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「エイリアンインタビュー」その125・検証とその先へ、モンロー研究所(その先へ・究極の旅)

2018.02.11.21:09

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125です。


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当時の私は健康的に申し分なく、大した問題もストレスもないと思っていた。

生活は大変忙しかった。

いくつかのラジオ局のオーナーをしていたし、他の事業もあった。

ニューヨークのマディソン・アヴェニューにオフィスを構え、ウエストチェスター郡に家があり、そして何より妻と二人の幼い子供がいた。

薬は飲んでいなかったし、ドラッグもやらず、アルコールもほとんど飲まなかった。
特に信仰する宗教もなく、哲学や東洋思想を学んでいたわけでもない。

こんな途方もない変化は、予想もしないことだった。

こうした状況で私が感じていた恐怖と孤独感は、筆舌に尽くしがたいものだった。

誰にも相談できないし、心配をかけたくなくて、はじめのうちは妻にも話せなかった。

私は一般的な西洋文化と科学に深くなじんでいたので、当然のように従来の医学とオーソドックスな科学に答えを求めた。

医者は精密検査の後で、脳腫瘍もなければ生理的な要因も見当たらないと、太鼓判を押してくれた。

だが、それ以上のことはわからなかった。

その後ようやく、友人の精神科医と心理学者にこの問題を打ち明ける勇気がわいてきた
うち一人は、私が精神病ではないと保証してくれた。この友人は私のことを知り抜いている友人だった。

もう一人はインドの導師の下で何年か修行してみたらどうか?と言った。

これは私にはまったく思いも及ばない考えだった。

私はどちらの友人にも、他の誰にも、自分がどんなにひどく怖がっているかを打ち明けることが出来なかった。

これまで自分が属していると思っていた文化、賛美し敬意を払ってきた文化の枠からはみ出してしまったのだから。

とはいえ、生存本能とはしたたかなものだ。
少しづつ、ほんの少しづつではあるが、私はこの現象をコントロールするすべを覚えて行った。

これは必ずしも死の前触れではなく、制御が可能であることが分かった。

しかし、まるまる1年を費やしてようやく、体外離脱(体脱)体験と言うものの実在を受け入れるに至ったのだ。

今でこそOBE-アウトオブボディエクスペリエンスと言う呼び名も定着しているが。

私は体脱の旅を慎重に確認しながら40回も繰り返してはじめて、信じることが出来たのだ。

この旅は私にー私だけにー豊かな知識を与えてくれた。

その知識に出会うとたちまち恐怖は消えていき、それにとってかわったのは同じくらい強い好奇心だった!
これではまだ一件落着とはいかなかった。

私はいろいろな疑問の答えを求めていたし、それがインドの修行場で見つからないことはわかっていた。

良かれあしかれ、私の思考プロセスは、西洋文明の産物だった。

それで私は組織的な援助を得るために、またこの不思議な「未知」に関する情報を集めるために、私と家族の所有する会社に研究開発部門を創設した。

この部門が後に独立し、現在のモンロー研究所の母体となったのだ。

このように私の当初の目的は、単に個人的な差し迫った問題を解決することーつまり、私の恐怖の源である「未知」なるものを、可能であれば「既知」の知識へと変えることだった。
それはすなわち、体脱体験をコントロールし、理解するすべを学ぶことだった。

