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第二進化・アトランティス・ジーン(1)A・G・リドルー64

2020.05.16.00:12

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デヴィッドは答えに困った様子で、あたりに目をやった。
やがて口を開こうとしたが、ケイトが手をあげてそれを遮った。
「ええ、馬鹿げた話に聞こえるでしょう。分かっているわ。でも最後まで説明させて。どうせしばらくはここにいることになるでしょうし。」
ケイトはバスケットや頭上の気球を手で示した。
「それはそうだが、ひとこと言っておく。そういう話は、俺の専門外だ。どこまで知恵を貸せるかわからないぞ。」
「あまりにも突飛な方向へ進み出したら、教えてくれればいいわ。」
「終わった話でもいいのか?つまり、君が今行ったことは…。」
「分かったわ、じゃあ、しばらく黙って聞いて。その後妙な点があれば、指摘してちょうだい。まずは事実を説明するわね。今から七万年前ほど前、トバ火山が大噴火を起こした。地球は六年から十年の間、火山の冬に閉ざされ、その後もおよそ1千年は影響が続いたと考えられている。火山灰はアジア南部やアフリカの上空を厚く覆った。人間の数は3千万から一万人ほどまで激減し、交配できる対は、1千組まで減ってしまった可能性がある。」
「よし、その通りだ。ここまでは正常だと認めよう。」
「当たり前よ。トバ事変のことは、元々私がジャカルタであなたに教えてあげたじゃない。」
デヴィッドが両手を上げた。
「おいおい、俺は協力してるだけだぞ。」
ケイトは、あのトラックの中で、自分が同じセリフを言ったことを思い出した。
遥か昔に感じられるが、ほんの数日前の話なのだ。
「本当に子どもっぽいんだから。とにかく、人口の激減によって、その時期に遺伝学で言う、ボトルネック効果が生じたのよ。最近では、地球上にいる人間は、全てごく少数の個体の子孫であることが分かっているわ。7万年前ほどに生存した、1千組から1万組みのカップルから生まれたのよ。そして、アフリカの外にいる人間たちは皆、約五万年前アフリカを出たわずか百人ほどの部族から広がっていったことも分かっている。実のところ、今生きている人間は、全員、6万年前にアフリカにいた1人の男性の子孫なのよ。」
「アダムか?」
「科学者はY染色体アダムと呼んでいるわ。イブもいるのよ。ミトコンドリア・イブと呼ばれているけど、彼女がいたのはもっと昔ね。19万年から20万年ほど前だと考えられているわ。」
「タイム・トラベルをしてたって話か?これは突飛な方向へ進んでいると…」
「タイム・トラベルではないわ。ご協力ありがとう。実はアダムもイブも、人間の共通の祖先を指す、単なる遺伝学的用語でしかないの。面倒な話になるからやめておくけど、結論だけいうと、このアダムは圧倒的な強みを持っていたのよ。彼の子孫たちは、他の仲間より遥かに進歩していたの。」
「彼らはアトランティス遺伝子を持っていたってことか?」
「今はまだ事実だけを追いましょう。それがなんであれ、彼らはなんらかの強みを持っていた。そして人間は、およそ5万年前に、それまでとは違う行動をとるようになった。急激に複雑な行為をこなせるようになったの。言語を使い、道具を作って、壁画を描くといったことよ。私たちはこの人類史上最大の進歩を大飛躍、と呼んでいるわ。ただその前後の人間の化石を比べても、さほど大きな違いがあるわけじゃない。ゲノムにも大きな差はないのよ。分かっているのは、遺伝子のわずかな変化が、私たちの思考法を、おそらく脳の神経回路を、変えたということだけ。」
「アトランティス遺伝子だな。」
「それはともかく、この神経回路の変化は、いわば遺伝の歴史上の大当たりだったの。絶滅の危機にあった人間、荒れ果てた土地で、狩猟や採取生活をしていた、わずか1万人以下の人々が、ほんの5万年の間に、70億人以上まで数を増やして、地上を支配するようになったんですもの。進化の歴史の中では、一瞬と呼べるような期間で、そこまで達したのよ。驚くべき復活で、遺伝学者からみると、にわかには信じられない話だわ。だって、かつて生きていた人間すべてを合わせた数の12%がいまだに生きているんですものね。私たちが誕生したのは、わずか20万年ほど前よ。人間は今でもも大飛躍の影響の只中にいて、それがどうして起きたのかも、この先どこへ向かっていくのかも、全くわからないのよ。」
