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第二進化・アトランティス・ジーン(1)A・G・リドルー45

2020.03.26.20:49

彼女だろうか、誰かが何かを読む声がしていた。
デヴィッドは自宅のワンルーム・アパートのドアを開けた。
アリソンが顔を上げ、ステレオのところへ行って停止ボタンを押した。
「今日は早かったのね。」
彼女が微笑み、キッチンのシンクで手を洗い始めた。
「勉強に身が入らなくて。」
デヴィッドは身振りでステレオを示した。
「また朗読テープかい?」
「ええ、料理中の退屈しのぎに。」
彼女が蛇口を締めた。
「それじゃあ、料理より楽しいことをしよう。」
デヴィッドは彼女を抱き寄せ、唇にキスをした。
彼女は濡れた手を胸の前で浮かせたまま、身をよじって逃げようとした。
「ダメよ。ねえ、明日はオフィスの引越しなの。早く出なくちゃならないのよ。」
「へえ、大口の投資担当ともなると、早くも窓付のオフィスをもらえるのかい?」
「まさか、私のオフィスは104階よ。あそこで窓付のオフィスに入るには、あと20年はかかるわ。きっとトイレの隣の間仕切りで仕切られたスペースよ。」
「だったらなおさら、少しぐらい人生を楽しまなくっちゃ。」
デヴィッドは彼女を抱え上げ、ベッドに放った。
またキスをして、彼女の体に手を這わせた。
彼女の息遣いが荒くなった。
「明日の授業は何時から?ねえ11日火曜日の授業よ。」
デヴィッドはセーターを脱ぎ捨てた。
「さあな、知ったことか。」

77

報道発表

疾病対策センター(CDC)
米国ジョージア州 アトランタ クリフトン・ロード1600番地

緊急発表 
問い合わせ先
情報管理室、報道・電子媒体課 電話(404)639ー3286
インド北部の村落地域で新型インフルエンザが発生

インド保健家族福祉省から、「NⅡ4型プラン型」と呼ばれる新型インフルエンザ株が確認されたと言う報告がありました。
この株が既存のインフルエンザ株から変異したものか、全く新しいウイルスなのかはまだわかっていません。CDCは既に調査チームを派遣しており、インドの衛生当局とともに新型株の分析を勧めることにしています。
最初に発生が報告されたのは、インド・ダーチュラ付近の村落地域。
この新型株の重症度や致死率についても、今のところ情報はありません。
CDCは米国国務省に対し、現段階での渡航勧告は必要ないとの所見を伝えました。
NⅡ4プラン型のより詳細な情報が入り次第、追加発表を行う予定です。

78

チベット自治区 イマルの寺院

翌朝ケイトが目を覚ますと、ミロの姿はなく、朝食の入った鉢だけがこれまでどおりテーブルに置かれていた。
少し冷めてはいるものの、やはり美味しかった。
ケイトは板張りの部屋を出て、廊下へ行ってみた。
「ドクター・ケイト!」
ミロが叫びながら駆けて来た。
目の前まで来てようやく走るのをやめ、両手を膝について息を弾ませた。
「すみません、ドクター・ケイト。ちょっと…秘密の計画があって、その作業をしていたんです。」
「秘密の計画?ミロ、毎朝来てくれなくてもいいのよ。」
「わかっています、私がそうしたいのです。」
十代の若者は息を整えながら言った。
2人で眺めのいい木製の渡り廊下を歩き、デヴィッドの部屋に向かった。
「どんな作業をしているの、ミロ?」
彼が首をふった。
「教えられません、ドクター・ケイト。」
またイラズラでも計画しているのだろうかとケイトは思った。
デヴィッドの部屋に着くと、ミロはお辞儀をして回れ右をし、大急ぎで来た道を戻って行った。デヴィッドの容態にはほとんど変化はなかったが、少しだけ血色が良くなっているようにも見えた。
朝の抗生物質を飲ませ、また日記を開いた。

