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「アナスタシア・響き渡るシベリア杉」23

2019.05.01.08:28

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人間を観察してみると?

アナスタシアが両親のことをほとんど覚えておらず、祖父や曽祖父にも時たま会うだけだったとすると、一体誰が彼女に言葉を教えたのか?
私は尋ねてみたが、返ってきた答えに驚嘆した。
それは専門家の解釈を必要とするので、ここには私が聞いたことをできるだけそのままに再現しておく。
私は彼女の言ったことをすぐには理解できなかったが、徐々にその意味をおぼろげながら掴んで行った。
最初に私の質問を聞いて、彼女はその正確な意味を尋ねてきた。
「異なる民族の言葉で話す能力のこと?」
「異なる、って、どういう意味?君は違った言語を話せるの?」
「話せるわ。」と彼女は答えた。
「ドイツ語とかフランス語とか、英語とか日本語とか、中国語とか?」
「自分の関心を引く人が現れて、その人についてよく知りたいと思えばすぐ、彼が心地よいと感じる言語でコミュニケーションを取れるようになる。例えば、私は今、こうしてあなたの言葉で話している。」
「ロシア語だね。」
「ロシア語であなたと話すときは、なるべくあなたが会話の中で使うのと同じ決まり文句や、単語を使うようにしている。あなたの語彙の範囲が狭くて、同じフレーズの繰り返しが多いので、最初は少し難しかった。それとあなたは、感情を強く表現しない。そういう言語環境だと、私が話したいことを十分に正確に表現するのがとても難しい。」
「ちょっと待って、アナスタシア。今から外国語でちょっと質問してみるから答えてみて。」と私は言い、「こんにちは」とまず英語で、次にフランス語で言ってみた。
すると彼女は、即座に言葉というよりもジェスチャーで答えた。
あいにく私は外国語を何一つまともに話せない。
学校でドイツ語を習ったが、点数は良くなかった。
だがドイツ語で言える文が一つだけある。
クラスメイトと一緒にそれだけは、一生懸命に覚えたのだ。
それをアナスタシアに言ってみた。
「イッヒ・リーべ・デイッヒ、ウント・ギブ・ミール・ダイン・ハント。」
彼女は私に片手を差し出して、「私の手をどうぞ」という意味のドイツ語で答え、頬まで少し赤らめて、ささやくような声で言った。
「あなたはとても素敵なことを言ってくれたわ。ウラジミール。」
どの国の言葉で話しかけても、すかさずその国の言葉で返して来る。
信じられない思いで聞いてみた。
「君は誰でもいろいろな言語を話せるようになるって言うのかい?」
私はこの不思議な現象には、何かシンプルな説明がなされそうだと感じ、なんとしても理解したいと思った。
「アナスタシア、こういうことがどうして可能なのか、私の言語で、例をあげてわかりやすく説明してもらえないかな。」と、私は急かすように言った。
「わかった。あまり焦らないで。でないと、よく理解できなくなるから。まず、ロシア語で書くことから教えるわ。」
「ロシア顔で書くこと?ロシア語の書き方ぐらい知っているよ。私は外国語をどう言う風に学ぶのか教えて欲しいんだ。」
「文字を書くことじゃない。作家になる方法。素晴らしい作家になる方法をあなたに教えたい。あなたは本を書くの。」
「ありえないことを言わないでくれ。全くもって不可能だ。」
「不可能じゃない!ごくシンプルなことよ。」
アナスタシアは木の小枝を手にとって、ロシア語のアルファベットと句読点を全部地面に書き出し、そこにいくつの文字があるかと、私に尋ねた。
「33。」と、私は答える。
「ほら、わかるでしょう?たったこれだけの文字。これは本と呼べる?」
「いや、呼べない。これは普通のアルファベット。それだけ。普通の文字だ。」
「それでもロシア語の本は、これらの普通の文字でできている。」と、アナスタシアは言った。
「それは認めるでしょう?どれだけシンプルなものかもわかるでしょう?」
「そうだね。だけど本となると、それは全く違った現れ方をする。」
「その通り。全ての本はこれらの文字の無数の組み合わせからなる。人は自分の感情に導かれて文字を自動的に並べる。これは最初に生まれるのは、文字や音の組み合わせではなくて、その人のイマジネーションによって引き出される感情や気持ちだと言うことを意味している。それを読む人は、著者の感情にほぼ近いものを感じながら読み、そこから受けた印象は、長く記憶にとどまる。何かあなたが読んだ本の中からイメージや状況を思い出せるもの、ある?」
