
私は考え、良い思いつきが浮かんだ。
我々は学ばねばならないが、そのような残酷さの下に学ぶべき理由はないのだ。
私はその思いつきについて、考えれば考えるほど、自分が愉快になってきた。
私は師のもとに行って、彼に我々はどうしたらいいかと告げる。
彼はやってきてこの教師を魔法にかけ、彼をヒキガエルか何かに変えてしまうかもしれない。
私は叫んだ。
「そうだ、今から行こう。」
こうして向きを変えて、私は走り去った。

私は歩き慣れた廊下を急ぎ、屋根に近ずく階段を登った。
そしてラマたちの廊下に入ったが、師はすでに部屋のドアを開けて待っていた。
彼は私に入るように命じて言った。
「やあ、ロブサン。えらい興奮しているじゃないか。大僧正か何かになったのかね。」
私は彼を悲しげに見て言った。
「先生、何故我々少年は、教室でひどく取り扱われるのですか。」
師はさも重大そうに私を見て言った。
「しかしお前はどうして悪い取り扱いを受けたのかね、ロブサン。座って私に、お前を何がそんなに悩ますのか言ってごらん。」
私は座り、悲しい話の一部始終を語り始めたが、その間、師は黙って聞いて話を妨げることはなかった。
彼は私の語るままに任せ、私が泣き言を述べ終わって一息ついたとき、言った。
「ロブサン、生活は学校のようなものだ。そうしたことがお前に起きているのかな。」
「学校?」
私は彼があたかも、私から急速に遠ざかったかのように彼を見上げた。
私はもし彼が太陽がなくなって月が後を代わったと言ったとしても、こんなには驚かなかったであろう。
私は言った。
「先生、生活が学校だと、あなたはおっしゃいますか。」
「多分そういうことだろうな、ロブサン。しばらくお休み。一緒にお茶を飲んでから話そうか。」

呼ばれた付き添い僧は我々のために、お茶と美味しい食べ物をすぐに持って来た。
師は食事を惜しむように食べた。
彼がかつて言ったように、私は彼の4倍は優に食べた。
しかし彼は微笑みを持って、食事に関しては何も小言らしいことは言わなかった。
彼はよく私をなだめ、私は彼が決して人を傷つけない事を知っていた。
私は彼が言った事柄を強いて心に止めず、いかに適切に彼がその意味を示したかを知ろうともしなかった。
我々は座ってお茶を飲み、それから師はちょっとしたメモを書いて、別のラマに届けるようにと付き添い僧に渡した。
「ロブサン、私はお前と私が今夜の勤行に行かない事を言伝けたが、それは我々が話し合わねばならない問題が多いからだ。寺院の勤行も非常に大切ではあるが、お前の特別な環境から見て、お前に普通よりも多くの事柄を教える必要があるのだ。」
彼は立ち上がって窓の方に歩いていき、私も立って彼の後ろに従ったが、それは私が色々な景色を見るのが好きだったからである。
私の師はチャポクリでは最も高い所に部屋を持ち、その部屋からは広く、そして遠くまで見ることができた。
その上さらに、彼は素晴らしいもの、望遠鏡を持っていた。
その時も私は長い間、その機械を使って過ごした。
ラサの平原を眺め、街中の商人たちを眺め、仕事や買い物や訪問をしているラサの女たちを見つめて、時間を空費した。
10分か15分間、我々はそのに立って眺めていたが、しばらくして師は言った。
「もう一度座ろうか、ロブサン。学校のことを話し合おう。」
「私の言うことをよく聞きなさい、ロブサン。これはお前に最初からはっきりしておかねばならないことなのだ。しかしもしお前が。私の言うことを完全に理解してくれないならば、直ちに私は話をやめるが、それはお前が理解することこそが大事なのだからだ。分かるね。」
私は頷いて丁寧に言った。
「はい先生、あなたのおっしゃることを聞いて理解します。もし理解できないときは、そのように申し上げます。」