「なるほど。だが、なぜ俺たちだけがそんな幸運を手に入れたんだ?他にも色んな人類がいたんだろ?ネアンデルタール人とか、他の名前は忘れたが、彼らはどうなった?もしアトランティス人が救助に来たんだとしたら、なぜ他の人類も助けなかったんだ?」
「私なりの仮説はあるわ。5万年前には、少なくとも4種の人間が存在していた。私たち現生人類、ネアンデルタール人、デニソワ人、そしてホビットと呼ばれるホモ・フローレシエンシスよ。多分、まだ発見されていない種が、他にもいたでしょうけど、亜種としてはこの4種がいて…」
「亜種?」
デヴィッドが言った。
「ええ、厳密にいうと亜種になるわ。彼らは皆人間だから。私たちは種の定義を、交配して子孫を残せる生物のグループとしているの。そして、人間のグループに入るこの4つはすべて交配可能なのよ。実際、交配があったという遺伝学的な証拠もあるわ。数年前にネアンデルタール人のゲノム配列を解読したところ、アフリカの外にいる人間は皆1から4%ほどのネアンデルタール人のDNAを持っていることが分かったのよ。特にヨーロッパで数字が高かったわ。ネアンデルタール人の本拠地でね。デニソワ人のゲノムを解読したときも同じ結果になったわ。メラネシアの、特にパプアニューギニアの人々は、最大6%のゲノムをデニソワ人と共有していたの。」
「興味深いな。それじゃあ、俺たちはみんな雑種だってことか?」
「厳密にはそうね。」
「じゃあ、俺たちが他の亜種を吸収して、一つの複合体にまとめたのか?」
「いいえ、まあ、ほんの数%はそう言えるかもしれないけど、考古学的な証拠を見る限り、この4つのグループは別種として離れて暮らしていたのよ。そして、私たち以外の亜種がアトランティス遺伝子を与えられなかったのは、その必要がなかったからだと思うわ。」
「彼らは…」
「絶滅寸前ではなかったのよ。」
ケイトは言った。
「ネアンデルタール人は、遥か60万年から35万年前にはヨロッパに存在していたと考えられているわ。他の亜種もやはり私たちより古くから存在していた。だから、私たちより個体数が多かったんじゃないかしら。それに、彼らの居住域はトバ火山の噴火の影響が少ない場所にあった。ネアンデルタール人はヨーロッパ、デニソワ人は今のロシア、ホビットは東南アジア。みんな火山から遠いか風上の地域で暮らしていたのよ。」
「つまりこういうことか。俺たちが死にかけている頃、彼らは何とかまともに暮らしていた。だがその後、俺たちが遺伝子の宝くじに当たり、彼らの方は絶滅させられた…俺たちの手で。」
「ええ、しかも短期間で死に絶えたの。ネアンデルタール人は私たちよりも力が強くて、脳も大きくて、私たちが現れる何十万年も前から、ヨーロッパに住んでいたのよ。ところが、わずか1、2万年の間に消えてしまった。」
「多分、今の話もイマリの壮大な計画と関係がありそうだな。」
デヴィッドが言った。
「トバ計画はアトランティス遺伝子を発見することだけが、目的ではないのかもしれない。イマリは休眠しているアトランティス人…俺たちより進化した人類…が戻ってきた時、競合する人類すべてを一掃するはずだと考えているんじゃないか?アトランティス遺伝子を手に入れた俺たちが、この五万年でしたように、彼らも脅威になりそうな存在はすべて消すはずだと思っているんだ。ケインの発言を読んだだろ。連中はアトランティス人との戦いが迫っていると考えていた。」
ケイトはデヴィッドの説について考えてみた。
頭にマーティンとの会話が蘇ってきた。
彼は進化した種が、自分たちの脅威になり得る劣った人類を皆殺しにすると言っていた。
それに人間は、コンピューターのようにプログラミングされていて、たった一つの結末、同一の人類だけが残った状態…を盲信的に目指す、とも話していた。なるほど、これが最後のピースだ。
