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「エイリアンインタビュー」その127・検証とその先へ、モンロー研究所(その先へ・究極の旅)

2018.02.23.10:17

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127です。


920cc75ed44e6ecbf767a13ea5ce7165.jpgロバート・モンロー

体外への離脱は、情報収集のための優れた手段となる。
特に簡単に出来る情報集めの旅としては、大切な友人が無事に過ごしているか確かめに行くということがある。
これも体脱のターゲットとしては、恐らく一番簡単なものだろう。
例えば出張などで、配偶者、つれあいと離れているとき、相手のところに舞い戻って、何も問題が起こっていないことを確かめられれば、ずいぶんと慰めになるはずだ。

例えば私は娘の一人が遠くの大学へ行っていた時、様子を見るために体脱活動の途中に折にふれて立ち寄るようにしていた。
しかし娘が帰省した時に、そのことをつい娘に話ししてしまった。
1年後、本人から聞いた話では、そのことを知ってからというもの、娘は毎晩寝る前に、部屋の天井に向かって声をかけたということだ。
「もしそこにいるならパパ、おやすみなさい!」と。

のぞき趣味などというものは、体脱状態ではほとんど存在しない。
もっとエキサイティングなことが出来るのだから。

対外離脱によれば、どんな時代にも、過去、現在、未来のどこへでも行くことが出来る。

(注!すごいね!時間移動も自由自在なのだ!私は臨死体験では、このエリアの過去未来へ行ってみるという事はなかったけどね…)

自分の思った場所に直行し、そこにあるもの、起こっていることをつぶさに観察することが出来るのだ。

(注!このあたり、臨死体験をした木内鶴彦さんが地球の過去未来へ移動していろいろ観察してきたという話と重なりますね。)

目標地点では、その一帯を動き回り、いろいろ違った視点から観察することが可能だ。
困るのは、物体を持ち上げることが出来ないということだけだ。
手が物を突き抜けてしまうから。

こうした自由を手に入れれば、私たちが研究所で行ってきた探検旅行の道筋をたどることもできる。
地球の内側や向こう側に突き抜けることさえ可能だ。
逆に外側を目指して、月や太陽系に遊ぶこともできる。
美しく、畏怖にうたれる光景ではあるが、そのうち退屈に思えてきたりする。
このように私達は、NASAの探査船が写真を撮る前から、月の裏側を見て知っていたのだ。
火星も同様で、私達は何らかの知的生命の証拠となるような、人工的な建物や建造物などを探していた。
太陽系外への旅を何度となく試みたものもいるが、たいていは迷ってしまい、つまり地球とどういう位置関係にある場所に来たのか特定できなくなってしまうのだ。

戻ってくる方は問題なかった。
探検者は、自分の肉体に焦点を合わせればいいのだ。
この場合、光速の壁などというものは存在しない。

この物質界としての宇宙に知的生命体が存在するとしても、私達には発見できなかった。
それが隠されているせいか、あるいはもっとありそうなことだが、探すべきものがわかっていなかったせいだろう。
もちろん私達の調査など、微々たるものにすぎない。
もっと遠い銀河を探していたら、何者かに出会っていたかもしれないのだ。

(注!ここが不思議なところです。地球上でも宇宙人は見られていますが、体脱では遭遇できなかったという事です。ガイドが言うには、そのように会うようにセッティングしても、相手がこちらの思うように思ってくれなくて、遭遇が良い結果を生まないので、遭遇しないようにしていた、という言葉がありましたね。それと、もしかすると生物体の周波数が異なっていることがあった場合、相手の周波数をわかっていないと、いる場所に行けない、という事があるかもしれない…と考えたりします。)

いつか私たちの誰かがそうした出会いをするかもしれない。

非物質界となると、話は全く別である。
私達は何千とはいかないまでも何百という出会いを経験しているし、その相手のほとんどは人類以外の存在だった。
体脱による旅は、物質界の外側を経験する最良の方法である。
体脱状態における「第二の身体」が、物質的なものではないことは確かだ。
それは別のエネルギー系に属している。
このエネルギー系は、地球の生命系と混在してはいるが、位相が異なっているのだ。
肉体の生を離れた人たちをいともたやすく見つけることが出来るという事実は、これを知る手掛かりになるだろう。

この別のエネルギー系、つまり向こう‥で動くものを探せば、たちどころに成果が得られると言っていい。
その系には、きわめて多くの住民があり、体脱に熟練すれば、特別な友人たちに出会うことができるのだ。

体脱による冒険や探索の道は、幹線も脇道もあるが、広く多様性に富んでおり、ほとんどが通常の時空の観念を超えている。
そして私達には、地球の生命系と直接かかわっている部分しか、理解できない。
それ以外の部分、(これは無限にあるように思われる)について報告しようとしても、正確な報告に必要な、比較の基準となるしっかりとした知識や経験がないのだ。
問題は、見出したものを理解し翻訳すること、つまり、持ち帰ることなのだ。
肉体に戻った時に、涙がほほを濡らしていても、決して驚いてはいけない。

それはあなたが「既知」の地図に描かれていた領域を飛び越え、それまで「未知」であった重要なものを携えて戻ってきたということなのだ。
この新しい「知識」の正しさを、他の人に納得させることが出来るかもしれないし、出来ないかもしれない。
しかし、それをあえて試みるものはほとんどいない。
自分が個人的に知っているだけで、充分なのだから。

このような「知識」は、単なる信念や信仰ではない、真の知識は、人の生き方のパターンを全く変えてしまう。
自分が本当に肉体以上のものであり、肉体の死後も生き続けるという知識。
このような知識が、条件も不確定要素もなしに、まさに「未知」から「既知」に変わるとき、どれほどの変化が訪れることか!

「異なる世界観」、明晰なものの見方、が与えられるとき、こうした知識は自分自身のものになる。
さらにもっと、それ以上のものが得られるのだ。
だから、旧来の考え方にあなたを縛り付ける安全ベルトを外して、靴にアイゼンを付け、道を切り開く鉈を手に取って、さあ、高みを目指して登って行こう。

続く→
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