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日航123便墜落事故から33年…真相はいまだに隠蔽されたまま

2018.08.07.12:26

前回の続きです。‥



123便が必死で飛んでいたその姿を多数の村民が目撃しています。
以前にも書きましたが、その123便の後を2機の自衛隊のファントムが追尾していた。
そして、墜落の直前に、123便の後を、流れ星のようなものが飛んでいたという目撃情報の話です。
完全に隠すなど不可能なのです。


123便の乗客は、この段階でも、続けて緊急着陸態勢を取り続けていました。
生還した落合由美さんの証言から、その状況を追ってみます。

続けて、「524人の命乞い」からです。


「安全姿勢をとった座席のなかで、体が大きく揺さぶられるのを感じました。船の揺れなどというものではありません。ものすごい揺れです。しかし、上下の振動はありませんでした。席の前のほうで、女の子が、キャーと叫ぶのが聴こえました。聞こえたのはそれだけです。」

どんなに恐ろしかったでしょうか…察してあまりあります。

瞬時のすさまじい横揺れ、そのような激しい横揺れが起きるのは、機体の左右のどちらか一方に巨大な力が加わった時以外に考えられない。
この時起きたことは、デジタルフライトレコーダーにも記録されている。
18時55分45秒に突然の激しい横揺れが記録され、垂直加速度の急激な上昇、急激な下降、そして異常な速度上昇が始まる。
それをきっかけに123便は猛烈な勢いで急降下し始めるのだ。
この瞬間に符合する音声は、クルーの「アーッ!」と言う絶叫だ。
直後に機長は、「パワー」「パワーアップ」「フラップアップ」と叫び続けている。


急峻な山岳地帯を飛んでいたにもかかわらず、この時の状況を地上から目撃した人は意外なほど多かった。

「航空機の胴体から火を噴きながら、超低速で東北の方角へ飛んで行った。」長野県南佐久郡南相木村住民の目撃。
「埼玉方面から飛んできた航空機が赤い炎を上げ、やがて黒い煙を残して南相木村の群馬県堺に消えた。」南佐久郡川上村住民の証言。
「川上村の人たちは、飛行機は北東の方角へ炎を上げて飛んでいたと、
言っている」と村長が語る。
「墜落直前に機体後部から火を噴いていた。」読売新聞8月13日に載った証言。

そして最も不可解な証言がある。

「雲が真っ赤に染まったと思ったら、キノコ雲のような爆炎が上がった。」川上村住民の証言。
「ゴーンと言う音をさせながら航空機が飛んでいた。長野、山梨、埼玉県堺の甲武信ケ岳方向から飛んできて、上空を右に旋回して北東の方に行った。まもなく雷が落ちるようなバリバリと言う大音響がし、2度、パッ、パッと光った。そのうち、鼠色のキノコ雲が上がった。墜落したなと思った。」川上村住民の証言。

何とか山を乗り越え、高度を確保していた123便は、何故火を噴いたのだろうか?
重要な証言を思い出してもらいたい。

「飛行機が飛んで行った後から、流れ星のようなものが飛んでいくのが見えた。」南相木村住民の証言。

飛行機を流れ星のようなものが追いかけその飛行機は炎や煙を吹きながら炎上した。
だとするならば、この「流れ星」の正体は何だったのだろうか?

墜落の直前、機体は右に急旋回している。
急峻な山の上を飛ぶ123便が、急な旋回降下を試みるわけはない。
だが、123便の「外側」から、右エンジンの出力を一気に落としにかかったものがいたとしたらどうだろう。
機体の外から右エンジンの機能を停止させる。
「流れ星」をエンジンにぶつけたものがいる。

もし、それを誰かが行ったとしたら、破壊痕が残るようなミサイルであれば、検証で疑われてしまう。
もし、123便のエンジン排気口に、破壊力を小さめに抑えたミサイルを当てたとしたら。
ここで、第3の戦闘機の登場が語られている。
123便を追尾していたF4EJの他にもう一機。
それは自衛隊機のF15Jと書かれている。
F15Jが撃った単距離誘導弾が、右側第4エンジンに命中。
ここに高速でミサイルが命中すれば、大きな横揺れが発生する。
この時の状況を、落合由美さんが証言している。

「そして、すぐに急降下が始まったのです。全くの急降下です。まっさかさまです。髪の毛が逆立つくらいの感じです。頭の両脇の髪が後ろに引っ張られるような感じ、そうなっていると感じるほどでした…怖いです。思い出させないでください。もう、思いだしたくない恐怖です。お客様はもう声も出なかった。私も、これはもう死ぬ、と思った。真っすぐ落ちて行きました。」