「その通りね。トバ計画はアトランティス遺伝子を発見すれば終わりじゃないんだわ。彼らはアトランティス人を創ろうとしているのよ。人間を進化させて変えることでね。アトランティス人に合わせて人間を作り替え、同じ種にしてしまえば、アトランティス人が戻ってきても、脅威だと認識されない。マーティンはトバ計画を、緊急用のプランと言っていたの。イマリはもしアトランティス人が起きてきて、その時人間という70億の野蛮人がいたら、大殺戮を始めると思っている。でももし人間が少数しかいなくて、しかも遺伝的に自分たちとよく似ていれば、生かしておいてくれると考えているのよ。同じ種族の仲間だと認識されるから。」
「ああ、だが、それは計画の半分でしかないんじゃないか。」
デヴィッドが言った。
「何というか、それは科学目線の遺伝子側からのアプローチで、バックアップ用の計画だと思う。イマリは戦争が始まると考えている。だとすれば軍人の考え方をするはずだ。以前俺は、連中の狙いは軍隊を作ることだと言っただろう。今もそう思っているんだ。ベルに被験者をかけて実験していたのは、ある目的のためなんだよ。」
「彼らが生き残るためでしょう。」
「生き残るため、確かにそうだが、もっと具体的な話だ。連中はベルの下を通り抜けるために実験していたのさ。ジブラルタルの構造物は、ベルを掘り出して取り除かなければ、内部へ入れなかった。もしかすると、アトランティスの構造物にはすべてベルがぶら下がっているのかもしれない。部外者を防ぐ門番みたいなもので。俺たちは人間とアトランティス人の雑種だから、この装置が誤って作動してしまう。しかしもし、アトランティス遺伝子を活性化する方法を見つけられれば、イマリは軍隊を中に送り込んで、アトランティス人を殺すことができるだろう。トバ計画は緊急時の最終手段なのかもしれない。殺害に失敗してアトランティス人が起きてきたとしても、彼らと同じ種族だけが残っている状態にしておくためのな。」
ケイトは頷いた。
「イマリは恩人を虐殺しようとしているのかもしれないわ。彼らは私たちを絶滅から救ってくれた人々で、もしかすると疫病を終息させられる唯一の存在かもしれないのに。」
ケイトはため息を漏らした。
「だけど、どれも仮設と推測でしかないのよね。すべてが間違っている可能性もあるわ。」
「じゃあ、分かっていることに的を絞ろう。中国から死体が運び出されたのは事実だし、ベルで死んだ死体が、かつて疫病を流行させたことも事実だ。」
「保健機関に警告した方がいいかしら?」
デヴィッドが首をふった。
「日記を読んだだろう。連中は隠蔽工作が得意なんだ。今はさらに巧妙になっているだろう。何しろ、かなり長い時間をかけて、トバ計画を練ってきたはずだからな。俺たちはまず、君の仮説が正しいかどうか確かめる必要がある。それに何か強みを手に入れたい。アトランティス人と交信する手段とか、イマリを止める方法とか。」
「ジブラルタルね。」
「それが最善の選択だろう。パトリック・ピアーズが見つけたという隠し部屋だ。」
ケイトは気球に目をやった。
高度が下がってきているし、落とせる砂袋も残りわずかだった。
「とてもそんな遠くまではいけそうにないわね。」
デヴィッドは笑みを浮かべ、何か役立つものを探すようにバスケットを見回した。
隅の方に包みがあった。
「これを持ち込んだのは、君か?」
ケイトも今初めて気づいたのだ。
「いいえ。」
デヴィッドがそちらへ腰を滑らせ、包みを開き始めた。
目の荒い織布でしっかり包まれていたのは、インド・ルピーと2人の着替えと、今気球が飛んでいるはずのインド北部の地図だった。
デヴィッドが折り畳まれたその地図を開くと、小さなメモ用紙が落ちた。
彼は地図を脇に置いて、メモに目を通し、それをケイトに渡した。

何もできないことを許してほしい。
戦いは私たちの性に合わないのです。
チェン

ケイトはメモを置いて、気球を眺めた。
「もうそろそろ、空にはいられなくなりそうね。」
「そうだな、俺に考えがあるんだ。まあ、少しばかり危険は伴うが。」

続く→

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