FC2ブログ

すり合わせてみると興味深い、コーリー・グッドやデイビッド・ウイルコックス氏らが作った映画の話

2019.12.25.13:05

すり合わせてみると興味深い、コーリー・グッドやデイビッド・ウイルコックス氏らが作った映画の話です。

https://ameblo.jp/husiginaohanasi11kara99h/theme-10108498592.html

ここですが、
映画・「Cosmic Secret」の感想

「Above Majestic&Cosmic Secret」が伝えようとしていること

これで書きましたが、見ていただくと面白いと思います。
コーリー・グッドらは、宇宙で行われていること、宇宙人と地球の関わり合い、それらを全面開示すべきと言うグループに属しています。
そして、まだスターウオーズほど知られていないにしても、世界に向けて発信できていると言うことは、権力構造が変化した!と、言えるのではないでしょうか。



「米軍の機密宇宙組織 - シークレット・スペース・プログラムを暴く真実を伝える映画 「Above Majestic」がいよいよ公開まじか!日本時間10月31日 2018年。 Amazon, iTunes, Vudu, Xbox, Google Playより多言語にて視聴出来ます。これは、最初のステップであり、今後2018年の年末から2019年にかけて、どんどん今まで隠されて来た真実を公開していきます。待っていたディスクロージャーは、いよいよ始まります! シェアお願いします!」from Corey Goode FaceBook VimeoとiTunesで日本語字幕が出ています。 https://vimeo.com/ondemand/abovemajes... 誤訳の部分の解説は、こちらのブログをご覧下さい。 https://blog.goo.ne.jp/truthseeker

^^^^^



日本語字幕が出ない場合には、画面右下の一番左「字幕」をクリック。あるいは車輪マークから「日本語」を選択してください。 フォント・サイズも字幕のオプションから大きくする事が出来ます。 *********************** iTunes、Apple TV、Vimeo等にて、日本語字幕付き購入・レンタル可 (ドキュメンタリー) 映画 The Cosmic Secret - 宇宙の秘密 - 予告編 我々の誰なのか?我々は何故ここにいるのか?我々の運命はいかに? オリジナル動画: https://youtu.be/cPOrModKeZY 2019/12/03 公開

^^^^^^^^

この二つの映画を、私はアップルTVでマックで見ました。
コスミックシークレットは、レンタルで五百円くらい、購入して千円くらいなので、どーぞ。
私は購入しました。
2回見て、ようやく頭に入りました。
見直して、他の情報とすり合わせると、面白いことが浮かんできます。
彼らが、工作員で、嘘情報を流しているとは思えません。
全面開示とは言っても、徐々に出していると思います。

エイリアンインタビューの話とすり合わせてみると、面白い連想と言いますか、想像が浮かんできます。
見てみることをお勧めします!
そのうち、私に浮かんだ連想と言いますか、想像ですが書いて見たいと思います。

^^^^^^^^^^

こちらも参考に


☆さる100様と、KeenーAreaN ew様には、シェアの許可をもらっております。



スポンサーサイト



ヘーザー・サーテンによる隠された技術の暴露【コズミック・ディスクロージャSeason7,Episode2】

2019.11.04.00:30

ヘーザー・サーテンによる隠された技術の暴露【コズミック・ディスクロージャSeason7,Episode2】




やったーあ!!!
すごいですね!
この動画の中で、ヘザー氏が、軍人であった父親から聞いた話として、
ロズウエルの宇宙人との対話を本にした「エイリアンインタビュー」は、真実の話で、本物であると語っていますよ!!
やったあー!!
あれは絶対、真実の話だと思っていましたが、やっぱりそうだったか!
嬉しいねえ。
コーリー・グッドやデヴィッド・ウイルコックス、グリア博士などがディスクロージャーしている話は、我々に取って良い働きをする宇宙人との、交流が未来に待っているという期待を持つことができます。
未来は、闇を通過しなければならないエリアがあるとしても、明るいです!!!


ロズウエル事件にまつわる、「驚くべき内部告発の情報」、リバースエンジニアリングで「日本には集積回路をあげたよ」と語る。

2019.01.31.23:57

ロズウエル事件に対する驚くべき、内部告発です!
本当にここまで語るとは!
コーリーグッドやデヴィッドウイルコックスではないのに!
米国の安全保障にまつわる守秘義務を甘く見るべきではありません。
ここまで、動画で語っているということは、
「もう、出して構わない情報」となっているということです。
少しづつ少しづつ、全ての旨みを吸い取った後で、
出し続けて行くのでしょう…

「日本に集積回路の情報をあげたよ。」と語っています。
あちらのこれ、こちらにそれ、
全て旨みを吸い取った後で〜ですね。





動画の管理者様は、このように語っています。
70年前ロズウェルに墜落したUFOは世界に革新的な衝撃を与えた。
回収され分析されたUFO・エイリアンには人類の理解を遥かに超えた異次元のテクノロジーが使われていた。 フィリップ・コーソ中佐、フィリップ・コーソ・ジュニア氏の証言映像はドクター・グリア率いるディスクロージャー・プロジェクトの記録映像です http://siriusdisclosure.com/

なるほど…
スティーブングリア博士のデスクロージャーの一環だそうです。
グリア博士に関しては、なぜこれほどのディスクロージャーができているのか?という疑問が起きてきますが、
コーリーグッドのような、内部の秘密宇宙同盟のメンバーの軍人が後ろにいる可能性があります。
それも、もう出しても構わない情報と、なりつつあるので、出てきているということです。
日本のスーパー公務員と呼ばれた男、高野誠鮮氏
CIAの戦略に基づいてメディアを駆使し、ローマ法王にアラン・デュカス、木村秋則にエルメスの書道家、そしてNASAの宇宙飛行士や総理大臣も味方につけて限界集落から脱却させた市役所職員。」
彼が、どこぞでグリア氏にあった時、
「その情報は出していけない」と言われた彼の後ろに軍人がいたと語っています。
「グリア氏は、米国の軍部と関わっている」と言います。
その意味も、コーリーグッドのおかげで解けました。
わかりますね?
コーリーグッドの情報をバカにせずに追って見てくださいね。




国民の誰もがいまだに不可解に思っている「TPP」についてと、グローバル勢力

2018.12.28.14:24

外務省資料から拾ってみた。

⬇︎
環太平洋パートナーシップ(TPP)協定交渉

環太平洋パートナーシップ(TPP)協定とは,オーストラリア,ブルネイ,カナダ,チリ,日本,マレーシア,メキシコ,ニュージーランド,ペルー,シンガポール,米国及びベトナムの合計12か国で高い水準の,野心的で,包括的な,バランスの取れた協定を目指し交渉が進められてきた経済連携協定です。
2015年10月のアトランタ閣僚会合において,大筋合意に至り,2016年2月,ニュージーランドで署名されました。

日本は2017年1月に国内手続の完了を寄託国であるニュージーランドに通報し,TPP協定を締結しました。

 その後,2017年1月に米国が離脱を表明したことを受けて,米国以外の11か国の間で協定の早期発効を目指して協議を行いました。

2017年11月のダナンでの閣僚会合で11か国によるTPPにつき大筋合意に至り,2018年3月,チリで「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(TPP11協定)」が署名されました。

現在までに,メキシコ,日本,シンガポール,ニュージーランド,カナダ,オーストラリア,ベトナムの7か国が国内手続を完了した旨の通報を寄託国ニュージーランドに行っており,本年12月30日に発効することが確定しています。


^^^^^^^^^


以上



(つまり、本日は12月28日ですから、二日後の2018年12月30日に発行するということです。)

(参加国は、オーストラリア,ブルネイ,カナダ,チリ,日本,マレーシア,メキシコ,ニュージーランド,ペルー,シンガポール,米国及びベトナムの合計12か国で始まりましたが、そこから米国が逃げた…ということです。
トランプ氏は国連にもアレコレと批判し、9月には国連で、グローバリズムに対する拒絶の演説をしています。)

(これらの国々がどういう意図を持っているのか、注意して見て行く必要があります。)

(そう考えても、日本はおかしい…。散々、米国によってやらされているTPPと言っていたが、実は米国は、トランプ氏はTPPに反対して逃げている。)

(それにもかかわらず、日本はいつまでも米国を未練たらしく追いかけて、参加させようとし、いまは諦めたようだが…)

(今まで、すべて米国が悪いとされてきた事柄のいくつかは、そうではなかったかも知れない。無論、米国は世界のいじめっ子だが、日本の中のどこかの勢力は、米国に金を渡すことで自分たちがやりたいことをやらせていた面もあるのかも知れない。)

(トランプ氏は、グローバルに動いている勢力の本質を見抜いているようですねえ。日本は、安倍政権のおかげで見えましたが、ナショナリストに見せかけて、実はどっぷりグローバル世界を目指しているのが実態。政治も経済界も、そして皇室も…)

(その進んで行くグローバル化が、良いのか、悪いのか、止めた方がいいのか、進めた方がいいのか、一般市民にはわからない。)


(そしてTPPは、国連と関連して行くらしいという話があります。
つまり、太平洋をめぐる海洋国家で形成されながら、これを国連につなげて世界をその中に入れようとしているらしいです。
そこに、どうも、国連の意図が強く入ってくると、不利になるのが米国で、世界のリーダーでありたい彼らが、どこかの意図に従わざるを得ないグループに属することになるのでは?ということ。だから逃げた?)

(そこに中国の意図を見るのは、私だけでしょうか?)

(中国の支配勢力は客家と呼ばれる世界に散った成功した中国の富豪たちも含まれます。
調べたところと言いますか、すでにかなり表に情報が出てきているのですが、
中国の「呉王朝」の血筋たちが、現在金融界含めて仕切っているようです。
「呉」です。
そしてその中心は、「浙江財閥」だそうです。
上海を拠点とした金融資本の総本家であると言います。
そこからロックフェラー、ロスチャイルドが番頭格だそうで、
これは篠崎崇氏の説ですが、
それが本当であるとすると、世界の支配層の中心は欧州の王族ではなく、中国の呉王朝の一族だということになります。
その彼らが、2012年に「呉王朝の会」を発足させたということです。
33名のメンバーがいるらしい。
33階級?
まるでイルミナティですね。
ロックフェラー、ロスチャイルドを最高顧問として、スイス、アメリカ、そして、ホワイトライターズクラブとかルーズベルトグループという面々が顧問としているのだそうです。
そこが中心となり、これらから国連として活動すると語っていました。

呉王朝の資産管理は、アメリカのペンタゴン、ホワイトハウス、ノーベル財団、全部が呉王朝を後押しし、トップはワシントンにいるという。
日本はまた特別なので、すべての責任を大阪本部において、日本から発して活動を始めるのだそうです。
簿外資産とかなんとか言われているものがこれになるのでしょうか。
おかげで、某H研究所が言っている、華僑華人ハイレベルのネットワークというのが、どこなのか、わかりました。)

(日本から…とは言っても、日本人ではなく、日本に住んでいる呉の血筋から〜ということかも知れないです。
そういえば、現天皇陛下は、縄文と中国の王朝のあいのことも言っていましたが、正しいのかどうかわかりません。)

(そして、日本に関する表には出ていない様々な秘密や裏で動く血筋たちの話があります。それらの複合的な集結の結果、世界が良い方向に向かうのか、どうなのか、一般市民にはわからない。)

(明らかにトランプ氏は、宇宙勢力と関わりがあるように見えるのに、グローバル化に反対しているのが不思議です
。グローバル化しようとしているのは、どなたさまなのか、最近、世界の市民たちにも見えてきましたが、
地球環境の悪化が想定に入っているとすると、
全く別の形態を作る必要があり、旧態依然とした、王族支配構造を維持しようとするのは無理があるようにも見え、
またであるからこそ、そのままでは文明国以外、滅んでしまうのを保護するためには、グローバル化が必要なのかも知れず、一般市民には回答がありません。)


^^^^^^


浙江財閥とは、(るいネットさまより)→


例えば、上海閥(江沢民)とも繋がる接点が「中国4大財閥」の一つ、浙江財閥である。

浙江(地方名、上海もここにあたる)という地区にある浙江財閥は、米国でキリスト教徒になった客家、チャーリー宋こと宋耀如が中国での聖書販売権をもって帰国して成り上がったものである。
 
詳しくは後のシリーズになるが、客家本流は中国共産党よりであり、反対に、ロスチャイルドの阿片戦争の麻薬利権は、中国国民党よりである。
 
ここにロスチャイルド→サッスーン→中国国民党の蒋介石(宋耀如の次女、宋美齢が嫁)→浙江財閥→米キリスト教(予想プロテスタントでクウェーカー教あたりだろう)→ロックフェラー(Jっぽいところ)
 
