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第二進化・アトランティス・ジーン(1)A・G・リドルー54

2020.04.14.07:47

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1917年12月24日

そのドレスは、ヘレナにとてもよく似合っていた。
仕立て屋は1週間の作成期間と高額な代金を要求したが、それだけ待ったかいはあったし、1シリングだって取られすぎたとは思わなかった。
彼女は輝いていた。
私たちは2人とも、彼女が口にした無理はしないという約束を無視して踊った。
とてもダメだとは言えなかった。
踊らずに立っている時間の方が長かったとは言え、足はさほど痛くなかったし、かつてこれほど自分たちにダンスが似合うと思えたこともなかったのだ。
音楽がスローになると、彼女は私の肩に頭を乗せ、私はチューブに入った猿人のことを忘れた。
世界が正常に戻ったと感じられたのは、あの西部戦線のトンネルで吹き飛ばされてから初めてのことだった。
そして、その全てがチューブの中の霧のように、消え去る時が来た。
音楽が止み、バートン卿がグラスを傾けて話し始めた。
彼は私を褒めそやした。
イマリの新しい会場輸送責任者、娘の夫、戦争の英雄。
会場のあちこちで、頭が縦に振られた。
死から蘇った現代のラザロ、というちょっとしたジョークが出た時は笑いも起きた。
私は微笑んだ。
ヘレナがぴったりと体を寄せてきた。
バートンがようやく話を終えると、盛り上がった列席者たちが、シャンパンを飲み干して私に頷いた。
私は馬鹿馬鹿しくも軽くお辞儀をしてみせ、ヘレナをエスコートしてテーブルに戻った。
どういうわけか、私に頭には最後に父と会った時のことばかりが浮かんでいた。
私が戦地に旅立つ前日のことだ。
その晩の父は、船乗りのように酔っ払って我を失っていた。
自制が効かなくなった父を見たのは、それが最初で最後だった。
父は自分の幼少期の話をし、私はそれで父を理解することが出来た。
いや、出来たような気がした。
本当に誰かを理解することなど、きっと不可能なのだろう。
私たち一家が住んでいたのは、ウエストバージニア州のチャールストンの下町にある質素な家で、同じ並びには父の部下たちも住んでいた。
父と同じような地位にある者…会社の社長や商人や、銀行家といった人々
…は町の反対側に家を構えていたが、父は違う生き方を好んでいた。
父はリヴィングを歩き回り、唾を飛ばしながら私に話し続けた。
私はまだ新しい黄褐色の英国陸軍の制服を身につけて座っていた。
襟元には真鍮の1本線が入った少尉の階級章を下げていた。
「昔戦地に行った愚かな男がいたが、今のお前は彼にそっくりだ。あの時彼は、有頂天になって小屋に戻ってきたんだ。まるで王様から便りが届いたみたいに、手紙を振り回していた。私たちにも読んで聞かせてくれたよ。もっとも当時の私には、なんのことかよくわからなかったが。私たち一家はアメリカに引っ越すことになった。ヴァージニアと呼ばれていた土地へ。アメリカではその2年前から州同士が戦争を始めていた。はっきりと覚えていないが、その頃には、もう戦いは泥沼化の一途を辿っていたはずだ。そしてどちらの陣営も、人を必要としていた。わざわざミンチにするために、新たな兵隊を集めていたのさ。だが当時は、金さえあれば戦地へ行くのを避けられた。代わりの人間を送りさえすればよかったんだ。ある南部の金持ちの農園主は、お前のお爺さんを身代わりに雇った。身代わりだよ。金にものを言わせて、自分の代わりに戦場で死んでくれる人間を雇ったんだ。もしまた徴兵制が敷かれてこんな発想が出てきたら、私は上院議員として、断固代理人制度を阻止して見せる。」
「徴兵する必要はありませんよ。大勢の勇敢な男たちが進んで入隊していますから。」
父は声を上げて笑い、また酒を注いだ。
「大勢の勇敢な男たちか。山ほど愚か者がいるというわけだな。栄光を求め、名声や冒険を期待して戦場へ行くんだろう。戦争の代償を知らないのさ。どんな犠牲を払わされるかを分かっていないんだ。」
父は頭を振り、煽るようにして酒を飲んだ。