師は頷いて言った。
「生活は学校のようなものだ。我々が女性の身体に宿る前、幽界においての生活を終わるとき、我々は他の人々と、今後どんなことを学ぶのか話し合うのだ。しばらく前に私はお前に、中国人の老銭の話をしたことがあったね。私はお前が自分の知り合いのチベット人と関係付ける恐れがあるから、中国人の名前を使ったのだが、彼は死んでから過去の全てを見て、ある教訓を学ぼうと決心したのだ。そして彼を助けようとする人々は、老銭の魂に、彼が希望する教訓を与えてくれる最適な未来の両親を見つけてくれたのだ。」
師は私を見ながら話を続けた。
「もし一人の少年が医学僧になるためにチャポクリ僧院にやって来たとすれば、この話はその少年にも当てはまるのだよ。もし日常の仕事をやりたいと思うのなら、彼はポタラに行くことが出来るのだ。それはあそこにはいつも普通の僧が不足してるからだ。我々は自分が学びたい事柄に従って、自分の学校を選ぶのだ。」
私は頷いたが、それは私には明白だったからである。
私の両親は、もし私が最初の試験を通過するだけの十分な力を持っているならばと、チャポクリ医学校に行くことを賛成してくれたのである。
師のラマミンギャールドンタップは続けた。
「生まれようとする人にはすでに、全てが用意されている。ある地方に住み、ある階級の男と結婚している一人の女性の身体から彼は生まれるのだが、それはあらかじめ計画された経験と知識を得るための機会が与えられたのだ。結局時が過ぎて赤子は生まれる。まず最初に赤子は食べることを学ぶが、それは肉体のコントロールを学ぶわけで、それはまたいかにして話したり、聞いたりするかにも
通じるのだ…お前も知っているように赤子は最初、目の焦点を合わせられない。そこでいかにして物を見るかを学ぶのだ。これは学校なのだ。」
彼は私を見たが、その顔には笑いが浮かんでいた。
そして言った。
「我々の誰もが学校は好きではないが、そのうちのだれかは学校へ行かねばならず、他の者は行ってはならないのだ。我々はこの世にやってきたが、これは業ではなくて、様々な事柄を学ぶためなのだ。赤子は成長して少年になり、学校へ行ってしばしば教師に粗野に扱われるが、それは悪い経験ではないのだよ、ロブサン。訓練によって傷つくものはいないのだ。訓練には軍隊的なものと単なる野次馬的なものがあるが、もし男が訓練されなかったならば、教養ある男にはなれないのだ。ところでお前は今、なんども自分が不当に取り扱われ、そして教師は粗野で残酷だと考えているだろうか、お前がどのように考えようとも、お前は特に、このような条件の元に、地上にやってくるようになっていたのだ。」
私は興奮して質問した。
「でも先生、もし私がここにこのようにしてやってくるように自ら希望したのなら、私は自分の頭脳を試してもらうべきだったと考えます。そしてまたもし私が、ここにくるように望んだのだったなら、なぜそれについて私は全然知らないのでしょうか。」
師は私を見てあからさまに笑って言った。
「ロブサン、私は今日、お前がどうしてそう感じるかがわかっている。しかし本当は、お前には心配するようなものは何もないのだ。お前はまずこの地上に、ある事柄を学ぶためにやってきたのだ。そしてそれからお前は、他の事柄を学ぶために国境を越えて大きな世界へ行くのだ。道は平坦ではないだろうが、お前は最後には成功し、失望することはないのだ。生活上の立場はどうであれ、全ての人々は自ら学んで進歩するために、幽界からこの地上へやって来る。ロブサン、お前はもし自分が僧院で進歩したいと思うならば、学んで試験を通過しなければならないという私の意見に賛成だろうね。お前はただ私情の取り計らいで、あるものが突然お前の上位に来たり、ラマや僧院長になれるとは思わないだろう。試験がある限り、高位者の気まぐれや興味本位や好き嫌いで地位が上がることなど、ある得ないと知っているはずだ。」
その通りだった。
この説明を受けた時、私はまたそれは全く単純なことだと気づいたのである。
「我々は物事を学ぶためにこの地球にやって来たのであって、その教科がいかに困難で苦しいものであっても、それは我々がここにくる前に決めた教科なのだ。我々がこの地上を去る時我々は、しばらく他界で休息を取り、それからもし我々がもっと進歩したいと思えば、我々は再び動き始めるのだ。我々は異なった条件の下に、この地上に帰るのだ。すなわち完全に異なった状態の存在に移行するのだ。学校にいるときは、しばしば我々は1日に終わりがないように思い、また教師の乱暴にも終わりがないように感じられる。地上の生活も同様で、もしすべてのことがスムーズに行くならば、そしてもし、自分の希望するすべてのものを持つならば、我々は教科を勉強することにはならない。我々はただ生命の流れに従って、流されているだけなのだ。ただし我々が痛みと苦しみを持って学んで行くことは悲しいことなんだよ。」
私は言った。
「では先生、ある少年たちとあるラマたちが、随分楽な時間を持っているのはなぜですか。私には自分が困難を背負い、悪い予言の元で、自分がベストを尽くしているにも関わらず、ひどい教師に叩かれているようにいつも思われるのですが。」
「しかしロブサン、大変な自己満足に陥っているようにも見える人々が、本当に自ら満足しているとお前は思うのか。つまりその条件が、彼らにとって、それほど楽なものと思うのか。彼らが地球に来る以前にどういう計画を立てていたかを知るまでは、この地球にやって来る理由はすべて、前持っての計画に基いており、それは、彼らが何を学び、何をなそうと望み、彼らが学校を卒業したあとで、この地球を去って行くとき、どうなることを願っているかということだ。それでもお前は今日、教室で本当に熱心にやったと言っている。そうだろうか。本当は充足しないで、教科について知るべきことは、みんな知っていると思っていたのではないのか。お前が熱心ではなく、その優越的な態度によって、教師を怒らせたのではなかったか。」
師は幾分咎めるように見たので、私の頬は少し赤くなった。
そうだ、師は何かを知っていたのだ。
師は優しい場所に自らの手をおくコツを知っていた。
その通り、私は優越感を持っていたのだ。
私は今度の場合、教師が私のちょっとした間違いを見つけることはできないと思っていたのだ。
もちろん、私自身の傲慢な態度は、その教師に対してはほとんど役に立たなかったのが。
私は賛成して頷いた。
「その通りです。先生、私もみんなと同様、非難されるべきです。」
師は私を見て笑い、納得して頷いた。
「ロブサン、お前が知っている通り、あとでお前は中国の重慶に行くことになる。」と、ラマミンギャールドンタップは言った。
私は黙って頷いたが、自分がこの国を去らなければならない時のことを考えるのは、好きではなかった。
彼は続けた。
「お前がチベットを去る時、我々はいくつもの大学に、教育内容の詳細を求めて手紙を出さなければならない。我々はすべての専門分野の詳細を受け取り、お前のこの世での必要な訓練に、正確に適合する大学を決定するつもりなのだ。これと同じように、幽界の人も地上にやって来る時、彼がどのようにして目的を達するか、何を学ぼうとするのか、死後に何を成就したいのかを考え、それからすでにお前に言ったように、彼に適した両親が見つけ出されるというわけだ。適切な学校で学ぶという点ではともに同じなのだよ。」

私はこの学校について、考えれば考えるほど嫌になった。
私は言った。
「先生、なぜある人々は病気になり、不幸になるのですか、彼らを指導しているのは何ですか。」
師は言った。
「しかしお前はこの世界にやって来る人々は、多くを学ばねばならないことを忘れている。それは単に彫刻や語学や聖なる書を読むだけではないのだ。人は地球を去った後に、幽界で役に立つことを学ばねばならない。前にも言ったが、この世は幻の世界であり、我々に困難や苦しみを与えるのに最適な場所であって、我々は困難やその他のことをすべて理解しなければならないのだ。」
私は以上のすべてを考えてみたが、それは我々が非常に大きな問題に直面していると思えるものであった。
師は明らかに私の考えを読み取って言った。
「そうだ、我々には夜がやってきている。我々にはまだ話し合うことがたくさんあるが、今夜の話は終わりにする時間になったな。私は峰、(我々はポタラをこう呼ぶ)にいかねばならないが、お目も連れて行きたい。お前は一晩中、そして明日もそこにいることになるのだから、明日もう一度この問題を話し合おう。だがいまは、綺麗な衣と着替えて来るから、お前も行って着替えてこい。」
彼は立ち上がって部屋を去った。
私は一瞬、躊躇したが、それはぼうっとなっていたからである。
そしてそれから私は、できるだけ立派に装うために急いで、私の2番目に良い衣を取りに行った。


続く→









古代の洞窟・チベット少年の不思議な物語36

2019.02.09.15:12

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古い寺院の中は美しく、尊崇の空気と我々を他界の人々と接触させる線香の煙が静かに流れていた。
線香はただ快い匂いだけでなく、また寺院を消毒するものでもなく、それは生命のある力で、我々の振動率を制御することが、この特別な香によって行えるのである。
今夜の寺院の中は香が浮かんでおり、昔からの成熟した世界の雰囲気をこの場に与えていた。
私は自分のグループの中の自らの居場所から、寺院内のぼんやりとした霧の中の情景を眺め回したが、そこには、時々銀の鈴を鳴らして深い祈りに入っている年取ったラマたちがいた。
また今夜、我々は一人の新しい日本僧とも一緒だった。
彼はしばらくインドに留まったのち、我が国を通過しようとしてやってきたのだが、彼自身の国の人としては大男で、日本の仏教の大部分で使われる木製の太鼓を持参していた。
私は日本僧の多芸と、彼の太鼓から生み出される素晴らしい音楽に驚嘆した。
一種の木の箱を叩いて、非常に音楽的な音を立てることが、私には本当に素晴らしく思えたのである。
彼はその木製の太鼓とバチを持ち、それらには小さな鈴がついていた。
また我々のラマたちも銀の鈴を持って彼に付き添っていたが、一方では適当な時期に寺院の大きな法螺貝が鳴り響き、それには私は寺全体が震えて壁が踊り狂い、霧は遥か彼方に行ってしまって、その彼方で昔亡くなったラマの顔を作っているように思われた。
しかししばらくすると勤行は終わったので、私は予定通り師のラマミンギャールドンタップの元に急いだのである。
「お前はあまり時間を無駄にしないな。ロブサン、私は多分お前がたくさんの軽食の一つでも持ってこようと、立ち止まっているかと思っていたよ。」と、師は笑いながら言った。
「いいえ先生、問題を解明していただくことが気にかかっていたのです。それは私が西洋の性の問題を商人たちに聞いてから、非常に驚かされていたからです。」
彼は笑って言った。
「性はどこでも興味ある問題となる。結局この地上に人々を絶やさないのは性なのだ。そんなに言うなら、議論を始めようか。」
私は言った。
「先生、あなたは以前、性は世界で2番目に重要な力だとおっしゃいましたが、それはどういう意味ですか。もし性がそれほど世界を維持するのに必要であるのなら、なぜ一番重要とは言えないのですか。」
「ロブサン、世界で最大の力は性ではなく、想像力なのだ。というのは想像力がなければ、性的衝動はあり得ないからだ。もし男性が想像力を持たなければ、女性に興味を持たないだろう。想像力がなければ、作家も芸術家も存在しなくなり、建設的な良いものは何もなくなってしまうのだ。」と、師は言った。
「しかし先生、貴方は想像力が性には必要であると言われたのですか。もしそうならば、動物が想像力をどう働かせるのですか。」と、私は言った。
「想像力は動物にもあるのだよ、ロブサン。人間と同じようにね。多くの人々は動物たちが心を持っていない、知性もなく推理力もないと考えているが、とても長く生きてきた私は、お前にそれとは違ったことを言おう。」
師は私の方を見て、手を振ってから言った。
「お前は寺院の猫を好きだと言っているが、猫たちは想像力を持っていないと言うのかね。お前は寺院の猫といつも話をし、彼らを愛撫するために立ち止まる。一度お前が彼らに愛情をかけると、彼らは二度目にはお前を待つようになり、三度目も同様になる。もしこれが無感覚な反応であり、ちょっとした頭脳だけの動きならば、猫は二度三度とお前を待たず、習慣が形成されるまで待つことになる。いいやロブサン、どんな動物でも想像力を持っているのだ。動物は仲間であることに喜びを思い浮かべ、そして必然的なことが起きるのだ。」
私がそれについてじっくり考えてみると、師が絶対に正しいことがはっきりとしてきた。
私は小鳥たちを見た。
小鳥たちは雌で、若い女性が瞼を震わせるように羽ばたいていた。
私は小鳥たちを見つめていたが、彼らは毎日の餌探しから帰ってくるオスたちのことを心配しながら待っているのを見た。
そして愛する小鳥が帰還した挨拶を、仲間と交わしている喜びを見たのである。
今や動物たちが本当に想像力を持っていることが、私にとって明らかとなった。
私は創造力が、地球上で最大の力であると言う師の言葉の意味を知ることができたのである。

