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第二進化・アトランティス・ジーン(1)A・G・リドルー65

2020.05.20.08:54

97

南極大陸東部 第六掘削現場から2、4キロの地点

ロバート・ハントは幾分スピードを落とした。
巨大な傘に引っ張られて、2度もスノーモービルから飛ばされそうになったのだ。
何度か試した末に、ちょうどいい速度を見つけたが、そのスピードでもモーターと風にはためく傘は、耳を聾するほどの音を響かせていた。
騒音に混じって何か聞こえた。
背後に目を向けた。
あの2人が追いかけて来たのだろうか?
スノーモービルを停めた。
エンジン音ではない。
人の声がする。
ジャケットの前を開いて、無線を探した。
受信ランプが点灯していた。
呼び出されているのだ。
エンジンを切ったが、ランプはもう消えていた。
そのまましばらく待った。
遠くで起きた一陣の風が、なだらかな丘に積もった雪を舞い上がらせていた。
無線のボタンを押して言った。
「こちらスノー・キング。」
深く息を吸い込んだ。
いきなり帰って来た鋭い声が、彼をぎくりとさせた。
「スノー・キングか、なぜ応答しなかった?」
ロバートは少し考えてからボタンを押し、できるだけ落ち着いた口調で答えた。
「移動中だからな、無線の音が聞こえにくいんだ。」
「移動中?現在位置は?」
ロバートは唾を飲んだ。
これまで現場の移動中に無線が入ったり、位置を聞かれたりするようなことは一度もなかった。
どう答えればいいんだ?
上空から見られているのだろうか?
「スノー・キング、聞こえているのか?」
シートの上で姿勢を変え、無線を持ち上げて顔の前に戻した。
「バウンティ、こちらスノー・キング。第7掘削現場からおよそ3キロの地点にいる。」
ボタンを放してまたスノーモービルの方へ無線を下ろし、深呼吸をした。
「今は…スノーモービルの一台が不調なので、修理をしているところだ。」
「そのまま待て、スノー・キング。」
それから数秒が経過した。
凍えるほどの寒さだったが、感じるのは首で脈打つ血の流れだけだった。
「スノー・キング、応援を要請するか?」
ロバートは即座に答えた。
「いらない。バウンティ、こっちでなんとかする。」
一瞬待ち、すぐに付け足した。
「目的地を変更するか?」
「その必要はない、スノー・キング。至急修理を終えろ。現地での秘密保護規程を遵守するように。」
「了解、バウンティ。」
無線をシートに下ろした。
鉄の塊でも握っているように、にわかにそれが重く感じられた。
アドレナリンが徐々に退いていき、それとともに右腕に痛みを感じ始めた。
ずっと傘を持っていたせいだ。
拳を握ることもままならず、歯を食いしばって傘を反対側に移動させた。
寒さと痛みの中で、彼の心が叫んでいた。
今すぐ引き返せ。
なぜ無線が入ったのか考えてみた。
可能性は二つしかない。
A,彼の企みに気づいている。
B,彼が間違いなく現場を去ったことを確かめておきたい。もし気付かれているなら、どのみち計画は失敗だ。
そして、もし現場でひと目に晒せない行為が行われているとすれば、自分もかなりまずい立場に立たされることになる。
当初はもし捕まっても、現場に忘れ物をしたと言えばいいと考えていた。
何も不審な点はない。
傘について聞かれても、現地での秘密保護規定を守っただけと、答えれば済むのだから。
だがこの無線の会話のおかげで、そんな言い訳はまるで役に立たなくなってしまった。
いま捕まれば良くても仕事を失うのは確実だし、もし彼らが違法行為をしている犯罪者なら、もっと悲惨な結末を迎える可能性だってある。
そこで折衷案を取ることにした。
一番近い丘の頂まで行き、そこから見える範囲で様子を探ってから、引き返すのだ。
そこまですれば、やるだけのことはやったと言えるだろう。
もうスピードは出せなかった。
傘を左肘に挟んで、胸で支える様にして走っていたからだ。
おかげで丘の頂上に着くまでに、1時間近くもかかってしまった。
双眼鏡を取り出し、現場がある地平線を見渡した。
ロバートは我が目を疑った。
そこには見たこともないほどの巨大な重機類が、そびえていたのだ。
これまでの数々の大型重機を目にして来た彼でさえ、初めてみる大きさだ。
すっかり縮んだ様に見える現場は、まるで竜巻が通り過ぎた後の様になっていた。
掘削やぐらが横倒しになって、雪に埋もれかけている。