こういう図になる。

さらに、この経路は、中国共産党→江沢民(上海閥)→浙江財閥であり、そこに客家のとう小平も絡んでくるわけだ。
しいていうなら、中国国民党の元、孫文(クリスチャンで日本亡命)も客家だし、太平天国の乱はキリスト教かぶれの客家、洪秀全によって行われた。
ちなみに江沢民の息子はゴールドマンサックス勤務である。
一部分では上海閥=ロックフェラー(JとD混合)という指摘は正しい。副島とかかな?こういう話をしてるのは。
 
中国共産党の毛沢東、国民党の蒋介石(嫁は客家)、この両方は客家ではない。

男系中心であるため、孔祥煕、孫文、蒋介石、の国民党を形成する3人と結婚した浙江財閥(宋3姉妹)を、客家財閥とするという記述はないわけです。
男が絶えたから。でももちろん、客家製なわけ。
 
同じ話ではないが、客家である孫文からの中国国民党、客家の井岡山で出来あがった中国共産党(客家支援を求めて長征をした毛沢東)どっちの勢力も客家が作った物である。
 
ちなみに客家の支持が多いのは中国共産党。

さらにいうなら、中国国民党は孫文=客家が作ったが、客家の三合会(洪門会)は「反清復明」である。
よって、中国国民党が、清朝の官僚の袁世凱を中心とする北洋軍閥と対立するうえで(これが元で孫文は日本に亡命、帰って来て党を再建)、満州を清と日本で奪い合う形になります。
それが、漢民族(明文化の継承)ではない満州国(日本が支援)を南京政府が黙認する形となり、そこらへんが、中国国民党への客家本流の支持が少なくなった理由でもある。
 
逆に毛沢東(客家ではない)は長征で「客家のための農地解放」とコミンテルン(ソ連)の支持で、のし上がった形になったわけだけど。
しかし、客家人を内ゲバで殺し、客家人から毛沢東は、すこぶる評判が悪かったりするわけです。
ここは、中国共産党の中の、客籍(客家)と本籍(江西人)の対立で、富田事件とかです。
 
しかし、その毛沢東の中国共産党をまとめたのが、とう小平(客家)であり、こいつは客家の秘密結社、三合会(洪門会)のボスの息子であったわけ。
共産党に客家が多く、国民党に少ないのは長征と、ここらへんが理由だ。

それからとう小平→江沢民(上海閥)へと繋がる。
でも上海幇の中央(北京)進出は、客家が嫌ってた事なんだけどね。
しかし、江沢民(上海閥=ロックフェラー)の残党を今、中国で潰してるのは、現在の胡錦濤(とう小平→胡耀邦の共青団派)なんだけどね。

おっと、突っ込みすぎた。
それでもロスチャイルド→サッスーン→中国国民党(浙江財閥)。
これは間違いない。
しかし、浙江財閥→上海閥=ロックフェラー、これも間違いないわけです。

ね、わけわかんないでしょ?

さらに、蒋介石の南京政府あたりが「ロス茶のこだわり=南京大虐殺は絶対にあった」という嘘であり、逆に毛沢東は「南京大虐殺を一度も言及していない」わけです。
 
ここらへんの話では、ヒラリー・クリントンがアイリス・チャンを熱心に支援し、反日書『ザ・レイプ・オブ・南京』を支持している。
このアメリカでの反日には、インドネシア華僑リッポー財閥がルートで米民主党と現在でも繋がってる話です。
ロス茶にあわせて、南京の映画やら国連決議やらが出てくるのは、ヒラリークリントンの選挙資金は同じ華僑から出てきている話なのである。
リッポー財閥は、東南アジアの2大財閥の一つ、客家系のサリム財閥からの流れである。
これが、通称インドネシアのロックフェラー、スドノ・サリム(林良紹)。

 ~後略~


ーーーーー


以上


ということらしいです。
一般市民にはわかりずらいです。
世界はどう動いて行くのでしょうか。
落合莞爾氏情報によると、中国は日本の敵では現在はない、ということらしいです。

う〜NN
ドメインのエアルが第二次世界大戦の時の、日本を参戦させた裏にいた…と言っているのは、調べた結果、宋3姉妹でありました…そしてこの姉妹の裏に、国際金融勢力がいました。

もし、
そうならば、
エイリアンインタビューでドメインのエアルが語っていた「旧帝国の残党」とは、彼ら宗3姉妹と裏にいた国際金融のことだ、
ということになります。
実際、「エイリアンインタビュー」の中でも、「旧帝国は金融の中にいると言っていました。そして、その頭は決して表には出ずに、ごくごく普通の農民のような、目立たない存在でいると言っていましたね。

シリウス対オリオンの戦いなどではない。
やはり旧帝国とドメインの争いなのです。

私はすべて公開情報から拾っているだけなので、
もう手遅れ…
バレバレですね。

おまけにどっちを勝たせた方が、我々一般市民にとってプラスになるのかも見えません。
どっちもどっちでしょうが…

だから、「ロズウエル事件」が決して真実を公開されないわけです。
でも、もう…
隠しているのは、無理なのでしょう。













「エイリアンインタビュー」その167・検証とその先へ、古代の洞窟へ

2018.12.17.13:10

エイリアンインタビューシリーズは終了しましたが、それらの内容に関連して、大変興味深い情報が得られましたので、付け加えたいと思います。

一応、読んだ本からの抜粋になるので、本の紹介をしておかないといけないと思いますので、ご紹介します。

51ULY4GJh1L._SX338_BO1,204,203,200_

木内鶴彦さんの最新の本です。
彼の情報は言えないことが多くあるようです。
過去に、中国で刺客を送られて殺されそうになっています。
それは中国側が送ったのではなく、別のものが送ったようです。
中国サイドはなんとかして助けようとし、うまく行きました。
それで、彼は再びの臨死体験をしたのです。

また、どこかに睨まれると困ることがあるようで、情報は小出しで、彼の主張は、なんとかして地球環境をよくし、長く続く文明社会を築こうとするものです。
子供がいれば、そう望みますね、どこの国の人間であろうとも…
皆、同じです。

問題は、それが可能なホモ・サピエンスのレベルか、そして、地球環境は生物の生存に耐えるものを越えるのではないか、という疑念です。

どういう地球を作るのか、どういう文明社会で継続して行くのかは、それぞれの国の、のちの世代が決定するのです。


^^^

古代は麻よりマコモが重要だった?!あの世飛行士・木内鶴彦・隕石落下と古代イワクラ文明への超フライト


この中で、木内氏は、地球には善悪様々なものが混在していることについて、「自分は地球が大好きである。地球が嫌いで出て行きたい人はそうすればいい。色々あるから面白い。退屈さを嫌った根元の存在が自分の中に揺れを起こしてそれが元に戻る過程が、この世界。平和で何事の心配もない世界はつまらない。」

というようなことを言われています。

私は同じ考えではないですね。
シリアで家族を殺され、地域社会を破壊され、他国へ逃れても、移民として最低賃金の生活すらやっとになるような人々もいるのに、それが自分の家族や子供や孫であれば、そういう、色々あるから面白い、などどいうことは言えないと思います。

それどころか、私はもう、悪をなして平気でいる人間のやっていることを見る、聞く、知る、ことすら、ゲボら吐きそうに気持ちが悪くなった。

はっきり、この本で、私は彼とは意見が合わないと実感しました。
退屈でいいのです。
進歩しなくたっていいのです。
先祖代々の暮らしを何度も何度も繰り返したとしても、生きている人間は時代で異なって行くので、その生活をしている人間にとっては新鮮なものです。
それでいいのだと思う。
なぜ、進歩する必要があるのか。
なぜ、動乱を面白いなどというのか。

とは言え、木内氏はこの世界をよくするために働かれている貴重な方です。
私のように、地球卒業を考えている人間とは違います。
より良い発展した地球社会を望む皆様は、こういう志のある方と組んで未来を作るのでしょう。

さて、そういうことではなく、
ここで引用しようとしていたのは、エイリアンインタビューとの関連、私の臨死体験との関連です。
彼の本を読むと、人間が肉体だけの存在ではないことがわかります。
そして、この本には、私の臨死体験と関連する大変興味深いことを書かれていました。
多分、本当は秘しておくべきことだったのかもしれません。
これに関しては、カテゴリーエイリアンインタビューのシリーズを読んでいないと、私が何を言おうとしているのか理解できないと思います。
以下を読む前に、エイリアンインタビューシリーズに目を通すことをお勧めいたします。




331P
木内氏

「たまに私は稀有な経験をするんです。高野山で講演したことがあって、1994年に、アジアの大学院生、留学生が来た時に、最後のゼミを私が担当しました。22歳で生死をさまよった時、自分が未来に行った場所がそこだったのです。いま、ここから自分が出てくるんだなと、色々考えていたのです。そうしたら、京都大学の先生が、「木内くん、どうしちゃった?」というから、「22歳の僕が向こうから出てくるんです。」と訳のわからないであろうことを言ってみた。「大丈夫か?」と言われるかと思ったらそうではなくて、「それはどういうことなの?」と聞かれたので詳しく説明したら、その後僕が食事している愛大に、高野山中のご住職に全部連絡が行きまして、あの世の世界の話を聞きたいと。
その時、色々話をして、次の日に、高野山の一番奥にある、空海が入寂された場所へ行って、そう言えば、昔はここはこんなにお寺とか石塔がなかった、本当はそれを嫌っていたはずなのに、なんでこうなってしまったのかとずっと思っていたのです。

(ここからですよ→)

その時に、空海さんが行っていることが見えました。人間のこのボディは地球上のものというか自然のものであるから、終わったからには土に返しなさい。脱ぎ捨てるのではなくて、ちゃんと綺麗にたたんで土に寝かせておくと、全部土になってくれるそうです。魂は昇天する。
その昇天した先にある結界の場所に、いわゆる鳥居みたいなものがあるのです。
これがこの世とあの世の境であると。ああ、空海もそうやって考えたんだと思ったのですが、これはあっていますか。」

と、彼は、対談相手の佐々木久裕氏い聞いています。
佐々木氏は、星田妙見宮の宮司をされている方です。
問いかけに対して、彼は直接答えず別の話をされていますが、これは神道では安易に語ってはいけないこととなっていると想定します。

以前に、神道系の方のセミナーに出たときに、私が死にかかったときに見た、赤い鳥居のゲートの話をして質問した時、彼女は目が左右に泳いで、「鳥居は高度に進化したものでなければ越えることができない。」というような話をしていました。
そういうことになっているのです。
少なくとも、宗教というのは、こちらの世界を重要に考え、こちらの世界で体験できることを最も効果的に経験できるための手助けのツールみたいなものです。
それを、こちらの世界にどっぷり浸かることから離れて、あちらへ帰ることを語っていては、意味がないので、そういうことになっているのです。
私は見て来て言っているのだから、自分自身に関しては確かなものです。
人が信じようと信じまいと。

なぜ、日本に、これほど鳥居がたくさんあるのか、不思議に思いませんか?
日本が聖域であるとか、サンクチャリであると言われているのは、なぜかわかりますか?