「先生、ある商人が私に、人は霊的になればなるほど、性に反対するようになると言いましたが、これは本当でしょうか、それとも私がからかわれているのでしょうか。私はこの奇妙な事項にひどく熱心ですが、それはこの問題にどう対処したら良いかわからないからです。」と、私は言った。
「ロブサン、霊的事項に興味を持つ多くの人々が、性を毛嫌いするのは本当だ。それには特別な理由がある。お前は以前、最大の霊的人物は普通では無い、すなわち、彼らは肉体的には人々より劣っていると聞いたことがあるだろう。人は肺結核や癌やその他の種類の大病を患うかもしれない。また人はある神経の病にかかるかもしれない。それは病気であり、その病気は神経を侵す。」
彼はちょっと顔をしかめて話を続けた。
「多くの人々が、性的衝動は大きな推進力であると認めている。ある人はある理由から、また他の人は性的衝動を昇華する方法で、物事を霊的に転嫁する。いったん人々が一つの問題から向きを変えると、その事項に対して徹底した敵となる。飲酒の悪に対して、酒をやめた飲酒者よりも偉大な改革者、偉大な運動家はいないのだ。同様に性を捨てた男女は、多分彼らが満足しなかったからであろうが、霊的な問題に向かい、性的な関心に向かうエネルギーの全てが霊的進歩に捧げられるのだ。しかし不幸にも彼らは、しばしばそれについての釣り合いを失する傾向がある。彼らは性を誹謗することによってのみ、進歩の可能性があると主張する傾向にあるのだ。これ以上に非現実な態度はなく、これ以上に歪んでいるものもない。本当に偉大なる人々は普通の生活を営み、そしてまた精神的にも大きく進歩するものなのだ。」

ちょうどその時、医学ラマチンロブノボがやってきたので、我々は彼に挨拶をし、彼は我々と一緒に席についた。
「私はロブサンに今、性と霊性のことを少しばかり話していたところです。」と、師は言った。
「ああ、そうですか。彼はそれについて何か教えを受けたのですね。」と、ラマチンロブノボは言った。
師は話を続けた。
「性を普通通り用いる人々は、彼自身の霊力を増大させるのだ。性は乱用すべきでは無いが、捨て去るべきでは無い。人に振動をもたらすことによって、その人は霊性を増やすことができる。しかし私はお前にこのことを指摘しておきたい。」
師は厳しく私を見つめて言った。
「性的行動は愛し合う二人、霊的類似によって結合される人々においてのみ満足されるべきもので、不正、不法な行為は単なる売春であって、人を傷つけるものなのだ。このような心理と公正の道から逸れる誘惑を退けた男女のみ、伴侶となるべきなのだ。」
ラマチンロブノボは言った。
「しかし先生、あなたが話すべきもう一つの問題があります。それは産児制限についてですが、これはあなたにお任せしましょう。」
彼は立って深々と頭を下げて部屋を去った。
師はしばらく待って言った。
「お前は疲れたのではないか、ロブサン。」
「いいえ先生、この問題について、私の知らない事項が全て学べるかと気がかりです。」と、私は言った。
「ではお前は地上生活の初期の時代では、人々がそれぞれの家族に別れていたのを知っているだろう。世界中に小さな家族が分布していたが、それは大家族となる過程だった。そして当然人々の間に見られるとおり、争いと衝突が起きたのだ。家族と家族が戦い、勝利者たちは彼らが打ち負かした人々を殺し、彼らの女性を自分たちの家に連れてきた。間も無く、家族が大きくなるほど、(これは現在では種族と呼ばれている)他を攻撃できる勢力となり、また自らも安全でいられるとわかってきた。」
師は少し悲しげに私を見て、話を続けた。
「時が経ち、時代が移るにつれて種族は増えてきた。ある人々は僧侶となったが、僧侶たちは少しばかりの政治的な力と、未来を見通す目を持っていた。僧侶たちは神からの指令を叫び、種族を助けるために、人は増えなければならないと説いた。その当時、確かにそれは非常に重要であった。もし人の数が増加しなければ、彼らの種族は弱くなり、おそらく完全に消滅してしまうからであった。このように人の数を増やすべしという指令を発した僧たちは、彼ら自身の種族の未来を安全にする狙いがあったのだ。しかしながら世紀が移り、世界の人口は過剰になるほどのペースで増え続け、食物資源が人類をまかなえなくなるようになってきて、ついには何事かがなされなければならなくなった。」
私は彼の話の全てについていけた。
私は理解でき、私の西門の友人で遠くまで、長年に渡って旅をしてきた商人たちが真実を語っていたと知って喜んだのである。
師は話を続けた。
「ある宗教では今でも、生まれてくる子供の数に制限を設けるのは、本当に悪いことだと思っている。しかしもし人が世界の歴史を見るならば、戦争のほとんどが攻撃側の生活空間の不足によって発生していることが分かる。一つの国が急速に人口を増やし、この割合でもっと増加していけば、十分な食料も十分な環境も、自国の人々のために与えられないからである。このように、生活空間を持たねばならないと主張しながら、彼らは戦争をするのだ。」
「先生、あなたならこの問題をどう処理されるのですか。」と、私は言った。
彼は答えた。
「ロブサン、善意の男女が議論するなら、この問題は簡単なのだよ。世界が未だ若く、人々が少なかった時代には、古い宗教の教えはどの点から見ても正しかったが、現在は新しい見方が必要となり、今がその時期なのだ。お前は私がどのように答えるかと尋ねる。そうだな、私はこう言っておこう。私は産児制限の法律を作り、全ての人々に産児制限について教え、それはどういうことかを教えたいのだ。私は子供が欲しい人々が、一人か二人を持つことができ、子供が欲しく無い人々は、子供が生まれないための知識が得られるようにしたいのだ。ロブサン、我々の宗教によれば、それを攻撃する道理はなかろうと思うよ。私はずっと昔の日付の書物を読んだが、お前も知っている通り、この地球の西側の部分に未だ生命が生まれていない時代のことで、生命はまず中国とチベットの周辺に現れ、それが西に向かう前にインドに広がったのだ。しかし我々は今は、この問題を話そうとしているのでは無いのだが。」
私はその時、できるだけ早く、この地上の生命の起源についての師の話が終わるように願っていたのだが、しかし実は今、性の問題全体について学んでいると初めて気がついた。
師は私を見て、私が注意を集中しているのを見定めて、話を続けた。
「今も行った通り、戦争の大部分が人口の過剰によって引き起こされる。巨大な人口増加がある間は、常に戦争があるのだ。そしてネズミの死骸が瞬く間に蟻の集団によって完全に食い尽くされるように、地上が人々によって侵略されるのは必定である。お前がこの人口の少ないチベットから出て、世界の大都市に行く時、大勢の人々の存在に肝を潰すだろう。そしてお前は私の言葉が正しかったと初めて知るのだ。人々は物事を学ぶために地球にやってこなければならないが、もし戦争や病がなければ、人口を調節して彼らに食物を与えるのには、どうすれば良いか。彼らは見渡す限りの
全てを食い尽くし、全てを汚染させ、完全に自らを終わりにするいなごの大群のようなものだ。」