1917年8月7日

私は立ち上がり、ヘレナに案内されて小さなサンルームに入って来た2人の男に挨拶した。
私の顔には痛みの気配すら現れていないはずだった。
どんな仕事にも耐えられる、と言う印象を与えるため、今日は大粒の白い鎮痛剤を3錠も飲んで待っていたのだ。
もうすぐ正午という時刻で、高く昇った太陽が白い藤家具やサンルームに並ぶ植物を明るく照らしていた。
長身の男が前に出たかと思うと、ヘレナを追い越し、彼女からの紹介も待たずに話しかけて来た。
「ようやく我々と会う気になったようだな。」
ドイツ人だった。
兵士だろう。
冷酷そうな鋭い目つきをしている。
私が声を発する前に、塔のようにそびえる男の陰からもう1人の男が顔を覗かせ、手を差し出した。
「マロリー・クレイグです。ミスター・ピアーズ。どうぞよろしく。」
アイルランド人で、その割にはおどおどした人物だった。
ドイツ人が上着のボタンを外し、一言の断りもなく腰を下ろした。
「コンラッド・ケインだ。」
クレイグが小走りにカウチを回り込んで、ケインの隣に座った。
ケインは鼻にシワを寄せてそちらを向き、横にずれて体を離した。
「ドイツ人ですね?」
私は殺人者を咎めるような口調で言った。
間違っているとは思わなかった。
もし薬を飲んでいなければ感情を隠せたかもしれないが、隠せなかったことをむしろ喜んでいた。
「ふん、確かに生まれはボンだ。だが今は、政治的なことには一切興味がない。」
ケインは悠然とした顔で答えた。
まるで選挙の勝敗予想か何かを聞かれでもしたように。
まるで自分の国が、何百万の連合軍の兵士をガス責めにして殺している事実など、存在しないかのように。
彼は首を傾げた。
「つまり、もっと魅力的なものが世界に溢れているとなれば、誰もそんなものには興味は持てなくなるということだ。」
クレイグが頷いた。
「全くだ。」
ヘレナがトレイにのせたコーヒーや紅茶を私たちの間に置くと、ケインが私より先に口を開いた。ここは彼の家で、彼が私をもてなしているかのようだった。
「ああ、ありがとう、レディ・バートン。」
私は彼女に椅子を示し、「君も一緒に。」と言った。
ケインに誰がこの場を仕切っているかわからせてやりたかったのだ。
ケインの顔に不愉快そうな表情が浮かび、それを見て私の気分もいくらかスッキリした。
ケインがコーヒーに口をつけた。
「仕事が欲しいそうだな。」
「仕事を探しています。」
「うちでやってもらうのは特殊な仕事だ。誰にでもできるわけじゃない。口が固く、機転が効く者でなければ務まらない。」
そう聞いて真っ先に頭に浮かんだのは、諜報員の仕事だった。
ドイツ側の、そうであればいいと思った。
ベッド脇のテーブルには、まだ米国陸軍の拳銃がしまってある。
それを取り出してサンルームに戻ってくる場面を想像した。
「どう言った種類の仕事なんですか?」
ヘレナが沈黙を破るように言った。
「考古学調査だ。掘ってもらいたい。」
ケインは私から視線を逸らさず、じっとこちらの反応を伺っていた。
クレイグはほとんどケインの方しか見ていなかった。
彼は、まったくだ、を最後に、一度も口を挟まなかったし、この先も挟むことはなさそうだった。
「この地域でできる仕事を探しているんです。」
私は言った。
「それなら心配ない。現場はジブラルタル湾の地下だ。かなり深いぞ。掘削を始めてだいぶ経つからな。実際、もう40年以上になるだろう。」
ケインは相変わらずこちらが反応するのを待っていたが、私は何も返さなかった。
彼が私の目を見つめたまま、ゆっくりコーヒーを口に含んだ。
「ようやく見つかり始めたところだった。やっと…まともな進展があったのに、この戦争のせいで困ったことになっている。もうすぐ終わるとふんでいるが、それまで別の手段をこうじる必要が出て来た。だからここへ来て、こうして君に話を持ちかけているというわけだ。」
ケインがついに目を逸らした。
「危険はないんですか?」
ヘレナが聞いた。
「ない。そう、あの西部戦線よりは安全だ。」
