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第二進化・アトランティス・ジーン(1)A・G・リドルー66

2020.05.27.22:11

98

インド ニューデリー

「ここで待っていてくれ。もし俺が15分しても出てこなかったら、警官を探して、店の中に強盗がいると言うんだ。」
デヴィッドが言った。
ケイトは、タイムピース商会の建物と、周囲の通りに目をやった。
道路は混雑していた。
年代物の車がひしめき合い、バイクに乗ったインド人が、目の前に迫ってきては走り去って行く。
デヴィッドの話では、その店はクロックタワーの前哨基地の一つで、地元の情報屋や諜報員が中央へメッセージを送るための連絡窓口となっているとのことだった。
彼はもしまだクロックタワーが動いているなら、窓口も機能しているはずだ、と考えていた。
それは大きな賭けだった。
万が一、クロックタワーが、完全に陥落していたら、こうした基地もイマリの監視下に置かれているはずだからだ。
それどころか、所在不明の諜報員などを片付けるために、人を配備して待ち構えている可能性も十分にあった。
ケイトが頷くと、通りから店の方へ足を引きずっていたデヴィッドが、あっという間に中に消えてしまった。
ケイトは唇を噛んでじっと待った。

店内は品物で溢れていた。
床置き式の時計を除けば、この店の時計は全てガラスケースに納められているようだ。
どれも極めて精巧に作られた工芸品という印象で、いかにも壊れやすそうに見える。
怪我した足を庇いながら、背の高いガラスケースの間をすり抜けていると、デヴィッドは自分が、食器屋に闖入した雄牛になったような気がした。
明るい戸外から薄暗い店内に入ったせいで、周囲がよく見えなかった。
気づくと古い懐中時計が並ぶケースに、ぶつかっていた。
片眼鏡をかけ、つやつや光るヴェストを身につけた紳士が持っていそうな時計だ。
ケースが揺れて、中の時計や小さな部品がかちゃかちゃと音を立てた。
慌ててケースを掴み、無事な方の足でバランスをとりながら揺れを抑えた。
何か一つでも間違った動きをすれば、ここにあるもの全てが倒れてしまいそうだった。
店の奥から声が響いた。
「いらっしゃいませ。今日はどういったものをお探しですか?」
デヴィドは店内を見廻し、もう一度視線を巡らせたところで奥のデスクにいる男に気づいた。
片足を引きずり、立ち並ぶガラスの地雷を避けながら、そちらへ向かった。
「特別な時計を探しているんだ。」
「それなら当店がお役に立てるでしょう。具体的にどういった品をお望みですか?」
「クロックタワーだ。」
店員が探るような視線をよこした。
「珍しいご要望ですね。ですが、お客様はついていますよ。当店はこれまでにも、そうしたお客様にクロックタワーを見つけてきた実績があるのです。もう少し詳しく聞かせていただけますか?建設時期や形や大きさなど、どんな情報でも結構です。」
デヴィッドは正確な符丁を思い出そうとした。
自分がそれを口にする日が来るとは、思ってもみなかったのだ。
「時刻以外のことを教えてくれる時計だ。決して折れない鋼鉄でできている。」
「その品なら心当たりがあります。電話を1本かけてきましょう。」
彼の口調が変わった。
「ここでお待ちを。」
抑揚のない声でそう言うと、男はデヴィッドの答えを待たずに、戸口に吊るされたカーテンの奥へと消えていった。
首を伸ばし、耳をそばだてたが、カーテンの向こうからは何も漏れてこなかった。
壁の時計に目をやった。
もうすぐ店に入って10分になる。
ケイトは約束を守るだろうか?
店員が戻ってきた。
仮面のような、真意のわからない表情をしている。
「売り手があなたと話したいそうです。」
彼はそう言って、デヴィッドを待った。
銃があれば、と心から思った。
黙ってうなずき、デスクを回り込んだ。
店員がカーテンを開けて、デヴィッドを暗がりに押し込んだ。
彼の腕がデヴィッドの頭へ伸びるのがわかったが、デヴィッドが振り返る間も無く、その手が下へ引かれた。

