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第二進化・アトランティス・ジーン(1)A・G・リドルー46

2020.03.29.12:57

翌日、ヘレナが仕事に出ている間に、マロリー・クレイグがやって来た。
彼は胸の前でハンチング帽を握って玄関口に立っていた。
「ミスター・ピアーズ、昨日は大変に不愉快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした。ミスター・ケインは大変な重圧にさらされておりまして…その、今日はお詫びをお伝えするためと、これをお渡しするために来たんです。」
彼が小切手を差し出した。
イマリ・ジブラルタルの口座から支払われる、5千米国ドルの小切手だった。
「あなたに掘削の指揮をとっていただけると光栄です、ミスター・ピアーズ。もちろん、あなたの条件で構いません。」
私は昨日の話ではあまり興味をそそられなかったが、いずれにしろ改めて連絡すると彼に言った。
そのあとは一日中、じっと座って考え続けた。
じっと座っているのも考えるのも、戦争にいく前は苦手で、行ったあとはたっぷり訓練されたことだった。
坑道を降りていくところを思い浮かべてみた。
空気がジメジメとして冷たくなるにつれ、日の光が蝋燭に変わっていく。
私自身、これまで落盤などで怪我を負ってから、変わってしまったものを何人も見て来ている。
光が消えた途端、屈強な男たちが朝食のフライパンに打ち付けられた卵のように、ぐしゃりと砕けておかしくなってしまうのだ。
私はどうだろう?
想像しようとしたが、実際にトンネルを降りて見なければわからなかった。
他に仕事を見つけられるか、選択肢を考えて見た。
鉱山関係の仕事なら、少なくとも戦争が終わるまでには見つけられるだろう。
終わればかつてないほど鉱夫の数は増えそうだ。
戦争で新たに技術を身につけたものもいるだろうし、帰還する元鉱夫の数も増えるからだ。
だが私のような体のもの、これはどうにもならない現実だ…は、ジブラルタルを離れなければ雇ってくれる鉱山など見つからなくなる。
その上、もし(と言っても、本気でそうするつもりはないが)わざわざアメリカや南アフリカまで行っても、怯えて坑道から逃げ出すだけで終わってしまうかも知れないのだ。
小切手に目をやった。
5千ドルあれば、選択肢が増える。
それに、彼らの坑道を見学すれば…私自身の心の状態がはっきりするだろう。
見るだけ見てみよう、そう決めた。
いつでも歩いて出て行けるし、心の調子によっては走って逃げることもできる。
仕事は断るだろうから、ヘレナには言わなくていいと、自分に納得させた。
あえて心配させる必要はない。
兵站病院の看護婦など、ただでさえ気苦労が多いのだから。

ドリアンはこめかみを揉んだ。
「監視衛星の映像が届きました。」
技術者が言った。
「それで?」
そのリスのような男は身を乗り出し、コンピューター画面に目を凝らした。
「標的がいくつか確認できます。」
「ドローンを向かわせろ。」
それらの寺院は、チベットという巨大な干し草の山に紛れ込んだ針のようなものだった。
だがついに、その姿を捉えてやったのだ。こうなればもう、こっちのものだろう。

79

ケイトはデヴィッドの傷を丹念に調べて、包帯を取り替えた。
治りかけている。
きっともう直ぐ良くなるだろう。
ケイトは希望を抱きながら、また日記を手にとった。

1917年8月9日

昨日訪ねて来たとき、クレイグはイマリ・ジブラルタルについて、ただの小さな企業ですと言っていた。
そしてこう付け加えた。
「まあ、上にもう少し大きい組織があって、このヨーロッパや海外でいろいろな事業をやっているんですが。」
普通、小さな地方の企業は、波止場の半分を所有したりしないし、所有権を半ダースのダミー企業に分散させるような真似もしないだろう。
イマリに表と裏があることは、掘削現場を見学したその日に察しがついた。
クレイグにもらった名前の住所に行って見ると、そこは古ぼけた3階建てのビルだった。
海運業者が集まる地区の真ん中に建っており、周囲には貿易会社とか、船舶海上輸送会社とか、造船・修理会社といった看板が並んでいた。
長い社名を掲げた活気あふれるビルが連なるなか、表玄関にイマリ・ジブラルタルという黒いブロック体が書き付けられただけのコンクリートの建物は、薄暗さと人気のなさも手伝って異様な雰囲気を漂わせていた。
中に入ると、敏捷そうな受付嬢が直ぐに立ち上がって言った。
「おはようございます。ミスター・ピアーズ。ミスター・クレイグがお待ちです。」
引きずっている足を見てわかったか、あるいは滅多に客がこないのかのどちらかだろう。
そこは軍の大隊司令部を思い起こさせるようなオフィスだった。
攻め落とした都市に即席で設置され、新たな土地を奪取したり、撤退が必要になったりすると直ぐに放棄される場所。
つまり、定着することを前提としていない場所だ。
クレイグは愛想よく私を迎え、興味を持ってくれてとても嬉しいと言った。
予想通りケインの姿はどこにもなかったが、もっと若い、おそらく私と同じ20代後半と思われる男がいた。
彼は驚くほどケインによく似ていた。
とりわけ、相手を見下したような薄笑いが。
クレイグは私の考えを読み取ったようだった。
「パトリック・ピアーズ、こちらはリュトガー・ケインです。彼の父親には会いましたよね、私から見学してくれるように頼んだのです。あなたと一緒に働くことになりますから。」
私たちは握手をした。
彼は力を込め、歯を食いしばらんばかりに私の手を握り締めた。
数ヶ月間も寝たきりだった私は、手を引っ込めるしかなかった。
ケイン・ジュアは満足したようだった。
「やっと来てくれたな、ピアーズ。もう何ヶ月も、新しい鉱山技師を探してくれるようパパに頼んでたんだぜ。このくだらない戦争のせいですっかり足止めを喰っちまった。」
そういうと、椅子にふんぞり返って足を組んだ。
「ガートルード!」
彼は振り返り、戸口にやって来た秘書に言った。
「コーヒーを持ってこい。コーヒーは飲むか、ピアーズ?」
私は彼を無視し、クレイグにキッパリと言った。
「私の条件は明快だったはずです。掘削現場の指揮は私が執ります。この仕事を引き受けるとすればですが。」
クレイグは両手を上げてリュトガーを止め、私たちを宥めるように早口で捲し立てた。
「もちろん、その点に変更はありません、ミスター・ピアーズ。リュトガーはもう10年近くもこの仕事に携わっているんです。何しろ坑道の中で育ったようなものですからね。2人は色々と共通点も多いでしょう。その聞いた話から想像するとですが。いえ、2人で力を合わせてもらいたいということですよ。彼がいれば貴重な助言をしてもらえるし、彼の知識とあなたの掘削技術を合わせれば、あっという間に掘り終わるでしょう。そうでなくても、目覚ましい進展があるのは間違いありません。」
彼はトレイを手に慎重に入って来た秘書を止めた。
「ああ、ガートルード、そのコーヒーを魔法瓶に移してもらえるかい?持っていきたいんだ。それから、ミスター・ピアーズには紅茶を用意してくれ。」