ケインはヘレナが眉を潜めるまで待ち、それから手を伸ばして彼女の足を軽く叩いた。
「おやおや、ただの冗談だよ、お嬢さん。」
彼は笑みを浮かべて私に目を向けた。
「戦争の英雄殿を危険な目に合わせたりはしないさ。」
「これまで掘っていた人たちはどうしたんですか?」
私は聞いた。
「我々はドイツ人の掘削チームを使っていた。実に優秀なチームだった。だがこの戦争とイギリスのジブラルタル支配のせいで、事態が複雑になったのだ。」
私は先に聞くべきだった質問をした。
「何人くらい失ったんですか?」
「失った?」
「死んだかということです。」
ケインが素っ気なく肩を竦めた。
「1人も。」
それが嘘だということは、クレイグの顔を見ればすぐにわかった。
ヘレナは気づいただろうか。
「何を掘っているんですか?」
本当のことなど言うわけもないが、どんな口実を使うのか興味があった。
「歴史的なものだ。人工遺物というやつさ。」
ケインは噛み終わったタバコでも吐き捨てるように答えた。
「それはそうでしょうね。」
私は宝探しだろうと予想した。
おそらく沈没した海賊船か、貿易船が湾の底に埋もれているのだ。
よほどの価値があるに違いない。
40年以上もの歳月をかけ、しかも海底などという場所をわざわざ掘っているのだから。これは危険な仕事だ。
「報酬は?」
私は聞いた。
「週に50パピエマルクだ。」
50云々は笑い話だとしても、パピエマルクという単位には唖然とさせられた。
ドイツの戦況を考えれば、パピエマルクなど後1、2年で燃やす価値もなくなるだろう。
ドイツの家族は、パン1斤を買うために、手押し車いっぱいの紙幣を摘んでパン屋に行くことになるのだ。
「支払いは米ドルにしてください。」
「ドルも用意してある。」
ケインはあっさりと言った。
「それに金額もあげて欲しい。まずは5千ドル。それでとりあえずトンネルは見に行きますよ。」
私はヘレナに顔を向けた。
「もし掘り方が悪かったり安全対策がお粗末だったりしたら、5千ドルだけもらって出てくるよ。」
「実に見事に掘られているぞ、ミスター・ピアーズ。何と言ってもドイツ人が掘ったんだからな。」
「それから週に千ドル出してください。」
「馬鹿馬鹿しい。農民の仕事に国王並みの金額を出せというのか。」
「それこそ馬鹿げています。国王だか皇帝だか、帝王だか知りませんが、そんなものにはもう価値はありません。ですが、明確な指揮系統には値打ちがあります。人命を守ることができますからね。海底の坑道のような危険な場所では、尚更それが重要になるでしょう。もしこの話を引き受けて坑道に入れと言うなら、指揮権は私に渡してもらいますよ。そこは譲れません。愚かな人間に自分の命を預けるつもりはありませんから。以上が私からの条件です。交渉の余地はありません。」
ケインが鼻を鳴らしてコーヒーカップをおいた。
私は椅子にふんぞり返った。
「もちろん戦争が終わるまで待ちたければ、お好きになさってください。私も長引かないだろうと思います。そうなれば、またドイツのチームを送り込めるでしょう。まあ、ドイツ人が残っていればの話ですが…私は残らないと思いますがね。」
「私も君の条件は飲めないと思っている。」
そう言い放って立ち上がると、ケインはヘレナに頷き、困惑顔のクレイグを残して出て行った。
慎重派の男は腰を上げてしばし躊躇い、私と出ていく主人とを交互に見ていたが、やがてケインのあとを追いかけ始めた。。
ドアが閉まると、ヘレナは椅子の背にもたれて髪をかき上げた。
「ああ、死ぬほど怖かった。あなたが引き受けるんじゃないかと思って。」
彼女はしばらく天井を見つめていた。
「何かの調査のためにあなたを雇いたいと聞いたのよ。だから、あなたはとても知的だし、ぴったりの人材だと言ってしまったの。もし初めからあんなひどい話だとわかっていたら、家に入れたりはしなかったわ。」

続く→

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