私は言った。
「先生、この産児制限について話した商人たちの中には、それが悪だと考えるものもいます。では彼らはなぜそのように考えるのですか。」
しばらく師は考えていたが、それは多分私がまだ若く、私に対してどのように話したら良いか迷っていたのだろう。
それから彼は言った。
「ある人々には産児制限は生まれていない者を殺す行為と思われているが、ロブサン、我々の信仰では、生まれていない赤子には魂は宿らないのだ。我々の信仰ではいかなる殺人も行われず、受胎を妨げるべき用心をすることに、何らかの殺人的要素があるなどという主張は、もちろん無茶な言い分である。もし我々が植物の種が発芽するのを妨げた時、我々がそれらを殺しているというのと同じなのだ。人間はしばしばこの大宇宙にかつて起こった最大の出来事は、人類の出現だと言いたがる。もちろん、人類は生命の一形式にすぎず、その最高の形式では無い。しかし今は、それについて議論する時間はないようだな。」
私はその時、自分の聞いたもう一つの事項について考えていたが、それは口に出せないほど恐ろしい話だった。
しかし私は言った。
「先生、私は例えば牛のような動物が、不自然な方法で孕まされてると聞きましたが、本当でしょうか。」
師は驚いた様子で私を見つめ、それから言った。
「その通りだよ、ロブサン。西洋世界には人工授精と呼ばれている方法で牛を生産しようとする人々がいるが、それはオス牛に必要な行為をさせる代わりに、大きな注射器によって人が雌牛に受精させるのだ。この人たちは子供を作ることは、それが人間の子供であろうと、熊や牛の子供であろうと、単なる機械的交配だと思っているのだ。もし人が立派な後継者を持ちたいならば、その過程において愛がなければならないのだ。もし人が人工授精を行なったとすれば、その子供は人間以下のものとなるだろう。繰り返すがロブサン、人間や動物のより良い形のためには、その親が互いに愛情を持ち、霊的にも肉体の振動にも昂揚がなくてなならないのだ。冷たく愛情のない条件の元での人工授精は、非常に貧しい家系を作ることになるのだよ。私は人工授精はこの世における犯罪の一つだと思っている。」
私は座ったままでいたが、夕べの影は部屋をすぎて忍び寄り、濃くなって行く闇の中にラマミンギャールドンタップの姿を包み、暗闇が増すに連れて彼の金色の霊性を持つオーラが、見えてくるようになった。
私の千里眼から見て、その光は本当に明るく、闇を貫いていた。
私の千里眼はあたかも以前は知らなかったかのように、今私が目の前にチベット最高の人物を見ていることを告げてくれていた。
私は自分の内部に暖かさを感じ、自分の全てが、この師の愛情に鼓動するのを感じた。

我々の下では寺院の鐘が鳴り響いたが、誰も我々を呼びに来ず、他の者だけを呼んでいた。
我々は一緒に窓の方に歩いていき外を眺めた。そして下の谷を眺めた時、師は私の肩に手を置いた。
谷は今や紫の闇に完全に包まれていた。
師は言った。
「ロブサン、お前の良心に任せるんだ。お前はいつも、物事が良いか悪いか判断できるだろう。お前は自分が想像するよりも遠くへ行き、お前の眼前には多くの誘惑がある。お前の良心に任せるのだ。チベットにいる我々は平和な人々であり、人口の少ない国民である。我々は平和に生き、聖なるものを信じ、魂の高潔さを信じている。お前がどこに行こうと、何事に耐えようと、お前の良心に従うのだ。我々はお前の良心によって、お前を助けようと思っている。我々はお前にテレパシーのパワーと千里眼の能力をつけさせて、お前が生きて行く長い生涯の中で、ヒマラヤのこの地に住む偉大なるラマたちと、テレパシーを通じて接触できるようにしたいのだ。このラマたちはのちに、お前の使命のために、彼らの時間の全てを捧げることになるのだ。」
私の使命が待っているだって!私は自分の顎が落ちるように恐ろしかった。
私の使命、私にどんな使命があるのか。
なぜ偉大なるラマたちが、いつも私のために待っているのか。
師は笑って私の肩を叩いた。
「ロブサン、お前の存在理由は、お前がなすべき仕事があるからだ。様々な困難にも関わらず、お前は自分の仕事に成功するだろう。しかしお前が自国を去ってからは、お前のことを嘲って嘘つきだと罵る外国に行くことは明白である。しかし正義は必ず勝利するのだから、決して絶望して諦めてはいけない。ロブサン、お前は打ち勝つのだ。」

夕方の影は夜の漆黒に変わり、我々の下には街の灯りがきらめき、頭上には新月が山の端から我々を覗き、数百の星が紫の空に輝いていた。
私は見上げ、そして周囲を見回して考えた。
私は友人であり、師であるラマミンギャールドンタップによって示された信頼について考え、そして満足したのである。


