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第二進化・アトランティス・ジーン(1)A・G・リドルー56

2020.04.17.20:15

89

1918年1月18日

書斎に駆け込んできた執事を目にした時、まず頭に浮かんだのはヘレナのことだった。
破水したのか、倒れたのか、それとも…。
「ミスター・ピアーズ、会社からお電話が入っています。とても重要な、緊急の用件だそうです。港の倉庫内で問題が起きたとか。」
私は執事のオフィスに降りて行って、受話器を取った。
声を発する間もなく、マロリー・クレイグが言った。
「パトリック、事故が起きた。リュトガーは黙っていろと言うんだが、君に知らせるべきだと思ってな。彼が無理をしたんだ。急いで進めすぎたんだよ。モロッコ人作業員が何人か閉じ込められている。どうやら…」
話が終わるのを待たずに受話器を置き、家を飛び出した。
自分で運転して倉庫へ駆けつけ、元助手と共にトロッコに乗り込んだ。
そして、初めて坑道に入った日のリュトがーのように、トロッコを飛ばした。
あの愚か者がついにしでかしたのだ。
無茶をして落盤事故を起こしてしまった。
目にするのが恐ろしかったが、私はひたすら助手を急かせて速度を上げた。
トンネルが終わり、この4ヶ月働いてきた、巨大な石の広間に到着した。
電気の照明が消えていたが、坑内は真っ暗ではなかった。
いくつもの光の筋が走っている。
作業員たちのヘルメットのライトだ。
腕を掴まれて振り向くと、作業長だった。
「リュトガーからデンパです、ミスター・ピアーズ。」
「電話というんだよ。」
そう訂正し、私は薄暗い空間を進んで行った。
そして足を止めた。
額に水を感じた。
汗か?違う、それだけではない。
天井から水滴が降ってきたのだ。
岩が濡れている。
受話器を掴んだ。
「リュトガー、事故があったと聞いたが、お前はどこにいるんだ?」
「安全な場所だ。」
「ふざけている暇はない。事故現場はどこだ?」
「ああ、それならそこで間違いない。」
リュトガーは余裕たっぷりの戯けた口調で言った。
どこか満足そうだ。
周囲を見渡した。
作業員たちが困惑した様子でうろついている。
なぜ照明が消えているのだろう?
受話器を置いて送電線の方へ近づいた。
新しいコードがそこから1本伸びていた。
ヘルメットのライトで照らし、行先を目で追った。
壁を伝って上へ伸び、天井を通り、階段に向かい…。
「ここから出ろ!」
私は叫んだ。
地面の起伏に足を取られながら奥へ向かい、必死で作業員たちを追い立てたが、彼らは光と闇の波に揉まれてぶつかったりつまずいたりするばかりだった。
頭上で爆発音が響き、岩が降ってきた。
瞬く間に土煙が空間を埋め尽くした。
西部戦線のトンネルの時と全く同じだ。
彼らを助けられない。
姿さえ見えない。
よろめきながら後退り、裂け目に滑り込んだ。研究室に続く廊下だ。煙に追われて逃げた直後、岩が裂け目を塞ぐ音がした。
ドアを閉じたように悲鳴が遠ざかり、私は暗闇に閉じ込められていた。
目に映るのは、チューブのぼんやりとした白い光と、霧だけだった。

どれくらい経っただろう。
空腹を感じていた。
ひどく腹が空いている。ヘルメットのライトは随分前に点かなくなり、私は静まりかえった暗闇の中に座っていた。
壁にもたれて考えた。
ヘレナは気も狂わんばかりに心配しているだろう。
ついに秘密がばれてしまうのだろうか?
何もかも、ここから出られることを前提にした話だ。
岩の向こうで足音がした。
人の声も、どちらもくぐもっているが、音が通れるくらいの隙間はあるのだ。
「おーい!」
慎重に言葉を選んだ。
「デンパのところへ行って、バートン卿にかけてくれ。パトリック・ピアーズが閉じ込められていると言うんだ。」
笑い声がした、リュトガーだ。
「お前はしぶとい奴だな、ピアーズ。それは認めてやろう。それに技師としても最高だった。だが、人間が相手となると、この壁みたいに頭が硬くなっちまうんだ。」
「俺を殺したら、バートン卿が黙っていないぞ。」
「バートン?誰がこれを命令したと思っているんだ?俺の一存で、おまえをやれると思うか?もしそうならとっくに片付けている。俺じゃない。バートンとパパはな、ヘレナと俺を結婚させるつもりだったんだ。俺たちが生まれる前から、決まっていたことなのさ。最も彼女は乗り気じゃなかったがな。戦争が始まった途端に、ジブラルタル行きの列車に乗ったのも、多分そのせいだろう。だが、運命には逆らえない。この掘削作業のために、俺もここへ移住することになって、全て元通りになろうとしていたんだ。メタンガスで俺の部下が死んで、お前が来ることになるまではな。バートンはお前と取引したが、パパには一時的な話だと説明していた。あの妊娠はさすがに許せなかったが、まあ、気にしなくていい。俺がなんとかする。生まれたての赤ん坊が原因不明の病気で死ぬなんて、よくある話だからな。心配するな。彼女は俺が慰めてやるよ。俺たちは長い付き合いなんだ。」
「俺はここを抜け出して見せる、リュトガー。その時はお前を殺してやるからな。わかったか!」
「声が大きいぞ、パティ。ここには人が大勢いるんだ。」
彼が入り口をふさぐ岩から遠ざかって行った。
ドイツ語で怒鳴る彼の声と、一斉に散らばるたくさんの足音が聞こえた。
正確な時間は分からないが、それから数時間ほどは、謎の研究室を調べて回った。
使えそうなものは何もなかった。
ドアも全て閉ざされている。
ここが私の墓場になるのだろうか。
どこかに抜け出せる道があるはずだ。
くまなく探し回った末、私は床に座りこんで壁を見つめた。
まるでガラスのようにキラキラと光っていた。
チューブのライトを映しているようだが、くっきりとした反射ではない。
もっと鈍い、磨いた鋼鉄のような照り返し方だ。
頭上からは時折ドリルの音や岩を砕く、ツルハシの音が聞こえていた。
最終段階に入っているのだろう。
階段の最上部へ近づいたに違いない。
と、不意に音がやみ、叫び声がした。
「水!水だ!」
水だ!
ついに打ち抜いてしまったのだ。轟音が重く響き渡った。
見なくても岩が崩れ落ちたことは明らかだった。
入り口の穴に駆けつけて、様子を伺った。
飛び交う悲鳴、流れ込む水の音、他にも何か聞こえた。
ドラムを叩くような音がする。
いや、規則的な脈動と言った方がいいだろうか。
1秒毎に大きくなっていく。
また悲鳴が上がり、逃げ惑う男たちの足音がした。
トロッコがエンジン音を響かせて走り去った。
耳をそばだてたが、もう何も聞こえなかった。
音から意識を離した途端、足元に60センチほど水が溜まっていることに気づいた。
重なった岩の隙間から、急速に水が流れ込んできている。
飛沫を飛ばしながら、廊下を走った。
研究室を閉ざすドアがどこかにあるはずだ。
あたりの壁を叩いて回ったが、動きそうなものは何もなかった。
水は今や研究室の中にも溢れていた。
あと数分もすれば、飲み込まれてしまうだろう。
チューブ…。
4本のうち1本が開いている。
他にどんな手がある?
水をかき分けて進み、中に転がり込んだ。
霧が私を包み、ドアが閉ざされた。

続く→


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