ちょうど公園の砂場に顕微鏡が転がっている様な眺めで、あたりにはおもちゃの建設車両も散らばっていた。
だがここは砂場ではないし、おもちゃの、雪上車も高さ15メートルはあるはずだ。
一番大きい車両はムカデの様な姿をしていた。
150メートル近い長さがあり、それを牽引する運転席が、まるで小さな頭のようについている。
胴体部分は白い風船のような形の節が連なってできており、それが現場の周りを半円形に取り囲んでいるのだった。
ムカデの傍には、通常の建設現場で見かけるタイプの10倍はありそうな、白いクレーン車があった。
クレーン部分を天高く、起こしている。
何かを引き上げているのだろうか?
いや、何かを下ろしていると考える方が妥当だろう。
ロバートは倍率をあげた。
クレーンのケーブルに焦点が合う前に、何かが視界をかすめた。
ぼんやりとした輪郭が、ムカデのすぐそばに見えた気がする。
双眼鏡を左に振ったが、倍率が高いせいで、位置関係がまるで分からなくなった。
いったん倍率を下げて全体を視界に収め、また倍率を上げて、ムカデのちょうど真ん中あたりに焦点を合わせた。
あれはロボットだろうか?
人間か?
よくわからないが、やたらと大きな防護服のようなものを身につけている。
ノロノロとぎこちなく動き回っていて、まるでミシュランマンか、ゴーストバスターズのマシュマロマンのように見えるが、背丈は人間のサイズだ。
ロバートは掘削地点に近づいていく1人を、双眼鏡で追った。
クレーンがムカデの方へ首を振った。
どうやら穴から何かを引き上げていたようだ。
マシュマロマンがもう1人視界に入って来て、2人でクレーンに吊るされたものを地面に下ろした。
黒っぽい色をした、ミラーボールのような物体だった。
彼らの背後で白いムカデの最後尾のドアが開き始めた。
ドアが下から上ヘ上がっていくと、黄色い光とたくさんのコンピュータースクリーンが現れた。
大きな白い箱もある。
中にいた防護服姿の2人が、その箱を押して、中にいた防護服の2人がその箱を押して、スロープを下ろして行った。
簡単に取れるところを見ると、布か何かの柔らかい素材でできているらしい。
ロバートは双眼鏡の焦点を合わせた・
箱はオリだった。
猿が二匹入っている。
体の大きさからしてチンパンジーだろう。
二匹は激しく跳び回り、オリの棒を避けるようにして、身を寄せ合った。
きっと凍えて死にそうになっているのだ。
1人が素早く膝をつき、オリの底にあるコントロールパネルのようなものを操作した。
ぼんやりオレンジ色に光っていたオリの天井が赤く輝き、それで猿たちは少し落ち着いたようだった。
もう1人が手を振ると、クレーンが頂上までやって来た。
彼らはケーブルにオリを取り付け、黒いボールも一緒に吊るした。
彼らが脇に退いたところで、クレーンがオリを引き上げて穴の上まで運んで行き、それを下に下ろし始めた。
と、2人がクレーンの背後に消え、それぞれカニの様な機械を運転して戻って来た。
穴の淵まで行って、二台の機械をつなげている。
合体した機械は、ケーブルが通る隙間だけを残して穴をすっぽりと覆った。
4人が一斉にムカデへと急ぎ、中へ入ってドアを閉ざした。
それから数分の間は、何も起きなかった。
ロバートは腕が痺れてくるのを感じた。
いつまで待つべきだろう。
もう疑いの余地はない、彼らの目当ては石油ではないのだ。
だが一体何をしているんだ?
それになぜ、マシュマロの防護服を着る必要があるのだろう。
自分は着用させられなかったし、ついでに言うと猿も着ていない。
答えは間も無くわかりそうだった。
マシュマロたちがムカデから飛び降り、穴に向かい始めたのだ。
蓋をしていた機械が外された途端、爆発したように穴からオリが飛び出して来た。
オリはケーブルを揺らして、何度か宙でバウンドした。
その動きが落ち着き、地上から1メートルほどの位置を旋回する様になると、彼らがオリを静止させて扉を開けた。
猿たちの体は白っぽい灰色のもので覆われていた。
雪だろうか?
二匹ともびくりともせずに横たわっている。
猿を引っ張り出すと、彼らの服に灰色が付着した。
雪ではないようだ。
猿はそれぞれの死体袋に投げ込まれ、すぐさまムカデの2番目の部屋へと運ばれていった。
そのドアが開いた時、ロバートの目が2人の子供の姿を捉えた。
子供たちはガラスのオリに入れられ、次は自分たちの番だというように、じっとベンチに座っていた。

続く→


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