続く→




古代の洞窟・チベット少年の不思議な物語35

2019.02.05.21:32

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私は結婚して数年間を過ごしてきた男女が、これまで互いの裸の姿を見たことがなかったという話を聞いて驚いた。
彼らはブラインドを下ろし、明かりを消した時にのみ、愛し合ったと聞き、その商人が私を世界の事情を聞くにはあまりに愚かであると、馬鹿にしているのではないかと考えたことを思い出す。
そして私は彼と会った後で、師のラマミンギャールドンタップに尋ねる機会を得た時、西洋世界の性について、質そうと決心したのである。
私は西門から向きを変えて、我々チャポクリの少年が正規の通り道として、いつも利用している危険な細い道を横切って走った。
この道はある登山家を驚かせたものだったが、実は我々もよく驚かされた。
しかし我々が年長者と一緒でない時には、私の名誉にかけても、別の道を選ばなかったのである。
この道を上に登っていくには、不安定に道路の端からぶら下がっている、ザラザラした「岩の牙」を手に使ってよじ登るという、普通の人なら金を払ってもしないことを、やらなければならなかったのだ。
そしてついに私は頂上に達し、これまた我々によく知られ、もし監督僧が知っていたら発作を起こしかねない道を通ってチャポクリに向かった。
それから更に、もし私が普通の道を通ったらはるかに疲れたに違いないような道を通って、やっとの事で中庭に入って行き、一応私の名誉は保たれた。
他の何人かの少年たちが駆け下りるよりもやや早く、駆け上がることに成功したのだ。
私は自分の衣の埃と小石を払い、様々な植物を集めた容器を空にして、かなり身なりが整ったと感じながら、私の師ラマミンギャールドンタップを探しに、内側に向かい歩いて行った。
私が門を回った時、前方に人影が見えたので叫んだ。
「ああ、先生。」
彼は立ち止まり、私の方に向きを変えて近づいて来たが、その行動はチャポクリにいる他の人には行えないもので、彼は大人も子供もすべて同じように扱い、かねてから問題は外見ではなく、人が着ている身なりでもなく、身体を支配している内部のものこそ大切なのだと言っていた。
私の師は、彼の肉体への帰還が容易に認められる偉大なる生まれ変わりだった。
この偉大なる人物は謙虚で、常に偉ぶらないばかりでなく、徹底的に辞を低くする人と感じられる教育者でもあった。
「ところでロブサン、私はお前が禁じられた道を通って来たのを見たぞ。もし私が監督僧であったなら、お前は今、身体中傷だらけになり、何時間も立ちっぱなしにならなければならなかったのだよ。」と、師は言い、そして笑って、
「しかし実際には私自身にも同じようなことをして来た。いまでも私がやれないようなことをやる者をみると、一種の禁じられたスリルを味わうのだ。さてとにかく走って来たのはなんの為だ?」
と付け加えた。
「先生、私は西洋の人々について、恐ろしい話を聞きました。私の心はいつも騒いでいます。それは私は笑われはしないか、普通以上に劣った馬鹿者と思われはしないか、また本当にそれは事実であるかという驚きのため、言えなかったことなのです。」
師は言った。
「おいでロブサン、ちょうど部屋に行って黙想するところだったのだが、お前と話し合うことにしよう。黙想は後回しだ。」
我々は向きを変えて、宝石公園を見下ろすラマミンギャールドンタップの部屋に並んで歩いて行った。
彼の歩調で部屋に入るとすぐ座る代わりに、彼は付き添い僧にお茶を持って来るよう鈴を鳴らしてから、自分のそばに来るように言って、美しく広がった景色を眺めていた。
その景色は世界でも、おそらく有数の美しいものだったに違いない。
我々の下には有名なノルブリンカ、すなわち宝石公園の肥沃な林の庭園が、やや左の方向に見え、美しい清らかな水が林の中から湧き出し、ダライ・ラマの小さな寺がある島が日の光に輝いていた。
誰かが岩だらけの道を横切っていたが、その水辺をよぎる小道は、水が自由に流れて魚の泳ぎが妨げられないように、飛び石で作られていた。
私はじっと見ていたが、政府の高官がいるのを見つけたように思った。
「そうだ、ロブサン。彼はダライ・ラマに会いに行くのだ。」と、言葉に出さない私の思いに答えて彼は言った。
我々は一緒にしばらく眺めていたが、それはここから公園とその向こうを見るのが楽しかったからである。
幸福の河は美しい日を喜んでいるかのように、波立って踊っていた。
我々はまた、私の大好きな渡し舟の場所を見下ろすことも出来た。
船頭が膨れた皮のボートを漕いで、楽しそうに対岸に向かっているのを見るのは、私にとって限りない喜びであった。
我々の眼下、我々とノルブリンカの間に、巡礼たちがリンコル道に沿って、静かに歩を進めていた。
彼らは我々のいるチャポクリには目もくれず、宝石公園の中に何か興味のあるものはないかと、常に気を配っている様子であった。
というのは、ダライ・ラマがノルブリンカにいるだろうことは、抜け目のない巡礼たちの常識であったからである。
私はカシャリンカも見ることが出来た。
それは樹のよく茂った小さな公園で、渡し船の道の横にあった。
リンコル道からキチュ河へ下る小道があったが、それは主に渡し船の道の反対側に乗る旅人に利用されていた。
しかし中にはその道を通って、渡し船の反対側にあるラマの庭園に行くものもいた。
付き添い僧が我々のために、お茶と美味しい食物を持って来た。
我が師ラマミンギャールドンタップは言った。
「おいで、ロブサン。断食を止めようか。議論しなければならない人々は、彼らの頭が空っぽであることを露呈しないために、腹の中も空であってはならないのだ。」
彼は我々チベット人が椅子の代わりに用いる、硬い座布団の一つに座ったが、それは我々は床にあぐらをかいて座るからであった。
そのようにして座ると彼は、手真似で私にも同じようにしなさいと言った。
私は急いで座ったが、それは私が食物を見るといつでも急ぐ習慣があったからであった。
我々はあまり喋らなかった。
チベットの特に僧たちの間では、食事を前にして話をしたり、音を立てたりするなど考えられないことであった。
一般に僧たちは黙って食事を取るのが常であったが、読み手がいるときは大声で聖なる書を読むことになっていた。
この読み手は高いところに席があって、自分の本を見ながら僧侶たちの集まりを見渡せたから、人々が彼の言葉を聞く暇がないほど食事に集中している姿を、見届けることが出来たのである。
食事の集まりには監督僧もいて、読み手以外の者が話をしないように監視していた。
しかし我々はいま自分たちだけであったから、少しばかりとりとめのない話をしたが、それは食事中に黙っていることは大勢の場合の訓練にはなっても、我々二人の場合には不要であると知っていたからである。

「さてロブサン、何がお前をそんなに悩ませているのか、言ってごらん。」
我々が食事を終えると、すぐに師は尋ねた。
私は少し興奮して言った。
「先生、ここを通っていくある商人と私は、西門のところでしばしば話をしたのですが、彼は西洋の人々についての大変なことを話してくれました。彼は向こうの人々は、我々の宗教画が風俗紊乱だと考えていると言いました。彼は私に彼らの性的習慣について、信じられないことを言い、私は自分がバカにされているのではないかと、確信が持てなくなったのです。」
師は私を見つめて、1、2分の間、考えてから言った。
「ロブサン、この問題について話すのは1回で終わりそうもない。ところで我々は勤行にいかねばならず、その時刻が近づいているのだ。今はまず、この1面だけを話し合おうか。」
私は熱心に頷いたが、それは私がこの問題の全てについて非常に迷っていたからである。
師は言った。
「すべては宗教から発しているのだ。西洋の宗教は東洋のものとは違っている。我々はそのことを考えに入れて、問題をどう取り扱うかを考えなければならない。」
彼は自分が着ている衣をさらに気持ちよく整えて、机の上のものを取り払うように付き添い僧に言うため、鈴を鳴らし、それが済むと彼は私の方に向きを変えて、私が心を奪われているように思えたこの議論を始めたのである。