口に出していうことができない秘密。
言うと、こちらの世界に集中することができにくくなる秘密。
しかし、故郷へ帰る道しるべを残しておきたい秘密。
それがそこにあります。
神道の鳥居の元には、私や空海さんや木内さんもそこを見たのかもしれませんが、
そこへ行った者、もしくは私と同じように、鳥居を超えて故郷へ帰還し、そして帰って来た者がいると思います。
それは、高度に進化しないと超えられない、のではなく、単にゲートとしてそこにある、だけですよ。

そこまで思い出して戻れるか、と言うことが大事なのでしょう。
途中に信念体系領域などありますし、ほとんどそこへ消えてしまうようですので。
無論、私は思い出せなかったのですが、連れられて帰還しました。
そして戻って、こうやってペラペラと喋っています。

本を出版したら、その本は精神世界コーナーにおかれることになり、そうするとそこへ行って本を手に取る人は数限られるでしょう。
本当にたくさんの人々に理解してもらいたいのならば、このように、誰でもがアクセスできる無料ブログのような形で、拡散すると良いと考えます。
削除してしまったgooの1のブログでは、1万人以上の人が読んだと思います。
そちらの役目は終わったのです。

私の役割は広報係のようです。
未確認飛行物体の写真を撮っているのも、そうでしょう。
私の立場は、卒業の話をする係りです。
地球に残って、進歩した社会を築くことではありません。

私たちは星の世界に住むようになるのです。


^^^^

そしてこの話は、
「古代の洞窟」へと続きます。
古代の洞窟の話は、実在のチベットの高僧であるロブサンランパ氏が、少年時代に、古代の世界の住人が残した図書館を訪問したことが書かれています。
その世界の住人は、アトランティスの人々と呼ばれていました。
そこから現代へと続く流れが、確かにあり、それは良い目的で使う人間を待ちわびているのだ、と言うことです。


「古代の洞窟チベット少年の不思議な物語」→


(^∇^)

「エイリアンインタビュー」その166・検証とその先へ、モンロー研究所(その先へ・究極の旅)

2018.10.13.23:21

9af73cdc045dbb2643f2922cf3dd09e4.png
39e13879cfdf40f874db477b96391a55.jpg

^^^
8b47d.jpg


166

第19章


私の妻ナンシーの病気と言う「異変」は、さしあたり落ち着いているようだった。
思えば私は、その病気がきっかけで新しい方向を目指すことになったのだ。
つまり、人間の精神、意識が必ず直面する最大の「異変」、我々が死と呼ぶところの、肉体から別のエネルギー系への移行について、深く考えていかざるを得なくなったのだ。
それまでは、あまりにも軽く受け流して来たのだが。

私が探求の旅から持ち帰るはずだった、「信号」というのはどうなったのだろう。
そんなものがあるとしても、私には何も感じられない。
私と同じ集合体に属する何千ものITたちは、その「信号」を受け取ったのだろうか?
きっと私自身のITの中に、その答えを知るものもいるはずだ。
少なくとも、インスペックの役割をするのは楽しいに違いない。
しかし、こういうことはすべて、背景に追いやられてしまった。

ー讃えられざるものを讃える歌ー

面会時間が終わろうとしていた。
ナンシーの病室で、私はかがみこみ、彼女の額にキスをした。

「眠いかい?」
「う~ん」
「今夜は気分がよさそうだね。」
「う~ん、大丈夫よ。」
「後で遊びに行こうか?」
「27へ?」
「とりあえずさ。」
「う~ん、そうね。」
「じゃあ、またあとで。」
「愛しているわ。」
「愛しているよ。」

その晩八時ころ、病院から緊急呼び出しがあり、九時には彼女の枕元に駆けつけた。
いくつか理由があって、どうしてもそれ以上早くは行けなかったのだ。
容態が変わっていた。
両手両腕は冷え切って力なく投げ出され、呼吸も不自然で、長い感覚をおいて短く深く喘ぐような呼吸が続いていた。
だが、私が真相を悟ったのは、その瞬きもしない目を覗きこんだときだった。
ナンシーはもう、そこにはいなかった。
午前12時15分、彼女の肉体はついに呼吸を止めた。

後でライフライン・チームから連絡があり、ナンシーを7時半から8時の間に27へ連れて行ったこと、そして彼女が暖かい歓迎を受けたことが伝えられた。
その時間は、病院で、彼女の呼吸に変調が認められた時刻とほぼ一致する。
医者はその呼吸を、チェーンストークと呼ぶそうだ。
そのような呼吸が、私にとって目新しいものではないと気づいたのは、後になってからのことだ。
セントルイスの簡易宿泊所の片隅で、あの老人が死にかけていた時、放浪の身だった10代の私が耳にしたのも、同じ呼吸だったのだ。
ナンシーが逝く3日前、白血病のために私の腕で息を引き取った、かわいい猫のファスビーも、同じ呼吸をしていたのだ。

自分が実は、全く心の準備ができていなかったことに気づいて、私は打ちのめされた。
人生最大の突発事故、異変が、来ることはわかっていたのだ。
いくらでも前兆はあったし、支えになるような体験も重ねてきた。
それなのに…

何百、いや、何千人もの人たちが、彼女の暖かく明るい快活な性格を知っていた。
ナンシー・ペン・モンロー。
彼女の血筋をたどると、アメリカ独立革命以前にイギリス国王から土地を与えられ、ヴァージニアに住んでいた一家にまでさかのぼることができる。
そういう育ちのせいで、彼女は南部婦人の最高の面を身に付けていた。
いつでもまず他人のことを考え、笑顔であいさつし、他人を傷つけることは何一つせず、いつも進んで人に与えていた。
決して誰も憎んだりしなかった。

実際、彼女はモンロー研究所の共同設立者だった。
彼女がいなかったら、こんなに組織的には活動はできなかったかも知れない。
ことの大小を問わず、あらゆる議論や決断、活動、研究に参加してくれた。
それで、彼女の思想が、研究所の生み出したものの随所にちりばめられることになったのだ。
プログラム、テープ、活動方針にも、そしてもちろん、世界中の大勢の友人たちの心にも。

私達は、7年の付き合いの後、23年間、結婚生活を共にした。
ナンシーは、私に会う前から超常現象について深い興味を抱いていた。
学校教師でもあり、音楽とピアノの教師でもあり、インテリア装飾家でもあり、不動産経営にも携わり、二人の子の母でもあった。
二冊の本を書き始めていたが、うち一冊はスカーレットオハラの現代版、もう一冊は、死後を扱った「人の手によらない都市」についての物語だった。
二冊とも未完のままに終わった。
タイプライターもワープロも、いつでも準備は出来ていたのに。
ナンシーには時間がなかったのだ。

研究所を訪れるものは誰しも、彼女の思想の結実を目にしないわけにはいかない。
まず、入り口の守衛詰め所の周りの木と花はみな、彼女の選んだものだ。
詰所そのもののインテリア・デザインも、他の人のプランを彼女が作り直したのだ。
丘を登っていくと、右側に背の高い並木があるが、これも彼女の発案による。
センターに関しても、すべての木と植え込みを彼女が選び、配置したのだ。
3つある建物も、内部で目にするものはほとんど、ナンシー・ペン・モンローそのものといっていい。
カーペットも壁も、作り付けの備品も、テーブルも椅子も、皿も銀器もマグカップもナプキンまでも、センターの東翼にある食堂は、創造性を発揮し続けてきた彼女の、完璧な最新作だった。
というわけで、研究所の本部棟は、新しい名前で呼ばれることになった。
「ナンシー・ペン・センター」
彼女は極めて控えめだったので、これまでそんな呼び名は許さなかったのだ。
彼女は、今どこにいるのか?

長い長い話をごく手短にまとめてみよう。
乳がんにかかったナンシーは、通常の治療を受けた。
手術で腫瘍とたくさんのリンパ節を切除し、化学療法、放射線治療へと進んだのだ。
病気の進行を遅らせることは出来たが、それ以上は無理だった。

彼女が旅立ってから2晩後、私は、もう十分落ち着いたから、彼女を訪ねてみてもよかろうと考えた。
その試みの結果、私を襲ったのは、深く愛し合う人間同士が感じえる限りの、あらゆるニュアンスをともなった感情の爆発だった。
あまりにも真摯な、一挙にあふれ出る、時間も物質も超越した感情だった。
そこから戻って来るのに非常な努力を要し、回復するまでに幾日もかかった。

1週間経ってから、もう一度試してみたが、結果は同じだった。
これはもう、どうしようもない。
もっと学習を積むまでは、私の方で障壁を設けて、あらゆる体外活動を制限するしかなかった。
インターステートも、そこにいる友人たちとの交流も、一時おあずけということになる。
残るのは、自分のITだけだ。
極めて深い眠りの中でさえ、私は自然とナンシーの方へ漂っていってしまうので、そういう睡眠状態までもバリアで囲わなければならなかった。
おかげで、休息が著しく妨げられるようになった。

私はいま、新しい試練を受けている。
この状態になじむのは大変なことだ。
そして、まだ決めかねていることが一つある。
まさに、新しい方向だ。
私は、二つの世界に同時に暮らすことが出来るのだろうか?
27でナンシーと暮らし、同時に「現世」では、寂しい家族たち、7匹の猫と、2匹の犬、と、寂しい家で暮らすことが?
私にはわからない。


それでもまだ、「向こうの私」から別の声が響いてくる。
死を超えてしまえば、終えたばかりの人生に執着するのは、この世に染まりすぎたものだけなのだよ。
お前や他の人達のデータが、示しているだろう。
たいてい共鳴、興味、愛着というものは、ほとんど即座に薄れ始める。
その薄れ方が、遅いものも早いものもいるが、薄れることに変わりはない。
おまえのデータが証明しているはずだ。
まれに「幽霊」のような例はあるにしても、お前の言う「大いなる愛」ほどの結びつきがあっても、同じことなのだ。

お前のシルバークイーンの女性は、いつまでフォーカス27にとどまっているだろう?
お前にもわからないし、我々にもわからない。
他の人たちと同様、彼女も、人間なら誰しも気づいている素晴らしい自由の中にいるのだから。
だが、お前はここを去ることは出来ない。
今はまだ。
成し遂げるべきことが、山ほどあるのだから。
お母さんの奏でていたチェロのことを覚えているか?
お母さんは自分でも気づかずに、大事なことを教えてくれていたのだよ。

忘れてはいけない。
いずれにせよ35世紀に、我々が瞬いて消え、最後の旅立ちをするとき、お前のシルバークイーンは、お前と一緒に行くことになるのだ。
これ以上の望みがあるか!



^^^^^^^^

転記終わり


^^^^

長くお付き合いいただきまして、ありがとうございました。
ロバートモンロー氏の日本で翻訳されている本は、他に、最初の本「ロバート・モンロー「体外への旅」―未知世界の探訪はこうして始まった!」のみです。
ここでは、内容がはじまりの時の話だけであるため、紹介してはいません。
ここで紹介してある2冊で充分かと思います。

やはり、モンロー氏の奥様は、向こうのガイドにシミュレーションされたように、先に亡くなられたようですね。

さらにモンロー研の情報をと思われる方には、ブルースモーエン氏の本をお勧めいたします。
「死後探索シリーズ」で4~5冊あります。
こちらもまた衝撃的です。
モンロー研のセミナーに参加したモーエン氏が、体外での旅をつづったものです。



^^^^^


ここで、このシリーズは終わりになります。
ありがとうございました。

最後に、私の臨死体験に関連する話をしたいと思います。
個人的な話なので、そっち系に興味のない方はスルーしてよいと思います。


……


臨死体験の章でも書いていた、私のいくつかの疑問の答えですが‥

一つは、あのとき、「迎えに来た未来の光り輝く自分」が、まるで光のモザイク作りの人型のように見えた点です。
まぶしくてまぶしくて…絶対目が潰れると思うほどのまばゆさでした。
一つの光ではなく、多数の黄色やブルーやピンクや青や、うす~い薄~いパステルの色の光で、モザイクになっていました。
すぐには気が付かないのですが、自分はもう肉体を持っていないことに気が付いて、肉体の目で見てはいないことに思い至ると、まぶしさにも慣れて観察できるようになり、気が付いたことです。
これが長い間、疑問でした。

不思議なことにこのシリーズを書き続け、みなさまと共有しているうちに、答えが沸き上がってきました。

この物理的宇宙へと遊びに来た小さな光のかけらだった私が、体験して自分の拠点とした場所へ戻ってくると、体験する前の自分がいる時空時点へと帰還することが出来、それゆえ、自分を増やすことが出来ることに気が付き、面白くなり始めたころに、体験しに行った自分のかけらの一つがなかなか帰還しない…と言う出来事がありました。
捜索するために大変な時間と労力がかかり、その後、物理的宇宙に体験に出るときは、自分のかけらを一部ちぎって置いていくことにしたのです。
そうすれば、行方不明になった時、その欠片を解き放つと、欠片は本体と合流しようとして飛んでいき、無事に行方不明者を見つけることが出来ます。
そして、拠点とした場所には、必ず留守番を置くことにしました。
行方不明者が出たときの捜索者とするためです。
留守番は、皆が置いて行った光のかけらを集めて所持して待ちます。
それが…
いつのまにか…
たくさんの自分の体験のかけらを集めた光のモザイクのような存在となって行ったのです。
ちぎられた光のかけらは、その体験者がした体験の種類やかかわったエネルギー領域により、微妙な色合いの変化が生まれ、あのようなうす~い黄色や青やピンクや緑のうす~い光のモザイクの集合体となっていったのです。

私は行方不明者となっていたのです。
だからお迎えに来てくれたのです。

しかし、面白いもので、この領域にはまっていた私は、「まだ終わっていない!しかし、また赤ん坊から生まれ変わってやり直しをするのは嫌だ!」とばかりに、帰還を拒否し、生まれ変わりも拒否し、再びこの人生に戻ることを選択しました。
「終わっていない」とは、当時独身で、育った家庭が夫婦仲の悪い仮面夫婦の家で、「結婚して血のつながりがない人間が新しい家庭を築き、幸せに暮らす」とはどういうことか知りたい…というのが「終わっていない」という理由だったのです。
何と普通過ぎる理由かと思いますが、私にとってはとても重要だったのです。