第一そんなことを必要としているのは私だけなのだから、動機は個人的で利己的なものだったのだ。

決して理想主義的な深遠で高邁な目的があったわけではない。

このことで弁解をするつもりはないーそもそも出資をしたのは私だったのだから。

現代的なものの見方で言えば、体脱体験とは「自分自身を自己の肉体を区別し分離して、知覚する意識の状態」である。

その分離は5cmだったり、5千キロだったり、あるいはもっと離れていたりする。

こうした状態でも、肉体を伴っているときと同様に考えたり行動したり、物事を知覚したりできるーただしいくつか重大な例外はあるが。

体脱状態の初期段階では、自分が物理的な肉体の形を保っているような感覚がある。

頭、肩、両腕、両足などがちゃんとあるような感じがするのだ。

だが、このもうひとつの存在の仕方になじむにつれて、だんだん人間らしい形ではなくなってくるようだ。

ちょうど型から取り出されたゼラチンのようなものだ。

しばらくは型の形をとどめているが、やがて外側から溶け出して、しまいには液体かふにゃふにゃした塊になってしまう。

ただ、体脱の状態でこうなってしまっても、一瞬念じれば再び完全な人間の姿形になることが出来る。

この説明から明らかなように、この「第二の体」は極めて可塑性に富んでいる。

しかし肝心なのはどのような形であれ、自分は自分だということだ。

この事実に変わりはないーただ自分がそれまで思っていた以上のものであると、気が付くだけのことだ。

この状態では、どこへ行こうと何をしようと、全く制限はないようだ。

制限があるとしても、今のところ見つかってはいない。

体脱状態では、もはや時空に縛られることはない。

時空の中に存在はしても、その一部として縛られてはいないのだ。

非物質的な自己は、他のエネルギー系にも問題なく適応できるし、素晴らしい自由の感覚を伴う。
とはいえ、完全に自由だというわけではない。

それは糸のついた風船か凧のようなものだ。

見えない糸の反対の端は、物理的な肉体に結びついているのだ。

研究を始めて間もなくわかったのは、我々の文明や文化では、目覚めているときの物理的な意識ばかりが重要視されるということだった。

それとは異なる存在の状態を立証するのは、たやすいことではない。

ほんの少し調査しただけで次々と出てくる変則的な事項は、現在一般に「既知」とされていること、つまり信念体系の範囲では、位置づけも説明も不可能なのだ。

ただし、この「信念」という言葉は一般に、充分な理解や確認ができないものを差す言葉として使われているということも念頭に置く必要がある。

ともかく私達は、意識一般に関する問題に取り組み始めた。

頭部への打撃やショックや、卒倒やアルコール、ドラッグの過剰使用、麻酔、睡眠、あるいは死などによって意識を失う時、その意識はどうなっているのだろう。

意識と言うものは、電流が止まったとたんに消え失せてしまう電磁石の磁場のようなものなのだろうか。

だとすれば、「電流」を変化させると、意識も薄れたり強まったりするのだろうか。

もし私たちが実際こうしたことをしているのだとすれば、やり方も知らずにやっていることになる。

一体どうしたら、こんなことをコントロールできるというのだろう。

もしできるとすればの話だが。

問題を提起するのは実にたやすかったが、問題がさらに問題を生み、解決の糸口もつかめないといった状態になった。

すぐにわかったことは、巨大な情報の欠落が存在するという事実だった。

私達は進むべき道を示してくれる前提条件のようなものを必要としていた。

私達は物質主義的な説明を探し続けるのをやめ、正反対の道をとることにしたーもし「電流」が弱まった時も、意識が存在し続けるとすればどうだろう?

すぐに実例探しが始まった。

問題は次のような矛盾の存在だった。
体脱状態にあるとき、意識は失われているのだが、それでいて意識があるともいえる。

記憶も弱まったりはっきりしていたりするし、物理的な感覚もあるものは働き、あるものは働きを止めているといった具合だ。

少なくとも、普通考えるような完全な意識の状態にはなく、そのため、この状態は根拠のないものとみなされてしまうのだ。

考え方によっては、肉体が本人の意のまま動かず、刺激にも反応しないなら、一般的な意味では意識がないということになる。

つまり通常のコミュニケーションが不可能ならば、意識があるとはいえないということだ。

しかし昏睡状態の人間でも、意識を保っている場合はいくらでもある。
ただ彼らには、物理的なコミュニケートする手段がないというだけなのだ。

こうして私たちの文化は、意識せずに行われるあらゆる肉体的な機能に、何とか説明をつけるために、無意識と言う仕組みを考え出さねばならなくなったのだ。

自律神経とか、潜在意識、大脳辺縁系、それに眠りなどといったものを。

意志の力でコントロールできない活動はみな、意識の領域には納めきれないからだ。



続く→


さて、続きです。

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