彼は言った。
「ロブサン、我々は西洋の宗教と我々の仏教との間に、一線を引かねばならないのだ。お前は今まで習ってきたことから、我々の釈尊の教えが時代によって少しづつ変えられてきたことを知っているだろう。釈尊が地上から去って以来、経過した長い年月の間に、彼が個人的に教えた教義は変化してきた。我々の中にはそれらが悪い方へ変わったと考える者がいる一方で、その教義が近代的な考えに近づいたと考える者もいるのだ。」
彼は私が十分に注意して聞いているか、言っていることを理解しているかどうかをみようとして、私の方を眺めた。
私はしっかりと聞いており、完全に理解していたので、彼は素早く頷いて話を続けた。
「我々は釈尊と呼び、あるいはブッダと呼ぶ、偉大なる者を持っている。一方、キリスト教徒も偉大なる者を持っている。彼らの偉大なる人は、ある教えを垂れている。伝説と事実の記録は、彼らの偉大なる人が荒野を彷徨ったと記しているが、実際には西洋人の精神と霊性に合う適切な宗教についての知識を求めて、インドやチベットを訪問しているのだ。この偉大なる人物はラサにやってきて、実際に我々の大寺院チョカンにも訪ねている。それからこの人は西洋へ帰って、西洋人にあらゆる点で賞賛され、西洋人に適している一つの宗教を打ち立てたのだ。我々の釈尊と同様に、この偉大なる人物が地上から去ると、キリスト教の教会内部である種の紛争が起こり、キリストの死後数世紀経って、コンスタンチノープルというところで集会が開かれ、そこでキリスト教の教義の中に、ある変化が起こり、この変化したものが現在のキリスト教の信仰となっているのだ。多分、今日の僧侶の中には、集会を秩序あるものにするためには、少しばかりの苦痛をしのばねばならないと考えている者もいるだろう。」
彼は私が分かっているかを見定めようとし、再び私も彼のいうことを聞いているだけではなく、大きな興味を抱いていることを示した。
「コンスタンチノープルの集会に出席した人々は、女性に同情を持たない者たちで、それは我々僧侶の中にも、女性のことをあまり念頭に置かない者がいるのと同様であった。彼らの大部分が性を何かあまり綺麗なものではなく、種族の保存のために必要な場合のみ、頼るものと考えていたのである。自分たちで性の問題をあまり語らない人々は、他のこと、例えばそれはよくわからないが多分、霊的なことを論じてきたのであろう。ただ私は、この会議で彼らが性は不潔であり、悪魔の仕業だと決定したことだけを知っている。彼らは子供達が不潔な世界から生まれ出て、ある方法でまず清められなければ、償いに行くには適しないと決めたことを知っているのだ。」
彼は一瞬、間を置いてから笑った。
「私はこのコンスタンチノープルの会議以前に生まれた数百万の赤子が、どう処理されていたかを知らないのだ。」
「ロブサン、お前は私が理解しているキリスト教徒についての情報が与えられたと思うだろうが、しかし多分、お前がこれらの人々の中に住むようになった時、私の意見や教えたことを修正したくなるような、異なった印象や異なった情報を受け取るかもしれない。」
彼が話を終えた時、法螺貝がなり寺院のトランペットの音が聞こえ、我々の周りにはお勤めの用意をする訓練僧たちのざわめきが起こった。
そこで我々も立ち上がり、勤行のために寺院への道を下る前に、衣の塵を払った。
入り口で別れる前に、師は言った。
「ロブサン、あとで部屋に来てくれ。話の続きをしよう。」
それから私は寺院に入り、仲間の中に座って祈りを捧げ、我が師がチベット人のラマミンギャールドンタップであったことを、神に感謝した。

続く→








古代の洞窟・チベット少年の不思議な物語34

2019.02.04.14:08

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第9章  性と宗教


沈黙は深く、空気は香の煙で充満していた。
長い間隔をおいて、ほとんど聞き取れないサラサラという音が聞こえたが、すぐに死んだような静けさの中に溶け込んで行った。
私は辺りを眺めたが、床にきちんと座っている動きのない僧衣姿の長い列が見えた。
この人たちは、外界の仕事に集中している熱心な人々であった。
中にはこの国の外の世界に、関係している人たちもいた。
私は最初に威厳のある一人の僧に目を停め、そして次の人へとさまよった。
ここは遠いところから来た一人の僧院長がいた。
また山から降りて来た貧しい身なりのラマもいた。
何も考えないで私は、より多くの空間を持てるように長く低い机の一つの方に歩いて行った。
沈黙は圧倒的で、行ける沈黙、ここに多くの人々がいようとは思えない沈黙がそこにはあった。

「「ガチャン」
静寂は大きな音とともに乱暴に敗れた。
私はしゃがんだ姿で地上に飛び降り、同時にいくらか身体を捻った。
私は長々と寝そべってまだ夢を見ていたが、それは、木の背表紙をつけた本をガチャガチャ言わせている図書室の配達係が、部屋に入って来て重い荷物を放り投げた音で、彼は私が動かした机の方は見なかった。
地上からわずか50センチではあったが、それが効果的に彼を転倒させ、書物は彼の上にひっくり返った。
心配げな手が本を拾い上げて、埃を払った。
チベットでは書物は尊敬されており、書物は知識の入れ物だから、粗雑に扱ってはいけないのだ。
ところで私は本のことを考えたが、その男のことは考えず、机をいつもの位置から少し動かしていたのだ。
すると不思議や不思議、誰からも私は非難を受けなかった。
配達係は、自分の頭をさすりながら、何が起こったか見極めようとしていたが、そばに私は近づかなかった。
明らかに私は彼を転倒させることはできたはずなのだ。
驚いて頭を振りながら、彼は向きを変えて出て行き、すぐに静寂は元に戻って、ラマたちも読書のために閲覧室の方に帰って行った。

厨房で働いている間に、文字通り私は全身にダメージを受け、私は永久にそこから追い払われていた。
今は卑しい仕事として、大図書館のカバーの彫刻の誇りを払い、部屋を掃除しなければならなかった。
チベットの書物は大きくて重く、木製のカバーには本の題名や絵などが細かく彫ってある。
したがってそれは大変な仕事で、本を書棚から取り出しては静かに机の上に置き、埃を払ってから元の場所に返し、図書係は特別に注意して各書物を調べ、それが綺麗になっていることを確かめるのである。
そこには外国から来た雑誌や論文を入れた木のカバーがあり、私は特にこれらの本を眺めるのが好きだったが、ただし一語も読むことは出来なかった。
しかしこれらの数ヶ月遅れの書物には挿絵がついているものが多く、私はいつもじっとそれを見入っていた。
図書係が私に止めさせようとすればする程、私は係員の注意が私から離れた時を見計らって、これらの本を手に取るのだ。
車輪のついた乗り物の絵が私の興味を引いた。
もちろんチベット全土に車輪付きの乗り物など当時はなかったのだが、我々の預言書は、はっきりとチベットに車の到来を告げ、そしてそれが最初で最後のものであると言っていた。
チベットは、癌の暗い影のように蔓延する悪の軍隊によって、のちには侵略されるだろう。
我々はそのような予言にも関わらず、大きな強国が、なんの戦争意識も持たず、また他国の生活に干渉する意図のないこの小国に、なんの関心も持たないことを心から願っていた。
また私が、その絵を見て興味を持った一冊の雑誌があった。
もちろん何が書いていあるのか、知る由もなかったのであるが。
私は印刷された絵を眺めていたが、その中には一連の車もあった。
そこには大きな滑車とこれも大きな歯車が描いてあった。
絵の中で、人々は狂ったように働いていた。
私はチベットとの違いを考えた。
この国では、人は機械工の誇りを持って、仕事をうまく仕上げるという誇りを持って働き、いかなる経済的な考えもチベット職人の心には入り込まなかった。
私は繰り返し、もう一度そのページを眺めて、それから我々はどうすべきかを考えた。