人間に生まれる理由は、大金持ちになるとか社会的に成功するとか、そういうことが重要と思うIS・BEが多数派ではないようです。

私がこの人生に戻るために、先に死んでいた父が、自分んが生まれ変わるチャンスを私に譲ってくれたようです。
のちにイギリス人の霊能者に見てもらったときに、そういわれました。
また、ながく待たせないで迎えにいくから、とも言われました。

私は「向こうの世界」で、細長い定規を持ち、戻ったのちの人生をプランニングしました。
その通りになっているかどうかはわかりませんが、望みは叶えることが出来ました。
時間はかかりましたが、人柄の良い男性を見つけ、家族が私の望むような温かい家庭であることを知り、結婚しました。
義母は夫と性格が似ていて、とても信頼できる人です。
義父も穏やかな人で家庭は仲の良い暖かいものです。
しばらくして同居を選択し、おかげで幸せに過ごさせていただいています。

私が知りたかった、「幸福な家庭」の条件とは…
「人に対する共感」であることを義母と夫が教えてくれました。
なるほどと…
だからといって、個人的に意見が合わないとか趣味が異なる、思想信条が異なるとかいう人たちに無理をして合わせるという事ではないのです。
ただ…
違いがあるという事を認めるという事…
人としての感情や望みには共通なものがあるということ…
みな一生懸命生きているということ…

定規のメモリは、私の記憶では72歳で終わっています。
死の場面も見せてもらいました。
私は入院先から容態が安定してもう大丈夫だとみなされて、家に戻っています。
しかし…
それは単なる小康状態…
その日、私は家で寝ている間に旅立ってしまいます。
この時、義母はまだ生きています。
夫は再婚できる可能性があることも見せられています。
いまのうちから、夫には、私が先立ったら再婚せい~!と言っています。
寂しく暮らされるより、誰かと仲良く生活してもらった方が嬉しいと思うものです。

あと7年しかありません。
心残りないように、出来る範囲で遊びまくっています。
もう二度と、戻りませんから…

そして、あの臨死体験のあと…
雷のようなゼウスのようなしゃがれ声で、「お前は恋愛する」と、私が眠りに入るときに、言った者の正体も、一体誰なのか?とても不思議でした。
いまではそれも分かります。

自分のかけらたちが、物理的宇宙へと旅立ちます。
その者たちは、自分の光のかけらを一部ちぎって拠点にいる留守番に預けて行きます。
そこはだんだんと人口が増えて行って、まるで天蓋のない円形の宇宙船のような、中心に広場のあるコロッセオのように感じられます。
そこでは、今の私の人生、あるいは、他の場所へ行った自分のかけらの人生、生き様、体験が、絶賛上映されているのです。

そして、その体験をしている自分たちが、疑問を抱き、あるいは願いを持ち、祈る時、また天に向かって慟哭するとき、コロッセオの観客であるたくさんの私のかけらたちが未来を推定し、呼びかけるのです。
数えきれない自分のかけらたちの答える声の響きが集合されると、まるでゼウスのようなだみ声に聞こえるという現象になったのだと思います。
それは私の集合体の物語であり、他の方は別なのかも知れないです。
あるいは、このシリーズを読んでいる方の中に、もしかすると同じ集合体に属する、もしくはつながっている集合体に属する者がいるのかも知れません。

そして、この人生での死の場面を見せてもらった後、「この先はどうなるのですか?」と地球の未来を聞きました。
この問いに対し、答えがあり、ある場面を見せてもらいました。

それは、いつかわからない未来の日本。
ある男性の兄弟が示されます。
その兄弟は、50代くらいのように見えます。
一人は透明なドームにおおわれた都市の中に住んでいます。
もう一人は、都市に住もうとしたとき、自分の家族だけではなく、妻の両親も含めて都市に入ろうとして、人数が多すぎると断られます。
片方は、諦めて自分の家族だけにしたので、都市に入ることが出来ましたが、片方は妻の両親を捨てることが出来ず、都市に入ることが出来ませんでした。
入れなかった片方は、砂漠化して減少していく森の中に住まいを持ちます。
都市の周辺は砂漠化して、草も生えず赤茶けていました。
森もいまはまだ木々も茂っていますが、消えるのは時間の問題と思われていました。
森が消えるだけではなく、田畑もなく、タネを植えても育たず、野菜を収穫することが出来ません。
都市に入ることが出来なかったものは、死に絶えると思われました。
都市では、水耕栽培の野菜を育て、自給自足で回るようなシステムにし、少なくとも都市の中では生き延びられるようにシステム化されました。
それから数十年経過して、やがて、都市でも限界が来ます。
全てのシステムが老朽化し、再生がうまく回らなくなっていきます。
いきなりすべてがストップするほどではないのですが、だんだんと水耕栽培の野菜の収穫も減少していきます。
このままでは、都市もまた少しづつ人数が限られ、生き延びることが出来なくなっていく。
兄弟の片方は、透明なドームの窓から、森を見つめます。

あそこに自分の兄弟がいるはずだ‥
森は完全に消えてはいない、しかし…
何か食べられるものを、森に残った人たちを生き延びさせるまでの果実の生る木や野菜はなかったはずだ。
皆死に絶えているだろう‥
そう彼は考えます。
しかし…
自分たちもまた、都市の衰退とともに死にゆきつつある。
どうにかして、生き残りを図りたいが‥
限界がくるのを数えつつ、果てていくしかないのだろうか…
彼は、様々な解決法を試しつくして、もう…
方法はないように思えているのです。
どこか他の国へ?
いえ、世界中がこのようであるのです。
人類が3分の一?とんでもない!
10分の一、いるでしょうか…

ところがその彼の苦悩する思念をキャッチした者がいます。
ある夜、苦悩する彼の透明なドームにおおわれた部屋の中に、男性が出現します。
それは、彼の失われた兄弟でした。
兄弟は、森の中で、食べ物を食べなくても生き延びられるものに変身していました。
そして、超能力のようなものを身に付け、ドームの中の兄弟の部屋に、テレポーテーションで現れたのでした。
兄弟は、言います。
「食べ物は必要ないんだ。」
そして、森の人々の生き残る方法を伝授するという場面です。

現在でも、食べない人々、というのはいます。
amazonで検索すると、そういう人たちが本を書いて出版しているのがわかります。
一人や二人ではなく、複数いるのです。
人間は、本当は‥
食べ物を必要としない生き物だったのかも知れません。
それが、私が見せてもらった可能性ある地球の未来でした。
地球は人間をもう…必要としていません。
そして人間もまた…

ほら…呼びかけが聞こえるでしょう?
もう引っ越しの時間だよ、って言っているよね。
父ちゃんはもうトラックの運転席にいて、早くみんなを呼んで来いって言っているよ。
母ちゃんは、最後の荷物を荷台に乗せ、ねーちゃんや弟を呼んでおいで、って言っているよ。
みんな集まったら、宇宙船のようなコロッセオのような集合体に天蓋が出来、他の集合体とつながって飛んでいくのよ。

この物理的宇宙で、自分を裏返して新しい宇宙のバブルを作りたいって思う者もいるよね。
その願いは叶うよ。
だけど、私たちの集合体にはいない…
もう、あきちゃったもんね…
似たような宇宙をこれ以上増やしても意味ないじゃん…
数えきれないだけあるんだから。

モンロー氏の表現によると、それは35世紀に起きることであるようです。

これで、このシリーズは終わります。
このブログで言いたいことは、言いつくしました。
このシリーズだけが、私にとっては重要でした。
消えないように他のブログでも同様にアップしています。

もう一つ、言えることがあります。
それは、この世界では、意識が、考えが世界を作っていくというのは、本当であるという事です。
もし、それが自分の望むような世界ではないとしたら、
集合体としてみると、それは本当に実現したいと望まれていることではない、ということ。
ある段階に達したら、みな地球を卒業していきます。
そして、新参者がやってきます。
卒業生が卒業せずに残ってくれたら、世界はあっという間に変わるでしょう。
しかし、新参者たちは、体験することにいっぱいいっぱいで、受信して吸収することだけでいっぱいいっぱいなのです。
変えたいとは思うことはあっても、実行しない。
政府にも、地方自治体にも、電話一つしないのはそのためです。
本当は、変えたいと思っていない。
だから変わらないのです。

そして、この世界をデザインするのが楽しくてたまらない少数派の者たちがいる。
その者たちがデザインする。
それを体験することだけでいっぱいいっぱいなのです。
本当は‥
この世界は、いくらでも思う通りに変えることができるのに…

ビジョンを描くものが世界を作る。
懸命に熟考するものが、形あるものをデザインする。
実行する者のみが、形あるものを形成する。

では、みさなん、お元気で…
また別の次元のどこかでお会いしましょう。

「エイリアンインタビュー」その165検証とその先へ、モンロー研究所(その先へ・究極の旅)

2018.10.02.21:57

9af73cdc045dbb2643f2922cf3dd09e4.png
39e13879cfdf40f874db477b96391a55.jpg

^^^
8b47d.jpg


165です。

ここではっきりさせておく必要があるが、死と言う転移をすんなりと受け入れ、フォーカス23にとどまらずに先へ進むことが出来る人も多いのだ。
それは、自分であらかじめ死に備えたり、他人から心の準備をさせられたりしていたために、地球の生命系とのつながりを簡単に断ち切れる人たちだ。
こういう人たちは、フォーカス23は自発的に通過し、フォーカス24から26、27、あるいはもっと先へ進んで行くのだ。

フォーカス23の住人たちは、人類そのものと同じくらい多様性に富んでいる。
「救出」に当たったものが知りえた範囲でも、世界中の人が含まれているらしい。
200年も300年も「待って」いる人は少なくて、大体がごく最近、ここ20年か30年の間に、肉体を失った人たちだ。
大多数は天災や人災で死んだ人たちで、突然死が多い。
大部分は進んでそこを離れる気持ちになっているが、中には愛する人や身内や仲間のことを心配して、再会して安心するまではどこにも行かない、と言う人もいる。

参加者が出会った人々を、報告から拾い出してみよう。

交通事故で死んだ数人の若者、のどに食べ物を詰まらせて死んだ45歳の男性、エイズによる合併症で死んだプラハ出身のクラッシックのピアニスト、地雷を踏んで死んだカンボジアの母親と二人の子供、ナイジェリアのビアフラ州で飢餓のために死んだ大勢の赤ん坊、湾岸戦争で戦死した兵士たち、死産だったミルウオーキーの赤ん坊、薬の飲みすぎで死んだ10代の少女、などなど。
なかには、かなり詳細な情報が得られる場合もある。
参加者の一人が出会ったのは、1922年3月22日生まれで、1972年3月15日、ユタ州オグデンで没した女性だった。
自分の名前と、夫と3人の子供の名前を教えてくれたという。
もう一つの例は、先に言及したプラハ出身のピアニストだ。
名前も、28と言う年齢も明かし、両親と暮らしていたこと、パリのコンセルヴァトワールに学んだこと。
そして病院で死んだことまで明かしたという。
3つ目の例は、57歳のグラフィックデザイナーの女性で、名前はわかっている。
1991年12月に、アリゾナ州スコッツデールの病院で、バイパス手術中に心臓麻痺を起こして死んだという人物だ。

「救出活動」をしているとき、参加者はまったく恐怖も感じないし、ふつう感情に動かされることもない。
例外としては、身内や愛する人に出会ったり、見つけた相手が自分自身の失われた一部であると気づいたりするときに、感情的になることはある、
報告書の抜粋を引用してみよう。

「体験中に、フォーカス23で、光のプールの中にいる3歳の幼い男の子を見つけました。この子の他には誰も見えませんでした。
この幼児を見ていると、苦痛のような感情、痛みを感じるのです。その子を連れていこうとすると案内役が、感情などと言うものは一切不要なのだよ、と言いました。
案内役と私とで子供を救い上げると、達成感のような、家に帰り着いた時のような感覚がありました。
まるでもう一人の自分がようやく安らぎを得た、といった感じなのです。
その子が面倒をみてくれる者たちに連れられて行ったとき、これで大丈夫だ、何もかもすっきりうまくいったのだと悟りました。
プログラムのテープを体験してから、ものごとが180度違って見えてきました。私は少しづつ、自分のすべてを取り戻しつつあります。」
ヴァージニアビーチ在住、ジョン・A・ベイラー