坑道の入り口はイマリのオフィスから1、5キロほどのところにあった。
海沿いのロックの隣に建つ倉庫の中だ。
そこは2棟続きの倉庫だった。
内部は一つにつながっているのだが、正面の壁や屋根が分かれているため、通りからは倉庫が2棟あるように見えるのだ。
もし1棟の倉庫でこれだけの広さがあれば、かなり目立って人々の好奇心を掻き立てていただろう。
だがありふれたサイズの倉庫が2棟並んでいるだけなら、特に注目されることはない。
広大な倉庫の中では、肌の色が薄めの黒人4人が待っていた。
多分モロッコ人だと思われた。
私たちを見ると、彼らは壁際の真ん中に建つ小屋のようなものから黙々と防水布を外し始めた。
下から現れたのは、小屋などではなかった。
坑道の入り口だ。
壁に巨大な口がポッカリと開いている。
垂直方向の穴だとばかり思っていたが、驚くのはまだ早かった。
ヘッドライトが付いたトロッコがあった。
それに太い2本のレールが坑道の奥へと延びている。
きっとこれで大量の土砂を運び出しているのだろう。
クレイグが空の運搬車を指差し、その指を倉庫の扉の方にある港へ向けた。
「昼の間に掘って、夜間に運び出すんですよ、ミスター・ピアーズ。」
「土を捨てるということですか…」
「この海にね。ですが、満月の晩などは船で遠くへ運びます。」
なるほど、大量の土砂を処分するには、それしか方法がないのだろう。
近づいてじっくり坑道を観察した。
太い坑木で支えられているのは、ウエストバージニアと同じだが、材木から材木へとずんぐりした黒いコードが渡されており、それが目の届く限りずっと奥から続いていた。
コードは2本あり、坑道の壁に1本づつ走っていた。
向こうにある左側のコードは…電話機につながっているようだ。
右のコードは、最終的に支柱に取り付けられた箱の中に潜り込んでいた。
箱には金属のレバーがあり、何かのスイッチのように見えた。
まさか電気だろうか?
モロッコ人が防水布をすっかり外して脇へ放ると、リュトガーが大股で近付いて行って、ドイツ語で何か怒鳴り始めた。
私も少しならドイツ語ができるし、特に発砲を命じるときにも使う、火という単語は嫌でも耳に入って来た。
その響きに私の肌が粟立った。
リュトガーがトロッコとレールを順に指差した。
男たちは戸惑った表情を浮かべている。
この叱責が、私に見せつけるためのものだということは明らかだった。
そちらに背中を向け、彼の茶番劇からも辱めを受ける男たちからも目を背けた。
リュトガーが何かを取りにいく音と、レールが鳴らす金属的な音が聞こえた。
振り返ると、彼は丸い紙の袋で覆われた蝋燭に火をつけていた。
紙袋は皿くらいのサイズの小さな軌道車に載っている。
リュトガーがそれをレールの一本に取り付けた。
そしてモロッコ人たちにも手伝わせ、その皿と火をパチンコ式の装置で、勢いよく暗い坑道に送り込んだ。
紙袋で覆うのは、風圧で火が消えるのを防ぐためなのだ。
1分ほどすると、遠くからボンという爆発音が聞こえて来た。
可燃性ガスだ。
おそらくメタンのガスだまりがあったのだろう。
リュトガーが次を発射するよう合図すると、モロッコ人たちは赤々と火が燃える皿形軌道車を手にレールへ駆け寄った。
私は感銘を受けていた。
残念ながらウエストバージニアのやり方はかなり後れている。
ガスだまりにぶつかることは、ピンを抜いた手榴弾に遭遇するのと同じだ。
なす術もなく一瞬にして、大爆発に巻き込まれてしまう。
もし火から逃れられたとしても、次は落盤が待っている。
それにしても、ここは危険な現場だ。
2度目はもっと深い場所から、爆発音が聞こえて来た。
モロッコ人が3発目を取り付けて発射した。

続く→

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