ショル村の下のほうで、本は印刷されていた。
熟練の彫刻僧たちが印刷版を仕上げてしまうと、次の者たちが受け取ってそれに磨きをかけ、木の上の荒さや傷が残らないようにしてから板は持ち去られて、テキストとしての正確さをさらに他の者たちによって吟味される。
それはチベットの本には、いかなる誤謬の存在も許されないからで、手間暇など問題ではなく、正確さだけが問題になるのだ。
板の全てが彫られ、全てが注意して磨き上げられ、そして間違いと傷がないことが認定されると、次に印刷僧の手に渡され、彼らはその板をベンチの上においてから、突起し彫刻された言葉の上にインクが擦り付けられる。
もちろん言葉は酢全て逆から彫られており、インクがついていない箇所がないことが確かめられてから、エジプトのパピルスと同種の堅い紙がインクのついた面を持つ型をよぎって広げられる。
そして滑らかに回転する圧力が紙の後ろから加えられ、早い動作で印刷面から剥がされる。
すると検査係りの僧が、直ちにそのページを取り上げて、傷がないかどうかを詳しく検査して、もし何らかの傷があれば、その紙をスクラップにしたり燃やしたりせず、ひと束にしてとって置くのである。
印刷された言葉はチベットではほとんど聖なるものに近く、学問や宗教の言葉を載せた紙を破いたり、汚すことは、学問に対する冒涜と考えられていた。
したがって時が経つに連れて、チベットは少しでも不完全な紙の、束また束、荷造りにつぐ荷造りをすることになっていた。
紙が満足に印刷されていると認められた時、印刷者は前進の合図を与えられ、彼らは前と同様に一つ一つ傷がないのを確かめながら、様々なページを作り出していく。
私はしばしばこれらの印刷者の作業を見ることになったが、私自身も勉強として、この作業に着手しなければならなかった。
私は印刷する言葉を逆に掘り、そのあとで彫りを滑らかにし、細心の注意の元にインクをつけて本を印刷した。
チベットの本は西洋の本のように豊富ではない。
またチベットの本は極端な長方形で、多分もっとわかりやすく言えば、幅広くて非常に短いものである。
というのは、チベットの印刷の行は、1メートルに及び、一方、1ページにはわずか30センチの高さしか持っていない。
必要なページを含む紙は、全て注意して置かれ、時間をかけて急がずに乾かされる。
そして時間が許す限り乾かされると、紙は集められて、まず二つのテーブルが巾木に取り付けられ、幅木の上に正確な順序で本のページが取り付けられる。
それからカバーとなるもう一つの重い板が、印刷された一山のページの上に置かれる。
この重い板が複雑な彫り物を維持し、そして多分、木の見栄えを良くし題名を与えているのだ。
下の板から出ているテーブが上の板と共に、しっかりと綴じる役目をし、相当な圧力がかかって、すべての紙がコンパクトな塊になって行く。
さらに特別に価値のある本は絹で包まれ、シールを貼られているから、権威者だけが開けて、その注意深く印刷された本を見ることが出来るのだ。

一方、西洋の本の中身の多くは、着物を脱いだ異常な状態の女性の絵であったように思う。
したがって私には、これらの国が非常に暑い国であるように思えたのだが、それは、いかに何でも女性がそんな不十分な状態で歩き回ることはあり得ないからであった。
ある絵の中では、彼らは寝そべっており、明らかに死んでいたのだが、その横では、煙の出ている金属の管を片手に持った悪党のような顔つきの男が立っていた。
私は決してこの絵の目的が理解できたわけではなかったが、それは私の印象から判断して、西洋世界の人々は歩き回って互いに殺しあうことが主な娯楽であり、また奇妙な着物を着た大男がやって来て、煙の出ている管を持つ人の手や腕に金属で出来たものを当てていた。
下着姿の女性は私には何の苦痛も与えなかった。
また私に特別な興味をかき立てることもなかったが、それは、仏教徒もヒンズー教徒も、また東洋人の全てが、性は人間の生命に必要なものであることをよく知っているからである。
性的体験は、人間が未だ肉体を持っている時経験する最高の喜びであろうと思われており、したがって宗教画の多くは、抱擁する男女を描いている。
それは生命誕生の事実を隠す必要はないという考えから出ており、時にはその詳細が写真のようにリアルに描かれているものもある。
我々にとってそれは淫らなものではなく、男女の特別な情熱が発生することを表す、最も都合の良い方法に過ぎないのだ。
そしてまたより大きな喜びが魂の結合によって経験されることを説明しているのだが、もちろん後者は、この世では存在し得ない。
ラサの町やショル村の商人たちや西門の道端に行憩う人々との話から、私は人の身体が他の人に見られることが淫らであるという、西洋世界に存在する驚くべき情報を手に入れた。
そして私はなぜそうなのか理解に苦しんだが、それは生活の最も基本的な要素は二つの性でなければならない、という私の信念からである。
私はインドのカリンボンとラサの間の道をしばしば往復する、一人の年老いた商人との会話を覚えている。
私は西門のところで彼と長話をしたのだが、そのあと、彼がこの国に来る度ごとに私は会って話をするようになり、その時私は彼にラサ付近のニュースを与え、彼は大きな外の世界のことを話してくれた。
また何度も彼は、私の師ラマミンギャールドンタップの元へ本や雑誌を運んで来たが、その時私は、それらを師に手渡す楽しい仕事ができた。
この特別な商人が、かつて私に話したことがあった。
「私はあなたに西洋の人々について色々話して来ましたが、まだ彼らを理解できません。特に彼らの諺の一つが私にはわからないのですが、それはこういうことです。彼らは、人は神のイメージで作られていると言いますが、それでも彼らは、自分たちが神のイメージと言っている、その身体を人に見せることを恐れるのです。それでは、彼等は神の姿を恥じることになるのではないでしょうか。」
彼は私に返答を求めたそうにしていたが、もちろん私は当惑するばかりで、彼の質問に答えることは出来なかった。
人は神のイメージで作られている。
したがって、もし神が完全な姿であるならば、当然、神のイメージを表すのに何の恥じらいもないはずである。
我々、いわゆる異教徒は、自分の身体を恥じることはなく、我々は性がなければ民族の存続は有り得ないと知っているのである。
我々はまた適切な場合に、そしてもちろん適切な環境において、性は男女の霊性を増進することも知っている。


続く→



古代の洞窟・チベット少年の不思議な物語33

2019.02.03.20:45

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すぐに私は師のミンギャールドンタップと一緒に、一つの部屋に入ったが、食事が出ると私は幸せを感じた。
「ロブサン、十分に食べろ。あとで我々はもう一度会って、他のことで話し合わねばならないからな。」
私は疲れていたので、1時間ばかり自分の部屋で窓から外を眺めて休息した。
私はいつも、高いところから下界の動きを見るのが好きだった。
私は商人たちが西門を通って、ゆっくりと歩いていくのを見るのが好きだった。
彼らの歩みは、高い山道を通る長い困難な旅路の終わりに到達した、喜びを表していた。
以前ある商人たちは、高所のある地点からの素晴らしい眺望について話してくれたが、そこはインドの国境からやって来て、山の裂け目から、聖なる町の頂上が金色に光っているのを見下ろすことが出来た。
また山側から離れて、稲藁の積み重ねの白い壁が、山の斜面に散らばっているのが見えるところだった。
それから私は幸せの河を横断する船頭をみるのも好きで、膨らませた皮製の小舟が次第にしぼんでいき、船頭が視野から沈んで行って、頭だけが水面に突き出ているところを、かねがね見たいと思っていた。
しかしなかなかその機会に恵まれず、船頭はいつも向こう岸について、積み荷を降ろしては再び戻って来た。