参加者が体験を終えて通常の意識状態に戻った時に、感情が一気にあふれてくるというのは、よくあることだ。
2度と会うことはないと思っていた愛する人と再会した衝撃や、フォーカス23にいる人の悲しみや絶望に対する反応が、遅れて襲ってきたりするのだ。
しかしプロセスに慣れるにしたがって、反応は自然になってくる。
この幼い子供は交通事故で死んだのだ、とか、この母親は2人の幼い子を残して先だったのだ、とかいうことも次第に受け入れられるようになるのだ。
報告を見ても、不幸や悲劇に関する言及はほとんどない。
そしてフォーカス27では、何もかもがあるべき姿になり、存在する唯一の感情は「愛」なのだ。

以前からわかっていたことだが、事故や病気で、いろいろな障害や怪我を負った人たちも、フォーカス27に来ると完全に回復するのだった。
ある報告でふれられていた男性は、母親が妊娠中にサリドマイドを処方され、足が未発達のまま生まれた。
彼は35年ほど生きたイギリス人であり、その薬がイギリスで使われだしたのは1958年のことだ。
フォーカス23では障害を負ったままだったが、フォーカス27では母の歓迎を受け、肉体の生ではありえなかった、元気で完全な姿を取り戻したのだった。

とはいえフォーカス23から連れ出された人がみな、フォーカス27まで到達するわけではない。
少なくともすぐには‥
信念体系領域へ入って行く者もあり、ただ消えてしまう者もある。
まだこの世とのつながりが切れていなかったり、自分の状態を完全には受け入れられないことに気づくせいかもしれない。
ある参加者は、子供を産むときに死亡した少女との出会いを報告している。
自分の赤ちゃんも死んでしまった事、その子の面倒を見るために残らなくてはならないことを伝えてきたという。
別の報告に、1990年10月に砂漠で餓死した9歳のアフリカの少年の記述がある。
少年は先に死んだ3人の弟と2歳の妹を見つけるまでは、フォーカス23を離れようとはしなかったという。
参加者がもう一度訪れてみたら、前には拒否していた人の心が動いていたという例もないわけではないが、それは非常にまれなことだ。

全く予期出来なかったのが、参加者自身のライフラインに対する反応だった。
恐らく反発はないだろうと思ってはいた。
特に、参加者はみなこれまでに少なくとも1回、たいていは2回以上のコースを体験しており、研究所の手法を熟知していたからだ。
参加者の反応については、直接引用するのが一番だろう。

「このプログラムは、私にとってたいへん素晴らしいものでした。というのも信念体系というのがいかに狭いものか、私達がそれに縛られて、いかに重要な事を知らずにいるか、理解することができたからです。
この1週間で、私は多くの点で成長し、視野が広がりました。今我々が現実と認識している「ここ」と「向こう」を隔てる、非常に薄いフェーズも、はっきりわかるようになりました。人生全体が違って見えてきたようです。」
ワシントン州在住、M・D・ロイ

「ライフラインから得ることができた最も重要な認識は、他人の中に自分の一部を見出せるのだということ。
そして、肯定的なものであれ、否定的なものであれ、そういう自分を認め、受け入れていくのが、私にとっての救出作業なのだということだった。
そんなふうにして、私の全体的自己が統合されつつあるのを感じている。」
メイン州在住、M・R

「学んだことのうちで最も重要だったのは、想像的領域にも、経験によって確認できる客観的現実性があるということだった。
そんな領域は、統合されていない個人的要素の隠喩にすぎないのだと、私は信じてきたのだが、何度か行った救出は、予想外でありながらも実に明確なものだった。
それゆえ経験によって私は、それを現実のこととして考え、行動したのだ。否応なく別の現実への道が開けてきた。
そうした中で私は、自分の母親を連れて行き、母と信念体系とに対する強い執着を断ち切ることができたので、素晴らしい解放感を得た。
並行して存在する意識を並行し処理しているモードも、敏感に感じ取れるようになった。
死とその先にあるものについて、今は非常に安らかに受け止められる。」
ニューヨーク州在住、S・B・P

「救出と救助」は、必ずしも他人への奉仕と言うことではなくて、むしろまず第一に自分自身に対する奉仕であって、それが他人の為にもなっていくものなのだとわかりました。」
アルバカーキ在住、K・L

「母の死に遭遇したときの気持ちは、かつてないような苦しみでした。しかしこの1週間で、母の死にまつわるあらゆる感情から、真の意味で解放されました。母も解放されたことと思います。」
アラスカ在住、S・C

「私の一部分はいま、フォーカス27にいます。死んだらどこへ行くのか、残りの人生を何をして過ごしたらいいのか、という疑問は解消されました。」
オレゴン在住、ビル・オークス

「いわゆる(向こう)というのは、必ずしも想像を絶する奇妙で不気味な場所ととらえる必要はない。
ほんのひとつフォーカスを隔てたところにあるのだから、少し認識をあらため、知覚を変化させるだけでいいのだ。」
カリフォルニア在住、E・K

「自分が真に全体の一部であるということが、初めて理解できるようになりました。」
フランスパリ在住、K・S・C

「この現実を超えたところでも、現実の中でも、精神的な能力を生かして人の役にたてるのだということを学びました。」
スペイン、セヴィリャ在住、C・S・Q

一人の女性参加者は、どんなふうに体験を自分のものにしたかを明確に語っている。
ただしこの人は、1週間のプログラムの間に他人を救出することはしていない。

「バランスのとれた完全な事故が確立していなければ、ちゃんとした人助けは出来ないと思っているせいかもしれませんが、私はライフラインの救出作業を、自分の全体的自己のうち、何らかの理由で意識の外に追いやられている側面を再統合していくプロセスと受け止めました。
その側面と言うのは、前世の自分であったり、あるいは単に、私のエネルギーをせき止め認識を狭めてしまっていた、感情的な思考形態であったりしました。
フォーカス21から先の3段階の定義は、実際そこに行ってみて実にふさわしいものとわかりました。
フォーカス22と23はあらゆる混乱の源、フォーカス24と25は混乱を生む信念体系あるいは誤解の源、そしてフォーカス27は人の本質である純粋な光を与えてくれるところでした。
私は初めてフォーカス27に行き、自分自身の光を取り戻したことで、かつてなかったほど自分自身の影を直視できるようになりました。
今は新しい達成感、やうらぎ、調和を感じています。
多分次回は、充分にバランスもとれて共鳴できるようになり、混沌とした思考形態や暗闇にとらわれている人たちを手助けできるのではないかと思います。」
ニュージャージー州在住、ジュデイス・テイラー

研究所では、救出活動の体験をつづった報告書のファイルが、厚みを増し続けている。
報告されているのは、プログラム期間中のことだけに留まらない。
多くの参加者が、帰宅してからも、寝ているときなどに、活動を続行できることに気づくのだ。
またプログラムに参加する前から、そういう体験を持っていた人もいる。
そして体験していても思い出せない人も多いかも知れない。
こうして、実に素晴らしい報告が集まっている。
何とも強烈で、感動的な報告ばかりだ。
プログラム自体との関連がなければ、そういうリポートの多くは、幻想の領域に踏み込んでしまっていると受け取られるかもしれない。
しかし、それを体験した当事者にとっては、、完全に現実そのものなのであり、そうではないなどと納得させることは不可能なのだ。


次に引用する報告の抜粋は、ごく初期のころのプログラムに参加した人のものだ。

「フォーカス27で援助者・ヘルパーと合流して、23へ行き、誰かが来るのを待った。
誰も見つかりそうにないとあきらめかけたとき、小柄なアイルランド人の女性が私を見上げて声をかけてきた。
ー待って、待って!おいて行かないで!ー
女性はすぐに私の乗り物、3つつながったピラミッド型のエメラルド、に飛び乗ってきて、27へ向かう間中話し続けた。
到着して公園に降り立ったとき、名前はエリザベス・マクゴーワンだと教えてくれた。
肉体の人生が終わったことはよく承知しており、夫と娘の所へ連れて行ってもらえるのを待っていたのだ。
夫と娘はすでに27に来ていて、彼女の到着を出迎えた。
出身地はカウンティコークだと言ったが、私がうっかり逆さまにコークカウンテイィと言うと、彼女はしっかり訂正を入れてきた。
死んだのは1919年のことで、それまでお針子をしていたという。
夫はリチャード、娘は13歳くらいに見えたが、エイミーと言った。
もっと知ろうとしたのだが、3人ともいなくなってしまった。
次にどうしようかと迷っていると、なんと私の父が現れた。
予期せぬことで、心が動揺した。
それというのも、父が1985年に死んだとき、父と私の間には解決していない問題が山ほどあったからだ。
母が死んでから8年間、父は酒浸りの日々だった。
私も5年間は父の力になろうと努力したのだが、これでは自分までダメになってしまうと感じた。
最後の3年間は連絡もとらないままだった。
父が現れたとき、様々な感情が胸をよぎった。
特に強かったのが、愛、罪悪感、見捨ててしまったという悲しみの気持ちだった。
しかし父は、贈り物をくれた。
これからは一緒にいられるかと尋ねると、父はこう答えたのだ。
ー愛しているよ。だが、なぜここに来たのかを思い出さなきゃいかんな。焦点から外れないようにー
このとき、ボブが27を離れるようにと言う指示を送ってきたのだった。
様々な感情を抱いたまま帰還したが、父が許しと自由と愛をくれたということはわかった。
これ以上の贈り物があるだろうか?」
ヴァージニア州アーリントン在住、ジム・グリーン

アイルの別のレポートに、興味深い報告がある。
フォーカス23から27での出来事と、報告者が以前、病院で研修中だったときのエピソードとの間に、関連があったというのだ。

「初めて救出を試みたとき、フォーカス23で12歳くらいの女の子に出会った。その子は、最近、オハイオ州の病院で白血病で死んだのだと言った。
私は、君が他のレベルに移っていくのを手伝いに来たんだよ、と説明した。
飲み込んでもらえたようで、女の子は信頼して両手を差し伸べてきた。
私も同じく両手を広げたが、抱き合った瞬間、いきなり圧倒的な愛の感覚が私の全身を包んだ。
人生の中でも、ほんの限られたときにしか感じたことのないような至福の感覚だった。
すぐに私達は出発し、フォーカス27へ向かった。
27に着いてもう一度抱きしめ、さよならを言ったとき、ほんの束の間だったけれども、あの愛の感覚がまた感じられた。
その子が教えてくれた名前と住所が本当のものかどうか、確かめようとは思わなかった。
その体験が、計り知れないほどリアルで、意味深かったからだ。
それから間もなくわかったのだが、実は私は、25年間も放置していた問題に結末をつける機会を与えられたのだった。
ことの起こりは、私が医学生だった時のことだ。
私は白血病の少女と知り合いになった。
知り合いだった3年の間、少女は入退院を繰り返していた。
小児科の研修中だった私は、その日曜日、とても忙しい午後を過ごし、夕方になってカルテを書いていた。
そこへ少女がやってきて、話をしたいと言ったのだ。
私は、今は忙しいからダメだ、またあとで、と答えた。
少女は、一人で病室へ戻って行った。
だが少女は待ちきれなかったのだ。
それから間もなく、看護婦が来て、その少女が病室のベッドに横たわっていたことを告げた。
少女は死んでいたのだ。
ほんの少しでも時間をさいてやりさえすれば、世を去るとき、そばにいて力になってやれたのに…
少女は自分でも、そのときが迫っていることに気づいていたのだ。
結局、私は25年もしてから、もう一度、チャンスを与えられたというわけだ。」
ロードアイランド州医学博士、学術博士、A・L・ダールバーグ