「そうだなあ…。」私はちょっと考えた。
なぜかレールモントフの小説、現代の英雄を思い出し、その内容を話し始めたが、彼女はそれを遮って言った。
「ほら、そうでしょう?その本を読んでからもう随分時間が立っているのに、本の中のヒーローたちや彼らが感じた感情まで思い出せる。だけど、もし私がその本の中で33文字が、どう言う順序で並んでいて、どんな風に結合していたかを聞いたら、思い出して再現できると思う?」
「それは不可能だね。文に出て来る言葉を全てそのまま覚えてなどいないからね。」
「そう、それは本当に難しいこと。ある人の感情は、この33文字のいく通りもの組み合わせによって、もう一人の人へと伝えられる。人はその組み合わされた文字を見るけど、それ自体はすぐ忘れる。だけど、そこで感じた感情や浮かんだイメージは、長い間心にとどまる。これが意味することは、綴る人の感情がこれらの文字に直接繋がっていれば、そして様々な慣例を考えなければ、魂はこれらの文字が特定の順番で現れるように促し、組み合わせを入れ替える。そうすると、読者は作家の魂を感じるの。そして、もし作家の魂に…。」
「ちょっと待ってアナスタシア。もう少しわかりやすく、具体的に話してくれないか?言語の習得について、いくつか例をあげて教えてもらえるかい。まず、誰が君にいろいろな言語を教えてくれたんだい?」
「曽祖父よ。」
「どんなふうに?例をあげて話して欲しい。」
「彼は私とよく遊んでくれた。」
「どんなふうに?具体的に教えて。」
「もう少し落ち着いて、リラックスしないといけない。あなたがどうしてそんなに興奮しているのかわからない。」彼女はゆっくりと、話を続けた。
「曽祖父はよくふざけたり、おどけたりしながら、私と遊んでくれた。祖父と一緒じゃなくて一人で来た時はいつも、私の顔を見るなり、私に向かって深々とお辞儀をして握手を求めるの。私が手を差し出すと、それを強く握って片膝をつくのよ。そうして恭しく私の手にキスをして、(こんにちはアナスタシア。)、と言うの。
ある日彼は、いつもの順序で私の手をとって優し眼差しで私をじっと見たのだけれど、そのあと彼の唇が動いて、何かわからないことを言った。驚いて彼を見ると、彼はまた別の全く意味不明なことを言った。私は我慢できなくなって彼に聞いた。おじいちゃん、話す言葉を忘れちゃったの?曽祖父は、そうなんだよと、答えて、私から2、3歩離れて何かを考えていたのだけれど、それからまた私のところに来て、手を差し出した。片膝をついて、私が差し出した手にキスをして、優しい顔で唇を動かした。ところが今度は彼の口からは、なんの音も出ていなかった。私は本当に怖くなって、彼に催促した。(こんにちはアナスタシア。)いつも言う言葉はそれよ、と言うと、(正解!)と彼は、満面の笑みを浮かべて答えた。
その時私は、あっ!これはゲームなんだと、気づいた。
彼と私はいつもそんな風にふざけあって遊んでいた。
このゲームは初めのうちは簡単だったけれど、どんどん複雑になって来て、面白さも増して来た。
私は曽祖父の顔を注意深く観察して、どの言葉が彼の目の表情や、額の皺や、唇の動きや、かすかなジェスチャーに一致するのかを覚えようと必死だった。
このゲームは私が3歳の時から始まって、終わったのは11歳の時。
あなた方の世界にも、11歳になると受けられるテストのなかにこれに似たテストがある。
話す相手を観察して、相手の話す言語が何であれ、内容をどれだけ理解できたか、その理解度を試すテスト。
こう言った対話は、言語による会話より完璧で、伝達速度も速くて、内容も豊富。あなた方はテレパシーと呼んでいるけど、これを普通ではないこと、SFの世界のことのように考えている。でもこれは単純に、相手に対する思いやり、豊かな想像力、そして優れた記憶力を基本とするもので、より完璧な情報交換の手段であるばかりでなく、人間の魂や植物界、動物界、宇宙など、基本的にあらゆるものに関する知識の獲得を可能にする。」
「君の言っていることは、おそらく全部本当のことなんだろうけど、私は君がどんな言語でも話せるのかと思っていたよ。だけどそうじゃなくて、君は相手の思いを感知したあと、即座にではなくしばらく相手と交流してから、彼の言っていることを全て理解するんだね。」
「そう、その通りよ。だけど、そのあとで、彼の思いに一致する全ての言葉を思い出す。どんな言語で話されたものであっても。それと、曽祖父が私に教えてくれたゲームは、動物や鳥の思いを知るのにも役立つの。」


続く→






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