「いずれ噂が広まって、結局は徴兵することになる。南北戦争の時と全く同じだ。あの戦争でも、最初は徴兵などしなかった。数年経って人々が現実を味わった頃、徴兵制度が始まり、金持ちが私の父のような貧しい者に手紙を書くようになったんだ。もっとも、カナダの開拓地では、郵便物が届くまで時間がかかる。山奥で木こりをしているような場合にはなおさらだ。私たちがヴァージニアに着いた頃には、その農園主はもう他の身代わりを雇っていた。お前のお祖父さんから連絡が来ないので、怖くなったそうだ。自分が出征することになるのではないかと思ってな。しかし、私たちはもうバージニアに来てしまったし、父は戦って大金を手に入れられるという筋書に夢中になっていた。身代わりになれば最大で1千ドルくらいはもらえたんだ。確かにひと財産と呼べるような金額さ。それを受け取り損なった父は、同じ問題に直面している他の農園主を見つけ出した。そしてあの惨めな灰色の軍服を着て、死ぬことになったんだ。敗戦後の南部の社会はめちゃくちゃだった。裁判所だって階段しか残っていないような状態だ。そのすきに、お前のお祖父さんが報酬として受け取れるはずだった広大な土地も、北部からの移住者に二束三文で奪われてしまった。」
父はグラスを空にし、ようやく腰を下ろした。
「だがな、戦後の苦労はその程度じゃ終わらなかった。北部の占領軍が我が家を食い潰している間に、私のたった1人の兄弟は腸チフスで死んでしまった。我が家といっても、農園に立つあばら屋だ。新しい農園主はそんな小屋からも、私たちを追い出そうとした。母は取引をした。置いてくれるなら、畑仕事をすると申し出たんだ。そしてその通り、死ぬまで畑で働き続けた。私が農園を出てウエストバージニアに向かったのは、12歳の時だ。その頃鉱山の仕事にありつくのは大変だったが、少年は歓迎された。体が小さければ小さいほどよかったのさ。狭い隙間に入り込めるからな。そう、戦争の代償とはこういうものだ。よく分かっただろう。お前にはまだ家庭がない。だが自分の行手に何が待っているか、しっかり覚えておけ。なぜ贅沢を許さず過酷な要求ばかりするのか、疑問に思ったこともあるだろう。それはこういうことだ。人生は誰にとっても厳しいが、愚かな者や弱い者にとっては地獄になる。お前はそのどちらでもない。私がそうならないように育ててきたからだ。それなのにお前は、こんな形で恩を返そうとしている。」
「この戦争は違います。」
「戦争はどれも同じだ。死者の名前が変わるというだけさ。いつだって問題は一つしかない。どっちのグループの金持ちが戦利品を山分けできるかだ。大戦争とはよく言ったもんさ。うまい宣伝文句だ。これだって、言ってみればヨーロッパの南北戦争で、争点は一つしかない。終戦後にどっちの王様や女王様がヨーロッパ大陸を山分けできるか、それだけではないか。アメリカには関係ないし、だから私は反対票を投じた。ヨーロッパはこっちの内戦には関与しなかった。賢い判断だ。我々も見習うべきだと思わないか?実際のところ、この戦いは王族内の内輪揉めでしかないんだ。親戚同士の争いさ。」
「私たちだって、彼らの親戚でしょう。私たちの母国が窮地に陥っているんですよ。彼らだって、こちらが壊滅の危機にあれば、助けに来てくれるはずです。」
「彼らに借りはない。私たちの祖国はアメリカだ。この土地を手にするために、私たちは血と汗を流した…唯一本物の代価を払ったんだ。」
「鉱山技師が是が非でも必要なんです。坑道戦がうまくいけば、この戦いを早く終結させることが出来ます。それでも家にいろというんですか?人の命を救えるというのに。」
「命など、救えない。」
父はうんざりした顔をした。
「私の話をまるで理解していないな?だったら出ていけばいい。もし戦争から生きて戻ることが出来ても、ここには帰ってくるな。だが、これまで育ててやった礼に、一つだけ頼みを聞いてくれ。もし自分が他人の戦争を戦っていることに気づいたら、その時はすぐに立ち去るんだ。そして、その軍服を脱ぐまで家庭は持つな。父のように強欲で残酷にはならないでもらいたい。ヴァージニアの農園に向かう途中、私たちは北部の惨状を目の当たりにした。父は自分が何をするかを知っていながら、それでも従軍したんだ。戦場へ行けばお前にもわかるだろう。その時は、どうか今夜よりも優れた選択をしてくれ。」
父は部屋を出て行き、2度と私の前に姿を見せなかった。

続く→
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