次の報告は、ライフラインの時のものではないが、ある実験セッションで録音されたテープを書き起こしたものだ。

「夜です。ボートに乗って岩だらけの海岸に近づいて行く。
アイルランドの西海岸か、コーンウオールかも知れません。岩は鋭く切り立っていて、波が打ち寄せています。私は、ボートのすぐ上に浮いているのかも…。前方の岩壁に、割れ目か坑道のようなものがあります。
中へ入って行く‥怖くはないわ。壁は黒く濡れて光っています。
さらに曲がって、トンネルか狭い洞窟みたいなものの中へ‥中へ入りました。
壁に反射してくる光で、目は見えます…下へ降りていく‥頭上の岩に亀裂が走っている‥前に見たことのある子犬がいる。
長くて狭いトンネルです。
凄く狭い‥どうやってこんなところまで?
胸に岩の重みを受けたらこんな感じかしら?
怖くはないけれど、大きな岩の塊に押しつぶされているみたい。
坑道か何かの中で落盤にあうというのは、こういうものなのかも…
エネルギーが注ぎ込まれてくる…リラックスしなくては‥岩の中の狭い空間に閉じ込められたら、こんな感じかしら…誰かが左手を引っ張っているみたい…誰かいるのかな?
手探りしてみよう…そうだ、この人の名はグレゴリー…閉じ込められたところから、抜け出そうとしているんだわ。
私の左手の岩の下から、するりと出てくる。出られてすごくほっとしているみたい。
誰にも見つけてもらえないだろうと思っていたのね…歳は31歳…
この人は岩に上っていたのだわ。
そして潮が満ちてきた。
私と同じように、坑を見つけて、中へ降りて行った。
わかるわ、さっき、岩の圧迫を重みを感じたもの…落盤があって、閉じ込められてしまったんだわ。
この人…まだ手を握っている。
何なの?ブラック?
それが名字なの?
抱きしめてほいいって?ずいぶん長いこと閉じ込められていたのね…1948年からずっと…
どうしたらいい?
センターへ連れて行く?
でもどうやって…
センターのイメージを思い浮かべて、それに向かっていくんだわ。
この人もあそこなら落ち着けるし、面倒を見てもらえるでしょう…わかってくれたみたい。
今度は彼の方が先に立っている。
どこに行くべきか、わかっているのね…愛しているわ。
あなたは自由よ、もうどこへ行くのも自由よ…彼、行ってしまうわ…。
私もさっきより快適な場所に連れていかれる。
変ね…グレゴリーが行ってしまって、私もよそへ行くように言われたとき、彼が味わった恐怖が感じられた…彼が、洞窟に入って…死んだときに味わった恐怖が。
まるで恐怖が岩の中にしみこんでいくみたいだった。
本人が去って、恐怖も去って行ったのかしら…私をかすめていくのを感じたわ。
スリップストリームの中にいるみたいだった…さあ、もう戻らなくちゃ…。」
イギリス、ケンブリッジ在住、ジル・ラッセル


続き→

「エイリアンインタビュー」その164・検証とその先へ、モンロー研究所(その先へ・臨死体験)

2018.09.27.21:40

9af73cdc045dbb2643f2922cf3dd09e4.png
39e13879cfdf40f874db477b96391a55.jpg

^^^
8b47d.jpg


164です。

第18章   新しい方向


なすべきことがわかったところで、さらに疑問が湧いてきた。
私の経験してきたことを、どのようにまとめたら、他の人たちの理解が得られ、実行に移してもらえるだろうか?
それだけではない。
私が長年かかって経験してきたことを、どうしたら、実際的かつ適当と考えられる時間の枠内に凝縮することができるのだろう?
試行錯誤を重ねているわけにはいかなかった。
いま取り組もうとしているのは、文字通り、生死に関わる問題なのだから。
はじめから、可能な限り適切なものを用意しなくてはならない。
それに、私個人の身の回りに起こってきていることからしても、時間があまりないことは明らかだった。

しかし、私は幸運だった。
いや、単なる幸運というより、30年以上も前に、人間の意識に関する研究を始めたときに、すでに定まっていた計画が、いまになって完結したと言うべきかもしれない。
と言うのも私は、研究所のこれまでの蓄積を自由に利用することが出来たからだ。
研究所が長年にわたって示してきたのは、人々を生死の間にある境界まで導いていくことは可能だということであり、さらに、少なくとも一部の者にはその彼方を垣間見せることが出来る、ということだった。
その手法は安全であり、体験者はあらゆる点で、大きな利益をこうむるということが、疑問の余地なく立証されていた。

私の左脳は、二つの必要性を訴えた。
一つは、どんな周波数の脳波を音に変換して使えば、個人の精神、意識が境界を越えてゆき、目的を果たして無事に戻ってこられるように出来るのか研究すること。
もう一つは、肉体を去った人たちへの奉仕に関心を覚えるようなあらゆる人々に適する、効果的なプログラムを考案することだった。
というわけで、とくに親しい同僚たちと共に、私は仕事に取り掛かった。
一番簡単だったのは、プログラムに名前を付けることだった。
それは、ライフライン(命綱)と名付けられた。

第一回のライフラインプログラムは、1991年6月22日からの一週間、研究所で行われた。
それから14か月の間に、2百人余りが6日間の集中学習コースに参加した。
参加者は、医者、心理学者、エンジニア、研究者、管理職のビジネスマン、精神科医、作家、弁護士、教育関係者、セラピスト、音楽家、アーティストなど。
全員が、以前研究所の行ったプログラムを少なくとも一つは修了していたが、それはライフラインの参加者に課された必須条件だったからだ。
そのことを別にし、経験している意識の探求もそれぞれ異なっていた。
しかしそれでも、プログラムの終了までには、ほぼ全員が「レセプションセンター」すなわち、「公園」に行けると証言したのだ。
また多くの者が、死後の生を確信するようになったことを認めた。

(注!この公園ね…実は私も行っています…そこで誰かと待ち合わせをしていました。会ったのが誰であったのかは覚えていません。男性の後ろ姿でした。もしかすると先に亡くなった父や、祖父だったかもしれません。)

この結果には全く驚かされた。
このプロセスを教えることが出来るのが可能なのは明らかだった。
第一回のセッションの時には、報告された現象は、そのグループだけの特殊な例かも知れないと考えた。
第二回のセッションの報告も、やはり偶然かも知れないと思った。
しかし第3回目ともなると、実際これは有望かもしれないと思えてきた。
さらに十回もセッションを重ねると、疑いようもなくなった。
私たちの試みは、達成可能と分かったのだ。

ライフラインは、参加者個人がどんな信念、信仰を持っていても効果が得られるように作られており、経験によって直接、知識を体得できるようになっている。
これはあくまでも、「知る」ためのシステムであって、参加者の持っている信念、信仰がおのずと否定されてしまうようなことはない。
ニヒリズムだけは別かもしれないが。
このプログラムには目的がある。
その目的とは…

〇肉体の死にまつわるすべての恐怖を消し去ること。
〇異なる意識状態になじみ、そうした意識状態を、単なる信念ではなく「既知」のものとすること。
〇他の意識状態で活動している他の人間精神と、さらに交流し関係を深めること。
〇意識的、無意識的に得た知識を、肉体での思考や働きや活動と結びつけること。
〇肉体の生の終焉に備え、それがどんな形で訪れようとも、これほどの知識を得た人間の精神、意識は、何の障害もなく別の存在形式に移行するのだと確信すること。

これらの目的を達成するために、研究所で長年、開発、改良を重ねてきた手法とテクニックを発展させ、応用して用いることになった。
そうした手法、テクニックの極めつけが、「フォーカスレベル」と言う用語を使って、特定の意識状態を手軽にわかりやすく表示することだった。
それまでにプログラムは、参加者をフォーカス3(精神が脳と同調している状態からはじめて、フォーカス12(意識の拡張した状態)、フォーカス15(無時間の状態)、さらにフォーカス21(他のエネルギー系への接触が可能になる時空の縁)まで、導くことに成功していた。

(注!ここで語られているフォーカス21までを体験するコースが、初心者が受けるゲートウェイエクスペリエンスである。これを受けた感想は、以前に書いたとおりである。)

しかしプログラムの主旨である、死んだ人々への奉仕を行っていくためには、さらに先まで進まなくてはならない。
参加者のために、21レベルより先の意識状態も、似たような形で定義してやる必要があった。
参加者がそのレベルまで達し、そこでも落ち着いて客観的に活動できるようになることが望まれたからだ。
定義は以下の通りである。

フォーカス22
肉体として存在している人間も、このレベルでは断片的な意識しか持たない。
この意識状態には、薬物やアルコール依存による意識錯乱や、痴呆症が含まれる。
また、麻酔薬や昏睡状態の患者もここに入る。
この状態での体験は通常、夢や妄想ととらえられる。

フォーカス23
肉体を去ったばかりで、死を認識できず受け入れられなかったり、地球の生命系にしばられて自由になれないでいる人たちが、このレベルに存在する。
すべての時代の死者たちが含まれる。

フォーカス24~26
信念体系領域はここに存在する。様々な前提や概念を信じる、あらゆる地域の人間たちが、肉体を離れるとここに来る。
何らかの形で死後の生の存在を仮定する宗教や哲学も、この領域に含まれるだろう。

フォーカス27
中枢ともいうべき「レセプションセンター」あるいは「公園」と呼ばれる場所が、ここにあたる。
人間の精神が創り出した人工的な場所であり、肉体を失うことによって精神が受ける傷やショックを癒すために設けられた中継地点である。
多種多様な人々を受け入れるために、様々なこの世での環境が再現される。

フォーカス28
時空だけでなく、人間の思考を超えたレベルである。
28や、その先まで行っている者は、人間としての肉体に戻っては来ない。

ライフラインの訓練を受けている人たちは、これらの異なる意識状態に慣れ親しむようになる。
また各自が、好きな時に戻っていける自分だけの特別な場所を、フォーカス27の中に創るように勧められる。
そうした場所は参加者の多様性を反映して、それぞれに実にユニークである。
それはたとえば、静かな川辺の丸太小屋だったり、木立の中だったり、南洋の島々、水晶の宮殿から、「心の片隅」に至るまで、さまざまだ。

フォーカス27にある自分の場所に戻るには、個人的な識別信号、すなわち自分で選んで作り、その場所に刻みこむ印や記号の助けを借りることになる。
それは反響を利用した誘導装置のように、戻る道を示してくれるのだ。
参加者は、フォーカスレベルになれてしまうと、肉体を失い、助けを必要としている人たちを援助するための助言を受け入れることになる。
少しづつフォーカス27のフェーズに入っていき、そこでまず、自分自身のための援助と道案内を請うことが出来る。
それからフォーカス23に引き返すのだが、しばしば、案内や援助をしてくれるものと一緒に行くことになる。
フォーカス23では、助けなしには先に進めないでいる人のところに引き寄せられる。
それは、自分の肉体的な死を認めない人だったり、何か理由があって、肉体への執着を捨てきれない人だったりする。
参加者はそういう人とコミュニケーションをはかり、解放されて先へ進むようにと促す。
それがうまくいけば、うまくいくことが多いのだが、二人は連れ立って案内役ともども、フォーカス27を目指すことになるのだ。

その途中で滑り落ちて、フォーカス24から26までに位置する信念体系領域に入って行ってしまう人もいる。
そこには、信仰、信条を同じくする者たちがいて、歓迎してくれるからだ。
しかし、フォーカス27の「レセプションセンター」までついてくる人もいる。
そこでは、肉体の生を終えた愛する人たちが迎えてくれたりするのだ。
この段階まで来た人には、さらなる成長を目指して、次にどんな一歩を踏み出したらいいのか、相談する機会が与えられる。
その次なる一歩に関しては、いくつもの選択肢がある。
その選択肢を挙げると…

〇先に生死の境を超えていた、愛するものと再会すること。
〇まだ肉体的に生きているものと交流すること。
〇原初の自分(IT)との接触を取り戻し、そこに回帰すること。
〇もう一度、別の人生を送るために、「この世」へ戻ること。
〇同じ信念を持つ者たちに出会い、議論すること。これによって、その信念体系領域へ入っていくことになるかもしれない。
〇一時的に「救出活動」に携わること。
〇別の場所で、この宇宙のどこかで、別の、人間以外の生命形態をとって、生きてみること。
〇意識連続体に属する、別のフェーズを研究し、探索すること。

これらの選択肢のうちどれを選ぶかが決まれば、その人は、選んだとおりに自由に進んで行くことが出来る。
このプロセスについて、言及しておかなくてはならない点がある。

私達はライフラインの参加者に、自分の救助する相手から得られる限りの情報を引き出すように求めるということだ。
つまり名前や年齢、住所、出身地、死亡日時と死因、交通事故、病気、天災、戦争など、また職業等重要と思われる事項なら何でも調べるのである。
コミュニケーションは一般に、非言語的な手段で行われる。
とくに、ロート、思考の玉によることが多い。

首尾よく完全な情報が得られたときには、あとで研究所の「ライフラインリサーチ部」に伝えることになっている。
その情報に関する確認作業を行うためだ。
これまでのところ、検討に値する情報が得られたという実績はほとんどない。
というのも、救出の最中に、このような堅苦しい質問を相手に投げかけるのは難しいことが多いのだ。
しかし、はっきりと確認できる情報も少しなら得られている。
同じ名前の人物が、何歳の時、どこでどうして死んだのか、確認するのだ。
だが、参加者のほとんどは、そんなことはどうでもいいと考える。
プロセスの現実性を確信しきっているので、そんな確認作業には興味がわかないのだ。
しかし、研究所にとっては重要な問題だ。
もっとも、いずれ20か30の実例が確認されれば、それ以上の実例探しはほとんど必要なくなるはずだが。