日本のど真ん中で、自衛隊がミサイルを使って大型旅客機を撃墜。
これは架空の物語と思われかねない話であることは承知している。
だが、123便がミサイルで撃墜されたのだと最初に口にしたのは、日本航空の幹部だった。

8月12日の夜、123便の墜落が確実になった段階で、羽田の東急ホテルに設けられた日本航空対策本部には、乗客の家族たちが集合した。
誰もが混乱し、動転し、極度に興奮していた。
日航の役員に詰め寄る声は荒く、会場は殺気立っていた。
部屋の一角に大声が聞こえ、そこに人垣が出来ていた。
真ん中には泣きべそをかいた男性が突っ立っている。
胸倉をつかまれた半べその男性に家族が、こう詰め寄っていた。
「はっきり言え!一体飛行機はどうしたんだ!どこへ行ったんだ!」
「社長を出せ!」
この時だ。
詰め寄られていた例の日航社員が、唐突にこう口走ったのだ。
「うちの機は、北朝鮮のミサイルに撃ち落されたんだ!いまはそれしかわからん。」
ミサイル?
撃ち落された?
家族が虚を突かれた間に、その社員は会場から抱えだされて行った。

この日航社員は、ジョークを言ったのだろうか?
それとも、自分の憶測や想像を語ったのだろうか?
そんな状況ではないだろう。
彼は、自分が知らされていた事実を、必死の思いで口にしたのだ。
では、その情報を航空会社に伝えることができたのは誰か?
政府・自衛隊以外に考えられない。
ではなぜ、それを日航に伝えたのか?
それはあらかじめ、123便の墜落の状況を、日航に伝えねばならない事情が、政府・自衛隊の側にあったからだ。
発端は、無人標的機の衝突だ。
その隠蔽のためには、標的機の残骸をこっそり回収して破棄しなければならない。
そのためには、日航の機体を熟知する知識が必要となる。
123便は、秘密を要する特殊な経緯で撃墜されたのであり、日航に落ち度がないことは明らかだ。
無論自衛隊が撃墜した、とは言えない。
それで、北朝鮮と言う国の名前をかぶせ、傷がつかないように北によるミサイル撃墜の情報を伝えたのだと、著者は言う。
本当に北朝鮮だったのだろうか?

エンジンが破壊された123便はこの時、水平尾翼を失っている。
水平安定板と呼ばれ、機体を水平に保つ機能を持つ。
これが失われれば、機体は真っ逆さまに地面に激突する。
だが、機長は、それでも姿勢を立て直そうとしている。
「パワー」
「パワー」
「上げてます」
「頭上げろ」
「頭上げろ」
「パワー」と、最後まで必死に努力を続ける機長の声が残されている。
御冥福を心より、お祈り申し上げたい。

生還した吉崎博子さんの証言。
「飛行機は激しく揺れだしました。ジェットコースターにでも乗っているかのような感じで、真っ逆さまに落ちて行きます。窓の外の景色がどんどん変わりました。ものすごく怖いですが、スチュワーデスの方は、大丈夫ですから、大丈夫ですからと、何度も言っていました。
どこかが故障したので、機体は不時着するのだと思っていました。機体は何回かがたんと方向を下げてゆきます。長い時間だったようにも思うし、短い時間だったようにも思います。激しい衝撃がありました。黄色い煙が出て、上からバラバラと何か落ちて来ました。」

猛スピードで急降下していた123便は、山林にぶつかる直前の1500m付近で下げ止まっている。右に傾いた状態になりながらもわずかに水平飛行を取り戻し、わずかに上昇する気配すら見せている。
しかしついに、裏返しに横転した状態で御巣鷹の尾根に激突する。
機主と胴体部分の乗客全員はほぼ即死と見られ、多くの遺体が身元確認不能なほど損傷して四散した。
奇跡が起きている。
何とか水平を保ったおかげで胴体後部は中央部から分断されて尾根の斜面を300m滑り落ちた。
密集する樹木に衝撃を吸収され、それにより数十名は重傷を負いながらもこの時点では、命を取り留めている。
123便は、1985年8月12日、18時56分30秒、群馬県上野村の御巣鷹の尾根、地元でスゲの沢と呼ばれる一帯に墜落した。


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疲れたので、また続きます→
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