しばらくの後、私はまたもや、あの下の方の部屋の中で、ラマミンギャールドンタップと医学ラマチンロブノボと同座していた。
「ロブサン、もしお前が人々を助けるために、患者を診察しようとするならば、服を全部脱がせなければならないのだよ。」と、医学ラマは言った。
「先生、この寒い気候の時に、なぜ彼らの着物を脱がせなければならないのかと、私は思うのですが。私は着物も脱がせなくても、完全に彼らのオーラを見ることが出来るのです。ああ先生、どうして女の人にまで、着物を脱がせよと、おっしゃるのですか?」と、いくらか混乱して私は言った。
私は全くの道化だった。
師と医学ラマが吹き出したからである。
彼らは座って、笑いを楽しんでいたのだ。
私は彼らの前に立っていたが、全くバカバカしくなってしまい、本当に混乱したのである。
私は完全にオーラをみることができて、その普通のやり方をなぜ変えねばならないのかわからなかった。
医学ラマは言った。
「ロブサン、お前は非常に優れた千里眼だが、お前にはまだ見えないものがあるのだ。我々はお前が人間のオーラを見る能力の証明を得ているが、もしインド人マルファータが着物を脱がなければ、彼の肝臓の病がお前には見えなかったのだよ。」
私はそれについて考えて見たが、確かにこれは正しかった。
私はインドのラマが、着物をまとっていた時にも彼を見たのだが、その時私は確かに彼の性格や基本的な特色は見ることが出来たが、肝臓の病気には気がつかなかったのだ。
私は言った、
「先生、あなたのおっしゃることは正しい。このことについては、あなたからもう少し訓練を受けたいと思います。」
師のラマミンギャールドンタップは、私を見て言った。
「お前が人のオーラを見る時、お前はその人のオーラを見たいと思い、衣の材料の羊については考えないのだ。全てのオーラは、その直接の光によって干渉されているのだよ。我々はここに一枚のガラス板を持っているが、もし私がこのガラスの表面に息を吹きかければ、お前がガラスを通して見るものに影響を与える。同様にガラスは透明ではあるが、それはお前がそれを通して見るときの光の色に変化を起こすのだ。それと同じく、もしお前が一片の色付きガラスを通して見るならば、お前が目標物から受け取る全ての振動は、色付きガラス作用によって、その強さに変化を起こすのだ。このように着物をまとった肉体は、着物の幽体にしたがって、そのオーラが変化するということだ。
私はこのことを考えて見たが、結局、大筋で賛成しなければならなかった。
彼は続けた、
「もう一つの点は、肉体の各機関が絵に投影されることで、それ自体が健康であるか病気であるかの状態を示しているのだが、着物を脱いで自由になったとき、我々の受ける印象は増大するのだ。従って、もしお前が人の健康、不健康を調べようとする時には、彼の着物を取り去らなければならないのだ。」
彼は私に笑いかけて言った。
「ロブサン、もし気候が寒い時ならば、なぜ暖かい場所に連れていかないのかね。」
「先生、少し前にあなたはオーラを通じて病気を治すことのできる機械を動かしたと言われましたね。」と、私は言った。
「あれは完全に正確なものだったよ。ロブサン、病気は単なる肉体の振動の不調和に過ぎない。一つの器官が、乱された分子の振動率を持ち、それによって、病んでいる器官と目されるのだ。もし我々が、どれだけその器官が正常値から離れているかを実際に見ることができれば、どのくらい振動率を回復させればいいかわかり、治療が効果的に行われることになるのだ。通常の頭脳が正しいものと解釈できる祖霊からのメッセージを受け取り、それに従って行動しているのとは違ったものが、精神異常者の行動と考えられる。人が正常の態度で推理し、または行動することが出来ないならば、彼は精神病と言われるのだが、その違いを計測することによって、我々は人が普通の調和状態に回復するのを助けられるのだ。振動が通常よりも低いと潜在的刺激を起こし、高すぎると脳炎の症状に似たものとなる。完全に症状がはっきりしさえすれば、オーラを通じて治療することが可能になるのだ。」
ここで医学ラマが口を挟んだ。
「ところで先生、私はラママルファータと、このことについて話し合いましたが、彼はインドのある人里離れたラマ寺で、人々がデグラーブ発電機と呼ばれる大変な高電圧の実験を行なっているといっていましたよ。」
彼の話は少し曖昧だったが、我々に正確な情報を伝えようと努力していた。
「この発電機は極端に小さな電流で、しかも非常に高い電圧を発生しますから、何倍もオーラの強さを増幅させて、たとえ千里眼で無い者でも、はっきりとオーラを見ることができるようです。私はこの条件の元に、人間のオーラの写真も撮れると言われました。」
師は厳かに頷いて言った。
「その通りです。人間のオーラは二つのガラスの板の間に特殊な染料を挟むことによって見られます。適当な明かりと背景を調節して、裸の人体をこのスクリーンを通してみれば、多くの人々がオーラを見ることができるのです。」
私は吹き出して言った。
「しかし先生、なぜ人々はこのような仕掛けをしなければならないのですか。私には彼らに見えないオーラが見えますよ。」
二人の師は再び笑ったが、今度は私と市井の人々が行わねばならない訓練の違いを説明する必要を感じなかったようだ。
医学ラマは言った。
「では我々は闇の中を手探りして、薬草と薬物の大雑把なやり方で患者を治しているのですね。それは地上に落ちているピンを探している盲人のようなものですね。私は千里眼でない者も、この機械を通じてオーラを見ることが出来て、病気の真の原因がどこにあるかという風に、その欠陥を治すことの出来るような小型の機械を見たいものだと思っています。」

その週の残りの日々は、催眠術とテレパシーによって、様々なものが示され、私の能力は増大し、また我々はオーラを見、オーラを見ることの出来る機械を進歩させる最良の方法などを話し合った。
そして最後の日の夜に、チャポクリのラマ寺の私の小さな部屋に帰り、その翌日には再び大部屋に行って大勢と一緒に寝るのだろうなと考えながら、窓の外を眺めていた。
谷の明かりはきらめいていた。
沈もうとしている太陽の最後の光が谷の岩肌の土に放射し、あたかもきらめく指で、金色の光のシャワーを送り出しているかのように、そして金のスペクトルの玉虫色に光を分裂させているように、黄金の屋根を輝かせていた。
青と黄色と赤に少しばかりの緑が入って、人目を引こうと競い合い、光が淡くなっていくに従って、だんだんと空は暗くなり、そして間も無く谷は真っ暗なビロードに包まれて行った。
私の開け放した窓からは、遥か下の庭の植物の香りが漂っており、清々しい風が私の鼻腔に、花粉と蕾を出した花々の強い香りを運んできた。
すでに太陽の最後の光が完全に視野から去り、もはや光線も無くなって、ただ低く垂れ下がっている雲に反射しては赤や青に輝いていたが、そのうちにも空は次第に暗くなって行き、太陽は奥深く沈んで行った。
間も無く暗い紫色の空には、土星、金星、火星の光る赤い斑点が現れ、それから半月よりも丸く膨らんだ月が空にかかり、アバタの顔をはっきりと示して、軽いふわふわした雲が、その前を通り過ぎるのを許していた。
それは私に、オーラを試験した後で女性が着物を引きずって歩く姿を連想させたのである。
私は向きを変えて、人々を助けるのだと決心した。
それから私は石の床の上に寝そべったが、私の頭が自分の折りたたんだ衣の上に触るや否や眠ってしまい、何もかもわからなくなってしまったのである。

続く→


 

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