ライフラインプログラムの参加者は、フォーカス23で、死んでから間もない身内や友人に出会うことがある。
しかも、お互いに相手を確認できるのだ。
そうなると、感じ方が大いに変わってくる。
見知らぬ人ばかりの部屋に入っていくのと、部屋に入ってみたら思いがけなく兄弟や姉妹がいたというのでは、全然気分が違うようなものだ。
相手を知っていたらすぐにわかるし、交流に伴ってエネルギーが励起される。
参加者はまた、会ったこともない人に引き付けられることも多い。
異なる文化、異なる時代に属する、あらゆる年代、人種、信条の人たちだ。

しかし多くの参加者が驚くのは、他人の救出に関わりながら、実は失われていた自分自身の一部も同時に救出していたのだと気づく時だ。
フォーカス23にとどまっていた前世の自分が現れることもある。
また、フォーカス24から26にある信念体系領域に浸っていた自分が、次第に疑いを覚えるようになり、いわば、「割れ目から滑り落ちる」ようにして、その信念体系から抜け出てくることもある。
さらにまた、現世の自分の人格の断片、すなわち核自我から分離した、分離させられた側面が現れることもある。
たとえば、家庭内で肉体的、精神的な虐待を受けて、心の傷を負った子供時代の自己が、その苦しみから解放されて、再び他の自分と合流しようとする、といった類だ。

フォーカス27で請うことのできる「案内」というものは、参加者の報告によれば、様々な形をとって現れるらしい。
それは、外的なものに見えたり、内的に感じられたりする。
全ての経験を通じて一貫しているかと思えば、時に応じて変化することもある。
報告にあらわれてくる例を挙げれば、「光を放つ白いもの」「サム」と言う名の人、実は有名な映画スターだというフードをかぶった人物、子犬、青い色、人間の手、「ここにいるよ」と言う人々の声。といった具合だ。
参加者の中には、そういう案内をどうしても自分自身と分けて考えることができない、と言うものもいる。
ある報告を引用すれば、つまり「案内役と私は一体だ」ということだ。


続く→

「エイリアン インタビュー」その163・検証とその先へ、モンロー研究所 (その先へ・臨死体験)

2018.09.15.20:51

9af73cdc045dbb2643f2922cf3dd09e4.png
39e13879cfdf40f874db477b96391a55.jpg

^^^
8b47d.jpg


163です。

次に焦点を定めたのは、ディックに出会った場所だった。
ディックは優秀な医者で、若いころニューヨークで付き合っていた友人だった。
死後に出会った彼は、広い部屋で数人の男たちと深い議論を交わしているさなかで、こちらに気づいたしるしに、ただ手を振ってよこしたのだ。
歳は死んだときの、半分くらいの若さに見えた。

私は、あのときの大きな部屋に、簡単にたどり着くことができた。
驚いたことに、そこは無人ではなかった。
ビジネススーツを着た、いかにも普通の男性が二人、テーブルの脇で気軽な話をしていた。
私は用心しながら近づいて行った。

「すみませんが、ディックゴードンのことを、何かご存知じゃありませんか?」
二人は振り返り、目を丸くして私を見つめた。
背の高い方が口を開いた。
「申し訳ない、誰かが来るとは思っていなかったもので。お座りになりますか?お疲れでは?」
「いや、大丈夫です。私はただ…」

「待てよ。ジョージ」
もう一人が遮った。
「この人は違うぞ。見ろよ!」
二人はよくよく私を検分した。
ジョージが首を横に振る。
「あなたはまだ、生きている肉体を持っているのですか?」
私は躊躇した。
「はあ、まあ、そうなんです。でも…」
「それに、夢を見ているんじゃないってこともわかっている。」
「ええ、そうです。私は今…」

「すごい!」
ジョージは手を伸ばして私の手を握り、強く振った。
「あなたのような人のことは、話に聞いていたけれど、会うのは初めてですよ!どうだい、フレッド?」

「しかし、ここはいったい何なのですか?」
答えたのはフレッドだった。
「ある人たちが、死後やって来る場所だよ。時には、いくらか手助けが必要だけど。たいていは、こんな場所があるなんて知らないんだから。」
「どんな人たちが?」
「医者の類だよ。内科医、外科医、その他もろもろ。」
「なぜ、ここに来るんですか?」
「大きな変化のあとで、落ち着きを取り戻すためです。」
ジョージが説明してくれた。
「特に医者ってものは、患者を生かすことにかかりきりになってきたわけだから、ショックも大きいんですよ。でもなじみ深い環境の中なら、すぐに回復する。ご覧なさい。」

言われて気づいたが、私がいるのは典型的な医者のオフィスだった。
椅子とコーヒーテーブルがあり、古い雑誌の積み上げてある待合室だ。
ガラスの窓越しに、看護婦のデスクとファイルキャビネットが見える。
開け放ったドアの向こうには、机と椅子のある部屋、さらにその奥には、診察台や秤や他の器具のある部屋が見えていた。

私は二人の方に向き直った。
「誰がここを作ったんです?あなたたちですか?」
「わからない。」とフレッドが答えた。
「僕らが来た時には、もうあったからね。これはただ、医者の心を変化に適応させるために創られた作品なんだ。とてもなじみ深い。だから役に立つんだがね。」
「ここにいるのは、あなた方だけですか。」
「少なくとも、数百人はいるよ。人を迎え入れるエリアだけでもね。ここにとどまって、手助けをする係なんだ。四六時中、出たり入ったりしている。」

私はジョージの方を見た。
「あなたは、どうやってここに来たんですか?」
「ああ、(公園)に座っていたら、このフレッドがやって来て横に座ったんですよ。それで…どうしました?大丈夫ですか?」

ジョージは、私の顔に浮かんだ表情を見たに違いない。
記憶が波のように、私の心に押し寄せてきたのだった。
(公園)だって!
何年も前に、その(公園)に行ったことがある。
しかしなぜ、どのようにして、そこに行ったのかは思い出せない。
10人かそこらの男女が私を迎え、優しく声をかけてくれて、私がどこにいるのか説明してくれた。
あれは、肉体の死による心の傷をいやす場所だったのだ‥
休憩して、次にするべきことを考えるための中継地点だったのだ。
あの(公園)だ!
やっとのことで、口がきけるようになった。

「大丈夫です。教えて下さい…その(公園)はどこにあるのですか?」
答えてくれたのはフレッドだった。
私を見つめる表情は穏やかだった。
「それがあなたの探していたものなんだね?」
「わからない。でも、そうだと思うんです。」
フレッドは後ろにあるドアを示した。
「外に出て、左に曲がって、道なりに森を抜けて行くんだ。遠くはないよ。」

感謝の気持ちがあふれてきた。
「ありがとう‥二人ともありがとう。また会うかも知れませんね。私は医者じゃないけれど。」
ジョージは、私の肩をたたいた。
「機会があったら、またいらっしゃい。一人で寂しくしている医者に出会ったら、一緒に連れてきてくださいよ。」

私は外に出て、左に曲がった。
確かに森があって、大体は種類のわかる高い木々が茂っている。
小道は木々の合間を縫って続いており、私はそれをたどって行った。
先を急ぎたい気持ちはやまやまだったが、走らず歩いていくことにした。
足の裏に踏みしめる木の葉と草の感触が、なんとも心地よかった。
私は素足だった!

歩いていくと、そよ風が頭と胸を撫でて吹き抜けた。
感じる!
素足の感覚があるのと同じように、風も感じ取れるのだ。
道の左右にはオーク、ポプラ、ヒッコリー、プラタナス、栗、松、杉の木、さらには場違いなヤシの木や、私が存在すら知らなかった木まで生えていた。
花の香りが、芳醇な土の臭いと混じりあって、えも言われぬ素晴らしさだ。
匂いも感じられるのだ!

そして鳥たち…半分は見たこともない種類だ!
歌い、さえずり、呼び交わし、木から木へ飛び回っては、すいすいと道を横切る。
何百羽もいる。
そうだ、音も聞こえる!

私は驚嘆して、歩調をゆるめた。
手…そうだ、また肉体の手だ。
その手を伸ばして、かえでの低い枝から葉を一枚摘み取った。
生き生きとしてしなやかな感触。
口に入れて噛んでみる。
汁気があって、まさに子供時代に味わったかえでの葉そのものだった。

不意に私は、何が起こったのか悟った。
恐らく…今も起こり続けていることだ。
これは、人類の創造なのだ!
この道を歩いた大勢の人たちが、自分の好きな鳥や木々を創り出して、この森に付け加えてきたのだ。
この森は生きている‥生命ある創造物だ、人間に創造された被造物なのだ!
これは、地球の生命系での通常の繁殖の形をとってはいない。
地球の生命系は、人間に創造されたわけではなく、「他の何者か」の着想と計画によるものなのだが。

私がこの探求で目にしてきたものは、みな同じように、人間の精神、意識の生み出した創造物だったのだ。
医者の天国も、アグニューの道具も、父の療養室も、チャーリーの海辺の小屋も、そうだ、思いだした。
かつてチャーリーは、あれをどうやって作ったか、見せてくれたじゃないか!
何もかも、人間の創り出したものなのだ!
「基本」だ!

私達を創った創造主の存在は知っているけれど、実は私達はみな、同じ型から生まれた創造者なのか?
これまで何気なく考えてきた私の核自我とは、「原型」からとられた小さな複製、クローンのようなものなのか?
一部しか表現できないこの発想を、私達は、どこまで受け止めきれるだろう?

現実性を立証しようとでもいうように、大きなオレンジ色のオウムが私の肩に飛んできて、さえずり、そして手の中に白い落とし物を残して飛び去った。
私は笑いながら、親指と人差し指で、その温もりと粘り気を確かめた。
まったく、本物だ!
歩き続けながら、この森にはどれくらい人間の創造した動物の友がいるのだろうと考える。
そのとき、道が曲がって、木立が途絶えた。
目の前に、公園が広がっていた。

ずっと昔に訪れたときと変わっていない。
うねるように続く歩道、ベンチ、花々と植え込み、色の違う芝生、堂々とした木立、小川と噴水、頭上には小さな積雲に囲まれた暖かな太陽。
ゆるやかな起伏が見渡す限り続いている。
スロープを下り、一番近いベンチに向かって歩いて行きながら、どんな人間の精神、あるいは人間たちがここを創ったのだろう、と思いをめぐらせた。
いやしき人間の創ったものとは思えない壮麗さだ。
だがそれでも、ここはそのようにして生まれたのに違いない。
昔ここを訪れたときには、そんなことは思っても見なかった。
そうだ‥思い出したぞ…わかったぞ!
何故ここだったのか。

私が近づいて行くと、一人の女性がベンチから立ち上がった。
中背ですらりとした肢体に、褐色の大きな瞳、緩やかに波打つ、肩にかかるダークブラウンの髪。
なめらかでいくらか日焼けした顔は、東洋風でもあり、中東風でもあり、ヨーロッパ風にも見えた。
黒っぽいスラックスに、腰を覆う丈のジャケットと言ういで立ち、年齢は、35歳から50歳くらいの間で何歳ともとれる。
親しみを感じる女性だ。
…前にどこかで会ったことがある。

「とうとう来たわね!お帰りなさい、アシャニーン。」
アシャニーン…私の名前だ、別の生を生きていたときの名前だ。
それだけで、この女性のことが随分わかる。
手を握ると、本物らしい感触があった。
女性は私をベンチのことろへ誘い、私たちは腰をおろした。
他にも歩いている人たちがいた。
皆大人で、様々な服装をしている。
私たちを興味深げに見る者もあった‥なぜだろうと思ったが、どうやら私とその人たちとでは、私には感じとれない外見の違いがあるらしい。

女性の目を見ると、また微笑みが返ってきた。
記憶の片鱗が立ち戻ってくる。
「君の来ている上着は‥」
「あなたがこの前ここに来た時も、これを着ていたわ。思い出す手助けになるかと思ったのよ。」
私は頷いたが、記憶はまだ朧気だった。
前に来た時に会った、10人くらいの人たちのうちの一人であることは確かのようだ。
女性を見ると、また微笑んでいる。
私の心を読めるのか?