99

デヴィッドが後ろを向いたのは、店員が手を引き下ろした時だった。
光がデヴィッドを包んだ。
頭上で電球が揺れている。
店員の手には照明の紐が握られていた。
「電話はそこです。」
彼はそう言って、角のテーブルを示した。
そこには80年代の電話ボックスで見かけそうな、ずんぐりしたプラスチック製の受話器が置いてあった。
人を撲殺できるタイプのものだ。
電話機本体も古く、回転ダイヤルが付いている。
テーブルに行って受話器を取り、体の向きを変えて店員と正対した。
彼は一歩こちらへ足を踏み出していた。
受話器からは何も聞こえなかった。
「中央か?」
デヴィッドは呼び掛けた。
「名前を。」
声が言った。
「ヴェイルだ、デヴィド・パトリック・ヴェイル。」
「所属は?」
「ジャカルタ支局。」
デヴィッドは答えた。
正確に覚えているわけではないが、通常の手順とは違うことだけはわかる。
「お待ちください。」
回線がまた静かになった。
「アクセスコードは?」
アクセスコード?そんなものは存在しない。
ボーイスカウトの隠れ家とは訳が違うのだ。
中央ならこちらが名乗った瞬間に、声紋を認証できるはずではないか。
時間稼ぎをしているのだろうか。
受話器を握ったまま、店員の様子を伺った。
店に入って何分になる?
もう15分経っただろうか?
「アクセスコードはわからない。」
「そのままお待ちを。」
声が返ってきた。
先ほどより警戒しているようにも聞こえる。
「名前を言っていただけますか?」
デヴィッドはためらった。
だが今更、何を隠す必要があるだろう。
「リードだ、アンドリュー・マイケル・リード。」
今度はすぐに答えが返ってきた。
「局長につなぎます。」
その2秒後、ハワード・キーガンが電話に出た。
孫にでも話しかけるような口調だった。
「デヴィッドか、ずっとお前を探していたんだぞ。無事なのか?今どうしているんだ?」
「この回線は安全ですか?」
「いや、だが、はっきり言えば、今はそんなことを気にしている場合ではない。もっと深刻な問題が起きているからな。」
「クロックタワーのことですか?」
「敵の手に落ちてしまった。だが、壊滅したわけではない。今反撃態勢を整えているところだ。問題はまだあるんだ。世界中に疫病が広まっているのだよ。こちらでは時間との戦いになっている。」
「解決の手がかりを見つけたかも知れません。」
「どんな手がかりだ?」
「まだはっきりとは言えないんです。とにかく移動手段が必要です。」
「目的地は?」
「ジブラルタルです。」
「ジブラルタル?」
キーガンが面食らったような声を出した。
「何か問題が?」
「いやまたとない朗報だ。実は私もジブラルタルにいるのだよ。残った局員と、ここにあるイマリ本部に反撃を仕掛ける準備を進めているんだ。移動手段はその店員が確保してくれるだろう。だがその前に、お前に伝えておくことがある。デヴィッド、お前がこちらに着けないとか、私がその前に消えてしまうとか、そう言った場合に備えて、先に知っておいて欲しいことがあるんだ。実はイマリを調べていたのは、お前だけじゃない。私も彼らの陰謀を暴くことに生涯を捧げてきたのだよ。しかしもう、時間がないとわかって…彼らを止めるには、お前に託すのが一番だと考えたんだ。あの情報提供者は私だよ。イマリの内通者を総動員して、お前に協力しようとしたんだが、力が及ばなかった。私が戦略を誤ったせいで…」
「それは過去の話でしょう。我々には新たな情報があるんです。きっと役に立つはずです。まだ終わったわけではありませんよ。ジブラルタルで会いましょう。」

続く→
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