「もちろん読めるわ。あなたも私の心を読めるでしょう。」
「君は誰なんだい?」
「私はただのメッセンジャーよ。肉体的に死んだばかりの人たちを、ぜひともここに連れてくるようにと、あなたに伝えるのが役目。そういう人たちを、私達がお世話できるようにね。それが私達の働きだから。このことを、他の人にも教えて欲しいの。」
「そんな奇妙なことを、どうして教えられると思う?」
「あなたなら出来るわ。すでに始めている人も随分いると思う。あなたはそういう人たちが、思いだす手助けをするだけでいいのよ。そうすれば、全く客観的に、肉体の死の恐怖を取り除くことができるのだから。」

「そうして死後も生き延びるということを教えるんだね。」
「その通りよ。」
「そうしたら、実はたくさんの選択肢があるということにも、気づいてもらえるな。」
「あなたも気づいていない選択肢だってあるのよ、アシャニーン。それとも、ロバートって呼んだ方がいいかしら?」
「ロバートかボブにして欲しいな。肉体での友達はボブと呼ぶんだ。アシャニーンなんて名前を聞いたら混乱するだろうから。」
「その古い名前のあなたを知っているお友達もいるんじゃないの。」
「そうじゃないかと言う気はしてきているよ。ところで、君の名前を思い出そうとしているんだが。君は‥奥さんだ‥イレオンの…そうだ、イレオンの奥さんだな!」
「連れ合いと言った方がいいわね。」
「君の名前は…ネヴィセだった。」
「よくできました。」

「じゃあ、少し教えてくれないか。私の訪ねた、あの友人たちのいた場所…あれは、ここの延長に過ぎないのか?」
「そうよ。でも、強い信念を持っっている人は、その力に促されて、信念の導くところに行くことになる。同じ信念を持つ人たちが待っていて、彼らを助けるのよ。それはそれで、好きにさせてあげればいいの。そこが、その人が属する場所なのだから。」
「でも、これはみな…これは、信念の一つじゃないんだろう?」
ネヴィセは笑った。

「普通の意味ではね。信念は関係ないのよ。大事なのは経験だけ。ここはただ、不安を和らげるような、なじみ深い環境を提供するだけのために創られているんだから。」
「この場所は、じゃあ…?」
「あなたが何を考えようが信じようがおかまいなく、ここに存在するし、存在し続けるでしょうね。その存在を信じなくたって、消えてしまいはしないのよ。」
「誰が創ったんだい?」
「何千年も前の、人類の文明よ。その人々は、はるか昔にいなくなってしまったけれどね。ほかにもまだ、知りたいことはある?」
「私の言葉でいうところの、いわゆる自分のITに帰りたいと…帰らなくてはと…ただただ願っている人たちについては、どうなんだい?私の言いたいことはわかるだろう?」
「ええ、わかるわ。ここを立ち去る人たちは、たいていそれを目指していくのよ。」
「じゃ君たちは、我々がここに連れてくる人たちを落ち着かせて、次に何をしたいのか考える機会を与えるってわけだ。」
「その通りよ。どういう可能性があるのか、教えてあげるの。公園は、出発点に過ぎないから。住人たちが創り出した小さな場所を全部見たら、きっとびっくりするわよ。」
「何か決まりはあるのかい?」
「一つだけね。あるものに当てはまることは、別のものに当てはまらないってこと。」

「いろいろありがとう。私には、たくさんやることがありそうだな。」
「思ったより簡単に出来るはずよ、ボブ。」
「この知識…この場所について…死んだら来ることになる、この場所について知ったら、どこでまた会えるのか知ったら…究極の自由が得られるな!」
「そうね。‥帰還信号が来たんじゃないの?」
「ああ、ここには学ぶべきことがまだまだある‥でも、行かなくちゃ。もう一つだけ質問があるんだけれど…」
「聞く必要はないわ。創造のプロセスは、人間である私たちにとって、すでに既知のものよ。その成果は、もう見てきたでしょう。だからあなたのお父様は、実際にご自分の部屋を創れたのよ。」
「聞く必要はなかったな。タ・ナ・セン!」
「思い出したのね。10万年以上前の、さよならの挨拶。タ・ナ・セン!」

いともたやすく、無事に帰還することが出来た。
まったくやるべきことが山ほどある。


続く→


(注!みなさまは、どうでしょう…?ちょっと衝撃を受けられたかもしれませんね。
そして、微かに、公園の記憶がよみがえる方もいたかもしれません。
どうであれ、信念体系に行ってしまわなければ…このみんなが集まり、助けを得られ、次にどうするかじっくり考える場所であるこの公園に、誰もが、行くとこが出来るわけですね。
これを読んだ時点で、IS・BEとしての記憶の奥にしまい込まれます。
万一、急な事故で死んだとしても、必ず救援者はやってくるし、私達が心を落ち着けて、次を考え、また先に行ったものと落ち合うことのできる場所がちゃんんとある‥
と言う知識は、なんとも心強い‥と言えるのではないでしょうか。)

(注!もう一つ、ここに書かれていることを真実と仮定した話ですが‥人間の文明の歴史では、10万年以上前のホモサピエンスは、ほぼ石器時代で、文明はなかったと思われています。とすると、人類の文化というものは、実際どうだったんでしょう?興味深いですね…)


「エイリアン インタビュー」その162・検証とその先へ、モンロー研究所 (その先へ・臨死体験)

2018.08.22.23:21

9af73cdc045dbb2643f2922cf3dd09e4.png
39e13879cfdf40f874db477b96391a55.jpg

^^^
8b47d.jpg


162です。


第17章    さらなる仕事


死後の生というテーマに関して、地球の生命系の範囲内で得られるわずかな情報は、出来る限り検証してしまったので、あとはもう一度、個人的な記憶のストックを調べてみるしかないと思った。
私の探求は今では、死に備える保険のようなものになっていた。
自分の個人的な状況を見れば、必要が切迫していることは明らかだった。
想像するほど難しくはないと、核自我は告げている。
それに励まされて、私は探求を開始した。

私のよく知る人のうちで、その肉体の死後になって、私が体脱中に接触した人たちが何人かいる。
私の父もその一人だ。
脳卒中の後遺症で1年間散々苦しんで死んだ父は、私が見つけたとき、窓がある小さな部屋にいて、病気も良くなった様子で、暖かく声をかけてくれた。
他の一人は、エンジニアだった友人のチャーリーで、心臓発作で亡くなったのだが、私が見つけたときは、海辺の小屋にいた。

(注↑このチャーリーの話は、BBと共に遊びに行った話を以前に書いていましたね。)

パイロットで研究仲間だったアグニューには、その命を奪った墜落事故から何か月かしてから、研究室らしきところで出会った。
新しいプロジェクトのことで、興奮しきっている様子だった。

そして医学博士のディックは、胃がんで亡くなったのだが、若返って元気そうな姿で、オフィスのような部屋で、他の二人と話をしていた。
ちらっと母にも会ったが、それは体脱中ではなかった。
私が車で出勤する途中、不意に助手席に現れたのだ。
母がオハイオ州の病院で亡くなって、2~3分後のことだった。

他にも何人かいるが、本当によく知っていた人はこれだけだ。
この人たちについて考えてみると、私にわかる範囲でだが、興味深い事実が判明した。
この中には、死後について、凝り固まった考え方をする人は一人もいなかったのだ。
だが、彼らはどこへ行ったのだろう。
どうやってそこへたどり着いたのだろう。
長い間、私はその答えを追及せずに来てしまった。

考えていて気付いたのだが、両親が私に、鉄壁の信念体系を強制したことは皆無と言ってよかった。
地獄の火も硫黄もなく、悪魔も天使もなく、死後の世界について説教することもなかった。
ただ、自分のことは自分で決めるようにと言うだけだった。
両親も私も、そういう教育態度がいかに大切か、当時はわかってはいなかったのだが。

この人たち…それぞれ地球の生命系を去ったのち、私が出会った人たちは、いったいどうなったのだろうか。
私は夜ごとの体脱活動で、それを追求しはじめた。
午前3時ころ、2回の睡眠サイクルの後、完全にくつろいでリラックスした状態になる。
回転して肉体から抜けると、あっという間に肉体の側に暗闇にいた。

(注!ここで語っている・回転して肉体から抜け出る‥だが、私もこの方法を使った。ブルースモーエンが詳しく解説していて、体育でする前転後転に似たやり方で、肉体に唸りが生じているとき、例えば金縛りのような状態のときは特に抜け出やすかった。もういまは出来ない…継続して練習し続けていないとできなくなる。)


それから一瞬後には、Hバンドの縁まで来ていた。
Hバンド騒音を避けて、死にまつわる凝り固まった信念を持たなかった、あの親しい友人たちを探し始める。
まず心に浮かんだのはチャーリーだった。
軽くクイックスイッチ法でフォーカスすると、私は、チャーリーが自分で作り出した非物質の海辺の小屋に来ていた。
まるで静止画の中にいるようだった。
砂浜は普通に見えたが、小屋は空っぽだ。
雲は空に張り付いて動かず、太陽も止まったまま。

潮風もない。
チャーリーがいなくなったせいだ。
彼がいたら、すべては動いていたはずだ。

そこで私は、異常なことに気づいた。
足の裏に砂の感触があるのだ。
下を見る。
足があるぞ…素足だ。
指を曲げて砂に潜り込ませてみる。
全く自然な感触だ。
横を見ると、草地があった。
そこまで歩いていき、ふわふわ浮かんだりせず…草地を踏みしめてみた。
本物の草と変わらない。
かがんで1本摘み取った。
そこで遅ればせながら、手もあることに気が付く。
草を口に入れ、噛みしめてみる。
味も歯触りも本物だ。
生え育つ草そのものだ。

私の知っているチャーリーが、こんな風に生物を創り出せるとは思っても見なかった。
しかし、ここには、厳然たる証拠がある。
おまけに、私まで自然に肉体の形をとってしまうなんて、どう考えても普通ではない。
チャーリーは、いったいどんなエネルギー場を生み出したというのだろう。
信念体系ではないことは確かだ。
こんなものに出会うなど、予想もしていなかったことなのだから。

ゆっくり慎重にそこから遠ざかってみると、私の肉体感覚は薄れて行った。
「位置」を確認すると、そこはHバンド騒音の障壁のすぐ内側で、Mフィールドのスペクトルのうち、人間による放射の帯域であることがわかった。

それから何週間もの間、チャーリーがどこへ行ったのか探し続けた。
しかし、いくら頑張って探しても、手がかりはどこにも見いだせなかった。
次に行方を捜すことにしたのは、私の父だった。
卒中の発作のせいで、父はまる1年もの間ひどい苦痛に耐えていたが、死ぬまでその苦しみを人に伝えることが出来なかった。
そのことを知ったのは、以前、死の直後に父と出会った時だった。
あのとき病の癒えた父に出会った部屋は、今度も簡単に見つかったが、半ば予想していた通り、父はいなくなっていた。

部屋は空っぽだった。
しかし、手を伸ばすと壁に触れることが出来た。
何だって私は、いきなり手を物質化したのだろう?
壁はざらざらしていて、コンクリートかレンガのようだった。
私の知る父は、こんなものを建てられたはずはない。
となると、思ったほど父を知らなかったということか、さもなければ、誰か別の者がこの部屋をつくったのか、ということになる。

ゆっくりとその小さな部屋の上に出てみると、私の感覚は純粋に非物質なものに戻った。
Hバンド騒音の波がさほど遠くないとわかっても、私は驚かなかった。
それから努力してみたが、やはり父の行方は突き止められなかった。
父もチャーリーも地球の生命系に戻ったのか?
それとも、ITの救助者が連れ戻しに来たのか?
あの部屋も小屋も、持ち主が立ち去って無人になっていたけれど、あの場所は一体何なのだ?
あの感触は、単なる信念体系にしてはあまりにリアルだった。
好奇心が高まってくる。

幾日かしてから、またその周辺を訪ねたが、結果は似たり寄ったりだった。
アグニューについても、死後数か月してから出会った場所をもう一度見つけた。
アグニューは、軽飛行機でオハイオ州の小さな空港に着陸しようとして墜落、炎上事故で亡くなったのだ。
北カリフォルニアで葬式がいとなまれたときのこと、なんとも印象的な、説明のつかない出来事が起こった。

ちょうど棺桶が墓の中に降ろされようとしていたとき、ツインビーチ機が低空飛行で頭上を通り過ぎたのだ。
アグニューが乗っていたのとまったく同じ形式で、色と模様まで同じだった。
その機は、翼を振って、彼方へ飛び去って行った。
残された夫人はすすり泣きをはじめ、故人を知る私達もみな、涙を誘われた。
その後、私達はおよそ5百キロ以内にあるすべての飛行場に問い合わせてみた。
しかし、ツインビーチ機が離着陸した記録は一つもなかった。

こんなことがあったので、楽観はできなかった。
あんなクリエイティブな人間が、非物質界でも同じ場所にとどまっているだろうとは思えない。
以前、死後まもなく会った時には、私にはわからない何かに熱中して取り組んでいたのだが、やはり思った通りだ。
台座と整備用の道具はそのままだったが、アグニューはいなかった。
行方を捜すのは諦めた。

探すべき場所が多すぎたからだ。


続く→


プロフィール

kitako

Author:kitako
FC2ブログへようこそ!

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QR